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春を待つ花  作者: 日暮
一、 始まりの春、夏に沈む
8/11

花舞小枝 5

 川嶋くんたちが来たすぐ後に、私たちの注文した料理が運ばれてきた。川嶋くんは料理を運んできた店員を呼び止めてカレーピラフを注文し、メニューを隣に押しやった。


「……ブレンドコーヒー」


 ざっとメニューを眺め、ちらりと店員に目をやった彼は、ぼそりと言葉を発した。そしてすぐにメニューを閉じ、頬杖をついて窓の外に視線を移す。その様子を見て苦笑しながら、川嶋くんは私たちに、先に食べ始めるように言った。

 時刻は一時半を少しだけ過ぎている。コーヒーしか頼まなかったけれど、おなかはすいていないのだろうか。そう考えた時、私の頭の中だけで再生されたその言葉を、洋子ちゃんが彼に向けて問いかけた。まるで私の考えを読み取ったかのようだ。彼の方に目を向けると、視線は相変わらず窓の外に向けたまま一言、「もう食った」とだけ答える。


「水無瀬この近くに住んでるんだ。大学まで徒歩五分の距離。しかもけっこう豪華なマンション。一人暮らしなのに」

「お前には関係ねえだろ。せっかくゆっくりしてたのに家まで押しかけてきやがって」

「だって水無瀬が電話に出なかったから」

「あえて無視したんだよ」

「うわ、ひどいやつ。高杉さんからだったらそんなことしないくせに」


 突然自分の名前が出たことにびっくりして川嶋くんを見ると、ニヤニヤしながら彼の方を見ている。その彼に視線を移すと、川嶋くんのことをきつく睨んでいた。

 なんだか、私の名前が出るだけでもいやそうだ。初めて出会った頃の、私を嫌っていた彼に戻ってしまったような気がする。胸の中に何かがどすんと落ちてきたような息苦しさを感じた。

 こんな状態なら、彼は私が近くにいることすら苦痛に感じているはず。川嶋くんや洋子ちゃんがいても、一緒に旅行なんて無理に決まっている。彼が楽しめないなら、私だって楽しめない。そしたら洋子ちゃんたちも気を使って、みんなが疲れてしまう。


「さくら、食べないの?」


 洋子ちゃんが私の顔をのぞきこんできた。いろいろ考えていて料理にまったく手をつけていなかったため、具合でも悪いんじゃないかと心配してくれているようだ。さっき泣いてしまったこともあるし、今日は迷惑をかけっぱなしだ。大丈夫と伝えて、注文したミートスパゲティーを一口食べた。普段ならきっとおいしいと感じるはずだけれど、今は味すらわからない。小さくため息をついて、フォークを置いた。彼と私の間に流れるこの空気の重さに、もう耐えられそうにない。

 隣に座る洋子ちゃんに顔を寄せ、旅行はやめよう、とこそりと伝えた。洋子ちゃんはパスタを口に運んでいる途中でぴたりと動きを止め、「なんで!?」と驚いたように私を見る。


「おい、うるせえぞ広川」

「だってさくらが旅行やめようって! せっかく私たち四人で行こうって話してたのに」

「旅行? 俺は聞いてねえぞ」

「俺は水無瀬をここにつれてくるだけで精一杯だった」


 どうやら川嶋くんは、本当に彼をここにつれてきただけのようだ。何も聞いていないという彼に、洋子ちゃんと川嶋くんが旅行計画を話した。計画といっても、ゴールデンウィークに温泉に行こうという大雑把な話でしかないのだけれど。

 そしてその話が終わると、今度は二人の視線が私に向いた。なぜ行きたくないのか、という話題だ。なぜ、と聞かれても、答えようがない。みんなが楽しめないよ、なんて言ってもまた「なぜ?」が返ってくるだろうし、彼が楽しめないから、と言うと彼のせいにしているみたいになってしまう。私が楽しめないという理由もあるけれど、それはあまりにも自分勝手。

