浪速っ子
「じゃあ、ここからキャンプ場まで歩きます。みんな気合い入れていくよー」
教師になって二年目のフラト先生はいつも元気だ。
モデルみたいな容姿に加えて気さくでいつも笑顔だからすごく人気があるけれど、それ以上に趣味でボクシングをしているというのが驚きだった。小学生のときから始めたらしいけれど、すごく強くて、学生時代には暴漢相手に大立ち回りを演じて、全員を病院送りにしたというから相当な腕前のようだ。ボクサーと教師、どちらの道に進むかかなり思い悩んだというのも頷ける。もっともその強さがネックで未だに男の人とつき合ったことがないとぼやいてはみんなを笑わせていたけれど。
それでも先生にとってはボクシングはそうそう捨てられるものではないのか、今もジョギングを日課にしていて、学校帰りや休日にはジムに行っては汗を流しているみたい。
だから今日みたいなカラダを動かすイベントのときはいつも以上に張り切る。
そのイベント、中学になってはじめての行事は亜徒須山への遠足だった。
バスで山のふもとまで行き、そこからキャンプ場まで歩いて行くのだ。
片道十キロ以上もあるなかなかのハードな道のりでみんなは口々に不満を漏らしていたけれど、わたしは楽しみでしょうがなかった。
キャンプ場につくと、広場に集合、点呼のあとはあわただしく昼食作りに突入した。
メニューはこういうときのお約束ともいえるカレー。
ちょっと水っぽかった中辛カレーを堪能したあと、自由時間はシンジュさんやオビマルさんと合流した。
「大勢で食べるとなんでもおいしく感じるよね」
木製のベンチが所々に配置されている広場で大きく伸びをしていると、オビマルさんがわたしの腰に巻かれたウエストポーチを指差した。
「ヒメヤマさん、それ、逆さま……じゃないですか」
ベルトを回して収納部分を正面まで引き寄せると、なるほど、ファスナーが下を向いていた。
「あれ?」
異変に気づいたのと、あの、というかわいい声がしたのはほぼ同時。
わたしの隣り、すぐそこにコルヴォちゃんがいた。
「あ、アオイさん。ワタシのウエストポーチを間違えて持っていきませんでしたか?」
目を赤くしたコルヴォちゃんはすごく、すごくあわてていた。
どうしてここにコルヴォちゃんがいるのだろうという疑問よりも、そのあわてぶりの方が気になった。
オビマルさんの指摘どおり、逆さまになっているウエストポーチを外して見る。
ぱっくりと口を開けたポーチを覗き込みながら、コルヴォちゃんの口調と表情とがどんどん落ち込んでいくのがわかった。
「あ、あの、イシは?」
コルヴォちゃんはこのウエストポーチに皮袋を入れている。
イシを入れた皮袋。
つまり。
「落とした、ということになりますわね」
シンジュさんも顔をくもらせた。
そしてその事態の深刻さが背中にいやな汗をかかせる。
……ど、どうしよう。
コルヴォちゃんはドレスのポケットからPPSを取り出した。
なんでも、PPSには七つそろえると願いが叶えられる秘宝を探す機械みたいにイシを感知できる機能も備わっているらしい。
「でも、それは身近にイシに反応した人がいればという条件つきです」
逆にいえば、そばに適応者がいないとずっと分からないままということ。
大事なイシをわたしのうっかりで失くしたことにめまいがした。
「あー、いたいた」
ひときわ高い、イントネーションにくせのある声がした。
やって来たのは髪をおさげにした女の子。
見たことないけど、何組の子だろう。
「これ、拾ったんやけど」
「…………あ」
右手に掲げられていたのはコルヴォちゃんの皮袋だった。
「なんや知らんけど、これきれいやなあ」
皮袋から最後のイシを取り出すと、彼女は感心したようにかざした。
あっ、と息を飲む声が同時にいくつも上がる。
最後のイシは赤々と輝いていた。
まるで、その子に反応するみたいに。
「ほんま、めっちゃきれいやな。これ、大事なものなん?」
彼女はどこか意地悪な声でわたしたちを見た。
「これって返したら、報労金はもらえるんかな」
「ほうろう……きん?」
耳なれない言葉に首を捻ってると、シンジュさんの不愉快そうな息づかいが聞こえた。
