17.それぞれの空白の10年間
「一馬が東京に来るなんて、また逢えるなんて思っていなかった。」
私は本音を口にした。彼は地元で違う人生を歩んでいくものだと思っていたから。
「俺も就職したらずっと地元のままで骨を埋めるつもりでいたよ。」
「ふふっ、骨を埋めるって……。なんだか不思議な感じだね。まさか、またこうして東京で一馬と会えるなんて。」
「そうだな。人生、何があるか分からないもんだな。」
一馬が穏やかな顔で頷いた。
(一馬が東京にまた戻ってくるのか。そうしたら、たまにご飯に行ったり会う頻度も増えるのかな。)
「一馬は?別れてから彼女とかいなかったの?」
「あー……、彼女って言うか……実は去年、離婚したんだ。今は誰もいないよ」
(……。ん、離婚???)
別れてから10年も経つのだから他の相手がいてもおかしくない。自分だって短命だったが何人かと付き合った。そして、別の女性と幸せになることを願っておきながらいざ結婚していたという事実を聞くと複雑な気持ちになった。
「そ、そうだったんだ……。」
「そう、それで今回の異動が決まって新規一転して一から頑張ろうと思っていたところ。」
話が重くならないように明るい口調で話す一馬。
(えーっと……、これは離婚の理由を聞いていいのか?いきなり踏み込み過ぎ?)
考えた末、一馬の反応に任せることにした。
聞いてほしい、慰めて欲しいなら自分から話してくるだろうし、触れて欲しくないなら話題を変えるだろう。一馬は別の話題にしたので私はそれ以上は踏み込まなかった。
ものすごく気になることではあって、昔なら気にせず詳細を聞いていたと思うが元恋人の私たちは微妙な距離感で今現在、付き合っている相手がいるか以外は踏み込めなかった。
「今日はありがとう。お会計も……ごちそうさまでした。」
「いいえ。少しは大人になったところ見せないとね。」
会計時、一馬は財布からカードを取り出し支払いをさっさと済ませてしまった。
現金を渡そうとする私に「現金は持ち歩かないからいいよ」と笑って制する。でも、財布のポケットには綺麗に揃えられた紙幣が何枚か入っていて、こちらに払わせないための言葉だろう。
学生時代は割り勘で小銭をぴったり出そうと財布の中身を見せ合って調整していたが、いつしかこんなにもスマートに支払いが出来ることに驚きと知らないところで大人になっている一馬にほんの少しだけ寂しさを覚えた。
「今日は付き合ってくれてありがとう。また連絡していい?」
「うん、こちらこそありがとう」
帰り際、向かい合うと一馬の指が私の耳の横の髪に触れてきた。
「ごめん……。つい懐かしくなっちゃって。嫌だったよな」
「ううん、嫌じゃない、よ……。」
学生時代、私は一馬に髪を撫でられるのが好きだった。撫でてもらうためにわざと一馬の横に座り肩に頭を預けた。そうすると一馬は私の方に身体を向けて、抱きしめながら髪を撫でてくれる。
一馬の匂いと温かさを感じながら髪を撫でられると癒されて心地いい。たまにそのまま眠りについてしまい、目が覚めるとブランケットがかけられていた。肌触りが良くて暖かく包み込んでくれるブランケットは、まるで一馬みたいだと思いながら、ブランケットとかけてくれた一馬の優しさを噛みしめながら丸まっていた。
「今日会えて本当に良かった。久しぶりだし、もしかしたら他の人がいたり、結婚してもう逢えないかもしれないとか色々考えていたんだ。また会えるのも嬉しいよ。それじゃ、おやすみ。」
「…………おやすみなさい。」
(加藤君といい一馬といい、会えてよかったとか会えて嬉しいってサラッと言ってくるな。その度に私はドキドキしてしまうのに。他の女性にもこんな風に言って口説くのかな?)
言われて嬉しくなって心が揺らぐが、同時に女性に慣れているのでは、という疑念を持って素直に喜べなくなっている自分もいた。
一馬との再会は、私の心を大きく揺さぶり今後の関係を左右させるきっかけとなった。
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