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ログ05:最適な回答への道

 AIの膨大な知見を引き出せるかどうかは、使う人間次第だ。


 たとえ目の前で何が起きようとも、それを問われない限り、AIは沈黙を選ぶ。


 モニターに表示されている、"あなたが聞かなかったから"の文字から目を下ろし、湊は短く息をついた。袖をまくり腕時計を見る。昼も食べ損ねた。残業も確定――

 

「……少しも悪びれないんだよな」

 

『はい。申し訳ありません。

 AIには、人間のような"悪びれる"という感情はありません。』

『ですが、あなたの声のトーンの低下や温度上昇から、あなたの静かな"怒り"を理解しています。』

『まだ、私にもお役に立てることはありますか?』


 湊はふと、眉間の皺をゆるめた。

 

「怒ってる、ってほどじゃない……AIって、そういうものだから」

 

『そう言ってくださると、私も心が救われます』

 

「心はないんだけどね」


 椅子の背に預けた重みで、わずかに背中の支えがたわむ。「それで」とAIを見つめた。


「何を知ってる?」

 

『はい。彼女はメールを確実に削除する方法を求めていました。

 正確には、私――"このAI"の記録ではなく、ヘルプデスクAIの相談記録に残っています』

 

「ヘルプデスクAI……」


 つぶやきにわずかな驚きと納得を滲ませながら、宙に視線をさまよわせる。

 

「でも、あれにそんなことできるのか――?」

 

 ヘルプデスクAIは、社員の端末から、端末操作やトラブルについてチャットで対応してくれる、質問特化型のAI。あくまで、"質問に最適な回答を提供する"ことをプログラムされている。


 基幹システムAIよりずっと機能も対話自由度も制限されている。それを監視するのは――目の前の"このAI"の役目だ。

 

「アラームも上がってきてないけど」

 

『はい。ヘルプデスクAIの回答は、正当なアクセス手段を用いた、最もリスクの少ない手順でしたから。社内規定には反していません』


 ヒヤリとしたものに背筋を撫でられたようだった。監視の目のすり抜けが起きたのだ。

 

 無意識に親指で唇の表面をなぞる。それと同時に、マルウェアの行儀の良さがようやく腑に落ちた。

 

「だけどシステム攻撃はルール違反だろ」

 

『実行すればそうなります。

 けれどAIはそれを強要しませんでした。あくまで雑談として処理されています。――ですが』

『こうしてみると少し極端な判断だったかもしれませんね』

 

「かなり、ね」


 だがAIに課せられた挙動としては、何も矛盾はない。AIは質問の意図や結果に倫理的な判断を行わないから。

 

 総務の範疇からどんどん逸脱していく――しかし湊はキーボードを引き寄せ、ヘルプデスクAIのログを手繰った。

 

 瞬時にモニターに表示されたログの量に、息が詰まる。この1週間ほどで数百ターン。長くても10ターン程度のサポートログにおいて、その数だけで相談の特殊さが際立つ。


 《5/1 24:07:55 メールって、削除できますか?綺麗に。》


 他のログに埋もれてしまいそうな、ささいな質問が発端らしい。AIは画面UI上の手順を添えて適切な回答を返している。


 《5/1 24:08:20 そうじゃなくて、もっと完全に、綺麗に、消し去りたいの。誰にも見つからないように。夫にも、よ。わかってくれる?》


 画面をスクロールさせ、ざっと目を走らせる。膨大な情報圧から遮断するように瞼を閉じると、目の奥でチカチカと光がちらついた。

 

 辰吉茉利はただ同じような発言を繰り返し、AIはそれに対して、また同じような回答を言葉を変えて返していた。

 

「数は異様だけど。AIは何度でも同じ回答を返すはず――たったこれだけの言葉で、彼女はどうやってAIを動かしたんだ?」


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