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ブラック・ウィドウ  作者: 橋高 幸克
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第四章

マルコ・コステロ、捕まる。

 このマクガルドを揺るがす大事件とも言うべき事象は“協会”を中心とするハンター界隈でも、彼が供給していた麻薬を頼りにしていた荒事専門の人間の間でも当然話題となった。

 その賭けられていた賞金額から狙っていたが全く情報が入らず諦めていたフランチャイズは歯噛みをしたし、これより起こるであろうマクガルドでの麻薬の恐慌を考えた人間は頭を抱えた。多分彼の確保でまだ安穏としているのは麻薬を供給される側、末端の使用者だけだろう。事実を知らないだけなんだろうが。

 しかし今回の捕物劇で一番話題に上がったのは別の事象だった。マクガルドの麻薬を支配していた男を捕えた、そのハンターはたった二人、しかも若き女性ハンター。当初は冗談だろうと思われていたそれだが、真実だと知れると噂は瞬く間に広がった。ジャニィ・ジャニスとマキは少なくとも『ブラック・ウィドウ』の名前を世間に知れ渡らせる事には成功したのだ。

 だが、この話題が上がっても二人にマルコ・コステロの情報を提供したマルティンからは何の連絡もなかった。なぜかは分からない。正確な情報提供にあの報酬の額である。姿を表さない理由がない。だが“協会”からは彼からの連絡をよこしてはこなかった。金がいらない? あり得ない額だ。なら何故か? しかしそれを考えたとしても連絡は向こう側からよこす、という約束になっている為、二人はアクションは何も起こさなかった。

 しかし、二人には別の所から連絡が入った。よりにもよって二人は、何故か“協会”そのものから呼び出しを受けたのであった。


 今回の呼び出しで一番解せないのは『現在使用している宿をチェックアウトし、荷物を全部持ってきて“協会”に来るように』という指示だった。

 その理由が分からない。今回の捕物劇で聞きたい事があるならそれでいい。協会の法や規律を破った覚えはないので言い訳をする必要もない。しかし荷物を持って来いというのはどういう事なのか。マクガルドから出て欲しい、ということか? まあ強制力はないだろうけれど。

 まあどちらにしろ分からない事を色々悩んでも仕方がない。二人は荷物のカートを持ちながら国際自警団協会マクガルド支部へと向かい、受付でその旨を告げた。

 二人が案内された部屋は三階にあった。その為カートに少し苦戦しつつその部屋である『第三特別会議室』に到着した二人はノックで到着の連絡を行う。

 「どうぞお入りください」

 男の声で中から声がする。

 マキが遠慮なくドアを開けるのでジャニィ・ジャニスはそれへと続く。

 一歩中に入り部屋を見渡す。部屋の真ん中には机が一つ。その中に座る人数に対応できるように楕円形に出来ているが、そこに座っているのは男が二人。

 髪を丁寧に纏め、ジャケットとシャツをきっちりと身につけた細目に眼鏡をかけて微笑を顔に貼りつけた男と、髪は短く刈り込みジャケットは纏わず椅子に掛け、シャツは第二ボタンまで開け椅子への座り方もなんとなくだらしなさを感じさせる、煙草を咥えた男。まるで二人で示し合わせたかのように正反対の印象を与えている。  

 ドアから右にはある程度の大きさを持つボードがあるが、今は何も書かれてはいない。左隅には使用しない椅子が積み重ねられている。男二人の反対側に椅子が二つあるという事は今回の呼び出しには男二人とこちら姉妹二人の合計四人しか参加しないということを示していると考えていいのだろう。

「お待ちしておりました。どうぞそちらにお掛け下さい」

 眼鏡をかけた男が二人に着席を即す。それに対し二人はそれなりに大きい荷物を傍らに置き、マキが左、ジャニィ・ジャニスが右へと腰掛ける。

「じゃあまず自己紹介を……」

 その言葉をマキは手で制し、髪の短い男に視線を送りながらこう聞いた。

「葉巻はよろしくて?」

「ご存分に」

 眼鏡の男はその顔に貼りつけた笑顔を全く変えず、それどころか灰皿をマキの目の前に差し出してきた。それを見てマキは懐からシガーケースを出し、そこから葉巻を一本出すと端をシガーカッターでうまく切ってからマッチで火を点ける。

