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エトワールが輝くとき

作者:たいちうみ


 飛行機に乗って、ひたすら高く高く。宙にぽっかり浮かんだ空港に辿りついたら、今度はレトロな汽車に乗ろう。不安定そうだからと、空中に伸びたレールを怖がってはいけない。短い空の旅を楽しんでいればあっという間だから。長い旅を終えて車両から降りたあなたを、私たちは心から歓迎する。
 ここは、世界で最も星に近い町、スードヘブン。すぐ近くで眺められる星々を目当てに、大勢の観光客たちが地上から訪れる観光地だ。星空散策ツアーはいつも賑わっていて、星屑の瓶詰めが定番のお土産となっている。
 人々が「星」と呼ぶものは、大まかに二つの物質から成り立っている。星核と星屑だ。星核は夜空を漂う星屑を引き寄せ、星屑は星核に反応して発光する性質を持っている。どちらが欠けても「星」にはならない。地上からでは暗い空にぽつりと光があるようにしか見えず、観光客たちは間近で観測できる星にとても感動してくれる。
 私はここで、今年からエトワールとして働いている。星屑を利用した外灯と、それを扱うエトワールが、この町の名物だ。
 スードヘブンで生まれ育った私は、物心ついたときから、大きくなったらこの町で星に関わる仕事に就くと決めていた。別に外に興味がないわけではない。お客さまから、それぞれの国や地域の話を聞くのも楽しい。
 私はただ、星と共にあるこの町が大好きなだけ。特に、ステッキを使って町中に明かりをともすエトワールは、とてもかっこよくて憧れていたから、迷ったりはしなかった。
 でも、いざなってみるとこの仕事も結構大変だ。始業は日暮れどき。三百本以上ある星屑灯の全てを光らせるところから始まる。そして、夜の間ずっと町全体を見守って、星屑の寿命が尽きたらすぐに飛んで行って交換する。合間に空に出て星屑を採集し、ストックの管理もしている。お客さまから依頼があったら観光案内をする。
 外灯に使っている星屑の光は、だいたい一晩ほどで収まる。そうして朝になって、光が必要なくなったときに終業となる。日によっては町中を駆け回ることもある体力仕事だ。星屑に光をともす幻想的な光景と、制服に騙されてはいけない。
 ときどき、スムーズに仕事ができないことがあって、ひどく落ちこむときがある。そんな私を支えるのは、町と仕事への愛情だった。


 いつもどおり出勤した私は、ステッキを片手に、持ち場の西の第二区に向かった。ここは丘の上まで大きな道が伸びていて、綺麗な宿が並んでいる。他の地域に比べたら静かで落ち着いた場所だ。
 エトワールが持つステッキの先には、それぞれ星核がつけられている。これをかざすことで星屑灯は点灯するようになっているのだ。星核はとても貴重。これを所有することが、エトワールたちの自慢の種だ。
 私は背伸びしてステッキを近づけ、次々と星屑灯を光らせる。その輝きは独特で、一瞬強い光を放ったかと思うと、きらきらと燐光を放出する穏やかな明かりに変化する。色は星屑によって異なる。
 窓からそれを目撃した客たちからの歓声を受けつつ、私は仕事をこなしていった。坂道を上りながら眺める町の景色は格別だ。とっくに見慣れているのに、仲間たちが灯した星屑につい見とれてしまう。
 頂上の展望台まで行き、大通りの星屑灯を全て点灯させた私は、地元の人間しか使わないような奥のエリアに入った。目立つところの明かりを先につけ、残った時間で人目につかないところをのんびりと回るようにしている。
 そのなかでも私の一番のお気に入りは、端っこにポツンとある星屑灯。行くまでが面倒だけれど、そこは表の通りと同じように町を一望できる穴場スポットなのだ。
 ここに立てば、美しい絵を鑑賞しているような気分になれる。タイミングが合えば、下の空港からやってくる汽車の姿を見られるし。静かで心も安らぐ。
 スードヘブンの町並みは、雰囲気を演出するためにちょっと可愛らしい造りになっている。地上のテーマパークを参考にしているらしい。これがまた、夕方や星屑の光とよく調和するのだ。
「よし、これで終わりっと」
 私は最後のひとつに向かってステッキを伸ばした。そのなかの星屑が光った瞬間、急に背中に衝撃が走った。
