第一章
汽車が走っている。その汽車の流線型のフォルムは車体に塗られた鈍色の塗料と相まってどことなく体が長い深海魚を思わせる。
その汽車は丸みを帯びつつ尖った印象をもたらす先頭車両の後方に二つの角のように張り出された煙突からある一定の時間毎に汽笛を鳴らしながら煤煙を吐き出す。
しかしその煤煙の量は少なく、またその色も薄い。外燃機関の発達はこのような蒸気機関の弱点を少しずつ、先人と現在の開発者達の努力で無くしていっている。
実際この汽車もボイラー、シリンダー、弁装置、動輪等蒸気機関車の動力部分はほぼ全て以前と比べれば高度な技術で賄われている。
汽車は走る。鈍色の光を纏って。薄い煤煙を吐き出しながら。この汽車の目的地。それは“公社”の最も西に存在するハブステーションを有する街、マクガルドだ。
ジャニィ・ジャニス・ヴァンクリフ―彼女と親しい人間は彼女のことを“JJ”と呼ぶ―は最後尾車両の一つ前の車両にちょこんと座っていた。ちなみに何故最後尾車両の一つ前の車両を選んだのかというと、最後尾車両にジャニィ・ジャニスの武器が積んであるからだ。
絶対的なルールとして列車内での武器の携帯を禁止している“公社”は武器を荷物として最後尾車両で運搬する事になっている。そして武器を預けた人間は基本的にその一つ前の車両に乗り込む事が暗黙の了解となっていた。何かあった場合、直ぐに自分の愛用の武器を取りに行けるように。まあただジャニィ・ジャニス自身は汽車に乗る事自体まだ三回目なので全て姉からの受け売りなのだけれど。その姉だって多分書物か何かからの知識だ。
先程までは窓から見える田園地帯を見ていたがおそらく駅に近づいているのであろう、建物がまばらに映るようになりジャニィ・ジャニスはその目を車内へと移す。ざっと見て乗客は少ない。もっと言えば例えば自分達の同業者やその全く正反対の犯罪者の影もない。奥には家族連れ四人が平和そうに一家団欒をしているくらいだ。
「JJ、あまりだらしない顔を世間様に見せるのは関心しないわよ? ただでさえあなたは見た目が幼いんだから」
ジャニィ・ジャニスの椅子の向い側から声がかかる。先程まで男女が抱き合ったペーパーブックを読んでいたジャニィ・ジャニスの義理の姉、マキ・ミリアム・ヴァンクリフだ。
「だらしない顔なんてしてないもん。ちょっと車内点検してただけですよーだ」
そう言って軽く舌を出すジャニィ・ジャニスだがそういった行為自体が自身を幼く見せているということに気付いていない時点でどちらの意見が正しいかは明白だ。
実際ジャニィ・ジャニスのルックスは幼く見える。孤児の為、正確な年齢はわからないので拾われた時期からある程度の逆算して十七歳という事にしているのだが、ジャニィ・ジャニスはその仮初の年齢よりもまだ幼く見られる事は誰が見ても間違いなかった。
髪留めを使って前髪を分け、耳を隠した栗色のセミショートヘア。くりくりとした印象をもたらす丸い茶色の瞳。下唇が少しだけ突き出ている口。少し赤みがかった頬。それに加え体のラインも凹凸が少なく座高も汽車の椅子から頭が出ていない。これだけの材料が揃えばマキの『見た目が幼い』と言う意見に反対できる人間はいないだろう。
ただ身に纏う衣装はある種異様さを醸し出している。薄手の黒い布のロングコート。静脈に流れる血よりも深い赤色をしたダークレッドのネルシャツ。膝丈まであるフレアスカート。フレアスカートの下からはチラチラとレギンスが見え隠れする。また履いているスニーカーとハイソックスの色も黒で統一していた。
「全く……。素直に謝ればそこで終わるのにどうしてそんな口を聞くの?」
逆に姉のマキはジャニィ・ジャニスと同じく孤児ではあるが一応年齢的には一つ違い、十八歳という事で育てられたが、逆に間違いなく年齢よりも高く見られる見た目をしている。
肩甲骨まで伸ばされた色素の薄い金髪。まるで宝石のように透き通る碧眼。スラリと通った鼻筋。桃色がかった薄い唇。そして立ち上がればジャニィ・ジャニスとは頭一つ分程違う身長。極端なくびれがあるわけではないがそれなりに曲線を描く体のライン。それをスカートの丈を膝下まで仕立て直し、左右にスリットを入れた襟の無いブラック・リトル・ドレスが引き立てている。だがジャニィ・ジャニスと同じ黒いロングコートを上から羽織っている為、パッと見では分からないのが男性陣としては口惜しい所だ。足元は黒いブーツを履き、スカートとブーツの間からチラチラと黒いストッキングが見えている。
(しまった、このまま行くとまたマキお姉ちゃんの説教タイムだ!)