 答えに困り、黙ったままうつむく。そのまましばらく気まずい沈黙が続いたあと、洋子ちゃんがいきなりテーブルにどんっと手をついて身を乗り出した。


「水無瀬くん、旅行行くでしょ? 行くよね? 決定。さくら、水無瀬くん行きたいんだって」

「おい待て。俺はまだ、」

「決定。高杉さん、水無瀬が行きたいんだって。仕方ないからみんなで一緒に行ってあげよう」


 何か言いかけている彼を無視して、洋子ちゃんと川嶋くんは次々私に話しかける。ちらりと彼を見ると、彼も私を見ていた。一気に顔が熱くなり、すぐに目をそらす。一度深呼吸をしてから、再び彼の方を向いた。


「みんなで一緒に、い、行きませんか?」


 たったそれだけ言うにも緊張して、思わず敬語になってしまった。こんなことですら断られるのが怖いなんて、私はどれだけこの人のことが好きなんだろう。今のでさえこうなのだから、やっぱり告白なんてできっこない。

 数秒間の沈黙がとても長く感じられ、心臓はどきどきと激しく鳴り続けている。


「水無瀬、行くだろ?」

「……仕方ねえな。お前らがそこまで言うなら行ってやる」


 行かない、と言われなかったことにほっとするのと同時に、背中を押してくれた洋子ちゃんと川嶋くんに感謝した。怖がるだけで何もしようとしないのは、傷つかないかわりに前には進めない。以前のようにとはいかなくても、せめて嫌われないようにするためには、嫌われることを覚悟して行動を起こさなければ。

 お互いが「嫌いな人」から「好きな人」になるまでの間、一度も「友達」だったことがない私たちが「友達」になるためには、普通の人が必要としない努力をしなければならないのだ。


「それじゃあ、具体的なこと決めていこうよ。ゴールデンウィーク中に行こうと思ったらもう時間ないし、早く決めて予約しないと」


 川嶋くんたちが注文したものも運ばれ、全員が食事を終えたあともしばらく、旅行のことについての話し合いが続いた。携帯で情報を集めながら、どこに行くか、どんなことをしたいかなど意見を出し合っていく。途中で彼をのぞいた私たち三人がデザートを注文して甘い物の話になったり、主に彼と川嶋くんの間で意見が割れて話が関係ない方向にそれていったりもしたけれど、最終的にはうまくまとまった。

 温泉や様々なアミューズメントがある宿泊施設に二泊三日の旅行。大学の近くからホテルまでの直行バスが利用でき、料金も他と比べて安い学割プランを申し込もうということになった。さっそく川嶋くんが電話をかけ、なんとか予約できたのがコネクトツイン一部屋とダブル一部屋。希望はシングル二部屋とツイン一部屋、もしくはツイン二部屋だったけれど、やはりこの時期になるとほとんど部屋は埋まっているらしい。人気のある宿泊施設のため、部屋が取れただけでも運がよかったのかもしれない。

 とりあえずのプランも決まり、カフェを出たのは四時半。三時間も留まってしまった。洋子ちゃんが旅行用に新しい服を買いたいと言うので私も付き合うことになり、川嶋くんたちとはカフェを出たところで別れた。

 買い物をすませて家に帰ると、今度は両親に旅行の話をする。洋子ちゃんの他に川嶋くんや彼も一緒だと正直に話すと、二人とも少し難しい顔をした。はっきり話したわけではないけれど、両親は一年前私と彼が別れてしまったことを知っているようだ。だからあまり心配させないように、彼が日本に帰ってきていることを話したあと友達として仲良くしていると言った。いくら友達といっても男の子と、しかもそのうち一人は以前付き合っていた人なのに一緒に旅行なんて、と父には言われたけれど、洋子ちゃんも一緒だから大丈夫と母が説得してくれたおかげでなんとか許してもらうことができた。


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