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ブラック・ウィドウ  作者: 橋高 幸克
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第三章

 二週間で三組。ジャニィ・ジャニス達『ブラック・ウィドウ』がマクガルドに着いて狩った賞金首の数だ。ジャニィ・ジャニスからしたら当然、と言うより少ない数なのだがこの街ではどうやらそれでも多い方だったらしい。いきなりジャニィ・ジャニスとマキの名前はハンター達の噂となっていた。

 そんなに大した事はしてないつもりだけどなあ。大体こちらとしては姉の作戦として狩りの回数を減らして大物を狙っているのに。まあでもここで名を上げていけば大物の情報を持つ人間が近づいてくるかもしれない。とりあえず姉の作戦通り今のペースで行くだけだ。

 マキは賞金首の閲覧に手を動かす。今までのようにすぐに狩れそうな賞金首だけでなく、大物も同時に探しているのであろう。ただ賞金額の高い獲物は情報が少ない。というより情報があったとしてもそれが今の自分達で狩れるかどうか、どこを拠点にしているのかを下調べをしなければ(そのようなその詳細な情報を持っている情報屋と接触出来れば問題ないのだが)狩りは出来ない。他人は自分達をおかしな目で見るけれどそれなりに考えて動いているのだ。

 ジャニィ・ジャニスはというとそんな作業を姉に任せっきりなのは心苦しいけれど正直自分の能力では足手まといになるので別の調べ物をしていた。ここマクガルドの犯罪組織の動きに関してだ。

 理由は特に無い。ただもしかしたら大物がうまくいるかもしれない、という考えの元だ。まあ勿論そんなにうまく行くとは考えていないけれど。とりあえず。

 マクガルド、この街の東半分は“スパレティ一家”という組織が完全に仕切っているらしい。そこには他の犯罪組織が蟻一匹入り込む隙間がない、となっている。ここはその支配地区の多さから既に犯罪だけでなくまっとうな仕事にも手を出しているという噂だ。マネーロンダリングって奴か。

 逆に西半分は群雄割拠とも言える状況で、小さな組織を入れれば数えきれないほど組織が存在している。その中でも比較的大きい組織といえば四つに分けられている。“赤き狼”、“イルレダ一家”、“スタンケビウス一家”、“ウノ・ゼロ”。自分達の縄張りのため、血で血を洗う抗争を行ったり、同盟を組んだり、すぐに裏切ったりを繰り返している四つの組織だ。

 しかしジャニィ・ジャニスには調べながら少しだけ解せない部分を発見する。麻薬の動きだ。こう言った犯罪組織の場合、麻薬販売は大きな利益をもたらす大事な商品のはずだが、この四つの組織はそれらで争った形跡がない。というより麻薬に関してはまるで皆仲良くしましょう、と言わんばかりの様相である。まるで配給係が均等に食料を配っている印象すらある。

 何かある。何かあるのは理解出来るがそれをうまく自分の中で消化出来ない。このもやもやを説明する語彙をジャニィ・ジャニスは持っていない。あるのは疑問だけ。

 ジャニィ・ジャニスのこの疑問であるがすぐに解決する事となる。ついでに『ブラック・ウィドウ』のマクガルドでの初の大物狩りにも関連する事にもなるのだが、もちろん今のジャニィ・ジャニスはそんな事分かるはずもなかった。


 “協会”経由で呼び出しを受けた二人は指定された喫茶店に到着する。ハンター街の端にあるそれは小さな店で見た目からして繁盛しているようには見えない。

 店に相応しい小さなドアを開ける。やはり客は少ない、と言うかほとんどいない。しかしその少ない客の中で二人を見つけ手を上げる男がいた。二人はそちらへと歩を進め、席に着く。

「葉巻はよろしくて?」

 マキは座るが否や葉巻を吸う許可を取る。相手が右手で肯定を示すのを確認するとコートの懐からシガーケースに収納された葉巻を取り出し、シガーカットで端を切りマッチを擦りそれで葉巻に火を点ける。

「わざわざお呼び出ししてすみません」

 男は痩せぎすで、特に頬がこけているのが特徴的だった。まるで糸人形のような様相をしているが、白いシャツに黒いスボンを履き、それなりの清潔感を見せていて実年齢が一体いくつなのかを分からなくしている。それが意図的なものはかどうかは多分本人にしか分からないだろう。ジャニィ・ジャニスは猥雑なこのハンター街には少し相応しくない印象を持った。

