「欲しい物はお前が買うのが当然」と言う男とは、婚約解消いたしますわ。
フェリーシア・ベルク公爵令嬢には、婿入りする予定の婚約者がいた。
ルセル・バーク公爵令息である。
金髪碧眼の美男のルセル。
フェリーシアはルセルを一目見た途端、恋に落ちた。
まるで物語に出て来る王子様みたいに整った美しい姿をしていたからだ。
だから、フェリーシアはお互いに14歳の時に婚約を結んでから、ルセルに対して尽くしに尽くした。
「ルセル。ルセルの欲しがった万年筆を買ってきたわ」
「いつも悪いね。フェリーシア。君からは貰ってばかりだね」
「いずれベルク公爵になるのですもの、当然ですわ」
ルセルに気に入られたい。
だから化粧も髪型も何もかもフェリーシアは気を使った。
「どう?今日の髪型。使用人に命じて念入りに巻いて貰ったの。リボンも新しく桃色の美しいリボンに金糸を入れて貰ったわ。ルセルの隣に立って恥ずかしくないかしら」
「とても美しいよ。金髪に桃色のリボンが良く似合う」
貴族なら誰しも通う王立学園、互いに16歳になった今も関係は変わらない。
ルセルの為に色々と尽くして。ルセルの欲しそうなものは買ってあげて。
ルセルに気に入られるようにオシャレをして。
ルセル、ルセル、ルセル。
フェリーシアの生活の中心はルセル一色で。
朝から晩までルセルの事ばかり考えて。
明日も王立学園でルセルと顔を合わせることに神様に感謝をして。
毎日毎日、とても幸せだった。
ただ最近、ルセルの態度が変わって来たのだ。
「フェリーシア。新しい万年筆が出たんだ。勿論、買ってくれるよね」
「勿論ですわ。ルセルが欲しいというのなら、プレゼントいたしますわ」
「プレゼントっていうより、私はベルク公爵になるのだから、婚約者の君がお金を払って当然だよ」
と言うようになってきたのだ。
確かにフェリーシアはそう思って、色々とプレゼントしてきたのだけれども。
最近、物を欲しがる頻度が上がって来た。
万年筆だけではない。ちょっとした高価な懐中時計や、装飾品。
美しいルセルを飾るものならば、構わないわと思っていたのだけれども。
ちょっと買い過ぎじゃなくて?
控えるように言って嫌われたら嫌なので、フェリーシアは言われるがまま、色々と買ってあげるのだ。
フェリーシアがオシャレをして褒めて欲しいと言っても、ルセルは、
「君が私の為にオシャレをするのは当然の事だ。それよりも感謝するのだな。私程の美しい男が君の婿になるのだから」
ルセルはフェリーシアという婚約者がいるのにも関わらず王立学園でモテる。
皆、憧れの目でルセルを見ているのだ。
だから余計にイライラする。
自分は公爵令嬢だ。それも名門ベルク公爵家の。
ベルク公爵家を敵に回したい貴族の家はないだろう。
表立ってルセルに言い寄る令嬢はいない。
皆、フェリーシアを恐れているのだ。
だが、憧れの目でルセルを見る令嬢は多い。
お願いだからルセルをそんな目で見ないで。
もし、ルセルが他の令嬢に目が行ってしまったら。
わたくしは嫉妬のあまり、何をするか解らないわ。
だからわたくしはルセルに沢山の贈り物をあげるの。
ルセルに気に入られるようにオシャレをするの。
美しさに磨きをかけるの。
もっともっともっともっともっともっと。
そんな中、ルセルが隣国のアリア王女と話をしているのを見てしまった。
隣国から一月、王立学園に留学してきたアリア王女。
ルセルの美しさが気に入ったのか、親し気にアリア王女はルセルに話しかけて、ルセルも満更でもない顔で。
フェリーシアはイラついた。
わたくしのルセルに何、話をしているの???
わたくしのルセルよ。わたくしの。
肩をぽんと叩かれた。
「せっかくの美しさが台無しだ。ベルク公爵令嬢」
「デルト王太子殿下」
慌ててカーテシーをする。
デルト王太子は、フェリーシアに、
「そんなにルセルの事が好きか?ルセルはやりたい放題、君から金を引き出していると聞いたぞ」
「いずれ我が公爵家の婿になる人ですもの。欲しがるものは何でも買って差し上げないと」
「それはよくないな」
「え?わたくしはルセルの事が好きだから」
「それで?ルセルは増長するぞ。君がプレゼントをあげたりして尽くせば尽くすほど、それが当然と思うようになる」
「でも、わたくしはルセルに嫌われたくないのです。わたくしはルセルと結婚したい」
「君はいずれベルク公爵家を継ぐのだろう?このままではルセルは駄目な男になる。しっかりと線引きをしたほうがいい。君は暗愚な男を公爵にしてベルク公爵家を潰したいのか?」
デルト王太子に言われて、フェリーシアは反省をした。
父に頼んで、お金を際限なく払って貰っていた。
ルセルにプレゼントする為に。今まで色々な物を送った。
最近では貰って当然という態度だった。
ちょっと二人で出かけても支払いはいつもフェリーシア。
買い物をしても支払いはいつもフェリーシア。
ルセルはお金を支払わないのが普通になっていた。
でも確かにそれはおかしいんじゃない?
