7.忘れていたはずの恋
1月も後半になり金曜日の午後、信吾から連絡が来た。
「週末どう?」
「大丈夫」
私たちのやり取りはいつもシンプルだ。普段はお互いに仕事や趣味を優先しているため、用事がないと連絡もしない。金曜日の午後、予定が空いていたり、なんとなく会いたいと思った時にどちらともなく「週末どう?」と5文字のメールを送りあう。
「大丈夫」「ごめん、無理」通知の画面で内容が分かるように用件と返事だけの素っ気ない物だった。そして既読がついてもそれ以降のやり取りはない。
普段からのやり取りで愛を育むのは煩わしい。長くなりそうな話題は会った時に話せばいい。お互いに、一緒にいない時の時間を共有したり自分のためにわざわざ時間を作って欲しいとは思っていなかった。
私たちは地に足をついて生きている大人だ。誰かに夢中になって周りのことが手につかなくなるようでは困る。信吾とのやり取りは『大人の男女の無理をしない関係・付き合い方』だと思っている。
「明日は信吾が来るのか。ビールでも冷やしておくか」
3連休明けに納期だった仕事も再修正したものが校了を終えてひと段落ついたところだった。大きな仕事だったので思いっきり飲みたい気分だった。明日こそは飲み過ぎないように、そしてあの日の夜のことをちゃんと聞こう。そう思いながら頂き物のワインも一緒に冷やしておくために冷蔵庫にいれる。
翌日、昼前に信吾がやってきた。
いつもと変わらない様子に自分だけが意識しているようでなんだか少し寂しかった。
「信吾ってさ、今までどんな人と付き合ってきたの?」
「何?急に。」
新作ゲームのプレイをしながら信吾に話しかける。私も信吾もコントローラーの操作に夢中で、視線は画面に向けている。
「いや、今まで恋愛の話とかしたことなかったなって。」
普段の私たちに甘い会話はない。そういう流れやきっかけがなかったのだ。だからこちらから会話を振れば何か変わるのかもしれない。そんな願いもあった。
「どんな人って言われても色々。タイプも違うし一括りには出来ないよ。」
信吾は視線をそのままにして淡々と答える。自分から聞いたくせにそれもそうだと妙に納得をした。たくさんの人と付き合ってきたわけではないが、みな性格もタイプも容姿も違う。
身長の高さや、細身か逞しいのか、体育会系か文科系か、判断しやすい情報で区分していけば特徴は出てくるのかもしれないがその項目をすべて満たしているからと言って好きになるわけではない。
あんなに嫌いだった婚活の相手選びの質問に似たことを聞いている自分に嫌気がさした。そして本当に知りたいことは信吾の過去ではない。
「信吾は今、彼女欲しいとか思う?恋愛に興味ある?」
「どうしたの、急に?」
「こうして休みの日に一緒にいることも多いけど付き合っているわけではないでしょ。だから恋愛に興味がないのかと思って。」
「……別にそんなことはないけど。」
少し怪訝そうな顔をして信吾は返事をしている。その顔には『面倒くさい』と書いてあったが3週間真相を聞けずにモヤモヤしていた私は止まらない。
「合コンとか行ったりするの?」
「たまにね。誘われれば行くよ。」
信吾が合コンに行くと言う事実が少しだけチクリと胸を痛ませる。
「そこから発展とかないの?2人で出掛けるとか告白するとか」
「……さっきから何を言わせたいの?聞きたいの?理沙には関係なくない?」
「別に、ただこうして一緒にいるとこ見られたらいい感じの雰囲気の人に誤解されて恋が芽生えないよ。」
努めて明るく言ってみたが心の中では、『私は何を言ってるのだろうか。』と嘆いていた。
彼女でもない私が合コンに行くことに軽くショックを受けて、関係ないって言われたことに傷ついている。自分から聞いておいて信吾の反応に凹んで何をやっているのだろう……。
「…………。じゃあどうして欲しいの?いいなと想う人がいたら、もうこうして会わない方がいいと言いたいの?それとも遠回しに来るなってこと?」
「そ、そんなんじゃない。ただ、あの日なんでキスしたのかって気になって?私たち最後までしたの?気にするようなことはないって何?」
こんな風に聞きたかったわけではないのに、つい質問攻めになってしまった。
「あのさ、なんでって聞くことじゃなくない?俺が無理矢理したならともかく違うよね?」
「そうだけど……。」
いったい私は何を期待したのだろう。
好きなタイプを聞いて、『理沙みたいな人』とか自分と近い女性が出てくることを期待したのだろうか。一緒にいるところ見られたら誤解されるよと伝えて『理沙といる方がいい』とか『恋するなら理沙がいい』とでも言われたかったのだろうか。
今の私は面倒な女以外の何者でもない。
「わ、私はあの夜、ドキドキして。いつも一緒にいるのにあんなに近くで顔を見て気の合う男友達だったはずが表情が違って……。目があったら近づきたくなって。」
「理沙にとっては男友達だったんだ?でも気の迷いが生じたってこと?」
「え……?」
「今日はもう帰るね。」
コントローラーを置き、信吾が立ち上がる。戦闘中だったが攻撃も防御もしないゲームの中のキャラクターはあっという間に倒されてゲームオーバーになってしまった。
「え、信吾?待って……。」
「あの日、りさは『私をおいていかないで、側にいさせて』って少し泣きながら言っていたんだよ。誰かと勘違いしているようだった。そのうち眠ってしまったからそのまま帰ったわけ。それ以上でもそれ以下でもない。」
玄関に向かう信吾の腕を掴むと振り返り、そう教えてくれた。私はギュッと握っていた手の力を弱めて腕を離すとそのまま帰って行った。
「『私をおいていかないで、側にいさせて』、か。……なんであのタイミングでそんなことを思い出したんだろう……。」
忘れていたはずの遠くて苦い昔の記憶が蘇ってきた。
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