「わわっ!」
 よろけた瞬間、ガン、と大きな音が響いた。勢いよくガラスの淵に当たった星核がステッキから外れてしまったのだ。予想外のことに、なにも反応できないでいた。その間に、地面に落ちた星核は転がって、そのまま道の端から丘の下に広がる町並みへと姿を消した。
 私は叫ぼうとした。けれども、それよりも一瞬早く、背後の人が叫んだ。
「ご、ごめんなさいごめんなさい! 僕、迷ってちゃんと周り見てなくて……」
 そう言って私の肩に触れたのは、やわらかい空気をまとった男の子だった。私と同じくらい、十五歳あたりだろうか。見ない顔だし、観光客のようだ。
 早口で謝る彼にポカンとしてしまったけれど、私はすぐに我に返った。道の欄干に手をやって、町を見下ろす。落ちたのは、おそらく商店街の路地裏。
 どうしよう、こんなの初めてだ。マニュアルにはなんて書いてあったっけ。ああ、まさかこんな大失敗するなんて。私って本当にバカだ。
 パニックに陥った私を宥めるように、腰のポーチが軽く脚に当たった。
 ――そうだ、大丈夫。きっと見つかる。まずは落ちつこう。
 自分に言い聞かせながら、私はお客さまに向きなおった。
「大変失礼いたしました、申し訳ございません。お怪我はありませんか?」
 彼は目を丸くしながら、首を横に振った。
「よかった」
「よ、よくないですよ! 僕、それ壊しちゃいましたよね?」
 そう言いながら指すのは、ただの棒と化したステッキ。
「そうだよそうだよ、あ、あ、あの、どうお詫びすれば……」
「心配に及びません」
 答えながらも、本当は私もちょっとびくびくしていた。こうしている間に、星核を誰かに拾われたら大騒ぎになる。そこで戻ってくれば、減俸とちょっとの謹慎で済む……かもしれない。
 でも、もしも悪意のある人の手に渡り、荷物検査の目をくぐりぬけて町の外に持ち出されたら終わりだ。エトワールやスードヘブンの名誉に傷をつけてしまう。
 さまざまな不安が胸にうずまく。でも、お客さまにこの動揺を見せてはいけない。
「これから追いかければ平気ですので。お客さまは引き続きスードヘブンをお楽しみくださいませ」
「た、楽しめないですよ! だって、僕が……!」
 ここで問答している時間があるなら、すぐに取りに向かいたい。その焦る気持ちを必死に隠す。
「そんな、気になさらないでください。後ろを確認していなかった私の不注意ですから」
 確かに私の失敗でもあることは事実だ。頂上からの眺望が評判の二区は、訪れる観光客も多い。いつもは誰とも会わないからと油断していいわけではなかった。
「何の問題もございません。すぐに回収いたします。お客さまもどうぞ観光にお戻りください」
 しっかりしろ。
 私は自分の両頬をパチンと叩き、ステッキを握り直して手すりを飛び越える。宙でバランスを取り、整えられたレンガ造りの建物の隙間に着地した。
 ここも上と同様、表通りは飲み屋や食堂で賑やかな反面、人通りの少ない裏道は静かだ。住民たちの声が漏れてくるくらい。
 丘を見上げて、改めて落下地点を予測する。見当をつけた場所に到着した私は、ポーチのなかを手で探りつつ慎重に周囲を見渡した。
 そのとき。
「うわああ!」
 いきなりの叫び声に驚いていると、さっきの男の子が空中で手足をばたつかせていた。私はその場にあった樽や屋根を蹴って飛ぶ。慌ててその身体を捕まえ、一緒に降り立った。
「お客さま、大丈夫ですか?」
 彼は青い顔で私を見て、コクコクと頷いた。ああ、びっくりした。
 どうやら、私の真似をして飛び降りてみたものの、勝手がわからず加減を間違えたらしい。
「だって、あんなに軽々と行ったし、ここは重力があまりないし……」
 スードヘブンの人間は、多少の高低差は気にせず飛び降りる。でも、一般の観光客の前ではあまりやらない。この低重力に慣れていない地上の人が、形だけ私たちの真似をしても惨事になることがあるからだ。
 徒歩で移動する時間を惜しんだのは迂闊だった。非常事態だったとはいえ、私は自分の判断ミスに頭が痛くなった。どこまでやらかせば気が済むんだ、私は。
「やっぱり僕が原因だし、一緒に探したくて」
 それであの柵を越えたのなら、いい度胸をしている。私は思わず溜め息をついた。