今まで十年以上共に暮らした経験上、ジャニィ・ジャニスは話を逸らそうと考える。マキは齢十二歳あたりの頃からジャニィ・ジャニスを説教する事を、まるで趣味にしているかの如くそれを行う。本人が言うには『あなた、言わないと理解しないでしょ? 母さんはあの性格だし、他の人達はあなたには甘いし』と言う事なのだが、される方としてはたまったもんじゃない。なのでジャニィ・ジャニスは話の方向性を少し修正することにする。
「ほら、あたし達以外には武器を預けてそうな物騒な人達はいないかなー、ってチェックをしていたんだよ。風景見るのも飽きたし」
「そうねえ……」
そう言うとマキはあまり目立たないように車内を見回す。よし、説教タイム回避成功! ジャニィ・ジャニスが心の中でガッツポーズをしている間にマキは鈴がなるような綺麗な声で言葉を紡ぐ。
「まあ少なくともこの車内は平和、ってことね。いい事だわ。これだったら武器の受け取りも早く済みそうね。……それより」
マキはそこで言葉を切るとジャニィ・ジャニスの瞳をまっすぐと見る。あれ? 説教タイム回避失敗しましたか? ジャニィ・ジャニスは身構える。
「……あなた、私達が今まで狩ってきた悪党の数、当然覚えているわよね?」
そこでジャニィ・ジャニスは今までの弛緩した顔から一転、獲物を狩る表情になる。
「前の町で二週間で六組、前の前の町は最初だったから慣れてなくて同じく二週間で四組しか狩れなかったね」
「正解。前の町を出発する前に協会の職員に確認したのだけれどなかなかのペースみたいよ。まあどうしようもないチンピラばかりだから自慢にもならないけれど。最後の二人はそこそこだったらしいけどね。それでもあのレベルよ」
「それで? 次もそのペースで行くって事?」
ジャニィ・ジャニスはマキに質問をする。会話の全容がまだ見えてこない。
「逆ね。狩りの回数をただ闇雲に、小物ばかり狩っても次のマクガルドでは私達の名は知れ渡らない。それだけ大きな街だから。知れ渡らなければエリザ姉さんにも私達の事を知ってもらえない。だから少し狩りのペースを落としつつ、どこかで大物を狩る。それが次の街での方向性」
「うん、マキお姉ちゃんがそう言うならそれでいいよ。あたしは蜘蛛の牙だから。そういう作戦立案はお任せします」
蜘蛛の牙は相手に毒を注入して命を奪うだけの存在。頭ではないので何も考えずに獲物を狩れればそれでいい。
「まあとりあえずは色々と手続き済ませて、宿を見つけましょう。まあ焦る必要はないわ。しばらくは滞在する予定だから」
外の風景が完全に街並みに代わる頃、場内アナウンスがもうすぐ終点であるマクガルドに汽車が到着する旨を告げる。
「じゃ、とりあえず武器を取りに行きますかー。汽車の旅は楽でいいけどこれだけは面倒で嫌だねー」
ジャニィ・ジャニスは両手いっぱいに腕を上げうーん、声を上げながらと背伸びをする。
「それには完全に同意するけど衆人がいる汽車の中でその行為はどうかと思うわね。いい、JJ、大体あなたはね……」
まさかここでですか? 上手く回避出来たと思っていた説教タイムが突然始まり、自分の認識の甘さを呪うジャニィ・ジャニスだった。
マクガルド中央駅は大陸以西のハブステーションとして機能している駅である。先程ジャニィ・ジャニス達が汽車を降りてからも引っ切り無しに汽車が発車し、到着している。
「はあ、世の中にはこんな大きい駅もあるんだねえ」
ジャニィ・ジャニスは素直に感心した。汽車も線路も何本あるか多すぎて数える気にならない。
「天下の“公社”が誇る駅の一つだからそれぐらい当然よ。この駅のおかげでマクガルドという街自体が発達しているんだから」
マキが答える。
「あとあんまり呆けて間抜けな顔しちゃ駄目よ、JJ」
「し、してないですー」
「そう? じゃあいつもそういう顔をしているって事になるのね、余り良くない傾向だわ」
マキのわざとらしい嘆息にジャニィ・ジャニスは心の中で舌を出しながら周りをもう一度見渡す。もしあんな事が無ければ自分がこんな大きな駅に来る事なんて無かっただろう。いや、そもそも汽車を利用する生活を送ったかどうかすら疑問だ。それがどういう事なのか、ジャニィ・ジャニスにはまだ分からない。
