6.年下の男の子
ピンポーン
年が明けて2週目の火曜日。
この日、取引先の営業・加藤君と家で打ち合わせをしていた。打ち合わせの場所代は経費で落とせるが外に出るのが面倒で家に来てもらうことにした。
加藤君は7個下で長身の爽やかな男の子で私にとっては目の保養で癒しだ。女性向けの商品販売をする営業だけあって、ネクタイや身に着けているアイテムも女性が好みそうなパステルカラーを基調とした爽やかな物ばかりだ。
20代の加藤君の綺麗な肌と手入れされている細くて長い指に見惚れながら提案資料に目を通す。以前の担当は年上のベテラン女性で、絶対的な信頼と安心感があった。加藤君はまだその域には達していないが、頑張っている姿が可愛らしい。
打ち合わせが終わり、おかわりのお茶を入れなおしている時だった。
「稲本さん彼氏いるんですか?この前、吉祥寺で男性と歩いているところを見たのですが」
きっと信吾と歩いているところを見たのだろう。担当して1年が経ちプライベートな内容も少しずつ交わすようになっていた。
「あぁ。彼氏、ではないかな。吉祥寺なら美味しいラーメン屋さんを教えてもらって行ったときかも。」
信吾は彼氏ではないのだから嘘はついていない。イブの夜のことは分からないがただの男友達でもなくなっている。
(信吾との関係ってなんだろう……。)
見かけた場所もこじゃれたカフェではなくラーメン屋というのも私と信吾の関係性がよく分かると思った。きっとカフェなら友人や仕事仲間を誘う。そしてオシャレな内装のお店なら信吾よりも加藤君の方が似合いそうだ。
「そうなんですね。……良かった。」
そう言って胸を撫で下ろすように加藤君はホッとした表情をした。実は、以前から加藤君から好意的な物を持たれている気がしていた。
しかし、知り合ったばかりの頃は婚活が上手くいかないことに自暴自棄だった。7歳も年下の男の子から好意を持たれるはずがない。婚活疲れで都合のいい妄想をしていると自分に言い聞かせていた。
加藤君に興味がなければ信吾のことを彼氏と言ってしまえばいい話なのだが、彼氏ではないと言ったのは、加藤君の好意に悪い気がしない。むしろ嬉しいと思ったからだった。
もし本当に思い過ごしではなく好意であるなら……加藤君みたいな子と付き合えたら幸せだろうなと考えたこともあったからだった。
「あの、良かったら今度ラーメン食べに行きませんか?いい店探しておきます。」
私がラーメン好きだと思ったのか加藤君は身を乗り出して言ってくる。艶のある綺麗な髪と澄んだ瞳がゴールデンレトリバーに見つめられているようで可愛い。
『店を探しておきます』というのも美味しい店だから紹介したいのではなく、私と出掛けることを目的としているようで嬉しかった。
良かったと口に出し胸を撫で下ろすような表情も、店を探しておくという言葉も私の心をいちいちドキドキさせて惑わせる。これが仮に計算だったら加藤君はとんでもないモテる男だろう。
婚活で多くの人を見てきたせいか、言葉の裏や意図を考える癖がついてしまった。質問に対して少しだけ間を置き、正解に近い言葉を瞬時に考える。こうして絞り出された綺麗な答えは、不快感やマイナスイメージを与えることはないが心にも響かない。当たり障りのない会話のキャッチボールが続くだけだ。
駆け引きする様子もなく自然に自分の気持ちを口にする加藤君との会話は、キャッチ手前で軌道がかわる変化球のようでドキッとさせた。取りやすいボールや会話だけが相手の心を掴むのではない。
「ありがとう。ラーメン以外でもいいお店あったら教えて欲しいな。」
そう言ってお互いにプライベートのスマホを取り出し連絡先を交換した。
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