「……ありがとうございます。でも、本当にお客さまが気にすることではないんですよ」
「でも、こんな広い町からどうやって星核を探すの?」
 私は苦笑しながら、荷物から星屑を一欠け取り出した。これは何かのときのために持ち歩いている予備だ。
「近くにあればこれが光ります。ですから、本当に問題ないんです」
 内心は冷や冷やしているけれど。
 私は軽く星屑を放った。もしかしたらこのまま漂って、星核に寄っていくかもしれない。
 その期待は虚しく、星屑はふわふわとゆるやかに石畳に落ちた。この周辺にはないらしい。
 お客さまは青い顔をする。ちょっと気まずかった。
「このあたりに落ちたのは確かですから、ちょっと歩きまわってみます」
 私は道の端から端まで隈なく調べてみることにした。家の隙間、植え込みの陰、ちょっと行儀悪く屋根に上ったりして。
「ありますか? なかったですか?」
 ついてくる彼は泣きそうな顔をして、何度も私に尋ねかける。
 数え切れないほど存在する星屑は、いくら取っても夜空にさほど影響はない。けれど、星核がないと星屑も光らない。それを採集することは、夜空から星を減らしてしまうことになる。だからその都度世界政府からの許可が必要だし、ひとつ得るにも多大な対価が必要なのだ。
 もしもこのまま見つからなかったら、私が弁済することになる。費用は……どんなに少なく見積もっても、私の給料十年分じゃ絶対足りない。二十年でようや く足りるかどうか。もちろん、返済し終わるまではほぼ無給で、一定額まで達したらめでたくクビだ。そうでないと償いきれない。
 きっとこの人も、星核を失くす重大さをよくわかっているのだろう。だから、早く安心させたかった。
 気づくと、手のなかの星屑がほのかに変化していた。その周辺を注意深く歩く。だんだん反応が増してくる。
 私は指の力をゆるめた。ふわふわと頼りなく宙を泳いだ星屑は、ダストボックスの陰に消えた。
「あ、あった」
 よりによってこんなところに落ちたか。洒落にならないぞ。
 緑の鉄箱に寄り添うように、私の相棒は転がっていた。見たところ、傷ひとつない。
 私は大きく安堵の息を吐いた。
「よ、よかったあ!」
 お客さまは私以上に喜んでいた。よほど責任を感じていたんだろう。なんか、本当に申し訳なくなる。
 私がステッキを持ち直すと、彼の笑顔はすぐに消えた。
「でも、星核は見つかったけど、ステッキ壊しちゃったのは変わらないですよね」
「え?」
「だって、取れちゃったわけですし」
 途方に暮れたように、ステッキと星核を見比べる。私は数秒して、その意味をちゃんと理解して笑った。
「これは取れるようにできているんですよ。ほら、こうやって……」
 私は決められた手順にそって、再度取りつけた。
「はい、元通り。手入れしなければならないので、外れるようになっているんです。たまたま当たりどころが悪かっただけです」
 私の言葉に、彼は口をわずかに開いて、へなへなと座りこんだ。
「なんだあ、そうだったのかあ」
「勘違いまでさせてしまって、申し訳ございません」
「ううん、元々は、僕がぶつかったからこんな騒ぎになったわけで」
 謝罪合戦はしばらく続いた。そのうち、私たちは次第におかしくなって笑いあってしまった。
「ひとまず、これで解決ですね。少々お待ちください。お客さま、エトワールの案内はもうご利用なさいましたか?」
 彼が否と答えると、私は一枚のチケットを出した。
「こちらはお騒がせしたお詫びです。これをエトワールステーションに持って行けば、通常の内容に加えてオプションも無料でつけられます。どうぞお使いください」
 いまの私にできる精一杯のお詫びだった。さんざん胃が痛くなるような思いをさせてしまったのだ。だって、少しでもスードヘブンでいい思いをしてから帰ってほしいもん。
 お客さまはまじまじとチケットを見る。もしかして、エトワールにがっかりしちゃったかな……。
「もしも、今回はもう使わないようでしたら……」
「これはいま使えますか?」
「はい、ではステーションにお連れ――」
「いえ、そうじゃなくて、君に案内してもらうのは」
 私は驚いて、一瞬固まってしまった。こんな未熟さを全開でさらしてしまったのに、いいのだろうか?
