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ログ01:社内メールが消えた朝

 

「また僕ですか」

 

『はい、またあなたです』


 モニターの端に置かれた音声デバイスが、待ち構えていたように返事をした。無機質なのにどこか温かい、生成音声。


「社内AIに呼び出されるって、どういうこと」

  

 AIの回答にわずかに片眉をぴくりとさせ、久遠湊は片手でチェアを引き寄せた。

 

『社内メール消失事件解決における適合率を推測しました……』

『久遠湊、業務稼働率40%、システム理解、適正率94%。社内事件、解決率92%』

 

 コバルトブルーのインジケータランプが、瞬きをするようにちらちらと揺れている。


「……だからって、僕は総務だ。探偵でもシステム屋でもない」

 

『そのセリフ、今週に入って三回目です。飽きました』

 

「飽きたのお前かよ」


 短く息をつき、高速で文字が躍るモニター画面から視線を外した。首から下げていたIDカードが揺れるのを掴んで、スーツの胸ポケットにしまう。一連の仕草を眺めるように群青のランプは瞬きを続けている。

 

『久遠さん、ネクタイの色変えましたね』

 

「……色?」

 

『はい。監視カメラの映像の分析結果です。

 ダークグレーのスーツにブラウン&グレーのチェックのネクタイ。よくお似合いですよ』

 

「AIに褒められても」

 

『――声のトーン、3%上昇。微細な喜びを検知。ストレス反応の軽減に成功しました!』

『作業を続けられます』

 

「喜ん……まぁ、いいよ」

  

 隣のサブモニターに向き直り、キーボードに指を這わせた。コマンドを打ち込みCUIを呼び出せば、画面いっぱい緑色の英数字に埋め尽くされる。ただのでたらめな――素人目にはそう見える。だが、湊にとってこれがシステムとの対話の入口。さらにコマンドを送り込み、システム内部の痕跡を辿り始めた。

 

 ――仕事、溜まってるんだけど。

  

 頭の中とは違う文字列を指が叩き続ける。自ら敷いたセキュリティの壁を次々とクリアしながら、湊は事の発端である今朝の騒動を思い出した。

 

 従業員100人程度の零細企業、多田商会株式会社。扱う商品はゴルフグッズならなんでも。

 その総務部に所属している湊は、朝から社内名簿の更新作業に追われていた。


 新入社員や人事異動、結婚離婚等による変更が多い春。5月の連休明けのこのタイミングに再更新するのが、総務部恒例の行事となっている。直接売り上げになるわけじゃない。だけど誰かがやるから業務が回る――それが総務の使命だとか、そんなことを考えてるわけじゃない。ただこの地道な作業を粛々とこなしていくだけ。

 

「あの……久遠さん、すみません」


 氏名変更者の最終リストに、目を通そうとした時だった。おずおずと話しかけてきたのは、新人の田村芽瑠。真面目で仕事熱心な彼女は、メモとペンを片手にたびたび湊の元を訪れる。

 今日はいつもの2点セットは見当たらず、ブルーのカーディガンの前で左右の手が固く握られているのが、視界の端に映った。

 

「昨日頂いたメールが見当たらないんです。もう一度送ってもらえませんか?」

 

「……トラッシュボックスは見た?」

 

「はい。何もなかったです」

 

 聞いてはみたものの、しっかり者の芽瑠がうっかりメールを削除するとは考えにくかった。

 

 顔を上げた湊は、ここで初めて周囲のざわめきに気がついた。マウスを何度もクリックする者、互いのPCを覗きあう者――皆が一様に困惑の表情を浮かべている。


「なんかメール、見えないんだけど」

「やだ、私のも――」

 

 ……サーバー、落ちたか。

 突然AIを導入したかと思えば、メールや社内連絡なんかはいまだにレトロなグループウェア。さっさとクラウド化すればいいのにと思うが、総務の守備外だ。

 

 湊は自身のPCに視線を戻し、メールが消失していることを確認した、その時だった。


「久遠くん、久遠くん、ちょっと来てくれないか」


 ……またか。


 湊は、そう思いながら、ゆっくりと視線を上げた。

 


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