「ご注文は」

 知らない間にテーブルの傍らに立っていた初老の男が二人に注文を聞く。

「クランベリージュースを」

「冷たいミルクで。あ、氷は入れないでください」

 注文を聞くと初老の男は厨房へと下がる。そして沈黙。あちら側からアクションを見せない限り、こちら側から動く事はない。というよりジャニィ・ジャニスはそういう仕事は全てマキに任せているので動かない。

 しばらくして初老のウェイター、店内の様子を見ているとどうやら一人でこの店を回しているようだ、はジャニィ・ジャニスの前にミルクを、マキの前にクランベリージュースを置く。

「ごゆっくり」

 そう言っておそらくこの店の店主であろう男はまた厨房へと戻る。こちらが心配する事ではないのだが、経営状況は大丈夫なんだろうか、この店。

「すみません、お待たせしました。私はマルティン、まあ仮名みたいなものですが、色々な情報を取り扱っている事を生業としております」

 男はようやく自己紹介をした。

「マキ・ミリアム・ヴァンクリフです」

「ジャニィ・ジャニス・ヴァンクリフです」

「で、御用はなんですか、マルティンさん?」

 マキはいきなり直球を投げる。変化球無し。まるで何かワンクッション入れて話をするのも時間の無駄だと言わんばかりに。

「いきなり手厳しいですね。が、その方が両方にとっていい結果をもたらすかもしれません」

 マルティンは微笑しながら傍らのカバンから賞金首が書かれた用紙を取り出し、二人に見せる。

「お二人にこの男の情報を提供しようと思いまして」

 そこには『マルコ・コステロ』という名前と下にこの男に掛けられた賞金が書かれており、生死問わずの字も大きく示されている。ジャニィ・ジャニスはその金額を見た瞬間、声が出そうになるのを必死で止めた。何、この金額? 今まで狩ってきた賞金首と二桁金額が違うんですけど? もちろん高い方にだ。

 しかしマキは冷静にそれを見やるとマルティンに疑問をぶつける。まあおそらくだが高額の賞金首を探している時にもう見知っていたのだろう。

「相当な金額が掛けられてますが、この男は何を?」

 しかしマキはカマを掛けるかのような質問をマルティンにぶつける。

「麻薬のブローカーですね」

「単なるブローカーにここまでの金額が掛かるとは思えませんが?」

 マルティンはまた微笑を見せる。

「そうですね、その通りです。まあ簡単にいえばこの男はマクガルドの麻薬の支配者なのですよ。この街の麻薬はほぼ全てこの男を経由していると言っていい」

「そんな事が可能なんですか? この街の犯罪組織はそれを許していると?」

「簡単な原理です。この男はどのような組織にも平等な値段で、必要に応じて麻薬を供給しているのです。そうする事により組織から恨みを買うことを回避している。組織も下手に自分達に弁座を計るように仕掛けて他の組織と対立するのもおいしくないですしね」

 なるほど。ジャニィ・ジャニスは先日自分が思った疑問を目の前で説明され納得がいった。簡単にいえばこの街の麻薬はこの男経由で回っている、だから少なくとも麻薬での組織の対立もない、と。

「そしてこれがコステロの現在の居場所です」

 そう言ってマルティンはメモを渡す。

「どうやってこれを?」

「企業秘密でお願いします。ただ確実な情報である事は情報屋として私が責任を持ちます。もし何か不都合があれば“協会”に訴えていただければ。まあとりあえずあなた方にこの男を狩っていただきたい、と思っております」

「そちらへの報酬は? まさかボランティアって訳じゃないですよね」

 マキの金額交渉にマルティンはまた微笑を見せる。

「賞金額の一割、と言いたいところですがまあその半分が妥当ですかね」

 マキは少し逡巡しているようだ。まあジャニィ・ジャニスとしてはマキの決定に逆らう事はしない。個人的にはせっかくの大物を逃す事もないんじゃないかとは思うけれど。だが今眼の前にいる男の情報が正しいという確証は全く無い。

「何故私達にこの仕事を回したんです?」

 マキは金額交渉の前に別の質問を繰り出した。これは確かにそうだ。自分達はマクガルドでまだ三組しか賞金首を狩っていないし、なんといっても小娘二人の賞金稼ぎだ。これだけの大物を紹介される理由がない。それなりに名の知れたフランチャイズに依頼した方が確実なんじゃないだろうか。それともそちらの方には依頼できない理由があるとか。