ただ一つ言える事は、自分は自分の意思でこの道を歩んでいるという事。おそらく故郷で義母や義理の叔父達と農作業をしていた方が幸せだったろう。少なくとも人を殺す機会はない。何の変哲も無い日々。自分を愛してくれ、自分も愛していた家族との生活。それを捨ててジャニィ・ジャニスはここにいる。悪党を狩る生活。一人の義姉からしか愛されない生活。
だけど。だけどジャニィ・ジャニスは後悔はしない。しないと決めている。自分は自分の意思で人を殺す蜘蛛になったんだ。後悔なんか絶対しない。人から後ろ指を指されようとも。どんな呼び方をされようとも。
「JJ。何してるの、早く武器を取りに行くわよ」
マキが立ち止まって物思いに耽るJJに声を掛ける。お小言は無い。
「うん、今行くよ」
そう言うとジャニィ・ジャニスはカートを引きながらマキの後ろを付いていく。これから大事な武器の受け取りの時間だ。
『特殊荷物取扱所』。列車内での武器の携帯を禁じている“公社”が各駅に必ず設置している武器受取所の名称である。
そこは“公社”の管轄する駅の構内で唯一武器の携帯が許される事が可能な場所である。勿論使用は厳禁だが。マクガルド中央駅の『特殊荷物取扱所』は駅の構内でも端の方に存在していた。武器を携帯したまま駅の外へと出られるための配慮の為だ。また駅の利用者の多さの関係上、武器を受け取ってからチェックが出来るよう、ある程度の広さを有し、また机や椅子が多めに置いてある。
二人は「入口専用」と書かれたゲートから入場すると受付へと向い、そのまま受付の係員に武器受取用紙を手渡す。受付の男は表情を全く変えず用紙をチェックすると二人の荷物を持ってくる。ジャニィ・ジャニスには何か棒状の物が入っているであろう布袋を一つと小さな角ばった鞄を一つ、マキには何か長い銃器が入っているであろう大きい鞄とごくごく普通の大きさの革鞄。
「こちらで問題は無いでしょうか」
受付の男はやはり表情を変えず二人に問い掛ける。
「ええ」
「大丈夫です」
二人は自分の荷物を受け取ると手近な席に座る。武器のチェックの為だ。“公社”の列車を信頼していない訳ではないが、ハンターたるもの自分の得物を細心の注意を持って取り扱うのは当然だ。
ジャニィ・ジャニスはまず布袋から手をつける。
その中から出てくるのは丁寧に紐で縛られた三本のナイフである。二本は同じ形の大振りの物。もう一本はそれらより小さい物だ。
ジャニィ・ジャニスは紐を外すと先ず大型のナイフからチェックを行う。二本の内の一本を手にするとするり、と鞘から細身の刀身を抜く。それは片刃で若干上に反りが見られる。刀身はジャニィ・ジャニスの腕の長さより若干短い程度で、それでもナイフとしては大型な部類に入るだろう。そして白銀に光る刀身には薄い刃紋が見られ、また刀身の上部との微妙な色の違いはそれが合金で出来ている事を表している。柄には紺色の布が巻きつけてあり、鍔は楕円形で造られている。
ジャニィ・ジャニスは刀身を中心に僅かでも綻びが無いかを入念にチェックする。この大型ナイフはジャニィ・ジャニスの主武器、と言うより大げさに表せば命と同等とも言える二本。なにより師匠が自分の為に拵えさせた物だ。どれだけチェックをしてもし足りないと言う事はない。本来ならばここで手入れすらやりたいぐらいなのだが、流石にそれは憚られるので我慢する。一本をチェックした後は対になっているもう一本を同じように、同じ時間を掛けてチェックを行う。それが終わるとジャニィ・ジャニスは立ち上がりその二本を腰のホルスターに差し入れる。自分で作った、拳銃用の物を改良したこのナイフ専用のホルスターだ。どのような状況でも抜けるよう、可動域を広く作ってある。
続いてもう一つのナイフのチェックを行う。こちらは所謂サバイバルナイフと言われる型をした物だ。こちらは片刃なのは先程のナイフと変わらないが刃が幅広で反対側には鋸刃が付いている。主武器の大型ナイフの刃を傷めたくない時には重宝する一品、と言うよりその為に実装している。ただ二振りの大型ナイフと違い、市販品なので替えも効く。ジャニィ・ジャニスはそれのチェックを終えるとフレアスカートをまくり上げ、左の太股のベルトに装着する。
