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第二話

 日が傾いて来たからといって、バティーラの王都ベグナスの活気ある様は衰えをみせない。食料品店や飲食店、衣料店などの商家が店閉まいとなる代わりに、居酒屋や風俗等の類が店を開け、変化するとすれば人の流れが変わるだけだからである。

 ただそれも、立憲制以前に比べれば落ち着いたものだ。税率が上がってからの都市住民らの財布の固さは増すばかり。各店舗に訪れる客足も確に減った。客一人辺りの購入価格も低下した。購入数も下降した。目に見えて市民らの購買意欲は低下しているのだ。

 日が暮れてきたとあって商人達は各々の店を閉じ始めながら、心のうちで呟く。不景気な世になってしまった。このままじゃあ商売上がったりだ。

 そんな中、騎馬の一隊が商店の立ち並ぶ石畳みの通りを通過していく。王宮に配備されている親衛隊である事は、鉄冑の両側面に据えつけられた赤色の羽飾りを見れば一目瞭然であった。

 店じまいの手を止めた商人達や行き交っていた通行人達が、親衛隊の為に道を開けて通りの両脇へと身を寄せ、恭しく頭を垂れた。しかし、通過していく親衛隊への彼等の抱いている想いは、立礼の形程恭しくは無い。

 それどころか、気取りやがって兵隊どもめ、等といった悪意程の物を抱くのであったが、それもこれも暮らし向きが悪くなった民衆の不満の表れなのだ。矛先は無論彼等の主君だが、ひいては王宮に属している役人や兵士全般に向けられているのだった。

 そんな空気を肌で感じている一人が、親衛隊の隊長オスカードルである。彼は馬上から道端でかしこまる民衆らを見渡して、その内心では(まつりごと)への不満から、自分達に向けられていた尊厳が薄らぎつつあるのを見通していた。それはつい先程までに嫌という程思い知らされたばかりだからでもある。

 オスカードルが部下を率いて街中へ出動したのは、王宮管理官のヘイゲルから、行方の分からなくなっていた内親王殿下が市街の裏通りで発見された、という一報を受けたからである。ただし、内親王殿下は何者かの手に寄って連れ去られた。犯人は藍色のジャケットを着用した20代程の若者である。直ちに周辺の捜索に当たられたし、といった驚くべき内容だったので、オスカードルは部下を集めて急行した。

 現着したオスカードルは、内親王殿下を発見した当事者である兵士の一団と協力して部下を分けて捜索に当たらせたが、成果はまったくあがらなかった。それというのも、周辺地域住民などからの目撃情報を得ようとして聞き込み調査を開始したのだが、住民らがいたって非協力的な態度を取ったからであった。

「そんな奴見かけませんねぇ」

「知りませんなぁ」

「私には分かりません」

 等といった反応をみせる住民らであったが、真に知らないとあれば仕方ない事ながら、どうも真剣に思いだそうとする様子がない。連れ去られたというのが内親王殿下である、という事を持ち出したところで、同情の声は挙がれど協力的になる向きはない。

 オスカードル自身も捜索にあたったが、結果は燦々たるものである。黒いジャケットを着込んだ年齢、体格ともに聞いていた誘拐犯の特徴と似かよった若者を見た時、もしや、と思ったが、これがただの酔っぱらいであった。念のため姫様の件を問いただしてみたが、

「知りやせんよ旦那ぁ」

と、酒臭い息を吐きかけられただけだった。引き返して部下からの報告を受けたが、変わらず捜索は難航している。オスカードルは落胆したが、同時に、住民らの態度から国としての有り様が間違った方向に進みつつあると感じて、不安を募らせたのだった。

 いずれにせよこれ以上の捜索続行は難しい。一旦王宮へ戻って対策を立て直さなければならない。内親王殿下が怪しげな男に拉致されたとあっては、最捜索も急がなければならないのだ。帰還する道中、繁華街の通りを進みながら、住民らの事は頭から外し、馬上で考えるオスカードルであった。


 そのオスカードルら親衛隊がいまだ捜索を行っている頃。行き着けの酒場で、同業者であり、顔馴染みでもある盗賊のゴルザと分かれて店を出たディルドレンは、辺りを警戒しつつ自宅へ帰る途中であった。