「マクガルドで三組、前の町で六組、またその前の町では四組。これをそれぞれ二週間でやり遂げる凄腕のハンターに依頼するのは理由になりませんか?」

 へー、そこまでの情報を手に入れてるんだ。この世の中はネットワーク不全で非情報社会のようでやはりそういう情報の伝達は早いのかもしれない。

「フランチャイズとかには依頼を掛けないんですか?」

 この日初めてジャニィ・ジャニスが交渉のテーブルに加わった。実際に疑問なんだからここで聞いておくのに損はないだろう。

 マルティンは表情を変えず、

「彼らは決断が遅い。この街の治安が悪いのは警察のせいではない、彼らのせいだと私は思ってますよ」

 もしかしたら以前フランチャイズと何かあったのかもしれない。表情も声色も変わらないけれどどこかに刺を感じる言い方だ。

 ジャニィ・ジャニスは横を見ると思案をしているマキの横顔がある。受けるべきか、受けないべきか。彼女の中で葛藤があるのだろう。少ない情報。少ない戦力。戦力が少ないのは当然だけど。ただし、今までの獲物とは比べられない大物。

 若干の静寂。

「分かりました。報酬もそれで構いません。この仕事お受けします」

 マキは決断したようだ。ジャニィ・ジャニスにはそれを反対する理由は勿論無い。

「一日は準備に回したいので、二日後に行ないます。成功すれば情報は出回ると思うので、また“協会”経由で連絡いただければその時に」

 マルティンは今日何度見たかわからない微笑を見せる。

「ありがとうございます。せっかくの情報なのにお任せできるハンターがおらずこちらも困っていた所でしたので」

 そう言うとレシートを持って立ち上がる。

「契約成立を祝ってこちらで全てお払いいたします。ではお二人のご武運を祈っております」

 そのまま立ち上がり、レジで支払いを済ませるとマルティンは店を出て行った。

「やーーーーーーーーーーっと、大物狩れそうだね、マキお姉ちゃん」

「ちょっと焦ったかもしれないけどね。でもまあ自分達で探して見付からなかったんだから仕方ないわね。まあ疑問に思わない点がない訳じゃないけど」

「なんか間違いがあったら?」

「誤魔化すしか無いでしょ。どちらにしろ“協会”が間に入ってるから言い訳は出来るわよ」

 いつも冷静沈着な感じがするがこういう時、マキは自分と同じくナタリア義母さんの娘だなあ、と思う。最終的にどこかにいい加減さが混じるのだ。これが何年も育てられた血、というものだろうか。

「さあ、行きましょ、JJ。明日一日を準備をかけるとして、今日は体を休めた方がいいわ」

「あああ、ちょっと待って、ミルク全部飲んでない」

 ジャニィ・ジャニスはそう言ってミルクを一気に飲み干す。

「……マキお姉ちゃん」

「どうしたの?」

「温いよ、このミルク……」


***


 そして二日後。

 二人は角張った印象を持たせる、マクガルドの交通の要の一つである蒸気バスでマルティンより手に入れた情報に書いてある住所へと行くべく移動した。バス停を降りるとそこはビルが立ち並ぶオフィス街だ。ジャニィ・ジャニスはいつものセミショートだが、マキはいつも下ろしている金色の髪をアップに纏めている。

「……本当にここら辺なの? ここって一番あたし達や賞品首とは無縁の場所だと思うんだけど」

「貰った情報からはこことしか言いようがないわね。木を隠すには森の中、じゃなくて木を隠すには宝石箱の中、って感じなんじゃないかしら。まさか宝石箱の中に木なんか入っているとは思わないものね。掛かっている賞金額は宝石のようなものだけど」

 まあどの場所でも今から行われる事に変わりはないからいっか。しかし立ち並ぶビル群に少し落ち着かないのも事実といえば事実だ。

 そのまま住所を知るマキの先導で少し歩く。

「ここだわ、ここの六階」

 マキがまだ出来てそれほど時間が経ってないであろうビルの前に立つ。

「ここにマルコ・コステロって人がいるって訳か。確かに麻薬ブローカーがこんなオフィスビルであくどい商売行ってるとは分からないわー」

 コステロはそれなりに頭が切れる男なのは間違いない。

 均等分配による麻薬支配。

 そしてこのビルを自分の仕事の中枢とするその不敵さ。

 あれだけの賞金首がよく今まで捕まらなかったとは思ったけれど、実際あの情報屋から情報を提供されなかったら自分達だって一生捕まえる事は出来なかっただろう。いや、捕まえるかどうかは分からないけれど。抵抗しなかったらそうなるが、下手な抵抗したら確実に命は奪う。生死問わずに指定された賞金首の悲しい所だが、麻薬を売って他人の人生を壊している男に同情の欠片も持つ必要もない。

