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見てしまった

作者: myau

ジリジリと照りつける日差しの中、今日も変わらず仕事をこなしていた。

首にかけたタオルで、額を伝う汗をぐいっと拭い早く涼しくならないかななんて思いながら、地面に落ちているペットボトルを拾う。


私の仕事場には、あちこちから動物たちの声が響き、朝からお客の姿もちらほらと見える。

ベージュのつなぎに、つばのある帽子を深くかぶり、右手には、細い枝を編んだような箒。左手には、園内で集めたゴミを詰めた袋。

これが、私たちの“制服”。

まだ時間が早いからか、ゴミの量も少なく袋は軽かった。


「お疲れさーん」


声がする方向を振り返るといつも一緒に仕事をしている同僚達2人の姿が見えた。


「おつかれー。今日も暑いね」


そんなたわいもない会話を交わしながら、園内にある事務所へ戻ってきた。

事務所の中はクーラーが効いていて、汗をかいていた場所がヒヤッと冷え込むのがわかった。

箒やゴミ袋を置いて、つなぎを半分くらいまで脱いで中に着ていた半袖姿になると、外の暑さが嘘の様に涼しく感じる。

冷蔵庫からペットボトルを取り出し、入っている水をくいっと一口飲み椅子に腰掛けた。


「今日の昼ごはん何にする?」

「んー食堂行ってから決めるかなぁ」


そんな風にお昼何食べるかなんて話をしていると、1人のスタッフが別の話題を振ってきた。


「なぁ、この扉の先何があると思う?」


そう言いながら事務所内にあるもう一つの扉を指差す。

木製の特になんの変哲もない普通の扉。


「なんだろ、考えたこともないや。掃除用具入れとか?」


特にその先のことは考えたことなかった。

でも確かに入社した時に、先輩から『ここには絶対入るな、まぁ鍵がかかってて入れないとは思うが』って言われたっけ、なんて思いながら自分達の仕事に使うものが入ってるんじゃない?と答えた。


「まぁ、確かに。そっか」


話題を振ってきた1人が、そう言いながらも気になるのか、その扉のドアノブに手をかけて回してみる。

ガチャ…そんな音を立てながらドアが開いた。


「えっ…」


鍵がかかっていて開くはずもないと思っていたドアが開き、3人揃って目を丸くして驚いた。

先輩にそう言われていたから、これまでドアに触れようなんて考えたこともなかった。

それが最も簡単に開いてしまった。

鍵の閉め忘れ?いや、もしかして最初から鍵なんてかかってなかった?そんな思考を巡らせながら、3人は目を見合わせた。


言葉を交わさずとも3人の意見は一致していた。

ギィと音を立てながらも扉を開くと、そこは8畳程の部屋が広がっているだけだった。

薄暗くよく見えてないけど棚がいくつか並んでいて、天井からも何か吊るされているのが分かる。

『なんだ、ただの物置か』と気を抜いたのも束の間。

目が暗闇に慣れていくにつれて、その部屋の“異様な正体”が徐々に姿を現してきた。


「これ…って…」


棚に置いてあるものは動物の足だった。

ただの清掃員の私にはなんの動物のものかわからないけど何かの動物の足だった。

一つだけじゃなくて、何本も。

しかも足だけではなく、耳や手、他にも骨や内臓のと思われるものまであった。

1匹だけじゃない、何百匹という動物の《一部》だけ集めているようだった。


微かに血の匂いはするが、腐敗臭は無く、見た目も腐ってる感じはしない、剥製かと思ったが剥製じゃない本物の動物の一部。

異様な光景に、目を疑う。だけど、どうしても視線を逸らせなかった。

これは一体なんなんだ。


「お前たち、見ちゃったのか」


扉の入り口で聞き慣れた声がした。

振り返る前に声の主が誰なのかは想像がついた。

ゆっくり振り返ると想像していた相手と同じ、そこには残念そうな顔をする先輩が立っていた。


「これは…」


そう続けて話そうとした時、先輩は何も言わずに事務所に戻って行った。

その姿を追う様に私たちも部屋から出て扉を閉めた。

聞きたいことがたくさんあった。

この部屋はなんの部屋で、あの動物達の一部はなんなんだ?あの異様な光景はなんなんだ?そう言いたい気持ちを伝えようとした時、先輩の口が開いた。


「これから話す前に、お前たちに決めてもらいたいことがある」

「〝この部屋の管理をする〟もしくは〝この事を一切口外することなく退職する〟か、選べ』


そう言われた瞬間、あぁ、もう後戻りは出来ないんだなと直感した。

見てしまったのだから、もう仕方がない。

そう、どこかで納得してしまった自分がいた。

《見てしまったから、仕方ない》、もう見る前には戻れないと何処かで悟ってしまった。

外から聞こえる動物たちの声と、お客たちの笑い声が、やけに遠く感じた。


――私たちは、“知らなければよかった”世界に、足を踏み入れてしまったのかもしれない。


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