「その年で葉巻とは、渋い趣味してるなオネエちゃん」

 いままで吸っていた煙草を揉み消し、植物油ライターで新しい煙草に火を点けながら短髪の男はマキに問いかける。

「安物ですよ。今あなたが吸っている煙草より少し高価なだけです。実際そんなに数は吸いませんし、高価な葉巻を味わおうと思ったらこんな風に持ち歩きません」

 ジャニィ・ジャニスはマキが葉巻を吸う本当の理由を知っているけれどここでは口を挟まない。別にマキは葉巻を好きこのんで吸っている訳ではない。

 姉が葉巻を吸う理由。それは『ブラック・ウィドウ』のリーダーを名乗るからには葉巻を吸うべきだとマキの中で決めているからだ。初代『ブラック・ウィドウ』のリーダーで自分達の義母であるナタリアが葉巻の愛好家だったから。盗賊狩り専門の盗賊だった義母はヘビースモーカーで未だに葉巻を手放していない。マキは自分が『ブラック・ウィドウ』のリーダーであらねばならない時は必ず葉巻を吸う許諾を取り、実際に吸う。それはマキなりのリーダーとしてのやり方なんだろうとジャニィ・ジャニスは思っている。形から入る事だって必要な時はあるに違いない。

「じゃあ改めて自己紹介を。と言ってもお二人は必要ありません。マキ・ミリアム・ヴァンクリフさんとジャニィ・ジャニス・ヴァンクリフさん」

 なんだ、向こうから自分の名前を出してきたのか。まあ呼び出したからには当然か。マキはおそらく『ブラック・ウィドウのリーダーのマキ・ミリアム・ヴァンクリフです』とか言うと予想していたのでこちらは『下っ端のジャニィ・ジャニスです』とか言って場を和ませようと思ったのに。

 眼鏡の男は続ける。

「まずは私から。ジミー・スイフトです。こちら国際自衛団協会の職員、エージェントを勤めております。そしてこちらが……」

 短髪の男はスイフトの紹介を手で制した。

「フランクリン・ロボス。マクガルド中央警察の刑事だ。こんななりだがそれなりの立場には置いてもらっている」

 マキは二人の名前を聞くと紫煙を吐き出し、問いかける。

「お二人に自分達を紹介しなくていいのならいきなり本題に入っていいですか? 何故私達がここに呼び出しを? 何か法を犯した覚えは全くないんですが。むしろ“協会”の規則に従い悪党をきっちり処理していると思いますが? それが何故です? しかも宿を引き払い荷物を持ってこさせてまで。ついでに言えば警察の方までいるなんてこちらとしては疑問だらけなんですが」

 ジャニィ・ジャニスはマキが出来るだけ感情を込めない様、喋っているのがよく分かる。冷静に事を進める腹積もりだろう。確かにここで激昂しても何もならない。

「全く仰る通りです。今回はこちらの都合にあわせていただく為、お二人には色々とご迷惑をおかけいたします」

 いたします? 過去形ではなくて? これは何か面倒な事に巻き込まれそうな気がする。確信はないがジャニィ・ジャニスは自身の勘でこれからのこの場での話し合いがどうなるかを予想はしなかったが、覚悟はした。

「簡単に言えば確かにマルコ・コステロは身柄を確保されました。しかしこの街の麻薬問題はまだ何も解決しておりません」

 スイフトは表情を一切変えず、微笑のまま言った。それは事実をそのまま伝えたという感じだ。

「ここからは詳しくは俺が説明しよう、一応こっちが専門だからな」

 そこでロボスが口を開く。

「あんた達がコステロのオフィスでパーティをしたその日、コステロが所有していた、つまりこの街の麻薬のほとんどが所在不明になった。まるで示し合わせたかのようにな。今のコステロは『この街の麻薬を支配していた男』じゃなく『この街のほとんどの麻薬を持っていただけの男』に成り下がった。まあ勿論今までの罪が消える訳じゃないがな。どちらにしろ奴が管理していた十二個の倉庫からは全て空になっていた。まあ簡単にいえば盗難事件だな」

 マキの表情が変化する、と言っても長い間過ごしたジャニィ・ジャニスではなくは気づかないぐらい微妙な変化だ。マキの右眉が少しだけ上がる。これはマキが怒りを感じた証拠だ。マキは葉巻を口にして煙を吐いてからゆっくりと言葉を紡ぐ。