「で、今日の作戦は?」

 ジャニィ・ジャニスは姉がどう答えるかある程度知りつつ一応聞いてみる。

「吶喊。以上」

 やっぱり。『ブラック・ウィドウ』の名前を名乗る集団は吶喊すべし、とでもいう方針がどこかにあるのだろうか。昔ロベルト叔父さんによく聞かされたがナタリア義母さん時代も基本、吶喊が攻撃方針だったそうだ。盗賊見つけたら吶喊。今思うとあの人よくまだ生きてるな。あの人が生きてなかったら今の自分もいないけれど。

「JJ。一言言っておくけど今回は仕方ないのよ? 場所は分かっても部屋の構造とかは全く情報集められなかったんだから」

 それは確かにそうだ。マキは昨日一日掛けてこのビルの構造を何とか調べようとした事をジャニィ・ジャニスは知っている。が、まだマクガルドに着いて間もないマキにそれを完全に調べる事は無理だったのだ。

「まああたしは吶喊攻撃好きだからいいよ。自由に動けるし」

「それをフォローするこっちの身にもなってね。あなた本当に自由奔放に動くから」

 痛い所を突かれた。確かに自分は作戦が吶喊の時は自由に戦う。それが一番お前に合ってるから、という師匠の言葉を信じての事だけどそれでマキに迷惑をかけている事は間違いない。

「そんなつれない事言わないで、お願いしますよマキお姉ちゃん」

「意味のない媚びなんか売らないの。大丈夫よ、あなたのフォローはきっちりしてあげるわ」

 マキは冷たく言葉を返しながら、一度だけ深呼吸をする。

「じゃ、行くわよ」

「と、待ってマキお姉ちゃん。バンダナ忘れてる」

 初代『ブラック・ウィドウ』は仕事をする時は全員黒いバンダナを頭に巻いていたという。それを二人は踏襲する事にしていた。マキの髪型が上に纏められているのもこの事が理由である。別に何かの意味がある訳ではないが、先代のやっていた事を形から入る、それも二人の決め事の一つだった。

「ここでいきなりするのもおかしいから、エレベーターの中でしましょ。こんな町中で黒尽くめの上に黒のバンダナしたら吶喊の前にこちらが警察呼ばれちゃうわ」

 こうして二人は黒いバンダナを手にしながらビルへと入っていった。

 

 ゴゴゴと音を立てながら蒸気の力でエレベーターが六階に到着する。そうしてゆっくりと扉が開く。二人は素早く出るとエレベーターホールに誰もいない事を確認する。

「ここの右のオフィスね。ちなみに左にはどこも入ってないわ」

「つまり好きにやっていい、と」

「……まあそう判断するのも間違いじゃないわね」

 二人はコステロのオフィスの前に立つ。扉は一つ。マキが錠前を確認する。

「鍵は掛かってないわね。どこまで緊張感ないのかしら」

「じゃあいきなりこのドア開けていきなり吶喊?」

「いや、私もこういうビルの内部構造は全然詳しくないけどドア開けたらいきなり人がいる、ってのは構造上ないんじゃない?」

「まあいいや、開けるねー」

 しかしジャニィ・ジャニスは無造作にドアを開けるとそこに出かけようとしていたのか、一人の男がいた。その男にジャニィ・ジャニスは迅雷の勢いで右のナイフを引き抜いてから突き付け、マキは疾風の如き速さで銃を突きつける。

