下準備 09
「なんだ、コガラシも同じ結論だったか」
「本当にそんなんで安全だとは思えないんだけど!?」
「坂月君が戦えるなら地上でも問題ないけど、そうはいかないだろう? そもそも、君は戦う以前に運動してなさそうだし」
そういって腹周りの肉をつねって見せてくるアキトを、俺は慌てて否定する。運動は確かに積極的にやってないが、決して太っているというわけではないのだ。
「人のおなかの肉をこれ見よがしにつねるな! BMIは平均だから、太ってるわけじゃなくてちょっと腹筋が付きにくいだけなんだよ!」
これから体育の授業が本格的に始まれば、勝手に落ちていくはずだ。……春休み明けでちょっとお腹周りとか増えてないよな。
「BMI……?まあ、別に君が太ってるとは言ってないさ。地上で動けないなら、この辺りは空飛ぶ異形はいないから上空が無難だ。土の中だと鬼の攻撃の仕方によっては食らいそうだし、周りの様子が見れないだろ? それなら上がいい。高い所に浮いてれば攻撃も当たらないだろうしな」
俺のお腹の肉に、アキトはそれ以上触れるつもりがないらしい。話を元に戻すと、空中の安全を自信満々に説いてきた。確かに、先ほどの鬼の様子を思い出す限り奴が遠距離攻撃をしかけてくるってのはなさそうだ。
「そういうもんなのか?」
「そういうもんなんだ」
……いまち信じられないが、信じるしかないのだろう。変に地中に潜るよりかは、まだ足もとには透明なガラスがあるって思えば高い位置でも漂えるんじゃないかって気がしてきた。さすがにビル10階の高さに漂えって言われたら無理だが、2階ぐらいの高さならなんとかなる気がする。高所恐怖症ってわけでもないしな。
「分かった……。アキトが外に出るたびに高い位置で漂うことにする」
「そうと決めたら、早速高い位置に漂う練習だな!」
「さっき降りるときとかイメージしろって言ってたけど、この状態ってイメージで変化するのか?」
地面に降りるときのアキトの助言を思い返すと、どうもイメージで動ける範囲が変わりそうな気がする。
「おう、変化する。魂って本来形があるものではないからな。魂の状態で身体と変わりない形を保っているのをみたところ、坂月君の固定概念……イメージ力は強いものだと思うよ」
「?……形を保ってるって言われても足がないんだけど」
アキトに言われて自分の今の状態を改めて見てみる。今の状態は昨日の制服姿のままだ。ただし足はない。
「それは坂月君が魂の状態って言われて、そうイメージしたからじゃないか? 無意識にドアを通り抜けたのは、”外に出る”って動作をするのに意識するまでもなくドアがあれば開けて通るから。壁が通れなかったのは壁は通るものではないと認識しているからだろうな」
言われてみれば確かに納得するな。そもそも今の状態だってちょうどアキトと目線はぴったり合っている。変に高い位置に浮かんでいるわけでもないし、沈んでいるわけでもない。
「なるほど」
「認識やイメージにばらつきが見られるのは魂の状態が不安定だったり、そもそもこの状態に慣れていないってとこだろうな……。まあ、君ならすぐ慣れて高い位置にいけるさ!ただ、あんまり高い位置に行ってそのまま逝かないようにな」
「おい、さらっと怖いこというなよ!」
上に上がりすぎると天国にたどり着くのかよ……!
「冗談さ。さあ、早速練習しよう」
「くっそ、本気で信じかけたぞ……!」
笑うアキトに、やはりあたらない拳を振り上げつつも俺は高い位置で漂う練習を始めるのであった。……さっさと習得して、必ずアキトをどつく……!