「私ですか?」
「その、忙しいですか?」
 エトワールにとって大事な仕事でもあるし、私はご案内業務が好きだ。下からきた人が、まるで星が飛びこんできたみたいに目を輝かせてくれると心が弾む。
「いいえ、喜んで」
 ここで名誉挽回したい。いやな思いをさせておしまいってことだけで絶対にしたくなかった。
 そのとき無線が鳴った。お客さまに一礼して距離を取り、私は通話をオンにした。
「はい、こちら、冠のエトワール」
「こちら、ステーション。点灯完了の報告がまだありませんが」
 上司の声にぎくりとしてしまう。そうだ、忘れてた。時計を見ると、予定の時間を大幅に過ぎていた。
「すみません、西の第二区、全て完了しております」
「了解。……星核落としたでしょう?」
 やっぱりお見通しか。私は汗をかいた。星屑灯の具合をチェックするため、町にはいくつかカメラが取りつけられている。どれかには映ってしまっていたのだろう。
「……ごめんなさい。いま見つけました」
「まあ、今回は状況が状況だから、始末書と厳重注意で容赦してあげましょう」
 願ってもないほど寛大な処置だ! 私は胸をなで下ろす。
「あ、あの!」
 いきなり割って入ったのは、後ろで待っていたはずのお客さまだった。
「僕が落としてしまって、それで、えっと……」
 上司の苦笑の声が、スピーカーからわずかに漏れる。
「私どものエトワールが大変失礼をいたしました」
「失礼なんてとんでもないです」
 彼は大げさに首を横に振る。通信機相手にここまでオーバーな身振りをする人、初めて見た。
「僕が悪いんですから……」
「いえ、お客さまに気を使わせてしまった時点でこちらに非がございます。心よりお詫び申し上げます」
 私は二人の会話の隙間に入る。
「あの、お客さまにご依頼いただきましたので、このまま星空散策と町のご案内に向かってもいいですか? ……処理については帰ってからきちんとします」
「了解。時間かかってもいいから、もう今日はそれに専念しなさい。今度は粗相しないように」
 はい、と返事をすると同時に、通信は切れた。
「お客さま、お待たせいたしました。では、向かいましょう」
 彼はほっとしたような様子で、私に手を差し出してきた。
「お願いします。そうそう、僕はラリーっていいます。君は?」
 手を握り返しつつも、私は口ごもる。
「……エトワールです」
 ラリーさんは首を傾げた。
「えっと、それは職業名ではなくて?」
「この制服を着ているときは、そう名乗るのが規則なので」
 感心したようにラリーさんは頷いた。
「噂どおりなんだね。では、よろしくね、エトワール」
 エトワール。そう呼ばれるのも慣れてきたけれども、いまでもやっぱり新鮮で嬉しい響きだ。その名に恥じぬ仕事をしたかった。


 ラリーさんは、私よりも一つ上の十六歳だという。
「小論文で賞を取ったんだ。とはいっても、十八歳以下限定で競うものなんだけどさ。その賞品のひとつがスードヘブン旅行」
 この町に来るのが夢だったという。いまは自由行動の時間で、明日の午後から町の中心部にある研究所へ見学に行くらしい。
 スードヘブンのことは事前にいろいろ調べていて、エトワールに案内してもらうのも楽しみにしていたらしい。私たちの仕事内容にも興味津々なようだった。
 星空に出るためのゲートがあるのは、町で一番高い建物のてっぺん。まずは受付で星空散策の準備をする。私はラリーさんに必要な道具一式を手渡した。
「ごきげんよう、白鳥のエトワール」
 私は出会った同僚に挨拶をした。
「ごきげんよう、冠のエトワール。今夜はご案内?」
「ええ」
 白鳥のエトワールはラリーさんに微笑みかける。
「よいお空の旅を」
 ラリーさんはぎこちなくお辞儀をする。緊張しているようだ。
 ゲートには、他のエトワールもたくさん働いている。なかには二十人以上の大所帯を率いている同僚もいる。私はまだそういうのは任せてもらえない。
「さっきから思ってたんだけど、君は、他のエトワールよりも若いよね」
 ラリーさんはすれ違うエトワールたちと私を見比べた。
「ああ、私は最年少なんです。一年目なので」
「やっぱり。うん、他の人は大人だから、最初見たときもびっくりしたよ」
「そうですね。実はこの歳の子がエトワールになるのは四年ぶりなんです」
 スードヘブンの人口自体はそんなに多くなく、子どもの数も少ない。それに、私みたいに義務教育を終えてすぐにエトワールを始める子なんて、最近はほとんどいなかった。
 同学年で一緒に働き始めた子は、親の跡を継ぐ飲食店や宿屋の子が三人ほど。あとの六人は、地上の学校に進学した。