 ゴルザにパールバティー内親王殿下と名乗る女が自宅でいる事とそれまでの経緯を話したディルドレンは、店を出る前にゴルザから指摘された。ディルドレンはその女の事で頭がいっぱいになっていて重要な事を失念していたのだ。

 本当にその女が内親王殿下であらされるなら、一緒に逃げたところを兵士団に見られているという事になる。

「何の用心も無しに、よくぞこの店まで来たもんだ」

 そう指摘を受けたディルドレンは、自身の迂濶さに冷や汗をかいた。ディルドレンの取った行動は王女様を連れ去った誘拐犯と見なされて何らおかしくない。ゴルザの言う通り、用心せねばならない。そうして店を出たディルドレンは、果たして想定された事態と出くわす事となった。

 程なくして赤い羽飾りを冑に付けた騎兵の一団が、通りの向こう側から近付いて来るのに気付いたのだ。親衛隊だ、と見受けたディルドレンは瞬時にわざと歩調を乱して歩き出した。やがて親衛隊の一人が馬を御してディルドレンに近付いて来る。側まで来て馬を寄せた親衛隊の一人は、ジロジロとディルドレンの上から下まで見回したのち問いただして来た。

「昼頃に裏街道で誘拐があった。お主何か見掛けなかったか?」

 その問いかけで自宅でいる女が真に内親王殿下であると確信出来たディルドレンは、

「知りやせんよ旦那ぁ」

と、なかばろれつの回らない口調で答えた。追求を避ける為に酔っ払いを演じたのだ。騎兵は尚尋ねてきて、ついには拐われたのが実は内親王殿下である事を明かしたが、ディルドレンは酔っ払いを演じつつ、知らぬ存ぜぬで押し通し、やがて騎兵は諦めて去っていった。

 危ねぇ危ねぇ、とディルドレンは一息ついた。

問いかけてきた親衛隊の男が隊長のオスカードルである事は彼の知るところでは無い。とにかく気付かれる前に取った咄嗟の千鳥足、酔っ払いよろしくろれつの回らない口調、それに店を出る前、ゴルザから借り受けた黒のジャケットが功を奏して難を逃れたディルドレンは、尚念入りに千鳥足のまま家路についたのだった。


 西の方角にある連山に日が重なって沈みつつある。ブロックごとに連続した長屋式建築の住宅の狭い通路に入った頃には、辺りも大分暗くなってきていた。ディルドレンは自宅付近まで無事辿り着く事が出来た。千鳥足の真似事もずっと続けると足への負担は随分大きい。体力も消耗し、酒を飲んだ事も手伝って喉も既にカラカラである。早く自宅に戻って心ゆくまで水を飲みたかったが、体の欲求とは裏腹にディルドレンの思考は別の経路を辿っていた。彼は先程の騎兵の問掛けから自宅でいる女が王女様であろう事を確信したのだが、尚考えずにはいられない。

 とにかく騎兵がわざわざ見知らぬ男に虚言をろうする筈がない。

王女様は何者かに誘拐され、兵士達が探し回っているのは間違いない。

 かたや自宅でいる女は王宮から逃げ出して来たと言っていた。その逃亡を手助けしたのが他ならぬディルドレンである。一緒に逃げ出したところを兵士達に見られている。そして現在のところ、王女と自称する女が自宅にて現存し、かたや拐われた王女はまだ見付かっていない様子だから王宮にはいない筈。となるとやはり意味するところはひとつしかないではないか。「どう考えてもあの女が拐われた王女様で、俺が誘拐犯、という事にしかならんな」

 はあっ、と深い溜め息をついたディルドレンは、えらい事に巻き込まれてしまった自身を嘆くのだった。

 それにしても解せないのは、内親王殿下様ともあろう御方が、何故王宮から逃げ出して来たのだろう点だ。ディルドレンが女から聞き出したのは、名前と立場と追われていた理由だけであって、逃げ出した理由までは聞いていない。帰ったらその辺の事情を伺いたところだな、と考えたディルドレンは慌てて頭を振った。このままでは本当に誘拐犯として捕まってしまいかねないのだ。事情などどうでもいい。内親王殿下には今すぐにでも御引き取り願いたいところである。

