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商店街のファレーナ  作者: さいきごそ
アオイとアリサ
10/16

少女の夢

 学校ではいつも優等生と呼ばれていました。

 委員長顔だともいわれていました。

 周りのみなさんのイメージで図書委員にされたことは一度や二度ではありません。

 悪意はないのだと思います。

 分かっているつもりです。

 それでも中学に入ればそんな束縛(・・)から逃れられると考えていたのは残念ながら思いちがいだったみたいです。

 いつからかもう忘れてしまったけれど、白いヘアバンドや悪くもないのに眼鏡とか女の子っぽく見せようと策を弄しすぎたのかもしれません。

 品のある銀のふちがきれいな輝きを放つアンダーリムを外してため息を一つ。

 私の家がなにをしているのか、その家での私がどういうことをしているのかクラスのみなさんが知ったらどう思うのでしょう。

 そしてなにより、私がふだん抱いている願望を知ったら、きっと―――。


 気がつくと私は、運動公園近くまで歩いていました。

 この辺はロードワークでよく立ち寄る場所。

 トラックの北側には風格のある体育館が威厳のある構えを見せていて、その脇には二階観客席につながる石段が備えつけられています。

 公園内を見渡せるここの踊り場は私が好きな場所の一つ。

 今日もどこかの運動部の学生や市民の方たちがトラックの内外でランニングをしたりストレッチをしたりと熱心にカラダを動かしていました。

 左手に広がる球場やその球場をぐるりと囲むように走る園内の歩道では散歩やウォーキング、犬の散歩をする人やベンチで休憩をする人などが見えます。


 そんないつもと変わらない景色を眺めていると急に暗闇に包まれました。

 なにごとかとアタマの中で現状を整理する間もなくすぐに元の明るさを取り戻した園内にはわずかな、いえ、大きな変化がありました。

 トラックにあれだけ点在していた人がほとんど消えていたのです。

 ほとんどというのは無人ではなかったから。


 そう、トラックには何人かの人が見えました。

 私くらいの女性がふたりと、そのふたりに走り寄るちいさな、たぶん女の子、そしてどういう仕掛けなのか、地面から突然現れたオレンジのビキニを着たと思しき女性。手にはなにかを持っているみたいです。

 しばらくのち、ビキニの女性が胸の辺りからなにかを取り出して、地面に叩きつけると、大きな音とともに煙が立ち上り、二メートルくらいの石像が出てきました。

 どこか古代ギリシャを連想させる姿形のそれが登場すると私くらいのふたりの女性が消え、そして入れ替わるように、なにかが空中に出現したのです。

 楕円形のタマゴみたいなそれはふたつ。


 まずひとつめが割れ、中から女性戦士のような出で立ちの女性が両腕を伸ばした状態で出てきました。

 その髪の色、金髪からすると、先ほど消えた女性の片方かもしれません。

 彼女が地上に降りると、もう一つのタマゴが割れ、右腕を高く掲げた女性が現れたのです。その姿、白いトレーニングウェアはやはりさっき消えた女性のようです。

 ふたりとも出てきたとき、なにごとかを叫んでいたようですが、なんといったのか正確には聞き取れませんでした。

 ただ、すごく威厳に満ちあふれた響きがあったように私には思えました。

 ふたりが腕を伸ばすと、なにかを引き出しました。片方はずいぶん大きな弓のようです。もうひとかたの方はここからは判然としませんが、石像に投げつけたそれは効き目がなかったのか石像に跳ね返され、むなしく宙を舞って落ちたみたいです。