 近ごろは、地上に行きたいと願う人が増えた。こんな小さな町だけでなく地上の広い世界を知りたい、ここでは学べないことを学びたいのだという。
 別にそういう人たちがみんなスードヘブンを嫌ったわけではない。そう、別の選択肢を選んだだけ。正直、少し寂しい気もするけれど。
「ラリーさん。心の準備はいいですか?」
 私は三重扉の最後の一枚を背にして、彼と向かいあった。
 ここで発する、お決まりの一言があるのだ。
「星畑へようこそ」
 扉が開く。そこには、数え切れない星がきらきらと瞬いていた。
 ラリーさんは感嘆の息をもらす。星が綺麗なのは私の手柄でも何でもないのに、このうえなく誇らしい気分になってしまう。
 深黒の世界が広がる。ぽつぽつと、まるで道しるべのように灯る、色とりどりの光。眩しくて、優しくて、思わず手を伸ばしたくなるような引力が存在する。
 神さまがいるかどうかは私にはわからない。でも、この綺麗な景色が確かに私の目の前にある巡りあわせに感謝したくなるんだ。ここを訪れるたびに、何度でも。
 この夜空は、主に三つのエリアに分類される。観光客が訪れてもいい遊歩区、業者のみ出入り自由の安全区、未知の領域を研究する一握りの人たちだけが足を踏み入れる調査区。
 案内に使うのは遊歩区だけ。大規模なツアーだと決められたコースがあるけれど、私とラリーさんの二人なら小回りがきくから自由に回れる。
 私たちは星空を移動する。感覚としては、歩きと泳ぎの中間だろうか。
「これが一番近い星、焼星ですよ」
 ゲートを出てすぐに目につく焼星は、地上では最も明るく見える星だ。
「ここ、星核が見えますか?」
 光を放つたくさんの星屑の隙間に、指すようにステッキを入れる。間近の星光に慣れないラリーさんは、減光板越しに覗きこんだ。
「うわあ!」
 星核は、光っている星屑に囲まれると、やや地味に映るかもしれない。けれど、光のなかで揺るぎなく浮いている姿はどこか気品がある。
「星核が大きいと、その分引きつける星屑も多く、よく光ります。こちらに来てください」
 名残惜しそうに焼星を見る彼の手を引いて、近くの小さな星に向かった。
「ほら、この星は星核が小さいでしょ? 減光板も必要ないくらいですよ」
「ほんとだ」
 ラリーさんはまた焼星に戻って、見比べている。こういう反応をしてくれるお客さんは、なんか見ているだけで嬉しくなる。でも、いつまでもこのエリアにいては、あっという間に朝を迎えてしまう。
 私たちは次の名所に進む。夜空には星核に属していない星屑もいっぱい漂っているから、ぶつからないように注意しないといけない。
 ラリーさんはそのうちのひとつを捕まえた。まじまじと見つめて、首を傾げる。
「ねえ、星屑灯のなかにある星屑とはちょっと違うんだっけ?」
「はい、そのとおりです。星屑灯のは、私たちが利用しやすいように加工してあります。研究所に行くのでしょう? おそらく、そのときに詳しいお話を伺えると思いますよ」
 次に訪れたのはぶどう星団。六つの星が固まっている。
「あの星が、他と比べて青みが強い理由はご存知ですか?」
 距離があるうちに質問を投げかけると、ラリーさんは難なく答えた。
「青い光を放つ星屑ばかり集まっているからだよね」
 星屑は主に赤、青、緑の三種類。普通は焼星みたいにごちゃまぜに集まって、遠くから見ると混ざりあって白っぽい光になる。けれど、偶然青い光を放つ星屑ばかりを引きよせてしまった星核もある。ぶどう星団のすごいところは、それが複数隣り合って存在していることだ。
「そのとおり。ちなみに、星屑灯用の星屑採集も私たちエトワールの仕事です。どの色をどこに置くかもきちんと決まっています。たとえば青い星屑の在庫が切れかかって補充しにいくときは、やっぱりステッキを使うんですよ」
 私は適当に捕まえた星屑に、ステッキの星核を当てた――緑。
「緑の在庫に余裕があるときはこのまま放してしまいますね。こうやって、色の判別を行ったあとに、採集籠に入れます」
 話しているうちに、ぶどう星団に着いた。
「うわあ、本当だ。青石ばっかり」
「ちょっと距離はありますが、心臓星も木漏れ日星も素敵ですよ」
 人気の星の名前を出すと、ラリーさんの目は光を増した。憧れていたのだという。
「じゃあ、次の星に連れていって。行きたいところ、たくさんあるんだ」
「承知いたしました」
 そうやって、時間の許す限り、私たちはいろんな星を見て回った。ラリーさんは、普通の観光客とはちょっと違っていて、あまり人気のない星も見たがった。
 さんざん歩いて、二人ともすっかりクタクタになったところで、手頃な小惑星で一休みすることにした。ひんやりとした地面に腰を下ろして仰ぐと、まるで空とひとつになったような気分になる。