「喋るな、音を立てるな、分かったら頷け」

 マキが小声で詰問すると男は悲鳴をあげる暇なくブンブンと頭を縦に振る。

「じゃあ今からいくつか質問するから答えて。もちろん言葉には出さずに」

 男は頷く。

「ここはマルコ・コステロのオフィス?」

 頷く。

「麻薬ブローカーの?」

 頷く。

「あの後ろのドアがオフィス?」

 頷く。

「今ここにいるのはあなたを含めて何人?」

 男はまず人差し指は立て、その後で右手を開いてその掌に人差し指と中指を付ける。

「JJ。やれそう?」

 マキは小声で囁く。

「プロレベルが多くなければ。この人ぐらいだったら十七人は数に入らないかな」

 小娘に馬鹿にされた男は悔しそうにジャニィ・ジャニスを睨むがそれを軽く無視する。その小娘に生殺与奪権を奪われておいてよくこんな顔が出来るものだ。

「じゃあ後ろを向け。お前が奥のドアを開けろ。何か不自然な行為をしたらその後頭部を吹き飛ばす」

 マキの声が冷徹に響く。その間にジャニィ・ジャニスは右手だけでなく左手にも大型ナイフを音もなく抜いておく。ドアが開いた瞬間、有事に対応出来るように。

 三人はドアの前に立つ。そしてマキの拳銃が即すように男の後頭部を軽く小突く。

 男は諦めたかのようにゆっくりとドアを開けると、いきなりダッシュし、

「敵襲だ」

 と逃げようとしたが宣言通りマキの拳銃が男の後頭部を撃ち抜く。

 ジャニィ・ジャニスは突入しながら一瞬見ただけで部屋の構造を瞬時に理解する。人数は今死んだ哀れな男を抜いて一五人。机の数は人数に合わせて一六台あり、四台ずつ向かい合わせに並べられている。ボスは別の部屋にいるらしい。ま、当然か。

 部屋の構造を自身の空間把握能力で意識せず理解したジャニィ・ジャニスはとりあえず手近な人間を狩る事にする。マキが奏でる軽快な三点バーストをバックに。

 一人目はまだ自分に起こっている事が理解していないのか椅子に座ったままだった男の左手のナイフで首を斬る。師匠との約束の一つである「刃が痛むので骨はなるべく斬るな」の約束を守り、首の骨の寸前までを斬ったので男の首はその重さに耐えられず後ろにだらんと落ちる。それはまるで切り方を間違えた果物のようだ。

 二人目は立ち上がりかけていたのを右手のナイフで同じく首を狩る。先程の男とは違い、前に体重が掛かり首が落ちる前にその男の身体がどさりと椅子に戻り俯いたような状況になる。ゆっくり休むといい。二度と目が覚める事はないけれど。

 三人目はようやく自分達の置かれた状況に気付いたのだろう、懐に手を入れ拳銃を取り出そうとしていた。ジャニィ・ジャニスは先程二人目を斬りつけたナイフの反動を利用しつつ、そのまま右へと重心を移動させると首筋に刃を突き立てた。当然だが頚動脈あたりを狙った一撃だ。そのまま引き抜くと血を浴びてしまい、洗濯するのが手間になるので首に刃を刺したまま左へと男の身体を放るように足を使って蹴り飛ばす。

 四人目は流石にこの状況を理解し拳銃を手にしていたし、他の場所からも銃弾が飛んできていた。しかしジャニィ・ジャニスはそれらをまるで意に介さず、男の左側に体を回りこませつつ間合いを詰めながら身体を一気に沈める。狙いを定められない男が動揺している間に左のナイフで男の腹を一気に裂く。ちょうど臍の辺りを切られた男の身体からは圧迫して収納されていた腸がズルリと出てくる。押し出された腸はテラテラとピンク色に光っている。この男の身体も邪魔なので足で左側へと寄せておく。

 そのままジャニィ・ジャニスは机の角下に潜む。今さら銃弾がまるで雨のように撃たれているが当然当たらない。後ろを確認するとマキがジャニィ・ジャニスと同じ側の机の反対側の角で身を潜めている。ジャニィ・ジャニスが片付けた人数である四人を指で表すとマキは指を三本立てた。つまりこれで二人対九人。人数的には圧倒的不利。だが負ける気はさらさらない。相手が降参するなら別だが、そうでなければ全員殺す。油断は禁物だが、このレベルなら全滅も可能だ。ついでに自分の仕事を麻薬のブローカーと知りつつ、のうのうと生きている人間に同情する余地は心の狭いジャニィ・ジャニスにはない。

 頭上を弾丸が飛び交う。しかし身を潜めている自分には当たらない。ただ盲滅法に撃たれた銃弾で死ぬ訳が無い。

 しかし状況的にはそれほどいいという訳ではない。何しろこちらの方が人数が少ないのだ。この状況を変えて自分達が有利になる為には何かが必要だ。ジャニィ・ジャニスは少し思案をし、方策を考える。まあおそらく姉からは自由奔放すぎるとまたお小言を言われるだろうが、このまま待っているだけよりはましだ。