「もしかして、と仮定の話でさせていただきますが我々二人がコステロ確保の裏でその麻薬盗難の協力をした、などという疑いを掛けられている訳ではありませんよね? もしそうでしたら非常に心外なのですけれど。これでも賞金稼ぎの矜持は持っているつもりですので」

 ジャニィ・ジャニスも口を挟む。

「あたし達、そんな話知らないですよ? だってあたし達は狩るの専門だし、悪党と組むつもりなんかないですし」

 ロボスは吸っていた煙草を揉み消すと何事もないように口を開く。

「まあはっきり言えば非常に可能性が低いとは分かっているがそんな事を考えるのも俺の仕事だ。これでも刑事なんでな。ありとあらゆる事象を見逃す訳にはいかん。だがあんた達が怒るのもよく分かる。せっかくの大仕事を台無しにされた気分だろうからな」

 スイフトが後に続く。

「私達“協会”側としてはそのような可能性は疑っておりません。ただあまりにもタイミングが良すぎるので少しお話を伺いたい、と考えております。これはロボス刑事と同じ見解です」

「分かりました。では我々が今回のマルコ・コステロ確保までの話を一気にここで話します。ご質問はその後で。私達『ブラック・ウィドウ』に“協会”経由でマルティンと名乗る男から大物の情報が手に入ったので会いたいと連絡が入りました。ハンター街にある指定の店に行き、その大物がマルコ・コステロの事でした。話し合いと情報を照らし合わせた結果、賞金稼ぎとして動いても良いと自分が判断しました。実行日は情報提供日より二日後を選択。理由は一日は準備に当てたかったからです。そちらの件もマルティンには話しました。彼には成功した場合に情報提供料として賞金の五%を渡す事もそこで決めてあります。あとは仕事を終えて処理を行ないました。ただ情報を提供したマルティンとはまだ遭遇しておりません。以上です」

 マキは表情を全く変えずに言い切った。

「“協会”経由でお二人に情報屋からコンタクトがあった事はこちらでも確認しております」

 スイフトが続く。

「残念ながら規定でその情報をこちらから調べる事は出来ませんでしたが、おそらくそれが今回のコステロ確保と関わっているだろうとも予想は付けておりました」

「その情報はどこまでの物だった?」

「その時のコステロのオフィスの場所のメモのみですね」

 マキの答えにロボスは少し顔を歪ませる。

「それだけでか? それだけの情報であれをやろうと考えたのか?」

 そう言えばこの人達は自分達が何故賞金稼ぎをやっているかとか知らないからしょうがないのか。しかも今回は大物狩りも案件に入ってたし。私達『ブラックウィドウ』はいつも飢えているので目の前に餌があれば喰いつくだけなんです、とか言えれば楽だけどそんな事言っても今の会話が収まる訳ではない。

「賞金額の問題と“協会”経由だったと言うのがあります。はっきり言えば誤情報だとしても人を傷つけたりしなければ何とかなると判断したので」

 ロボスは呆れ顔を隠そうとしない。

「こりゃ相当なお嬢さん方だな。俺達だって探していたコステロが簡単に捕まるわけだ」

「で、私達の疑いは晴れましたか?」

「さっきも言ったが俺だってあんた達が今回の麻薬盗難事件に関わってるとは思ってなかったからな。単なる確認作業だ。もう一度言うが少しでも疑うのが俺達警察の仕事だ」

 ロボスはそう言って平然と煙草に火を点ける。

「こちらはそれほど気分はよくありませんでしたけどね」

 マキはそれに対し皮肉と共に軽い笑顔で返す。

「で、ここからが本題なんだが消えた麻薬の話だ。と言っても予測の話でしかないがな。ついでに言うと守秘義務だが協会法でなんとかなるだろう」

 スイフトが笑顔で肯定する。

「こう言っちゃあなんだがコステロが所蔵していた麻薬の量は相当なもんだ。個人の力で云々なんとか出来るもんじゃない。で、我々としては当然犯罪組織に目を付けている」

 ロボスのこの言葉に呼応してスイフトがマクガルドの地図を卓上に広げる。こうして見るとこの街の大きさが改めてよく分かる。

「お二人がご存知なのかどうなのか分かりませんが、ここでマクガルドの犯罪組織の勢力分布を確認したいと思います」

 マクガルドの犯罪組織関連か。まあ実は姉が一生懸命賞金稼ぎの仕事を探している時に少し調べました、とは言えないので黙っていよう。

「まずこの街の東半分ですが、“スパレティ一家”が完全に支配下に置いております。まあマクガルドの中で一番力を持っている組織と言っていいでしょう。が、今回の事件と関連性は薄いというのが我々の見解です」