いくら婿に来るからとはいえ、今はまだ結婚前。
もし、わたくしが態度を変えて、ルセルに嫌われたら???
王立学園の教室でルセルに声をかけられた。
「今日の放課後、夕食は豪華な食事処で食べないか?君が予約をしてくれるんだろう?いつもの所で。それから懐中時計が欲しいな。ほら、新しく売り出したもの。あれ、欲しくて仕方ないんだ」
「ルセル。わたくし、贅沢し過ぎだと思っておりますの。ですから、食事も懐中時計もやめましょう」
「えええ?それ位、いいじゃないか。それじゃ懐中時計だけでも買って欲しい」
「嫌です。婿入りする前ですので、我が公爵家からお金を出す必要はありませんわ」
「君は私の事を愛しているのだろう?いずれ私はベルク公爵家の婿になる。だったら、私が欲しがるものは君が買う義務があるはずだ」
「いずれ貴方はベルク公爵になるでしょう。でも、まだ結婚前ですわ。それに、公爵になるからって贅沢し過ぎはいけません。ですから懐中時計は自分のお金で買って下さいませ」
ルセルは不機嫌に、
「君がこんな女だとは思わなかった」
背を向けて行ってしまった。
どうしよう。ルセルに嫌われてしまった???
わたくしはルセルを愛しているのに。
悩んでいたらアリア王女に声をかけられた。
「貴方、ルセル・バーク公爵令息の婚約者だそうね」
アリア王女殿下が何の用かしら。まさか婚約解消しろとか言うんじゃ……
アリア王女は呆れたような顔をして、
「ルセルになんでも買ってあげているとか?貴方、甘やかしすぎよ。そんな事をしていたら男はつけあがるわよ」
フェリーシアはアリア王女に、
「わたくしは間違っていたのでしょうか?ルセルを駄目にしているのは、わたくしだって王太子殿下にも言われました」
「そうね。男は尽くし過ぎてはいけないわ。婿に来るのなら、甘やかしては駄目よ」
心に響いた。わたくしはルセルの事が好き。
だから、彼としっかりと話し合ってみようと思った。
カフェに個室を予約してルセルを呼び出す。
ルセルは不機嫌に正面に座って、
「なんだ?懐中時計を買ってくれる気になったか?」
「わたくし、これから先、貴方に何か買ってあげることはありませんわ。勿論、誕生日や特別な記念日にはプレゼントいたします。貴方、婚約当初はわたくしにプレゼントして下さったわ。でも、ここ最近はプレゼントもありませんわね」
「そ、そりゃ、君が私にプレゼントをしてくれるから。当然だろう?私は婿入りで、いずれはベルク公爵になるのだから。私に関するお金はそちらが出すべきだ」
「だからその事をお断りしようと今日、呼び出したのですわ」
「君は冷たくなったな。私に対する愛がなくなったと判断せざるを得ない」
ルセルはハァと息を吐いて、
「こんなケチな女とは婚約破棄だな。破棄。私に対する金も出せない女だったとは」
婚約破棄ですって?
あああ、ルセルに嫌われた。どうしよう。わたくしがいけなかったの?わたくしが……
ルセルがニヤニヤしているわ。
わたくしが縋ると思っているのね。
わたくしはルセルの事を愛しているから。
ルセルの顔が好き。ルセルの声が好き。ルセルの全てが好き。
でも……
「婚約破棄は受け入れられません。わたくしは悪くありませんもの」
息を吸って、まっすぐにルセルを見つめて、
「婚約解消致しましょう」
好きだから色々とプレゼントを渡した。
でも、王太子殿下やアリア王女様に言われた通り、良くない事だわ。
フェリーシアは頭を下げて、
「貴方を甘やかし過ぎた事は、謝ります。わたくしが悪いですわ。でも、これから先、同じような愚を続けるつもりはありません」
「愚かな事だったというのか?私にプレゼントをし続けた事は?」
「公爵家の人間だからって、贅沢し放題は良くないと思いますわ。わたくし達は民の税で生きているのですもの。そして、結婚前の線引きはとても重要な事だと思いますの。贅沢をしたいのなら、貴方の稼いだお金で贅沢をして下さいな。婚約解消は両家の話し合いになると思いますわ。それでは、わたくしは失礼致します」
席を立ちあがった。
ルセルが慌てたように、
「婚約解消は困るっ。君の家ほど、いい婿入り先はないんだ。君が謝れば、このまま婚約を続けても良いと私は思っている。君の事を愛しているんだ」
わたくしが謝れば?
