5.遅れて届く年賀状
(イブの夜、信吾と何があったのか……)
お風呂に入る時、服を着替える時、自分が下着姿になっているとあの夜のことを思い出す。
膝と腕が触れて静かに見つめ合ってゆっくりと距離を縮めてキスをした。そしてキスをしながらお互いの身体を撫であった。……そこまでは覚えている。
食事中に飲んだワインとイブというムードも相まってお互いに熱を持っていた。
しかし、何故、私は翌日一人で裸で寝ていたのだろうか。
丁寧に一か所にまとめられた服。あれは信吾が片付けてくれたのだろうか、そうだとしたら私は信吾の前で裸を見せたのか?
28日の仕事納めでここに来た日の帰り際に言った『気にするようなことはない。』
何を気にして何を気にしてなくていいのだろうか。色々な考えが頭をよぎるが答えは分からないままだった。
私は、信吾とのことを思いながらも年明けの三連休後に納期の仕事が入っており年末年始は一人暮らしのこの部屋で過ごし作業に没頭していた。
婚活を放棄してから実家に帰りづらかったので仕事が入っているのはありがたかった。仕事なら両親も文句は言えない。
年始になると親族たちも集まり宴会になる。学生時代は進路のことを、社会人になってからは、「結婚はまだか?」「彼氏はいるのか?」と将来のことを毎年聞いてくる。
東京では結婚をしない人も増えてきて周りもとやかく言わないが、地方では未だに「女の幸せ=結婚」、「結婚して子どもを産んでこそ」と言う風潮がある。
普段は面と向かって言われないが、年末年始など同じ価値観の親族たちが集まりお酒が入ることにより縁談の話や地元に帰ってくることを勧められたりするのでいい気がしなかった。
独立後も必死にもがきながらやっと手に入れた安定した今の生活。
女の幸せは結婚や異性の有無だけではないのに、悪気なく聞いてくる親族たちに笑顔で返しつつも心の中では複雑な気持ちでいっぱいだった。
しかし、30歳を過ぎた頃から周りは何も言ってこなくなった。
安定した仕事を手にしたこともあるが、地方では30歳を過ぎると結婚適齢期から外れたとみなされるのか『結婚』が禁句ワードにでもなったのかと思うくらいパタリと止んだ。
何も言われなくなったことに肩の荷が下りたような清々しさと同時に少しだけ切なさを感じながら、実家の冷蔵庫を開けて冷やしてあるビールを一口飲んだ。
そして今日も作業がひと段落したところで冷蔵庫を開け、缶ビールで乾杯をする。テレビをつけ番組表を表示させるとお正月の特番番組や箱根駅伝・高校サッカーと年始を感じるラインナップが揃っていた。
手に持っていたサッポロの缶を片手に駅伝に変えると、ちょうどCMだった。
「丸くなるな、星になれ」
あのキャッチコピーはいつ見ても秀逸だと思いながら、お前も頑張れと背中を押されている気持ちになり電源を消し作業に戻った。
ずっと家に籠っていた年末年始。
年賀状も送らなくなり、親しい友人や両親にはアプリで年始の挨拶を送ってスマートフォンを閉じていた。
1/4になり、しんごから「今年もよろしく」とだけの短いメッセージが送られてくる。どうせそのうち会うのだし今更送ってこなくてもいいのに。と思いつつも笑みが零れる。
小学生の頃、元旦に届くようにとクリスマス頃から年賀状を書いていた時のことを思い出す。送った相手のうち、何人かからは三が日になっても届かないことがあった。
始業式ギリギリになって、慌てて書きました感がにじみ出ている年賀状が届いたことを思いだした。信吾のメールはあの時の年賀状みたいだ、と感じていた。
どうせ今後も顔を合わせるのだから何日も経ってからわざわざ送ってこなくていいと言う気持ちと、1/1の早いタイミングで連絡が欲しかったという気持ちが混ざりあう。連絡が欲しいのか欲しくないのか、私の心は気まぐれで我が儘だ。
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