 ジャニィ・ジャニスは右のナイフを一度振って血を飛ばし、鞘に収めると代わりに右手に左肩に吊ってあるホルスターからオートマチックの拳銃を取り出す。そのまま右足でトン、トン、トンとリズムを刻む。この銃弾の嵐もいつか発射のタイミングが変わる時が来る。それをそのまま待つ事にした。

 後方のマキには拳銃を持った手の指で奥を指さす。それだけで何がしたいかは伝わるはずだ。実際、マキは少しだけ呆れたような表情になりつつ頷きで返してきた。

 よし、問題なしと判断。そこで撃たれていた銃弾のリズムが変わる。おそらく誰かが弾切れを起こしてリロードしたのだろう。その瞬間、ジャニィ・ジャニスは机の影から飛び出し右手の中から銃弾を発射しながら奥の机へとダッシュする。弾丸を誰かに当てるつもりはない。牽制だ。しかしそれでも相手のペースを変更するには成功し、銃弾の嵐は方向をどちらに定めればいいか迷い、部屋は混乱の渦に巻き込まれる。

 奥の机の角に到達する直前にジャニィ・ジャニスはまた拳銃からナイフへと武器を持ち替え、奥の机の四人と対峙する。

 近距離の拳銃の弾丸を避ける。人によっては不可能だと言うだろう。いや、むしろ普通に考えれば不可能である。しかし師匠と修行したジャニィ・ジャニスにとっては不可能ではなく、むしろ刃物使いとしては基本的なシチュエーションだ。

 答えは単純、弾が発射される前に銃口から発射される銃弾の線から体を外せば、その死角に入ればいい。そうすればそこから発射された銃弾は当たらない。それはジャニィ・ジャニスにとっては難しい事では無い。難しい事で無くした。そういう修行を師匠としてきたのだ。そしてジャニィ・ジャニスは先天的な能力として相手の攻撃を先読み出来る能力もある。そちらの方は自覚はしていないのであくまで自分の中では勘のレベルなのだが。

四つの銃口がジャニィ・ジャニスを狙う。だが銃口の線は一つも重なっていない。重なっていれば少し面倒な事になっていたが、これだったら弾を避けるのは簡単だ。死角に入りさえすればいい。

 先頭の男の銃口が火を噴くが既に当たらないポジションに体を移動させていたジャニィ・ジャニスはその男の正面に立つ。これで後ろの男たちは銃を撃つのをためらうだろう。そのままその男の首の左側の頸動脈を斬る。そのまま銃口を気にしつつ右に体を移す。後ろの男は右手に持った銃をこちらに向けようとするがその前に喉笛に風穴をあける。その間に三点バーストの音が二回する。おそらくマキが自分を狙うために立ち上がった敵を撃ったのだろう。見た? これがコンビネーションって言うんだよ。まあそちらを見たら容赦なく殺すけれど。

 あと二人。完全に焦りの表情を見せ、銃弾を放つが当然のように死角に体を移動させていたジャニィ・ジャニスには当たらない。近からず遠からずの場所に弾丸が通り過ぎていく。三人目は腹を割いた。腸でも出してろ。その間にマキの銃声がする。もう一人死んだかな? そんな事を考えつつジャニィ・ジャニスはその動きを止めずに四人目へと近づく。正面から銃弾を撃ってくるが、正面から撃ってくるのは読んでいたし、既に銃口は確認している。銃弾はジャニィ・ジャニスには当たらず、逆にジャニィ・ジャニスは鳩尾にナイフを突き刺し、体をくの字に折り曲げた男の上から喉の横にナイフを当てて引いた。そうして机の下に身を隠す。

「マキお姉ちゃん、何人殺った?」

 とりあえず現状を確認する。

「三人。もう、あなたはまたよくわからない動きして……」

「でも今日はお姉ちゃんとあたし、そんなに殺した人数変わらないじゃん」

 二人はもう遠慮はいらないとばかり声を出して自分達の殺人の結果を確認する。これで二対二だ。この部屋に入る前には人数的に八倍の戦力差が同等になった。

「で、どうする? 今なら命は助けてあげるよ? 嘘は吐かないよ? 降参しないと殺すけど」

 血の匂いで充満したオフィスでジャニィ・ジャニスは話し相手を変え、降伏勧告をした。無駄な殺しはしない主義ではないけれど、面倒な事は避ける。実際何が起こるか分からないし、無力化させればそれでいいだろう。

