表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/17

8.初恋の人

『置いていかないで、側にいさせて』

遠い昔の記憶が蘇ってきた。18~22歳の4年間付き合っていた一馬に言った台詞だ。


一馬は短大に入学してすぐに誘われた合コンで出会った。相手は近くの大学生で全員同い年。東京・神奈川・千葉など近隣出身者が多い中、私と一馬は上京組だった。


お互いまだ抜け切れていない方言が会話の中で時折出てくることに妙な親近感を呼び急速に仲良くなった。飲み会の最後に全員で交換しようという流れになる前に、私たちは既に交換し終わっていて周りから冷やかされた。それくらい意気投合して、あっという間に付き合うようになった。


大学は違うが住んでいる場所は近かったので学生時代は頻繁に時間を作っては会い、そのまま泊まることも頻繁にあり、親には言えないが半同棲状態だった。


中学・高校時代のなんとなく恋に憧れて付き合った彼氏とは違う。

一馬のことが好きで惹かれて本当の恋を知った。初めてのエッチも、初めてのお泊りも、初めての旅行もすべて一馬だった。部屋にはお揃いのマグカップやパジャマ、一馬とのプリクラや写真がいっぱい増えていった。デジカメに映っているのはほとんど一馬で、一馬はいつも目を細めて優しく笑っている。


「お互い就職して仕事が落ち着いたら結婚しようか。」

深夜のコンビニの帰り道に手を繋ぎながら一馬が言ってくれた。


「え?今のってプロポーズ?このタイミング?」


「ち、違うよ……。プロポーズはちゃんとするってば。ただこのまま理沙と一緒にいれたらいいなと思ったら、つい言葉に出ただけ。」


「うん、私もずっと一馬とずっと一緒にいたい!!!」


照れて早口になりながらもずっと一緒にいたいと言ってくれる一馬が可愛かった。愛おしかった。大好きだった。


人通りが少なく街灯もまばらで暗い道路の真ん中で、私は一馬に思いっきり抱き着いた。


「あーもう大好き。一馬大好き。」


「おいっ、危ないってば。誰か来るかもしれないだろ」


そう焦りながらもまんざらでもない顔をしている一馬を見てお互いに微笑み長い長いキスをした。


あの時の私は幸せだった。夏休みの予定や将来の事など何か考えたり決める時は、当たり前のように一馬の存在が合って、私の世界の中心には常に一馬がいた。


一馬との将来を信じて疑わなかった。私たちは幸せになれる。一馬と平凡だけれど笑顔の溢れる家庭を築きいつまでも一緒にいれると思っていた。


しばらくして20歳で私は短大を卒業して就職。大手は叶わなかったが、高校の時からの夢だった広告代理店に内定をもらった。卒業する時にお揃いの指輪を貰った。


「安物だけどペアリング。結婚指輪は自分が働いてもっと稼いだ時に買うから」

そういって右手の薬指にはめてくれた。値段なんて関係ない。一馬が私のことを思って選んでプレゼントしてくれたことが嬉しかった。


「ありがとう……嬉しい。大切にするね」

指輪を見た瞬間から泣く私を見て、一馬は驚きながらも優しく頭を撫でキスをした。


春になり私は社会人、一馬は大学3年生になった。生活リズムは変わってしまったが最初のうちは学生時代と変わらず時間を作り会っている。


「理沙はさ、今の仕事楽しい?なんでこの仕事にしたの?」


社会人になり初任給を貰った日の夜。両親にプレゼントを送り、一馬ともお祝いをしたくて発泡酒ではなくてビールの6缶パックを買って一馬の家に行ったのだった。両親からお礼の電話がきて、電話を切った後に一馬から聞かれた。


「私ね、街中のポスターや電車の吊り広告を読むのが昔から好きだったの。短い言葉なのにインパクトのあるキャッチコピーも、商品やイベントをより魅力的にするデザインも。いつか人の心を動かす広告を作ってみたいなって。美術の成績だけは昔から良くて好きだったのもあって本格的に知りたくなったんだよね。」


社会人になったばかりの私は、遠い未来を夢見て熱く語っていた。


「本当は両親に地元の専門学校でもいいんじゃないかとも言われたんだけれど、地方の出版社や広告代理店では規模が小さくて新卒の採用すらほとんどないの。私は学んだことを仕事にしたいから都会に出たいってと何度も両親を説得したんだよね」


学生時代のアルバイトとは違う自分のやりたかった仕事で貰った初めての給料に舞い上がり、ビールを口にしながら昔のことを懐かしむように話をしていた。


「この街は私には狭すぎる。私は、私らしくいれる場所に行く!!とか、かっこつけて電車に飛び乗ったな。」


今思えば夢見がちな青かった自分。照れ臭いけれど一馬になら話せた。一馬なら受け止めてくれるという安心感があった。


「……そうなんだ。」


一馬は優しく微笑んでいる。この時の私は、自分のことに必死で一馬の笑顔の奥にある感情に気がつくことが出来なかった。


お読みいただきありがとうございます。

毎週火・木・土曜の朝7時更新!ブクマや評価いただけると嬉しいです。

Xでは、新作のお知らせ・投稿通知など最新情報をリアルタイムで更新中。

作品の紹介動画も作っていますのでフォローしてもらえると嬉しいです!

@MAYA183232

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