「何故です? 一番力を持っているのならばコステロの麻薬支配に歯噛みしていたのもここでは?」

 マキの質問にはロボスが答える。

「簡単だ。ここは麻薬を取り扱っていない。今のボスの方針でな。それにここは他所の街との組織との交流も活発だ。その気になればコステロの力なんか借りなくても自分達で麻薬を扱う事だって可能だ。こんな面倒な、金の係るやり方なんかしなくても麻薬如き十分自分達で取り扱える。コステロを見逃していたのも強者の余裕って奴だ」

「ではここは今回の事件からは除外すると?」

「さっきも言ったが少しでも可能性があるのを見逃す訳にはいかんのであれだが、まあほとんど考慮してないってのが現状だな」

「じゃあ他に候補は?」

 それを聞き、スイフトが胸ポケットから赤いペンを取り出す。

「東側が一頭支配に比べ、西側は群雄割拠と言えます。組織だった、小さな存在の数を完全に把握している人間はおそらくいないでしょう。しかし今回の麻薬盗難は非常に大規模です。ただ徒党を組んでいるだけの連中には行うのはほぼ不可能だと我々は判断しております。そこで我々は四つの組織に的を絞る事にしました」

 マクガルドの西半分の東北の辺りに丸を囲む。

「イルレダ一家」

 次に東南に丸を囲む。

「赤き狼」

 その次は西南。

「スタンケビウス一家」

 最後に西北に丸を囲む。

「ウノ・ゼロ。この四つの組織のいずれかが今回の件に深く関わっていると考えています。もちろんですが四つともコステロの顧客でした」

 四つの円は大雑把に書かれており、重なっている部分もあるがスイフトもロボスも一向に気にしない。それはそこで常に縄張り争いが起こっているみたいな物なんですよ、とスイフトの顔には書いてあるようだ。

 それはどうやらマキも気付いたらしくあえてその質問はしなかった。

「この四つの内に私達をうまく利用した奴らがいるって訳ですね」

「断定はできんがね。可能性は非常に高いとこちらでは見ている」

 ロボスはそう言うと、フィルターまで吸い込んだ煙草を灰皿に捨て、新しい煙草に火を点ける。

「という訳で警察としては各方面に協力を得て目下色々と調査中だ。これだけの麻薬で何をやりたいのかを含めて、な」

 ジャニィ・ジャニスはまあなんとか今の話を理解した。結局どこかの犯罪組織が自分達を利用して麻薬を掠め取った、と判断すればいいんだろう。が、ジャニィ・ジャニスには一つ疑問が残る。

「じゃあ、誰がこの件の手配をしたんです? まさかあの情報屋のマルティン? 組織の人間らしくはなかったですけど」

「見た目や印象だけで判断するのは良くないな、お嬢ちゃん。とはいえ、こっちもそいつがこの件をコントロールしたとは思ってないけどな。単なる情報屋なら今頃はもうこの街からとんずらしてるだろう。どこかの組織の人間だったら中々の胆力だ。ハンター街に足を踏み入れてるんだからな。まあどちらにしろ身柄を捜索する手配を取ろう。重要参考人の一人だからな」

「じゃあ誰が?」

 マキも話に参加してくる。

「簡単な話だ。お嬢ちゃん達が殺したり捕まえた人数は何人だった?」

「十七人です」

 色々と書類を書いたりしたから間違いない。

「ああ、こちらも勿論把握している。しかしあの時オフィスにいなかった人間がいたとしたら?」

「どういう事です?」

「簡単な事だ。あの日に限っていつもはあのオフィスに存在する人間が一人いなかった。まるであんた達二人が襲撃してくるのを知っていて、その日に麻薬略奪の手配を取ったとしてもコステロ達にはしばらくバレないと分かっていた人間がいたんだよ」