「……俺達二人は降伏する。どうすればいい?」

 少し疲れたような男の声が、部屋の真ん中辺りから力無く響く。

「じゃあまず武器を放り投げてー」

 拳銃二つがジャニィ・ジャニス側に放り捨てられる。

「立ち上がってー」 

 三番目の通路で身を潜めていた男二人が立ち上がる。

「両手を頭の後ろに上げてー」

 二人は言われた通りにする。よく見ると二人共この短時間ですごく憔悴した表情をしている。まあ突然襲撃を受けて仲間が惨殺されたわけだから当然といえば当然か。

 マキが何も言わずに二人の手を捕縛テープでグルグルと巻き付ける。

「ま、命あっての物種だもんねー」

 ジャニィ・ジャニスはそれを見ながら二人に喋りかけるがどちらも何も言葉を発しない。

 ま、そんなもんか。悪態ぐらい付いてくるかと思ったけれど。

 ジャニィ・ジャニスは辺りを見回すとひとつのドアを見付ける。

「これって、あなた達のボスの部屋?」

 その問に二人は頷きで返す。

「よーし、じゃあ最後の締めといきますか」

 ジャニィ・ジャニスとマキは降伏した二人を連れてそのドアの前に立つ。ドアを確認してみると鍵がかかっている。部下が命を張って戦っていたというのに何たる冷たいボスなんだろう。まあ出てきたら最優先で襲いかかっていたから間違いない対応なのだけれど。

 ジャニィ・ジャニスは銃でドアノブ辺りを連射してから蹴りでドアノブを一撃で破壊しドアの鍵を無用の物とする。これでドアで無く単なる板切れだ。そして先程降伏した一人をドアの正面に立たせるとドアを蹴って開ける。

 パララララララララララララララララララララ。

 機関銃、おそらく音からして短機関銃であろう、の弾丸発射の音がし先程助かった男を蜂の巣にした。上司の銃弾の嵐を食らった部下はその場へと崩れ落ちる。部下を放っておくどころか殺すなんてひどいボスだ。しかし短機関銃か。正直このレベルの銃を持ち込まれると少し分が悪い。銃線を読んだとしても連射機能で線を面にするし、先読みをしたとしても自身の身体能力で避けるにしても限界がある。なので、

「じゃあ、次はあなたね」

 もう一人を部屋に放りこむ。と、同時にジャニィ・ジャニスは獲物を狙う土蜘蛛のごとく部屋へと侵入する。

 中にいたのは机の影に隠れながら短機関銃を構えた、口髭を生やした中肉中背の男。これがマルコ・コステロ。支配書に似た顔だ。まあ似ているのは当然か。よく考えたら謎の麻薬ブローカーなのに顔は割れているんだ。ただその表情は青冷め、顔には冷や汗をこれ以上無い程掻いていた。

 流石に自分の部下を殺害するという同じミスは犯さず、部屋の左側から回りこんだジャニィ・ジャニスに反応し短機関銃を発射しようとしたであろうコステロだったが、その前に銃声が響き、コステロの左肩を一発、左手を二発撃ち抜いた。

 コステロは激痛のあまり短機関銃を取り落とす。当然銃を発射したのはマキだ。そのままジャニィ・ジャニスはコステロに近づくとナイフを青ざめた顔の前に突き出す。

「“協会”の賞金稼ぎやってる、『ブラック・ウィドウ』と言います。早速ですがマルコ・コステロ、あなたを“協会”の賞金稼ぎの権利を行使し賞金首として確保します。それとも今死にたい?」


 その夜。

 ジャニィ・ジャニスとマキはコステロと部下一人を“協会”へと引渡し、様々な処理を行った後、賞金受け取りの手続きを行ない宿へと帰った。流石に今日は二人共疲労困憊だった。食事を取るとそこそこに自分達が借りている部屋へと戻る。

 そのままマキはジャニィ・ジャニスに許可を得、先に風呂に入るべく部屋を出てから浴場へと向かう。かなり汗をかいた一日だったので念入りに髪と体を洗い、湯船に体を沈める。少しでも疲れを取れるよう浴槽内で体を入念にマッサージを行う。マッサージを終えるとそのまま浴槽にかなりの時間浸かり、更衣室で髪を乾かしてからそのまま部屋へと帰る。