「月はいいんですか?」
「うーん、いいや。また今度の楽しみに取っておく」
 変わった人だ。私は呆気にとられた。私でさえめったに訪れないような、無名の星を三つも四つもはしごした直後に出る台詞とは思えない。観光客は、みんな真っ先に月を見たがるのに。
「僕はお金持ちじゃないから、次はいつ来られるかわからない。でも、いつかはあの研究所で働きたいんだ。見たいものを今回全部見てしまったら、もういいかって満足してしまうかもしれないだろ? だから、取っておくんだ。今日だって、見たかったのはいくつか残したんだから」
 あれで? 私は思わず笑ってしまった。この人はどれだけ星が好きなんだろう。
 ラリーさんは瓶を取り出した。自分で星屑を拾って瓶に詰められるのが、オプションのひとつだ。彼は今日訪れた星から少しずつ星屑を取り、配色を考えながら順に重ねていった。
「この光、しばらくは持つんだよね? どの石がどの星のものか、あとでメモしておこうかな。そうしたら次回の参考になるし」
 ふいに、彼は十時の方向を指した。
「あっちに波星っていうのがあるだろ?」
 波星もなかなか人が寄らない星だ。星核の大きさが周期的に変化して面白いんだけど。
「あれは、月の次……いや、最後かな」
「なぜ?」
「最初に望遠鏡で見たのが、波星だったんだ」
 ラリーさんには、天文愛好家のお祖父さんがいた。お祖父さんにはよく望遠鏡を覗かせてもらっていたらしい。
「うちの祖父ちゃんも、スードヘブンに来たがっていた。祖父ちゃんが若いころはまだスードヘブンは選ばれた人間しか来られない場所で、ようやく一般にも開放されたときには、衰えて飛行機には乗れなくなっていた」
 スードヘブンまで来る飛行機は、地上の都市同士を行き来するものよりも人体に負荷がかかる。健康に問題のある人は、残念ながら来ることができない。
「結局祖父ちゃんは死んじゃった。でも、いま生きている人のなかにも、同じような理由で諦めている人がいるかもしれないだろ。僕、大人になったら、人体に負担の少ない移動手段を確立したいんだ」
 そうすれば、もっといろんな人がスードヘブンにやってくる。星空だってもっと多くの人の憩いの場所になれる。ラリーさんは熱く語った。そして、ふと我に返る。
「ごめん、つい喋りすぎちゃうな。いまの僕は、研究者でも住人でもないのにね。そう……ただの地上からの観光客だ」
 彼は自分の故郷の話を始めた。ラリーさんの住まいは田舎にあるけれど、交通が発達しているから都会までは短時間で行けるらしい。草原も、ビルも、車も、スードヘブンにはほとんど存在しない。本や映像でしか見たことないものを想像しながら、私はその話に相槌を打った。
 今日はアクシデントがあったから、こんなに長時間かつ自由に接しているけれど、いつもは決まったコースを回るだけ。お客さまから地上の話をここまでたく さん聞くのは初めてだった。知らない景色の話が出るたびに、スードヘブンとの違いを感じる。どれも珍しくて面白い。地上に出ていった子たちの気持ちが少し だけ理解できる気がした。
 ある程度語り終えたラリーさんは、姿勢をちょっとだけ崩して彼方を見やる。
「エトワールは、安全区も行けるんだっけ」
「ええ。そちらも案内できたらいいんですけれど、開放日以外はだめなんです。ごめんなさい」
 それをオプションにできたら、ラリーさんも喜んでくれただろうになあ。決まりを守るのは理由があるからなんだけれど、こういう人を前にすると気持ちが揺れてしまう。
「いや、いいんだ。そうだな、研究者になったら……うん、そのときのお楽しみだ」
 心苦しさはあったけれど、そう言う彼のどこか晴々とした表情に救われた。
 私は立ち上がる。
「もうそろそろ時間ですね。町のなかも簡単にご紹介しますよ」
「お願いします。……ちょっと名残惜しいけど」
 言いつつもそこで立ち止まらなかったのは、また来ると自分に言い聞かせているからだろう。私は何も言わず、ゲートへと向かった。
 ラリーさんの装備を返却して、町に戻ったときには、とっくに日付が変わっていた。
「ラリーさん、眠くはないですか? 気分悪くないですか?」
 あれだけ歩きまわったのだから、疲れてしまっていないだろうか。慣れない環境で具合が悪くなっていないか。
 私の心配など必要ないように、ラリーさんは笑って首を横に振った。
「エトワールこそ大丈夫? 僕、全然気を使わなかったね。そっちこそ疲れていない?」
「私は鍛えていますから。でも……」
 ちょうど目の前に、いい場所がある。
「せっかくですし、オススメのお店がありますからどうですか?」
