それは思い出せない思い出
なぜか、俺の記憶には丸いケーキがあった。
母さんの作るケーキは長い四角の箱で作るので、俺は丸いケーキなんて食べた事が無いのに。
幼い頃は、丸いケーキが食べたいと駄々をこねた。
「丸いって林檎みたいなの?」
「違う! 丸くて平らで真っ白で赤い実が載ってて切ると三角なの!」
うん、分からんw 母さんも困惑しただろう。
田舎の農家の幼児にすぎない俺は、文句を飲み込んで大人しく母さんの作った木の実入りのケーキを食べるしかなかった。
そんな俺が15歳になり配達で大きな町に遠出した時、町のケーキ屋に丸いケーキがあるのを見つけた。
実在するんだ……!
なら、俺のあのケーキもどこかにあるんじゃないか? いや、自分で記憶にあるケーキを作ればいいじゃないか!
そう気づいた俺は、速攻そのケーキ屋に雇ってもらえるよう直談判し、快諾された。
強引に家は弟に任せる事にして家を出た俺は、お店に住み込みのケーキ職人見習いとなった。
そして今、俺は赤ん坊の泣き声が響き渡る中を、小麦粉を運んで計って卵を割っている。
「……いやにあっさりと受け入れてくれたとは思ったけど」
「悪いねぇ。とにかく人手が欲しくて」
小さなケーキ屋は忙しかった。
実は店長の奥さんが子供を産んだばかりで、家の事もお店の事も手が回らない状況だったのだ。
「いえいえ、大丈夫ですよー。俺ん家じゃ、姉ちゃんたちが何度も里帰り出産してるから慣れてます」
むしろ、ギャン泣きの赤ん坊をあやしたり、ありあわせの物でスープを作っただけで感謝してくれる奥さんに驚きだ。
「姉ちゃんたちが奥さんみたいだったらいいのに!」
と言ったら店長は大笑いしたが、うちの姉ちゃんたちは「弟と書いて下僕と読む」という人たちなんだよ……。
そんなわけで、家の事もしつつ仕事を教えてもらう楽しい日々が過ぎていく。
俺はその日々の中で、俺の覚えている丸いケーキが前世の記憶ではないかと気づいた。
ここに来るまで丸いケーキを見たことがないのに、泡立て器でホイップするとか、生クリームでスポンジをぐるっとデコレーションするのって、どこかで映像を見た記憶がある。きっと、前世の俺が見たのだろう。見ただけでやった事は無いので、実際の腕前はヘロヘロだが。
しかし、記憶とは違ってここのケーキは高さが低い。記憶ではぶ厚いスポンジの間に赤い果物が挟まっているのに。
もしかして、小麦粉の種類が違うのでは?と、気づいた。ここの小麦粉は小麦をそのまま挽いたやつで、小麦の殻が入っている。
俺が小麦粉を目の細かいふるいにかけて殻を取り除くと、見覚えのある小麦粉が現れた。
それでケーキを作ったら大きく膨らんだ。俺も店長もびっくりだ。
俺は、小麦粉の業者に「最初から殻無しの小麦粉はできないか」とお願いしてみた。配達の青年は困った様子だったが、「やってみます」と約束してくれた。
数か月後、彼は見事に期待に答えてくれた。
そして、「これ、すごく売れてます!」と喜んでた。
その一方、いつまでも生クリームのデコレーションが下手な俺は、記憶にあるクルクル回る台付きのお皿があれば……と、楽することを考えた。
鍛冶屋に行って、「仕組みは全然分からないんだけど、こういうの作れない?」と言ったら、気難しそうなおじさんが「作れん訳がねえ」と引き受けてくれた。
出来たクルクルお皿を届けに来たおじさんは、「これ、別の店でも買いたいって言われたんだ。たくさん作って他の町の店でも売ろうと思うんだが、いいか?」と何故か俺に聞いてきた。
「俺は、こういうのを作ってって言っただけで、作ったのはおじさんだろ? 自由にしていいよ」
クルクルお皿はあっという間に普及したらしい。
クルクルお皿のおかげもあって生クリームのデコレーションも絞り出しも上手くなり、だいぶ理想のケーキに近づいた俺は18歳になった。
そんな俺に店長が、店長が修行した王都の店で俺も修行してはどうかと勧めてくれた。相手の店も了承してるそうだ。
俺は大喜びで王都行きを決めた。
三年の間に店長にはもう一人子供が増えていた。お店を発つ時、子供たちが両足にしがみついて泣いてくれた。
着いた王都のケーキ屋は大きかった。ケーキ職人が何人もいる。
オーナーを始め皆の俺を見る目が怖い気がする。やはり王都のお店は厳しいんだな。
……と思っていたら、並んで鍋をまぜまぜしてカスタードを作っていた同僚に
「お前って、今の小麦粉やケーキターンテーブルを発明したんだって?」
と言われて「はぁ?」となった。
「いや無い無い。こういうのが欲しいって言っただけ! 俺に発明なんて出来ない! 大体ケーキターンテーブルって? 俺、今までクルクルお皿って呼んでたよ!」
周りにいた人たちが吹き出した。
俺は理想のケーキが作りたいだけのヤツだと分かってもらえたらしい。
ケーキについて先輩たちに相談したら、俺が覚えている赤い果実は苺という物だと教えてもらった。だが、旬は春で、高価な果物らしい。前世の俺は金持ちだったのか。
春だけじゃなく、一年中手に入って安価な赤い果物は無いだろうか……。
休みのたびに王都の店を探して回ったが、ちょうどいい物は見つからない。
そんなある日、俺は花屋の薔薇に気が付いた。
王都で女性に贈る花は薔薇が定番だそうで、花屋には一年中薔薇があふれている。
お茶にしたりジャムにしたりする人もいるそうだ。なら、ケーキにもできるのでは……?