「お風呂、先に頂いたわよ。あなたも早く行ってらっしゃい……」

 マキが部屋のドアを開けてそう言いかけると、ジャニィ・ジャニスは椅子に座りながら部屋の中央のテーブルで肘を付き、手の甲で額に手を当てながら座っていた。そのためマキは言葉を途中で止める。マキはジャニィ・ジャニスのその姿を見ても驚きはしない。これはジャニィ・ジャニスがハンターとしての仕事、特に人を殺した後に必ず行う精神統一の時間だ。今日は今までよりもその精神統一が長く、マキがいつもよりも風呂に長く入っている間でもそれは終わらなかったらしい。

 これがおそらくアレン叔父さんの言っていたジャニィ・ジャニスの殺人を行った後の自己コントロールの仕方なのだろう。人を殺す。それは決して褒められるべき事ではない。むしろ行われる事自体が罪を背負う事になる行為だ。しかしハンターになると決意した以上、それから逃げる事は出来ない。アレン叔父さんはその事を、そこから来る反動をジャニィ・ジャニスにうまく教えると言ってくれた。これがその儀式だ。ジャニィ・ジャニスが自分の罪悪感に押し殺されない様にする為の、立派な儀式なのだ。

 マキはベットに腰掛けながら、髪をタオルで拭きながら邪魔にならないようにそれを終わるのを待つ。これを途中で止めるなんてことは決して出来ない。これはジャニィ・ジャニスにとって重要な行為なのだから。

「よし!」

 ジャニィ・ジャニスが突然立ち上がる。精神統一が終了したようだ。表情はいつものジャニィ・ジャニスのように晴れやかで穏やかな顔をしている。姉馬鹿かもしれないがジャニィ・ジャニスにはやはりこのような表情が一番良く似合う。

「あれ? マキお姉ちゃんもうお風呂終わったの? じゃあ次あたし入ってくるねー」

 自分がどれだけの時間、精神統一に費やしていたのかをジャニィ・ジャニスは自分で理解していないらしかった。

「JJ、ちょっと待って」

 そのままお風呂の準備をして部屋を出ようとするジャニィ・ジャニスをマキは引き止める。もしかしたら今から自分がしようとする事は無駄かもしれないし、もしかしたらアレン叔父さんの教えを無駄にするかもしれない。しかしマキはそれでもそれをせざるを得なかった。いや、彼女の意志がそれをする事を求めた。多分、これが自分の儀式だ。そして今、ジャニィ・ジャニスと旅に出ているのは自分なのだ。

「こっちに来て」

 顔に疑問符を貼り付けながらやってくるジャニィ・ジャニスを、マキは優しく抱きしめる。

「……マキお姉ちゃん?」

 顔がちょうどマキの胸に当たるため、ジャニィ・ジャニスはちょっと息苦しそうにマキへと問う。

 マキは優しくジャニィ・ジャニスの頭を撫でる。

「何があっても、世界の誰もが、いやナタリア義母さん達は別だけど、それ以外の誰も全てがあなたの敵になったとしても私だけはあなたの味方よ。それだけは覚えていて。だから安心して。私の事を信じて」

 ジャニィ・ジャニスが何故抱きしめられたか分からず、だらりと下ろしていた腕を、その言葉を聞いてマキの胴へと回す。

「ありがとう、マキお姉ちゃん。あたしだってそうだよ。あたしもずっとマキお姉ちゃんの味方。これは絶対。でもお説教は少しだけ減らして欲しいな」

「この子ったら」

 だがその言葉は優しさに満ちている。

 二人はどれだけ抱き合っていたのであろう。短かったのかもしれないし、長かったのかもしれない。ただこの時間は二人にとって大事な時間だった。なにより大切な時間だった。

 先に相手を開放したのはマキの方だった。

「はい、おしまい。お風呂行ってらっしゃい、JJ」

「はーい。今日はいろいろあったからゆっくりと行ってきます!」

 少しおどけてみせてジャニィ・ジャニスは風呂の準備を始め、部屋を出る。

 私は私の可愛い義妹は守らなければならない。戦闘能力はおそらくジャニィ・ジャニスの方が上だろう。だが、マキは守る。ジャニィ・ジャニスを何からも。何があろうとも。それが地獄への道と繋がっていたとしても。

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