 ラリーさんはパッと明かりがついたように笑った。
「よかった。実は、ちょっと何かお腹に入れておきたかったんだ」
 その返事に笑いながら頷き、私は飴色の扉を開けた。


「ふう、食べたー」
 カランカラン、と陽気なドアベルを鳴らしながら、私たちは店を出た。見送りに出てきてくれた子に手を振る。
「あの子は、学校の同級生なんです。同じ十五歳で働きはじめた仲間……というか」
 ラリーさんは感心したように頷いて、店へと入っていく同級生と私を見比べた。
「二人ともすごいなあ。この歳でもう働いているんだね。僕なんか、まだまだ親に頼ってばかりで、これから大学も世話になる予定だし」
「すごくないですよ。私なんてまだまだ未熟で」
 でないと、今日みたいな失敗はやらかさない。
「全然! 星空の案内だって大人顔負けだよ! やっぱり君もプロなんだね。ちゃんと仕事しているんだから、僕からしたら立派なもんだよ」
 社交辞令も含まれるんだろうけれど、そう言われると照れてしまう。
 一口に地上からのお客さまといっても、価値観はさまざまだ。彼のように言ってくれる人もいれば、こんな子どもなのに働くなんてと同情してくる人もいる。
 別に私は貧しいから上の学校に行かなかったわけではないし、力不足なだけで仕事が苦痛だとも思わない。だから最初は、笑顔でかわすものの、内心「可哀想に」の言葉に戸惑ったりした。
 十五で働くことに疑問を抱きはしなかったけれど、仕事を始めて、それが意外と少数派であることを知った。私は外のことをまったくわかってない。お客さまと関わって、スードヘブン独自の文化に気づくことも多いのだ。
「それにしても、こんなに深夜なのに、ここも外も人が多いね」
 彼は周囲を見渡す。土産物屋にも食堂にも、観光客の姿が何人も見える。
「星空散策が観光の柱ですからね、どうしてもお客さまの活動時間も夜になってしまいますし」
 星空が売りなのだから、私のようなエトワールや観光客相手のお店をやっている人たちも、夜勤がメインになる。スードヘブンでは約六割の人間が夜に働いている。
「だから、昼間は静かですよ。おそらく、ラリーさんが研究所に行くときは道もそんなに込み合っていないと思います。町の半分は寝ているから」
 話をしながら、私はラリーさんを町の奥へと連れていった。案内したのは、美術館、スードヘブン完成を記念したモニュメント、流れ星体験。変わったところで、地上へ行く市民のための重力適応施設。
 最後に彼が行きたいと言ったのは、私たちが出会ったあの星屑灯のある場所だ。
「戻ってきたなー」
 ラリーさんは手すりに寄りかかりながら、苦笑する。
「はは、こんなところからよく飛び降りたよ」
 私は、数時間前の出来事を思い出して、表情が引きつってしまった。
「あのときの失敗、ここまでの間に取り戻せましたかね?」
「なに言ってるんだよ。すっごく楽しい夜だったよ」
 そう言ってくれたラリーさんは、なにかに目を留める。
「あ、朝日だ……」
 東の空から、ゆっくりと光があふれだす。朝日は、夜に慣れた目には少し痛い。けれど、今日はいつになく優しく見えた。
「この時間に朝日?」
 ラリーさんは時計を見て目を丸くする。
「この高さですからね。日の出は早いんです。日の入りも遅かったでしょ?」
 納得しながら、彼はまるで懐かしむように呟く。
「僕の故郷だとね、朝日は草原の向こうから顔を出すんだ。こんなに高いところから見ると不思議だな。どこで見てもやっぱり日の出は美しいんだね」
「草原、ですか。広い地面に草がたくさん生えているんですよね」
 私の貧困な表現に、ラリーさんは苦笑した。
「そっか、スードヘブンは芝生くらいしかないんだよね。草原は気持ちいいよ。君にも見せてやりたい。東西南北、どこを見渡しても緑の絨毯が広がっていて さ。夜明けと夕暮れは本当に綺麗で、そういうときに外でのんびりするのが好きなんだ。雨に当たるのも、雪の日に寝転ぶのも楽しいよ」
 ラリーさんが言うには、スードヘブンが何個も入るくらい広い土地らしい。星空を元に想像してみたけれど、きっと実物は違うんだろうな。
 手すりにもたれかかり、私は光に満たされていく町を見下ろした。
「実は私、夜明けがそんなに好きじゃないんです。せっかくともした星屑灯の光が消えていくから、寂しくなってしまって」
 言っている間にも、色とりどりの明かりがぽつぽつと消えていく。また夕方に星核をかざすまで、しばしの眠りにつくのだ。
「でも、今日はほっとする」
 ため息交じりに呟くと、いきなり頬に冷たい感触が訪れて、思わず飛び上がった。
「ひゃっ!」
「ごめんごめん、これ、お詫び」
