下準備 06
「さて、いったん体制を立て直すか…戻るよ」
神社から離れ、少し道を歩いたところでアキトはこちらをみずに呟く。やや高い位置からの住宅街はいつもと違って、自分の家へ続く道かと疑いたくなった。落ち着きなく辺りを見回す俺と違い、アキトはどうやら俺の家の場所は覚えているらしく、落ちつた様子で歩いている。そわそわ漂っているうちにあっという間に少しくたびれた家――我が家にたどり着いた。そのままアキトが家の玄関を開けたところで、慌てて俺は声を掛ける。
「っと、まって家に入る前にどうやって降りればいいか教えてくれ! このままじゃ中に入れない」
「君はどうやって家の外にでたんだ?」
「あ!」
面白がるようにこちらを見上げるアキトの言葉に思わず俺は声を上げる。確かにドアは閉まっていたはずだ。今の状態なら半透明ですり抜けたってことか? でも俺の今浮いている高さだと目の前は壁である。これを通り抜けられるとは想像がつかない。恐る恐る手を伸ばしてみて壁に触ってみた――が、通り抜けない!?
いや、通り抜けても驚くけど、どういうことだ!? 助けを求めてアキトを見れば、彼も意外そうに俺の手と壁を見ている。
「位置がごちゃ混ぜになっているのか? それとも意識の問題なのか……」
「どうなってんのこれ!?」
「とりあえず、あープールとかに飛び込む気持ち下に飛び込んでみな?」
「そんなんで降りれるのかよ……」
とりあえず、頭の中でイメージしてジャンプをしてみる。するとすっと体が下へ落ちた。
「お、本当に降りてこれた」
「おいおい! 地面に埋まったんだけど!」
が、今度は地面に体の半分以上が埋まった。玄関先に埋まった俺をアキトが近づいてきて眺めるので、埋まってない両手で抗議の意味をこめて地面を叩く。
「落ち着けって、ほら。水面から上がる感じででてみろって」
「くっそ……」
思わず悪態をつきつつ、プールサイドに上がるイメージで地面から抜け出ようともがく。
「出れただろ? 今度は階段の2、3段目から飛び降りるイメージをすれば埋まらないかもな」
案外あっさりと地面に埋まった体は出てきたが、釈然としない。
「このやろうっ!」
文句を言おうとアキトに詰め寄るが、ひょいっとかわされて彼はそのまま玄関の扉を開けた。
「まあまあ、玄関で独り言を言ってるように見えるし、俺も治療をしたいからな、家に入ろう」
「え!? 怪我していたのか!?」
まったくそんな様子には見えなかった。慌ててアキト――俺の身体を上から下まで見るが、灰色のパーカにもジーパンにも赤い染みは見当たらない。もしかして打撲とかか――まさか骨とかじゃないよな。戦闘するってことは、俺の身体が傷ひとつなく帰ってくる保障がないんだ。今更それに気がついて俺は血の気が引いた。
「ドア開けとくから中はいれって……たいした怪我じゃないからそう真っ青になるなって。軽傷だよ、軽傷。でも歩くたびに痛いからそろそろ靴を脱ぎたいなって」
アキトに促されて慌てて俺は家の中に入る。続けてアキトも扉を閉めつつも中に入り、すぐに座り込み靴を脱ぎ始めた。
「コガラシみたいに足をやられたのか!?」
「いや、敵にやられたわけじゃない」
脱いだ靴のかかとが血に染まっていた。何時の間に血が出るほどの怪我をしていたんだ。平然とした様子でここまで歩いていたが大丈夫なのか!?
「きゅ、救急箱か、救急車か!? ど、どうしよう」
「ここまで酷い靴擦れ起こすとは思わなかったな。新しい靴血まみれにしてごめんな」
「え……靴擦れ……?」
慌ててリビングの救急箱を取りに行こうとした俺は、その言葉に振り返ってアキトの足を見る。靴下を脱いだ足の踵は赤くなって皮がめくれていた。
「そう、靴擦れ。動きやすくて履きなれてる靴って置いてあるか?」
制服用の革靴だとちょっと動きにくいからなというアキトに俺は、あたりもしない拳を無言で振り上げるのだった。