 ジャニィ・ジャニスの頭の中に疑問が浮かぶ。

「でも机の数とそこにいる人数は合ってましたよ? 一人足りないんならその場所は空いているはずじゃ?」

 ロボスは煙草を一吸すると、ジャニィ・ジャニスの言葉を否定する。

「残念ながらお嬢ちゃんはもうひとつの部屋の事は覚えていない様だな」

「つまり?」

「秘書だ。マルコ・コステロの秘書が今回の事件の首謀者の一人だとこっちは当たりを付けてるんだよ。実際コステロと生き残りの一人から、あの日秘書があそこに来ていない事の証言は得ている。コステロは自分の右腕からまんまと裏切られたって訳だ。と言ってもまだそいつが糸を引いたって事は分かってないけどな。まあ、まだ憶測の話だ」

「その秘書の単独犯行、と言う線は? コステロのネットワークをそのまま使って自分だけで商売した方が儲けも大きいのでは?」

 マキが自身の疑問をぶつけるよう二人に聞く。それに対しロボスが答える。

「勿論それも考慮はした。だが実際麻薬盗難の手配も相当な手間だ。単独で行うにはさっきも言ったがかなり困難だ。ついでにコステロの今まで作り上げた麻薬の網は尋常じゃないんだな。そいつも秘書だからこそ分かっているんだろうが、麻薬を奪ったからと言ってそれをそのまま引き継げる訳じゃない。むしろ一度リセットした方がこれからの事を考えても旨みが大きいと考えた方がいいぐらいだ」

 ロボスは一旦言葉を切ると煙草を一気に吸い、煙を吐き出すとそれを揉み消す。

「そうなるとどこかの組織と手を組んだ方が楽だし、意味がある。ただ金を貰って豪遊するのもいいし、そのまま組織に入って麻薬管理の責任者になるのも手だろう。組織の方だってあのコステロの麻薬を丸々手に入ると聞いて心が動かない奴らはそうはいない。下手すりゃ自分達がこの街の麻薬王だ。他の組織の連中にも睨みを効かせられるしな。どっちにしろマクガルドの犯罪組織の勢力地図は間違いなく変わる」

 ロボスはもう一本煙草に火を点ける。完全にニコチン中毒患者だ。

「今回警察はこの麻薬消失事件に関して色々な枠を越えて全力で当たる。これは糞みてえな破落戸共にとってチャンスかも知れないが、こっちにとってもチャンスだ。うまくいけば大量の麻薬を押収できるかもしれないし、組織の一つや二つに一発咀ませたら上策だ。その為に俺達ゃバレないように派手に動いている」 

 ここまで喋るとロボスは煙草をゆっくりと吸う。

「俺の話は、まあとりあえずはここまでだ。次は“協会”さんの番だな。何故この二人をここに呼び寄せたのか、その説明をしなくちゃいけねえんじゃねえか、スイフトさんよ」

 そういえばそうだった。自分達は別にこれからの警察の動きを聞きに来た訳ではない。守秘義務という点でどうかとは思うし、興味深い話ではあったが何故ここに宿を引き払わせられ荷物まで持っているのかの説明を受けていない。

 コホン、とスイフトが少しバツが悪そうに咳をすると口を開く。

「それは“協会”の人間である私が説明しなければいけない話ですね、当然」

「では何故私達はここにいるんですか?」

 マキは単刀直入に質問すると葉巻を口にし、煙をゆっくりと吐く。

「決して難しい話ではないですよ。お二人には今回の件が終息するまでこの建物で生活していただきたいと考えております」

「は? 軟禁でもするつもりですか?」

「人住めるの、ここ?」

 ジャニィ・ジャニスとマキはほぼ同時に疑問をスイフトにぶつける。

「仮眠室が三部屋あるのでそれのいずれかを使っていただければ大丈夫です」

「で、その理由は? 意味もなくそんな事言いませんよね?」

「お二人は活動的すぎるんですよ」

「活動的?」

「こちらでも今までのお二人の働きを調べさせていただきました。正直言えば以前からかなりのペースで賞金首を狩られていますよね?」

 このスイフトって男、見た目は普通だけど食えない男かもしれない。ジャニィ・ジャニスはなんとなくだがそう感じた。

「否定はしません。理由も説明しませんが」

「それは結構ですよ。“協会”としては問題ない行為ですから。しかし今回の警察との共同で行う活動には大いに問題が発生する可能性があります」

「問題?」

 スイフトはそこで一息を付く。

「あなた方の働きで組織の連中を刺激して欲しくないのですよ。ましてやマルコ・コステロを捕えたあなた方二人が動くと組織もなにかを勘ぐる可能性がある。それは今回の件に支障を来す可能性は非常に高い。それを未然に防ぐための処置です」

