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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

舞踏会

作者: 曲尾 仁庵

 シャンデリアの無数の燭台が会場を照らし、光で染め上げている。貴人は集い、豪奢な衣装と立ち居振る舞いで自らの存在を誇示する。年頃の男女が互いを値踏みし、家格を見定め、和やかな笑顔と打算が交錯する。


 王家主催の舞踏会。その中心にいる王太子の姿を、ひとりの伯爵令嬢が見つめている。




 伯爵令嬢が王太子と出会ったのは、三年前の、やはり舞踏会のことだった。そのときはまだ、一方的に眺めるだけの遠い存在。しかし王太子の姿は彼女に初めての鮮烈な感情を刻み、以来彼女は片時も王太子の顔を忘れたことがない。内側から身を焦がす激情を抱えながら、彼女は己を磨いた。王太子は未だ独り身。必ず殿下の目に留まる女性になると、その一心が彼女の三年を支えた。


 殿下は清楚で儚げな乙女がお好き。

 出しゃばりで我の強い女はダメよ。

 過度な装飾は逆効果。経済観念に乏しいと思われるわ。

 だからといって質素であればいいわけでもない。最高のものを、控えめに、品よく。

 政をお助けできるよう、知識と教養も重要。語学も堪能でなければ。

 そして何より、美しくないと。


 情報を集め、好みを分析し、殿下の理想を体現する。過酷な三年間の修練を経て、彼女はそれを成し遂げた。淡い蒼のドレスに身を包み、冷たい扇で顔を隠して、今、彼女は壁の花になっている。他の男に興味はない。ただ、あなただけを見ている――そう伝わるように。

 何人目かのダンスの誘いを断ったとき、そのときがついに訪れる。王太子は彼女に手を差し出し、蕩けるような甘い声で誘う。


「私と踊っていただけますか?」


 心臓が強く拍動する。抑えきれぬ思いに顔が染まる。幾度このときを夢見ただろうか。王太子の手を取り、彼女は心からの悦びを笑顔で示した。


「……喜んで」


 王太子は微笑み、彼女の手を引く。細く白い彼女の首を見る王太子の瞳の奥に隠し切れぬ色欲が滲む。彼女は王太子の手を強く握って引き戻した。近付く王太子の耳元に彼女は囁く。


「貴人たちの面前で婚約を破棄された姉様の屈辱を知れ」


 閉じた扇の先端から鋭い刃が飛び出す。身を引こうとした王太子の首を、彼女は躊躇なく真横に切り裂いた。何度も、何度も練習したとおりに。鮮血が彼女のドレスを紅く染める。誰かが悲鳴を上げた。驚愕に歪んだ王太子の身体がゆっくりと崩れ落ちる。


「はは、はははははははは」


 未来も幸福も願わぬ哄笑が、舞踏会場に響いていた。


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