「それは遺失物として警察に届け出た場合に発生するものですわ」
「そんなら、今からウチが届ければもらえるワケやな」
「今、目の前に落とし主がいるのですから速やかにお返しになったらいかがですの」
「ほなら、今すぐ報労金の代わりに謝礼か何かもらえるんやろか」
「謝礼前提で返すとか、あなたはどれだけ図々しいんですか」
「なんやの、自分。えらい高飛車やなあ」
「あなたこそ、なんですの」
シンジュさんとおさげの子のいい争いがつづく中、コルヴォちゃんが前に歩み出た。
「あの、お礼はどれくらいがいいのでしょう」
「せやなァ」
おさげの子がニヤッとくちびるを曲げる。
「コルヴォさん、相手にする必要はありません」
「せやから、自分は黙っときぃな」
「黙るのはあなたです」
なんだかたいへんなことになった。
お礼をするとなったら、いったいいくらぐらいすればいいんだろう。
落とし物の価格の100分の5以上、100分の20以下といいますとつぶやいたのはオビマルさん。
「ただ、あのイシの価値は測りようもありませんからどういう算出方法を用いればいいのか」
ちゅうことはや、とおさげの子が親指でイシを弾くように高々と放る。
「価値の未知数なもんは想像もできひんような可能性を秘めたお宝っちゅうこともいえるワケやろ?」
落ちてきたイシをぎゅっとにぎりしめると、おさげの子の目が光った気がした。
「つまりむちゃくちゃな謝礼を要求してもええってことになるなァ」
「なりません。どういう解釈をすればそういう結論になるんですの」
おさげの子は生きてるみたいに輝きつづけている赤いイシをうれしそうに眺めていた。
「これ、なんも仕込みのない天然モノなんやろ? どういう原理やねん。ほんま、きれいやわあ」
「あなたみたいな傲岸不遜で低俗な人間には無用の長物、さっさとお返しなさい」
「いってくれるやないか」
そういうとおさげの子はイシを皮袋に戻した。
「なんや、気が変わってもうたわ。返すのやめようかなー」
「…………ッ」
シンジュさんがおさげの子に飛びかからんばかりに迫ったそのとき、
「と思ったけど、その小さい子に免じて返したるわ」
そういうとおさげの子はコルヴォちゃんの手に直接、皮袋を手渡した。
「……あ、ありがとうございます」
ホッとアタマを下げるコルヴォちゃんの横でシンジュさんは「えらそうに……」とおさげの子を睨んでいた。
「持ち主がそっちやったら、捨てるとこやったけどな」
シンジュさんを挑発するみたいにおさげの子が笑う。
「おたくらのことは知ってるで。二組のヒメヤマさんと五組のオビマルさんやろ」
イライラと歯ぎしりをするシンジュさんを無視しておさげの子は話かけてきた。
「で、この子はなんなん?」
コルヴォちゃんを不思議そうに見ながらいう。
赤かった目はもうふだんの青色に戻っていた。
「異人さんかいな」
「……えっ、と」
「なんやワケありみたいやな」
どう答えたらいいのか迷っていると、おさげの子はそれ以上は訊いてこなかった。
「で、ついでに自分はヒメヤマさんと同じ二組でシンジュ財閥のご令嬢さま」
取ってつけたようないい方はさらにシンジュさんを怒らせたけれど、当人はお構いなしの様子だった。
おさげの子はしゃべり方で分かったようにこっちに引っ越してくる前は関西にいたということだった。
「でもな、長く住んでたってだけで生まれは関西ちゃうねんで」
最初はちょっと意地悪かと思ったけれど、おさげの子はすごく話しやすくて、わたしたちはすぐに打ち解けた。
……シンジュさん以外は。
「ほな、そろそろウチは戻るわ」
すっかり話し込んだあと、おさげの子は鼻歌を歌いながら機嫌よさげに背伸びをし、自分の班に戻っていった。
「下品な人……!」
シンジュさんは相当、おさげの子が気に入らないらしく、そのうしろ姿に向かって憎々しげに吐き捨てていた。
「ああ、そういえば」
シンジュさんの発言が聞こえたのか、聞こえないのか、おさげの子が立ち止まった。
「一方的に話すだけで、自己紹介もしとらんかったな」
振り返ったおさげの子はうっかりしていたと笑いながら、こう名乗った。
「ウチは四組のウスタ、ウスタコマキ。名前は……別に覚えんでもええよ」




