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9.初恋の終わりと涙

私が就職して半年が経つと、大学3年の一馬の就職活動が始まり会う頻度が徐々に減っていった。

この年の秋、経済が不安定になり株価が急落した。企業は採用を控えるようになり内定の人数も大幅に減少したようだ。誰もが知るような大手企業や都市銀行は惨敗し、一馬は出身県では認知度の高い一部上場企業や銀行など手堅い職種を選び面接を受けるようになった。

大学4年の夏に一馬から地元企業からやっと内定をもらえたと連絡があり、私は一馬の内定を心から喜んだ。



「一馬、内定おめでとう~!」

仕事終わりで総菜になってしまったが、お祝いをするために一馬の好きなメンチカツと春巻きを買って家へ行くと驚いていたが喜んでくれた。


「おめでとう。一馬頑張っていたし決まって私も嬉しい。」

そう言って私は嬉々していた。一馬もありがとうと言うが、どこか表情は浮かない。


「あのさ、理沙。まだ確定じゃないけれど、内定の会社に行くってことは地元に帰ることになるんだ。地元に帰って実家で暮らすことになると思う。もう東京で暮らすことはないと思うんだ。」


「そうか……。そうなるよね。でも仕事だし、しょうがないんじゃない?」


私は特に気にせず答えたが一馬は違った。もっと深く考えていた。


「あのさ、理沙。結婚しようとか色々言ったのに申し訳ないけど……俺たち、別れよう」


一馬は俯いて最後の方はささやくように小さな声で言った。内定が決まったら彼はこの東京の地から去ると思っていたが、そのことが別れの原因になるとは思わなかった。


「え……。今の社会人と学生で時間は合わないけどさ、こうして付き合ってるじゃん。場所が離れても遠距離とかも出来るし、別れる必要はないんじゃない?」


「理沙のことは好きだよ。だけど、将来は結婚して子どもも欲しい。そうするといつまでも遠距離ってわけにはいかないと思うんだ。」


「もしそうなったら私が一馬のところに行く。結婚して一馬と一緒に暮らすよ。」


「理沙さ、就職したばかりの頃言っていたじゃん。地方の出版社や広告代理店では規模が小さくて採用すらほとんどない。だから両親を説得して上京したって。私らしくいれる場所に行くって言ってここに来たんでしょ?」


社会人になった喜びと希望を胸に一馬に語った言葉が、重くのしかかる。


「俺さ、就活中にデザイン系の求人も調べたんだ。でも理沙の言う通り、俺の地域では経験者のみとか業務委託のスポット的なものばかりで全然なかった。理沙が求めている仕事は出来ないんだって思い知らされた。それに今のこの時世だと中途でも採用が出てこないと思うんだ」


一馬の言う通りだった。企業は採用だけでなく経費削減にもメスをいれるようになり、チラシの発行部数の削減やデザインもアニメーション動画から静止画など出来るだけお金をかけずに作ってほしいという依頼が増えていた。


「それでもいい。デザインにこだわらなければ他の仕事だってあるからそれでもいい。」


「俺は理沙に好きなことをやり続けてほしいんだ。今、好きな仕事に就けているのに俺のせいで辞めて欲しくない。諦めて欲しくないんだよ。」


一馬は私の眼をまっすぐ見ている。真剣な眼差しで声に出さずに大粒の涙を流しながら私を説得している。


「私は……私は一馬と一緒にいたいの。だからお願い。置いていかないで、側にいさせて」


私は堪えきれずに声を出して泣きわめいた。いつも隣にいた一馬がいなくなることなんて考えられなかった。切ないとか悲しいという言葉だけでは言い表せない、何か深く重い物に押しつぶされてしまいそうになり苦しかった。



そんな私を一馬はギュッと力強く抱きしめた。頭を撫でられると一馬の温もりや匂いが伝ってくる。でも、今日はとてもとても切ない。抱きしめられて温かいのに寂しい。

そのうち、一馬も堪えきれなくなり私たちは強く抱きしめあいながら二人で声を出して泣いた。


それから何度も話し合って、仕事の求人や遠い場所でも今の仕事が出来ないか模索した。

しかし、どれも叶わなかった。


私は仕事か恋かを選ばなくてはいけなかった。私が強い思いで上京することを知っている一馬は、自分も辛いはずなのに私を説得し続けた。私も一馬のことが好きだったが仕事も大好きで諦めきれなくて、迷いに迷った末に別れることにした。


相手のことが嫌いになって別れるわけではなかったので、一馬が卒業するまでは二人でいっぱい楽しもうと最後の思い出作りをした。


旅行や車でドライブしたり、青山の少し高級なお店に緊張しながらランチを食べに行くなど時間があれば一緒にいた。一馬と一緒にいるのは楽しいし幸せだ。しかし、別れを決めてからは楽しい気持ちと、あと何回こうして過ごせるだろうかというセンチメンタルな気持ちも伴った。


大学を卒業してアパートの退去をする日、私は品川駅まで彼の見送りをした。駅の改札口前で人目を気にせず私たちはギュッと強く抱きあった。


「今までありがとう。大好きだったよ、元気でね。幸せになってね。」

「俺の方こそありがとう。大好きだよ。仕事頑張ってね。」

自分の夢を叶えるために上京して仕事も手に入れたが、その夢のために彼氏と別れることになったのだった。こうして私の4年という長くて甘い初恋は切なく散った。



お読みいただきありがとうございます。

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@MAYA183232

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