「すみません」
俺は、目の前のちょっと寂れた花屋に入った。若いお兄さんが出てくる。
「あの、申し訳ないんですが花が開き過ぎて売り物にならない赤い薔薇を安く売ってもらえないでしょうか」
「はい?」
「ケーキを作りたくて」
俺はたくさんの薔薇を抱えて帰った。
営業後のお店で、先輩たちに見守られながら試作させてもらう。
薔薇のコンポートをスポンジに挟んで断面を華やかにして、生クリームで真っ白なケーキの上に真っ赤な花びらを散らす。夢のように綺麗なケーキが出来た。
だが、中身はスポンジがコンポートの水分を吸ってグチャグチャだった……。
見かねてコンポートの得意な先輩が協力してくれる事になった。水分を閉じ込めたゲル状になるように、それでいて味の良いコンポートになるように何度も試作してくれる。
俺は何度も花屋に通った。
花屋のお兄さんは、母親が亡くなって花屋を引き継いだばかりなのだそうだ。
「俺と同じ見習いなんですね!」
勝手に親近感。お兄さんもちょっと身近に感じてくれてる気がする。
ある時、開いた薔薇が無かったのだろう「これは売り物でしょう」という薔薇を提供された。
遠慮してもお兄さんに手渡される。
「あのっ、このケーキが店頭に並んだらこの花屋の薔薇を使用していると表示してもいいですか?」
「その日を楽しみにしてます」
「その日」は、先輩の頑張りで思ったより早く来た。
発売された薔薇のケーキは、美しさと美味しさで大人気になった。一気にお店の看板商品だ。
約束通りケーキに使用している花屋の名を表示したため、お兄さんの花屋にもお客が来ているそうだ。
「赤い薔薇のケーキと一緒に渡すように、赤以外の色々な薔薇を組み合わせた花束が好評なんです」
だって。こんな発想が出来るのに、何で閑古鳥が鳴いていたんだろう。お店も何だか綺麗になって、リボンやペーパーの種類が増えてる。
先輩には貴族のスポンサーが付いて、その人の領地にお店を開くことになった。「第二の王都」と言われている都市らしい。
これを機に恋人にプロポーズして、無事一緒に行ってもらう事になったらしい。
「薔薇のケーキはお前が考えた物なのに、すまない」
と言われたが、
「俺は考えただけで、実現化したのは先輩でしょう?」
と喜んで祝福した。
俺の理想のケーキを作るために協力してもらっただけでもありがたい人が、それで幸せになるなんて最高だ。
先輩が「本格的な冬が来て移動できなくなる前に」と店を辞めて間もなく、王都は雪に包まれた。
南の村で生まれた俺には、初めての雪景色だ。
ふと思いつき、裏庭のローズマリーの小枝を三本切って良く洗い、水気を切って上下逆さにして粉砂糖を振りかける。雪の積もったモミの木の完成だ。
それを薔薇のケーキの真ん中に刺す。
モミの木付き薔薇のケーキをオーナーも同僚も面白がってくれたので、店頭のショーケースに飾った。
「嘘っ! 何でクリスマスケーキ!?」
店に戻ろうとしたら後ろから声が聞こえた。
くりすますけーき
そうだ、そんな名前だった。
最後のピースがカチリと嵌まった。
思い出が流れ込んで来る。
俺たちの結婚して初めてのクリスマスイブは日曜日だった。これからは、クリスマスが終わってもそれぞれの家に戻らなくていい。俺たちは家でクリスマスを楽しむ計画にした。11月末から家にクリスマスツリーを飾って盛り上がる。プレゼントはお互いに内緒だ。
本番の12月24日。昼過ぎに二人で買い物に出掛けた。
まずは妻のお気に入りのケーキ屋で苺の載った小ぶりなクリスマスケーキを購入し、次はチキンだ、いや日本人なら唐揚げだ、などと言いながら歩いていたら、ふざけたクラクションを鳴らしながら猛スピードで走り過ぎようとした車が中央分離帯に接触した反動で歩道の俺たちに突っ込んできた。
横たわった俺が最期に見たのは、タイヤに踏み潰されたケーキの箱だった……。
ゆっくりと振り返ると、両手を口にあてて目を見開いてケーキを凝視している懐かしい女性。
俺は声を掛けた。
「やっと会えた」
ケーキの知識は「所さんの目がテン」と「マツコの知らない世界(再放送)」から。何てタイミングよく私の知りたいことを放送してくれるんだ……。