 ラリーさんは、近くの販売機で売っている流星ソーダを手にしていた。私はお礼を言いながらそれを受け取る。
 パチパチと弾けるキャンディー入りの中身を飲み干すと、一気に眼が冴える。
「へえ、これがスードヘブンのソーダなんだ」
 ラリーさんは珍しそうに目を丸くした。
「初めて飲んだよ。変わってるね」
「そうですか? 私は、逆に本物のソーダ飲んだことなくて」
 ここでは、炭酸飲料の扱いは禁止されている。だから、口に入れると弾けるキャンディーを使って、ソーダに似せたものを作っているのだ。
「そうですね、地上にはないものがスードヘブンにある代わりに、スードヘブンにないものが地上にはあるんですね」
 どうしてだろう、今朝はやけにそれをしみじみと感じてしまう。
「……ここが嫌になったりしたことはある?」
 改めて考える。ここには草原もないし、町の雰囲気にそぐわないような現代的すぎる機械だって少ない。それでも、答えは否だった。
「私は全然。やっぱり、星から遠い生活なんて考えられないし」
 本当に小さくておもちゃみたいな町だけど、私はスードヘブンが大好きなのだ。こうして誰かと出会って、星の素晴らしさを共有できる、素敵な場所。外の世界にはない、ここだけでしかできないこともある。
 ラリーさんは、強烈な太陽にかき消されて薄れていく星々を、慈しむように眺めている。
「ああ、そうだね。ここは素敵だ」
 その一言が私をどれだけ幸せにするか。こうやってお客さまの笑顔を見ると、やっぱり自分はこの町と仕事への愛着を実感するし、もっと頑張りたくなる。
 昼に研究所との約束があるということで、ラリーさんをホテルまで送って、本日の業務は終了となった。その後、星核を落としたことで、上司からお叱りを受けたのは言うまでもない。


 ラリーさんが再び私の前に現れたのは、次の朝方だった。わざわざステーションまで尋ねてきてくれたのだ。
「もう帰っちゃうんですね」
「うん、でもまた来るよ。絶対に」
 研究所では有意義な話をたくさん聞けたそうだ。前日よりもさらに生き生きしていて、帰ったら猛勉強すると意気込みを語ってくれた。
 上司の勧めもあり、私は彼を汽車乗り場まで一緒に行くことにした。
「あっという間だったけど、本当に楽しかったなー」
 その言葉が嬉しくて、ついつい満面の笑みになる。
「今度いらしたときも、またエトワールステーションにぜひ寄ってくださいね」
「うん、そのときはまた案内してね」
 やった!
「はい! 事前にご連絡いただけたら、最優先でお引き受けします!」
 業務上でももう済んだことになったとはいえ、星核落としのインパクトはあまりにも大きかった。自分の失態を忘れずにいるためにも、彼がこれから何度来ようと、そのたびに心をこめて仕事をしたい。
 はりきって勢いよく言ってしまったものだから、ラリーさんも思わず苦笑いになった。
「もしもエトワールが地上にくるときは言ってよ。そのときは僕が案内するから」
「地上ですか……。一回、遊びにいってみたいです」
 そして、広い大地の真ん中に立ってみたい。
「まだお仕事こなしていかなければなりませんから、いつになるかはわかりませんけど」
「仕事はこれからもずっと続けていくつもり?」
「ええ。クビにならない限りは」
 毎日、星空と町を歩いて、不特定多数の人に決まったことを喋る。それって楽しいのかって聞かれても、私は笑って頷く。だって、お客さまは一人一人背景や反応も違って、そのたびに気づかされることがある。同じ一日を繰り返すわけではないのだ。
 既に汽車は到着していて、出発の時を待っていた。別れ際、私はラリーさんを呼び止めて、散策のときの瓶詰めを取り出してもらった。
「これはおまけです」
 私はステッキをラリーさんの瓶にかざす。次の瞬間、三色の光が瓶を満たした。
「せっかくだし、もう何時間かだけでも」
 ラリーさんは瓶を見つめて、柔らかく笑った、
「ありがとう、エトワール。……それじゃあ、またね」
 彼は手を振り、改札の先へ進んでいった。
 またね、か。もう一度会えたら嬉しいな。
 離れていく背中を見つめていると、なんだか寂しくなってしまう。友達が行ってしまうようで、つい引きとめたくなる。けれども、それはエトワールとしては正しくない。お客さまはお客さま。笑顔で迎えて、笑顔で見送る。これが基本だ。
 パチンと両頬を叩きながら、私は青空を見つめた。いまは太陽で目立たないけれど、そこには無数の星々が光っている。いつになく、夜が待ち遠しかった。


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