 弓を手にした方から放たれた矢は石像を貫き、みごと標的を粉砕したようです。

 喜び合うふたりを眺めているうちに私の中にも込み上げるモノがありました。

 でもそれはふたりのような年相応の純粋なモノではなく、すごく不純でどす黒い不浄なモノなのです。

 まるで他人事みたいにしていたオレンジのビキニの女性がふたたびなにかを取り出すと、撒き散らすみたいな仕草を見せました。


 また石像が出てくるのかと思ったら、大地を揺るがすような激しい音も煙なく、ポンと数人の男性、外国人みたいな人が現れました。

 石像と同じような古代ギリシャを思わせる服装。

 ただその人たちは平均的な背丈で手には書物を持っていました。なによりも大きな差は石像などではなく、紛れもなく人間だということ。

 嫌な予感がしました。

 数えると彼らは十人。

 ゆっくりと三人に近づくと四方八方から取り囲みました。なにかの陣形に見えなくもありませんが、私にはそれがなんなのか判然としません。

 そのうちのひとり、いえ、ふたりが本を開いて、なにかを口にしたようです。

 次の瞬間、金髪の方が倒れました。つづいてちいさな女の子を注意深く庇いながら白いトレーニングウェアの方に迫ります。

 気がつくと、私は一目散にその輪の中へ向かっていました。


               *


「シンジュさン、シンジュさン!」


 ちいさな子が倒れた金髪の方に向かって叫んでいました。

 白いトレーニングウェアの方はちいさな子を抱きしめるように四方八方から近づいてくる様々な色合いの布をまとった男性たちを険しい表情で見渡しています。

 目的地に向かいながら状況はなんとなく把握できました。

 石像はためらうことなく攻撃はできても、人間はそうもいきません。

 もちろん、あの男性たちは生身の人間ではないかもしれない。今までの非現実的な一連のできごとを思えばその可能性の方が大きいでしょう。

 でも、一般的な感情から鑑みればたとえそれが人間によく似た作りものの人形だとして、死にませんから刺すなり引き裂くなりお好きなようにといって果たして喜んで実行できるものでしょうか。

 喜んでやる人もいるかもしれません。私が考えているよりもずっと多くの人が飛びつくように実行に移すかもしれません。それでも私は嫌悪感を示す人がいると思いたいし、そうでなければいけない思いたいのです。それは人型に限りません。犬や猫によく似たオブジェ、よくできたぬいぐるみだって同じ。

 ましてやそれが私ぐらいの女子だったらなおさら。

 では私はどうなのか。

 先ほど、彼女たちが喜び合っていたときに沸き起こった負の感情はしぼむどころかますます勢いを増しています。そしてそれこそが私をここまで走らせた原動力でもあるのです。


「アオイさン、アオイさン!」


 いったいどういう原理なのか、男性陣のうちのやはりふたりが開かれた本のページをなぞるように指を走らせた途端、白いトレーニングウェアの方も気を失ったように倒れこんでしまいました。

 私は制服のポケットから白い綿布をつかむと、勢いよく巻きました。

 両手の武装の完了と輪の中に飛び込んだのは同時。


「なんじゃな」


 声はオレンジのビキニ姿の人からしました。

 でも声はその女性からではなく、手に抱かれた置き物、オレンジ色の派手な羽をアタマから生やした白黒の縞模様の鳥からでした。

 デコイのようなモノなのでしょうか。それにしては派手でなんとも精巧です。まるで今にも飛び立ちそうなくらいのリアル加減。


「これはこれは。パンテイアの後裔はまだおったのかや」


 男性とも女性とも、子供とも大人とも思えない不思議な声。

 今はその言葉の意味や目の前で延々と起きているできごとの不可解さに気を回している暇はありません。

 指をにぎり込むとぎゅっと、聞きなれた心地のいい収縮音がしました。

 私の大好きな音。

 白いトレーニングウェア姿の、アオイさんと呼ばれた人を攻撃したと思われる男性に向かって拳をきつくにぎりしめた瞬間、目の端でその左奥でスッと本を開く気配を感じました。そしてつられるように反対側にいた男性も本を開いています。


