桜並木にて
はらりはらりと宙に桜が舞っていた。新月のため灯りはないが、ピンクの花弁は途切れることなく地に降り注いでいる。
はらりはらり、はらはらと。
静まり返った桜並木道に音もなく舞踊る。
「おーい、兄さん。そろそろ現実に戻ってきてくれー」
自己の世界で桜の様子を詩的表現をし、風情を嗜んでいた俺。しかし、視界に入って、ひらひら手をふられてしまえば無視できない。だから俺は仕方なしに口を開いた。
「認めよう。認めてやろう……!」
桜と脳内から、視界に入ってきた一人の茶髪の青年に意識を移す。
「……幽霊は存在してたって!認めるからまじで呪うの勘弁してください」
もう幽霊信じてなくてごめんなさい。今後は信じます。
「いや、まてよ!幽霊ってなんだよ!?」
「いやいや、あなた様のことですよ!?」
「お前、大丈夫か? 俺は生身の人間だぜ」
「生身の人間が半透明なわけあるか!生身というか半身だよ!半身!薄いから!すごく薄いから!」
「俺、存在感はあると思うんだけどなあ」
「存在感うんぬんよりか半透明だから!後ろで舞ってる桜のせいかピンク色だから!」
「全身ピンク色とかやめろよ!お前俺が変態とでもいうのか?」
「いたいけな男子高校生を出てきて驚かせる変態だと思う」
そこは真顔で返させて貰った。いや、女子を驚かせてたら変態か。しかし、俺を驚かせている時点で特殊な性癖の持ち主か………。ひとまず逃げよう。全力で逃げよう。
半透明だからていって、突っ切る勇気はない。だからそのまま回れ右をすると俺は全力で走り出した。いや、走り出そうとした。
「いや、ちょいまてよ!」
声とともに、服越しからひんやりとした感覚がした。
「ひぃ………!は、離せよっ」
右腕を捕まれた。ふりほどいて走り出したいが、完璧に俺は止まる。
「いや、離したらお前逃げるだろう?」
穏やかな言い方だが、つかまれた手は痛い。幽霊も人を触ることができるのか。実体があるのか。そんなの知らない。
ヤバい。ヤバい。俺、呪われるのか。殺されるのか。
「そんなに怯えるなって。ちょっと聞きたいことがあるんだ」
あれか、私きれい?とか何色の紙?とかそう言ったあの問いかけか。きちんと答えないと変わりに命もらうとかいう理不尽な質問か。あれでも、そんな質問するのは女の幽霊だっけ。男バージョンの質問はあっただろうか。いやまて、口裂け女も、紫婆も幽霊じゃなくて妖怪か。幽霊の質問ってなんだっけ?
「お前さ……」
混乱する俺をよそに青年が口を開き言葉を続けようとしたが、
「はっ?」
「なっ!?」
どんっといきなり真横からきたなにかに俺は吹き飛ばされた。
「っ」
すぐ横の桜の木に強く体を打ち付け、なにが起こったのかと把握する前に俺は意識を失った。