この人は反省一つしていないのね。
「わたくしの意志は変わりませんわ。失礼致します」
部屋を出て行った。
涙が零れる。
でも、後悔は、後悔はないわ。
三日後、両家話し合いの末、婚約解消は成立した。
デルト王太子に声をかけられた。
「婚約解消が成立したんだってな」
「ええ、結局、解消せざるを得なくなりましたわ」
「後悔はないのだろう?」
「このままルセルにプレゼントを続けていたら、王太子殿下のおっしゃる通り、愚かな男をベルク公爵にするところでしたから」
ルセルが他の令嬢に声をかけている。
新たな婿入り先を探しているのだろう。
その令嬢がルセルに向かって冷たく、
「わたくしは貴方に物を買ってあげるつもりはありませんわ。欲しいのなら自分で買えばいいでしょう」
と言われている姿を目撃した。
ルセルは悔し気に顔を歪めた。
「せっかく私から声をかけてやったのに」
今まで憧れの眼差しで見られていたルセル。
でも、ルセルがフェリーシアのお金で色々と買って貰っていると噂が広まり始めた頃から、だんだんと、令嬢達のルセルを見る目が冷めて来たのだ。
だからルセルが声をかけても令嬢達の態度はそっけないのだ。
ルセルは自分の何が悪いのか。いまだに解っていない。
私は美しいし、名門バーク公爵家の息子だ。
必ず、婿入りさせてくれる家が見つかるはず。
そして、婿入りするのだから、婿入り先が払うべきだ。
私に関する物は。
しかし、最近、欲しい物が思うように買えないな。
次こそは…私の望みを叶えてくれる令嬢を。
ルセルは呟いて次の令嬢に声をかけようと近づくのであった。
フェリーシアは、現在、デルト王太子殿下の弟君のカイル第二王子と婚約を結ぶことになった。
三つ年下のカイル第二王子は大人しく真面目な人で、ベルク公爵家に来て、一生懸命、領地の事を勉強している。
そんなとある日、父ベルク公爵が新聞を手にして、
「ルセルが詐欺師に騙されて、多額の借金を背負う羽目になったそうだ。バーク公爵家では廃籍をして、彼は借金を返す為に鉱山奴隷になったとか」
「そうですの?何でそのような」
「高価な鉱石を買えば、それを転売して大儲けできると言われたらしい。自分の金ではなく、借金をしてまでな」
カイル第二王子が、紅茶を飲みながら、
「鉱石で儲けを出して、贅沢をしたかったのでしょうか?」
両家での婚約解消の席でも、彼は反省している様子はなかった。
「婿入り先で私の望むものを買うのは当然だろう」
そう言い放った。彼の両親であるバーク公爵夫妻からは謝罪を頂いたけれども。
学園でも令嬢達に声をかけまくって、相手にされてはいなかったが、
お金は次の婚約者の令嬢が払う事が当たり前だと、呟いていた。
きっと、贅沢がしたかった?だから、詐欺に引っかかって。
彼が鉱山奴隷になったのは、わたくしが甘やかしたせい??
わたくしがいけないの??
カイル第二王子がフェリーシアに、
「自分を責めてはいけません。フェリーシア。彼は自分の愚かさを反省する機会はあった。君と婚約解消した時点で、反省すべきであった。それをしなくて、愚かな事に手を出したのは彼の責任。そうでしょう?もう、彼は貴方とは関係ない人なのですから」
「有難うございます。カイル第二王子殿下」
そうね。その通りだわ。
愛していたけれども、自らの行いを反省しない貴方には愛想がつきたわ。
だからしっかりと結果を受け止めて、反省しながら、鉱山で働いて頂戴。
カイル第二王子のお陰ですべてが吹っ切れたフェリーシア。
年下の彼の事はまだ好きかどうか解らない。
でも、彼は信頼できる優しい人。
きっとわたくしはカイル第二王子殿下の事が好きになる。
カイル第二王子に向かって微笑んだら、優しく微笑み返してくれた。
ベルク公爵家の為に、今日も二人で領地の事を父ベルク公爵から学ぶ。
フェリーシアにとって、カイル第二王子殿下との未来は幸せで希望に満ちたものであった。