最後は鞄に手をつける。開けるとそこには小型のオートマチックピストルが納められていた。予備のマガジンも入っている。本来なら、というよりこの時代でも主武器になり得るであろう、と言うよりほとんどの人間がそれをそうやって使用している拳銃であるが、ジャニィ・ジャニスにとっては補助の武器であり牽制用のものでしかない。師匠は片手剣、片手銃を用いその両方を武器に大暴れしていたそうだがあの人は特別なので参考にはしない事としている。とはいえ自分の命を守る大切な物だ。当然入念に点検を行う。スライドを引く。引鉄の感触をチェック。マガジンを挿入する。そうして左肩のホルスターに拳銃を装着。これで自分は終わりだ。
「マキお姉ちゃん、どう?」
「もう少し待ってくれる? 流石にライフルのチェックに手間取ってるの」
そんなマキの体には左肩と左腰のホルスターに同じ型のオートマのピストル、右肩にはリボルバーが既に装着され、また腰のベルトには予備のマガジンが6つ挿入されている。今マキが行っているのはスコープ付きのボルト・アクション・ライフルの点検だ。長い砲身を持ち、黒光りするその形相は人を殺すのに相応しい禍々しさと人を効率良く殺す為の機能美を叶え備えている。
「やっぱりライフルのチェックはここではやっぱり無理ね、時間が掛りすぎるわ」
マキは幾度も覗き込んでいたスコープから目を離すとライフルをカバンへと仕舞う。
「マキお姉ちゃん、前から聞きたかったんだけど、そのライフルってなんで持ってきたの? 正直あんまり使いどころ無い気がするんだけど。実際今まで一度も使ってないよね?」
マキは少しだけ顔を顰め、答える。
「義母さんが持ってけ、って言ったのよ。あの人ライフル好きだから」
「……義母さんが言うなら仕方ないね。うん、仕方ない」
あの人に逆らうなんてあたし達二人には絶対無理だ。恐怖の独裁者のあの人に。
「じゃあ行くわよ? とりあえずここの“協会”にハンター登録しましょう? そこで宿も紹介してもらえればいいし」
マキの言葉にジャニィ・ジャニスはうなずくと箱と布袋をカートへと括りつけると取扱所の出口へと歩を進める。この時点では誰も気付いていない。この二人、『ブラック・ウィドウ』がマクガルドの裏社会を一変させる所業を行うということを。当然だが、当人達も今の時点では自分達がそこまでの事をやってのけるなんて思ってもいなかった。
ジャニィ・ジャニスが駅を出てまず目に写ったのは広大な面積を誇るバスターミナルだ。そこには箱のような様相の四角い形の蒸気バスが引っ切り無しに到発着を繰り返している。
「これまた駅もすごいけど、こっちもすごいなあ」
蒸気バスを見るのは初めてではないが、ここまでの台数を一気に見るのは初めてだ。
「このバスがマクガルド市民の足の一つね。マクガルドには“公社”が取り仕切る駅はこの中央駅を含め当然のように多数あるけどその全てにまでは流石に手が回らないのが現状なの。あとは経済的な問題ね。市民の足が全て列車になったら“公社”にしかお金が行かなくなるから、こうやってバスも運用されてるの」
「なるほど、この大量なバスはマクガルドの経済を回すための手段の一つ、って訳だね」
「そういう事ね。以前は地下鉄を作る計画も立案されたって話だけど、それに関しては流石に詳しくは知らないわ」
バスターミナルの向こう側には大型の商業施設が幾つも見る事が出来る。賑わう人の波。ジャニィ・ジャニスはこれだけの人間を一度に見た事はない。まあ半年以上前は一介の田舎娘で、そのまま人生を過ごしていくと自分でも思っていたのだから当然だが。
しかしここは違う。人が歩く。人が建物に入る。人が建物から何らかの荷物を持って出る。旅に出てから何度も理解しているが、ここは私の故郷のような牧歌的な雰囲気を味わう事など無い。その代わりに味わうのは人間の欲望だ。しかしその欲は物欲で、しかしそれは自分たちが今持っている歪な欲望よりも非常に人間らしい欲望なんだろうな、とJJは思う。ともあれ、巨大バスターミナルとそれらだけでこの場所がマクガルドの繁華街の一つである事を表していた。