 自宅はもう目と鼻の先にある。ディルドレンは尚用心して千鳥足のまま、丁重に帰宅なさる様仕向けるにはどうしたらいいものか、と思案した。そうしている内、通路に面した長屋式建築住居群が途切れ、今度は切石積みの三階立て住宅が街路に面して続いていた。

 数軒先の住宅玄関の前でディルドレンは立ち止まる。この一階部が彼の自宅なのだ。

 どの様にして王女様に引き取っていただくかの思案はまだまとまっていなかったが、意を決した彼はトアを開けた。そうして入るなりディルドレンは目を剥いた。掃除もろくにしない乱雑な彼の室内が、光輝かんばかりに綺麗になっていたのだ。

「何だこりゃ!?」

 ディルドレンが驚きの声をあげると、声を聞きつけて隣の部屋から彼が匿っている女、すなわちパールバティー内親王が姿をみせた。

「お帰りなさい。どうですか?お掃除いたしましたの」

 すっかり綺麗になった事で喜ぶパールバティーを呆気となって見たディルドレンは、次いで室内を改めて見回した。

 飲み散らかした酒の空ボトルや、食後そのままほったらかしておいた食器などが姿を消し、その代わりピカピカに拭き清められたテーブル。丸めた紙くずやら、読んだ後適当に放り投げてそのままだった新聞やらが無くなって綺麗に磨きあげられた床。その他、ガタついたボロ椅子や埃まみれだった窓枠と水垢のこびりついた窓硝子、汚れきっていた食器棚など、あらゆる箇所に掃除の手が入っていた。

「こりゃまた見事な…」

 外出する前と後ではすっかり見違えった我が家のアチコチを見回して感心するディルドレンの姿に、パールバティーはニコニコした笑顔を湛えている。

「何というか、わざわざ手間かけさせて悪かったな」

「いいんですよ。お掃除大好きなんですの」

「そうかい?いや、大したもんだぜあんた」

 と言ってから、はっ、とディルドレンは我にかえった。まずいな。あんた、なんて口きいてしまった。掃除までやらせてしまってるし。

 慌てたディルドレンだが、目の前にいるのが本物の王女様という事に実感が湧かないし、また腰の低い対応をみせるので、つい目上の立場をとってしまう。

 どうも調子が狂っちまうぜ。

 とにかくこの御姫様には、即刻この家から出ていって貰わねば困るのだ。ディルドレンはパールバティーに椅子を勧め、自分もテーブルを挟んだ席について話をつける事にした。

「あんた…じゃない、お譲さんは本当にパールバティー内親王殿下様であらせられるのですか?」

 我ながら妙な言葉使いでもう一度確認を取るディルドレン。

「はいそうです。でも、どうしたんですか?改めてかしこまらなくてもいいのですよ?」

「いやいや、そう言われますが、やはり内親王殿下様に対して無礼な口聞きは出来ませんので」

「本当にいいですのに。王宮では窮屈な思いを毎日していましたから、もっと普通に接したいのです。それに、貴方には感謝していますから、いつも通りで構わないんですよ」

 じゃあ遠慮なく、などという訳にもいかない。どんな事情があろうと、王女様は王女様である。

 どうも本題をきりだすキッカケが掴めない。一旦丁重な言葉遣いをしてしまうと、出てってくれ、などといった無げな要望を口にするのは躊躇ってしまう。

 どうするか、と思案したのち、ディルドレンは自分の方から話を始めた手前、会話が途切れるてしまう事にばつの悪さを覚え、話の繋ぎとして王宮から逃げたした理由を伺ってみた。すると明るかったパールバティーの表情がみるみる曇ってきた。どうやら余程の事があったのであろう。

「どうしたんだ? 何があった?」

 というディルドレンの口調も、先程の礼節さが無くなっている。

「見てしまったのです……」

「見た?何を?」

「恐ろしい魔導士が父の……父の魂を奪ってしまったのです」

「魔導士……!?」

 ディルドレンは絶句した。パールバティーの小柄な体がわなわなと震えだし、やがて手で顔を覆った。


続く

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