 今度はマキが一息を付く。

「つまりお前らは今回の件が終わるまで休んでろ、って事ですか? でもそれではここに滞在しろ、という理由にはなりませんよ。監視でもするつもりですか?」

「はっきり言えばそうですね。あなた方はこの中と、そうですね、ハンター街から外に出なければ何をしても結構です。勿論この街から出て行くという手段もありますが」

 やっぱり食えない男だ。柔和な笑顔で言い難いことをズバズバと言ってくる。

「JJ、どうする? あなたの意見を聞きたいんだけど」

「あんな話聞いた後で街を出て行くってのはないかなー。個人的にはハンター街に出れるだけで充分だよ。ただ……」

「ただ?」

「さっきの麻薬事件になんかやらせてくれなきゃやだ」

 このジャニィ・ジャニスの言葉にロボスとスイフトが顔を見合わせる。

「どうせこんな事件が静かに終わる訳ないでしょ? その時に自分達を加えてくれるならここにいてもいいよ」

「遊びじゃねえぞ、お嬢ちゃん」

 ロボスが表情を変えずに言う。

「こっちだって遊びで言ってるんじゃないよ、刑事さん。いつも命張ってるんだから、こっちは。大体あんな事ベラベラ喋っておいて置いてけぼりはないでしょ?」

 せっかくの大仕事が起こるかもしれないのにこれを逃す手はない。また『ブラック・ウィドウ』の名を上げるチャンスなのだ。

「っと、マキお姉ちゃんの意見聞くの忘れてた。どう思う、マキお姉ちゃん?」

「今の私はあなたの無茶苦茶さに呆れてるところよ。でも、今回の件で荒事が起きる可能性がある場合に私達を必ずメンバーに加える、という条件はいいアイデアね。こちらもかなり無理を言われてる訳だし。どうします、スイフトさん」

 スイフトとロボスは顔を見合わせる。そして、

「あんたの言った通りだな、スイフトさんよ」

「私の勘も中々のものでしょう」

 スイフトはこちらに顔を向き直すと、

「あなた方お二人ならそう言われると、こちらでは予想しておりました。ですので勿論その条件は飲ませていただきますよ」

 うわ、つまんない! いや状況的にはいいのだろうけどなんか悔しさを感じる。スイフトの笑い顔もそれを増幅させる。

「ただし、捜査状況がどう動くかはこれから次第だから姉ちゃん達の思ったような事になるかは保証出来ねえぞ」

 ロボスが後から追加する。

「お二人共突撃がお好きのようですが、今回はどうなるかこちらも今は予測不能ですのでそちらはご了承いただければと。それと警察のメンツというのもありますので最前線に出れるかどうかも分かりません。そちらもご理解いただければ」

「いや、私は好みじゃないですよ、妹が猪突猛進しかしないのでそれのフォローに回らされているだけなので」

 これはまぎれもない事実なので話を変えてしまおう、とジャニィ・ジャニスは口を聞く。

「うん、そういう事ならあたしはここで生活するのもいいと思うんだけどどうかな、マキお姉ちゃん?」

 マキは横目で『露骨に話の方向を変えたわね?』とアイコンタクトをしてから、

「私も異存はありません。そもそも“協会”の指示に逆らうつもりもありませんので」

「では決まりという事で」

 スイフトはそう言って立ち上がり、ロボスものそりとそれに続き、机のこちら側へとやってくる。

「これからよろしくお願い致します、お二人共」

 二人は手を差し出す。ああ、握手か。ジャニィ・ジャニスとマキも立ち上がり、交互に握手を交わす。

 こうして『ブラック・ウィドウ』はこうしてしばらく国際自警団協会マクガルド支部で生活するという珍しいハンターになったのだった。


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