「さ、ハンター登録に行きましょ。“協会”の支部はここから歩いてすぐらしいから」
マキの言葉にジャニィ・ジャニスは頷きで返すと二人で歩を進めた。
国際自衛団協会、通称“協会”だが、当然のようにかなり昔に発生したネットワークの死滅の影響を受けている。もちろんその死滅の後に発生した“協会”だが、それが原因でハンターや賞金首の登録が煩雑になっているのは事実だ。仮定の話だがもしネットワークが以前のままだったら一度登録したハンターはどの支部でもその確認作業は簡単に済んでいたに違いない。それはIDカードによる物だったかも知れないし、指紋認証や網膜を使った物だったのかもしれない。しかし残念ながらそれは絵空事でしか無い。“協会”の職員は常に煩雑な作業と戦い続けている。例えば今からジャニィ・ジャニスとマキが行うハンター登録作業だ。
ジャニィ・ジャニスとマキは“協会”所属のハンターである。ちゃんと二人共正式な手続きを取り、ハンターとして認められ、ハンター証を有している。
しかしここで面倒なのがこのハンター証は彼女達のよう旅をしながら賞金稼ぎを行っているジャーニーがハンターである証である事は間違いないが、その行く先々の町の支部で登録作業を行わないとハンターとしての業務を行えないという事実である。言い方を変えるとその支部毎にハンターとして登録し直していると言ってもいい。もしこの作業を行わずに賞金首を捕えたとしても賞金が出ないどころか警察に突き出される事もある。とりあえずハンターは『その街のハンター』である事を証明する為、登録作業を行わなければならないのだ。
「マキ・ミリアム・ヴァンクリフさんとジャニィ・ジャニス・ヴァンクリフさん。えーとチーム名は『ブラック・ウィドウ』。はい、登録は終了です」
髪型を七三分けにし、眼鏡をはめた男は慣れた手つきで二人のハンター登録作業をササッと終えた。これだけ煩雑な作業を素早く行えるのはそれだけの経験がこの男に培われていた証拠なのであろう。ジャニィ・ジャニスはいささか拍子抜けする。それはこの男がそれを専門に行っていることなのだが。さすが大都市、協会の職員の人数も豊富のようだ。まあでも面倒な作業が早く終わったのはいい事だ。
「あの、すみません」
マキが職員に問いかける。
「宿を探しているんですが、こちらの支部では斡旋はやられてますか?」
「ああ、それならば左端の受付で行っていますよ。そちらへどうぞ」
大きい街の職員は人員が多いだけでなくスマートでもあった。
“協会”から斡旋された宿は繁華街の中にあった。
なんでもこの周辺は別名『ハンター街』と呼ばれ、宿はもちろん、飲食店や酒場、武器販売店、嗜好品を販売する店舗まである、まるでハンターではなくて賞金首が存在するのではないかと思わんばかりの栄え具合である。
だがここはあくまでフランチャイズやジャーニー、どちらもが集まる場所である事は間違いない。少なくとも“協会”の斡旋者はそう言っていた。だからこそここはマクガルドでも一番安全な場所だとも言われているそうだ。確かにその事実を知っている賞金首がこんな場所に来るのは自殺行為に等しい。だが当然ながら一般市民もここには近づかない。ハンター達の楽園、それがハンター街だ。
ジャニィ・ジャニス達が取った宿は三階建ての小さな宿で食事は出ず、食べたかったら一階にある食堂で注文して取る事になっている。ジャニィ・ジャニスはおそらく利用する事が多くなるであろうそこに卵料理が美味しくて冷たいミルクがメニューにあるといいなあ、と思ったりする。食事は人生の楽しみの一つだ。少なくとも殺人よりは健全的行為だろう。風呂は共同風呂で三階にあるという。ここで二人は防犯の都合上、別々に入る事を決めた。今更背中を流し合う仲でもないし、いくらハンター街の中の宿とはいえ、注意を払うに越したことはない。
そのまま二人は一階の食堂でご飯を食べ(オムレツは美味しかったし、冷たいミルクもちゃんとメニューにあった)、交互に風呂に入り、早めに床に入る事にした。明日からは、今まで通りのどうせ血塗れの人生だ。その前に新しい街で普通に眠るぐらいいいだろう。ジャニィ・ジャニスはシーツを被るとすぐに眠気が襲ってきた事に少しびっくりしながら眠りについた。