表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陽性変異 Vol.2:自殺志願の中学生が、死ねないチート能力で世界を救うはめになった話  作者: 白雛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/139

第五変『降臨! 堕天使リツとの邂逅! ・前』




「あ、ちょっと君たち」


 突然、男性が話しかけてきた。


 見たところ五~六十代で薄手のTシャツに短パンという格好。特別奇妙なところのない一般男性だった。


 が、こちらはそうではない。

 あいにくと、先日からそうではなくなった。


 私は殊に肩先に浮かぶ小天使のことを気にかけながら返した。


「はい」

「君たち、蝦蟇原の子?」

「はい」


 蝦蟇原(がまはら)とはこの集合住宅から目と鼻の先にあり、今も少し後ろに校舎が見えているはずの、つまり私たちの通う公立中学校のことだ。


 男性は、私や皐月の他にも、腰の前に手を組んでステッキを持ち執事のように立つクロ提督や、テーブルに腰掛け、長い脚を組んでいるミゼ卿まで、強風に目を細めるように、ひとりひとりの顔を眺めてから、ため息混じりに切り出した。


「あー、一応言っとくんだけど、ここ私有地だからね。君たち、ここに住んでるわけじゃないでしょう?」

「はい、そうです」

「うん。だったら、そこも君たちのための場所じゃないんだよ。たまられると困るんだよね」


 言い方一つにも鈍く棘を感じるような態度で、屈辱的ではあるものの、私はおとなしく頭を下げた。


「あーすみません」

「(嫌味なやつね)」


 すると、頭の中で声がする。

 カミュの声だ。


「(お姉さまが嫌うのはこういう性質よ。じめじめ、ねちねちとして心が狭いわ。少し休むくらいいいじゃない。嫌らしいったらないわ)」

「(まぁ……)」

 

 私もこの数十時間で適当力がだいぶ上がったもので、テレパシーごとき、もはや大して驚きもしない。すぐに頭の中で返答を思い浮かべた。


「(……確かにそうだけどさ。でも、実際サボりに利用する生徒もいるし、こういう人もそりゃいるでしょ。運が悪かったんだよ……)」

「(そうかしら——この人だって、人を見て注意してるのよ! 私たちが筋肉ムキムキのジム帰りのお兄さんたちだったら、きっと声もかけてこないくせに!)」


 私はカミュの例えが面白くて吹き出しかける。


「(まぁ、そうかもしんないけど……)」


 社会で生きていれば、こんな交通事故のようなことは間々あること。

 屈辱的ではあるが、いちいち腹を立てていたらキリがない。


「つかぬことを伺いたいのだが」


 ……として引き下がろうとした矢先、後ろからクロ提督の静かな声がした。


 これは実際の耳を通して聞こえた声だった。


 嫌な予感がして、「待って、クロ提督」とっさにそう口を開きかけた私の口を、すでに提督は私の胸の前に出した手の甲で制していた。


 男性に対してクロ提督の所作は極めて紳士的。

 手つきに至っては、みなさんご存知、ミステリ・ブラックジョーク好きが愛してやまない、あのポワロみたいに気品を感じさせるものだった——そう、見えないタバコを人差し指と中指の間に挟んでいるような、あの手の形だ。


 ステッキは左手持ちだったが、クロ提督はポワロの影をせおって開戦した。


「貴殿はここの領主であらせられる——?」

「は? え、り、りょ……? っと……違うけど」

「ふむ。では、この城の使用人かなにかかね」

「えっと……しよ……まぁ、そうといえば、そうですけど」


 妙な言葉遣いに戸惑っているのだろう。

 男性はしきりに首を傾げながら答える。

 対して、クロ提督も疑問を呈するように、やや顎の向きを横にあげて返した。


「彼女らがここにいて良いか良くないかを決めるのは領主の采配であって、近衛でもない貴殿に言われる筋合いは何らないように思われるのだが、いかがか」

「こ、このえ……?」


 男性はかぶりを振って続けた。

 気を取り直したようだ。


「何を言ってるかは知らんが、住民が迷惑に思った連中を追い返そうとして何が悪い?」

「こんな娘ら相手に紳士的ではないね。話があるなら領主を通すがいい。それが大人の筋だ。貴殿も持っているのだろう? どこでも連絡が取れる板を。それですぐにも連絡をとりたまえ。貴殿に懸念があるというのなら、我輩が相手をしよう」


 話しながらする手つきも、ポワロそのもののように見えた。

 つまり、交戦を楽しんでいる。

 

「提督……」


 私はヘイスティングス役はちょっと嫌だと思いつつも、口を挟もうとしたが、先と同じ手つきでクロ提督は再度、制した。


「な……はぁ? 何言ってんだ、あんた……」

「例えば酒場のごろつきのように、彼女らが傍若無人の振る舞いをして近隣の厄介になっているなら、貴殿の言いようも然り……だが——」


 クロ提督は辺りを見回した。

 私たち以外に人はいない。


「見たところ他に利用者もなく、閑散としている。ゆえに彼女らもただひと時、羽根を休めるために利用していたに過ぎん。そこにそれというのは……あまりに狭量ではないかね」