 それは一種の賭けでした。

 本来の目標から予定を変更して、左奥の男性に向かって飛びかかりました。

 相手はトレーニングバッグやスピードバッグではない、生身の人間。

 ギアなどで保護されていないおそらくは人間のような存在。

 躊躇がないといえば嘘になりますが、それ以上に欲望の方が勝っていたのです。

 グローブ越しではない、綿布一枚越しの感触。

 肉と骨が肉と骨を押し潰す、直接、人を殴り飛ばすというすごく卑しい行為。

 抵抗もしない人になんの感情も乗せない拳をひたすらふるい続けるという非人道的で理不尽な行為。

 皮膚から生々しい殴打の快感がカラダ全体に行き渡るたびにトレーニングバッグのごとく後方へ弾き飛んだ男性たちは文字通り、消滅していきました。

 人間ではないという安心感と人間ではなかったという失望感が複雑に絡み合い、そのたびに私の拳は強固になっていくようです。

 気がつくと私は最後のひとりを殴り飛ばしていました。


「こりゃまた剣呑な。ポリュデウケス顔負けじゃの」


 オレンジのビニキの女性に抱かれた奇妙な鳥の置き物、デコイさんが笑ったように見えました。

 十人もの人、それも大人を殴った余韻が手に指にほんのりと残っています。

 ちいさな子が寄り添っているアオイさんという人とシンジュさんという金髪の人に目を配ると、気を失っているだけのようで最悪な事態には陥っていないようです。


「アオイさんたちのお知り合いですカ?」


 駆け寄ると、開口一番に真っ赤な瞳が印象的なちいさな子に訊かれました。

「いえ。でも……同じ学校だと思います」

 あの金髪の方はシンジュ財閥のお嬢様。クラスにも彼女と知り合いになりたいと話している人が大勢いたはずです。

 突然、小さな子が驚いたようにカラダをふるわせました。

 腰に巻かれた黒いポーチから皮袋を取り出して、中を覗くと目を見開いて、今度は私を見つめます。

 驚愕とも困惑ともどちらとも取れる、でも、都合のいい解釈かもしれませんが、どこか安堵も雑じっているようにも思えるすごく微妙な表情。

 ちいさな子によって皮袋からそっと出されたそれはきれいな石でした。

 黄色い光を放つ、まるで生きているみたいな本当にきれいな石。

 彼女は意を決したようにそれを私に差し出しました。


「なるほど」


 突然の声に反応するより早く、芝生から光の輪が現れ、くるくると回りながらオレンジのビキニの女性が出てきました。


「……あっ」

 女性はちいさな少女から皮袋ごときれいな石を取り上げてしまいました。


「これが哲学シャのイシじゃな。なんともきれいなモノではないか」


 相変わらず女性は黙ったまま。声はやはりデコイさんから流れているようでした。

 これがどういうものか私には判然としませんが、ちいさな子の気の毒なくらい絶望的な表情を見ればとても大切なモノだということ、鳥の置き物を持ったこの女性に取られたくないモノだということは分かります。


「コロネちゃん(仮称)とやらは愚鈍じゃの。このようなモノも奪えぬとは」

 手にしているはビキニの人ですが、興味は声の主の方にあるようでした。

「黄色……こちらが地のイシじゃな。するとこちらが」

 女性が皮袋からもう一つの石を取り出しました。

「火のイシじゃな」

 真っ赤なそれもとてもきれいですが、生きているみたいに輝いている黄色い石ほどの明るさはありません。

「ポリテイアのビブリオテーケーによればなんとも扱いにくい石のようじゃが」

 ハッと息を飲む気配は小さな子。


「……どうしテ、それヲ」


 怯えたような色をちいさな顔に浮かべた彼女はもう泣きそうでした。


「まあ、なんじゃ。わしもティラノスになり損ねた者の末裔。ポリテイアとは決して無縁というわけでもないからの」


 いいながら今度は輝きをさらに増しつつある黄色い石を掲げます。

「地のイシはずいぶんと滾っておるようじゃ。主が見つかって欣喜雀躍といったところかの」

 流れからすればやはり取り戻すべきなのでしょう。

 ぐっと拳をにぎりなおすと、察したように声が聞こえました。


「そう(はや)るでない。なにも奪うつもりはない。いや、そのつもりはあったのじゃがな、気が変わった。これは返すから安心せい」


 デコイさんの声を合図にビキニの女性が無表情のままスッと黄色い石を差し出しました。

「キネシアス、お主に反応しておるのじゃよ。このままではあまりに気の毒というものよ。ほれ、応えてやらんか」


 キネシアスという不思議な言葉以上にどこかうれしそうな声が引っかかりました。そもそもこの石がなんだというのでしょう。


「そう警戒するでない。ほれ、いうであろう、賢者は敵よりこそ多くを学べ、とな。もっともお主が賢者かどうかは分からぬがの」


 手渡された黄色い石はとてもきれいであたたかいモノでした。本当に生きているかのような輝きと温もりは神々しくさえあります。


「なんじゃ、ピュティアから聞いておらぬのか。強く願うのじゃよ。キネシアス、お主の今の気持ちをこのイシに祈るのじゃ、簡単じゃろ」


 ちいさな子はなにかをいいたげにじっと息をひそめていました。

 すがるような、でもどこか私が今しようとしていることをやめて欲しいような複雑な表情は私の中で揺れている不安を否応なく煽ります。


「さあ、祈らんか。助けたいんじゃろ? それとも追いつめられなければダメか」


 ビキニの人が胸の谷間からアンプルみたいなモノを取り出しました。

 パキッと上をへし折ると、それを高く掲げます。


「シュンポシオン! いざ、宴のとき。アブデラの嗣子(しし)よ、己が(かんばせ)を取り戻さん!」


 ほどなく響き渡る大きな音と煙。

 出てきたのはやはり、石像ですが先ほどのよりも大きさは上のようです。


「ほれ、大ピンチを演出してやったぞよ。祈るのじゃ、ピュティアやエウエルピデスにピステタイロスを救いたいんじゃろ」

 考えるよりも先に私の脚は新たな敵に向かって大地を蹴り上げていました。


 ゴ……ッ。


 当然といえば当然。

 軽く飛び跳ねて打ち込んだ腹部への渾身の一撃に石像はわずかな微動を見せただけで倒れるどこかその位置を変えることすらできませんでした。

 手に伝わる痛みよりもっと大きな思いが胸に広がっていくようです。


「無駄じゃ。ほれ、早う、祈らんか。望みが叶うかもしれんぞ」


 変化が起こるはずのない置き物であるデコイさんの口が大きく、醜く歪んだ気がしました。

 明らかな罠。

 なのに私は黄色い輝きを放ちつづけるあたたかい、いえ、今は熱くすら感じる石を両手でしっかりと包みながら祈りました。


 そしてほどなく、私の世界は黄色に染まりました。

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