下準備 05
「あら、話し声が聞こえたと思ったのですけれど……」
あたりを見回しながらお婆さんはゆっくりとこちらへと歩いてきた。話し声が聞こえたって、俺の声が聞こえていた!? 空中じゃ隠れる場所がない! どうする!? 一瞬、焦り掛けるが、お婆さんの反応からして見えていないのではないかと思い直して落ち着くことにする。
「俺しかここにいないと思いますよ。公園で誰か遊んでたんですかね」
「そう? ……しかし、学生さん?よね。まだ学校がある時間だと思うのだけど、どうしたの?」
一番聞かれたくないことを聞かれたっ! 落ち着こうと思ったが無理だ! 確かにこの時期テスト期間でもないし、俺の見てくれ的に大学生には見えない。お婆さんに声が聞こえている以上俺が口を出すわけにもいかないし、そもそもうまい言い訳が思い浮かばなかった。空中であたふたしている俺とは違ってアキトは落ち着いた様子である。
「ちょっと、体調不良で学校に行ってないだけですよ。病院に行ったはいいんですけど、帰り道ちょっと気分が悪くなってしまって……ここで少し休んでいたところです」
「あら、大丈夫?」
咄嗟によく思いつくものだ。ちょっと気分が優れませんといった顔になっている。それを聞いたお婆さんは心配そうに見てきたので、これで何とかごまかせそうだ。
「ええ。ちょと休んだら大丈夫になりました」
「本当に? 親御さん呼ばなくて大丈夫? ここの隣が私の家だから、電話して向かえを頼みましょうか?」
「ありがとうございます。でも、この道をまっすぐ行って少し歩けば着くので大丈夫です」
「あら、近いのね。ん……もしかして坂月さんの食いしん坊君?」
「? 確かに坂月ですけど……」
一瞬アキトがこちらに目配せをしてくる。知り合いかということだろうか。しかし、最近ここに越してきた俺に近所で知り合いはいないのだ。困惑する俺をよそに、お婆さんは懐かしそうに目を細めた。
「お祖父さんが源三郎さんじゃない? よくこの公園とかで遊んでいろいろ口に入れて怒られていたと思うのだけど……」
祖父は確かに源三郎だが、そんな記憶はない。そしてなんだか昔話が始まりそうであった。適当に話を切り上げて退散したほうがぼろも出ないからいいだろう。しかし、俺は一体どうやって動けばいいんだ?
「祖父の友人でしたか。すみません、覚えてないみたいです」
「小さいころだったからね。こっちに遊びに来るのも少なかったし……っと、体調が悪いのに引き止めても悪いわね。ごめんなさい」
「いえ、こちらこそお気遣いありがとうございました。失礼します」
長話は回避できたようでよかった。軽く会釈してアキトは神社の外へと歩き始める。って、置いてかれる!と慌てて後を着いて行って気がついた。俺は今どうやって進んでいるんだ。空中を歩いているのだろうか。先ほど飛び上がった高さと変わらない位置でどうやってだか動いている。アキトに降り方も聞きたいがとりあえずお婆さんに聞こえない場所に進んでからになりそうだ。どうしようもないのでとりあえずアキトについていくことを意識して俺は彼の後に続くのだった。