「は、はぁ? そういうけどね、今時の子はおとなしそうに見えて何してるかなんて……」

「ノ、ノ、ノ」


 私はいよいよクロ提督の腰を小突いた。


 アリのくせになんでそんなポワロを知ってるんだ。


 男性は再び私たちに目線を投げるように見て言った。


「……この人、なんなの? 外人? 日本のことをもっと教えておいてよ……」

「あぁー……いやぁー、そのぉー……」

「おや、国で違いのある話をしているとは思えないが? それに日本人も、渡航者が見ればガイジンである」

「変な格好しちゃって」

「なんと! 一目でわかると思ったが! 我輩のこの衣装は全てオートクチュール、一流の職人に特別に織らせた、どこに出ても恥ずかしくない一級品である。……ところで、そういう貴殿のその衣装は?」

「やめなさいっての」


 確かに男性も大概好戦的に見えたが、それにしても意趣返しが過ぎる。

 結局その場は私が頭を下げて、事なきを得るのだった。


「すぐに立ち去りますんで。すみませんでした」

「学校に連絡するからね!」

「あー」


 男性は鼻息荒く集合住宅の一棟に入っていったが、そう脅しかけるものの、名前は聞かれなかった。口だけだろう。


 それよりも、堀の石段を下りながら、私はさっそくクロ提督を睨みつけた。


「あのさー、クロ提督……」

「地主だの何だのという設定からして、人間が机上にて勝手にとりつけた算段に過ぎん。元よりこの地球に、私有地なぞ存在しない。小物が。我が物顔をしないでもらいたいものだな、はっはっはっ!」

「それよりクロ提督。その服ってそんなにお高いものだったの?! 私、ぜんぜん気づかなかったよ」


 私の隣で皐月が言った。


 私は唖然としたものだが、心なしか、クロ提督を見るその眼差しはキラキラとしている。


「当然、我輩、人間界のことはこれっぽちも知らん」

「え、じゃあ」

「しかしである、ふんわり娘よ。考えてもみろ」

「ふんわり娘って……皐月でいいよ」

「では皐月」

「私には殿つけたくせに」と私。


 クロ提督はまたあの手つきをすると、皐月に耳打ちするように囁いた。


「真偽はどうあれ、あのような小物にはわかるまい……はっはっはっ!」

「なぁーんだ。そうだったんだー、はっはっはっ!」


 幸か不幸か。私からするとまったく判断しかねたが、いつの間にか二人はすっかり意気投合しているようだった。

 その様はまるで親子のようだった。


「……はぁ」


 二人が楽しそうなのを見て、怒る気にもなれない複雑な心境をため息で吐露すると、ふとその向こうのミゼ卿と目が合う。


 彼は眉尻を下げて肩をすくめてくれるのだった。


「…………」


 そういえば薔薇のトゲに関しても、彼の発言は率直で状況判断に的確だった。皐月よりは私と馬が合うのかもしれない。


 ——とはいえ、彼もまたセミなのだ。


 ずがーん、と効果音がつきそうなほど、私は内心でうなだれ、ミゼ卿には薄ら笑いを浮かべて応えるのみに済ませるのだった。一瞬、不覚にも生じかけた何かの気持ちも、彼の正体を思えば立ち所に儚く霧散していくのである。


 仕方ない。

 今はサーファー風の好青年に見えてもセミだもの。

 仕方ない仕方ない……と脳裏で念仏を唱えていると、私はふと気になっていたことを思い出して、肩先の小天使に呼びかけた。


「ところで、カミュ」

「んー?」

「あなたの姿は人間には見えないの?」

「感受性の低い人にはね。感受性が高ければ見えるし、それだけあなたたちのようにかかりやすくもなる」

「なるほどねー……ってか、かかるってその言い方なんだけど……」


 私は思わず顔をしかめて言った。


「なんかウィルスみたいで……」

「…………」


 カミュはその時、空を見ていた。

 クロ提督やミゼ卿も立ち止まったので、ふいに提督の背に私はぶつかってしまう。


「……ど、どうしたの」


 部員たちの外周ランはとっくに終わっているようで、その歩道に学生はおろか、私たち以外の人の気配はなかった。時折、左前方、校内のグラウンドから掛け声が聞こえてくるくらいで、草木を始めとする生き物の音さえも——気がつけば、していない。


 カミュが小さく言った。


「——くる」

「え」


 空気を切り裂いて、高い音波が鼓膜を揺らしたのがわかって、私はうめき声とともに耳をふさいだ。


 次に風圧があった。


 気体の壁がそのまま迫ってくる感覚。強烈な突風に脚が浮く……一歩、二歩……強制的に圧されて、戻される。


 それが、やっと止んで……ようやく再び目を開けられるようになったとき、私たちの前にまたしても信じられない光景が広がっていた。


 成人大の人型が二人いる。


 一人は、カミュのそれとはまるで違う——真っ黒な翼が背中についていた。


「やぁ、君たち、ちょっといいかな」


 その隣には、あのホラー映画。

 井戸から出てくることであまりにも有名な、あのホラー映画の"あの女"のような、長すぎる黒髪の人型。


 私は一目見てぞっとし、固唾を呑み込んだ。


 辺りは突然異様に暗くなる。


 一転してスリラーの様相を呈する雑木林の脇の小径に、それらが二人、立っていた。


「話……、聞かせてもらいたいんだけど」


 黒い翼の天使のほう。


 くすんだちぢれ毛の女性が不敵に微笑んで、そう言った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