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陽性変異 Vol.2  作者: 白雛
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第四変『小天使カミュ登場! ミカさまの大いなる計画! ・中』





 私はすこし後悔していた。

 ——そんな冷たい言い方をしたら、ササクレが残るだけだよ!

 ——それはね、相手も、ゆくゆくは自分も苦しめるんだよ……。

 そう言った皐月の手を払いのけてしまった自分を。

 言葉以上に犯してしまったその行動を思い返して苦しくなる。

 いつもこうなんだ……それは先に立たない。その時は自分のエゴがまっすぐなものに見えても、時の針を進めてみると、裏目に出て、やはり曲がっていたのではないか? と思わされる。

 自分の意見に……自信が、なくなる……。

「はぁい、ストップ」

「えっ」

 再び——。指に天使が止まっていた。

 止まるというか、掴まるというか。その天使は……あー。そうだ。ちょうどアニメやゲームキャラのフィギュアくらいのサイズだった。

 それが私の指を掴んで、そこから私の俯きかけた顔を覗き込んでいる。

「哀しい顔、落ち込んだ顔はだめよ」

「……してないよ」

「そういうの、よ。笑って」

「……いきなり言われてもな」

「知ってる? 人間の気持ちってのはね、後からついてくるの。後からよ。行動が先。つまり、乱暴にすればムカムカしてくるし、顔をしかめたり、しょんぼりしてると、余計に苦しく、哀しくなる。何もしなければ無気力になる。断じてその逆じゃないわ。賢しく自分を使いこなしなさい」

 天使の子はふわりふわりと人の眼前を飛びながら、肩をすくめるように、ぐるっと眼球を一回転させて続けた。

「ま、涙だけは例外だけど」

「……その理屈は聞いたことがある……けど、いつも、そう上手くいくわけじゃ……」

「だから笑って。無理にでも笑えば、だんだん楽しくなってくる。楽しいことだけ考えて。自分で灯して、その火を絶やさず守るのよ。バカみたいな夢でいい。だって、夢想こそ、あなたたち人間の最強の(パワー)でしょ」

「…………」

「——その為なら、少々の苦しさや哀しさなんて、へっちゃらになれるわ」

 私は目を閉じた。

 なぜだろう。気持ちが沈んでいるからか。

 それとも、本当に、この子が天使だからか。

 声は耳から入ってくるはずなのに、この子の言葉は素直に浸透する。まさしく天性の魔力があるようだ。

 頼りたくもなった。

「うん……うん……」

「良い子」

 ややあってから、うっすら目を開けると——その子は私の指先に、抱き止めるように額を当てていた。

 私に気付いて顔をあげると、得意げな目つきが光って言う。

「ゆっくりでいい。誰でも初めは慣れないもの。それでも、笑いなさい」

 私は意を決して、固くなっていた何かを自ら緩めるように、頬をやわらかくした。

 怒りを。苛立ちを。自ら銃口を下すように。

「……に——にこー!」

「ぶーーーーーーっ!」

 その子は私を見るなり吹き出して笑った。私は憤慨した。

「ひ、ひどいひどい!」

「え、だって、笑うのへったくそだなぁって思って。アハ体験の間違い探しみたい。徐々に変わってくやつ」

「言いすぎでしょ! もう二度と笑わんわ! 私!」

「でも、そうして我鳴ってくるときのあなたは、とっても可愛いわっ」

 その子はそう言って、またしても得意げに笑うのだった。しかし、その様は天使というより悪戯好きな悪魔のそれだ……。

「はぁ……呆れてるだけだって」

「で、どうする? 戻る? 待つ?」

 私は冷静になって考えてみると、皐月のことなら何でもわかる。皐月はそんなつまらないことなんか気にしない。悔しいけど、この子のやり方は確かに私をリラックスさせたようだった。

「んー。たぶん……皐月のことだから。走るのが嫌で、途中で疲れちゃったんだと思う。きっと待ってれば来るよ」

「そう。じゃあ、彼女が追いついたら話そうか」


 ◇


 気がつけば皐月の眼球の寸前に、クロ提督の握り込められた拳があった。

 まつ毛が触れるか触れないか、というほどの接近に皐月は流石に面食らって微動だにしなかったが、うっすらと、

(本当に人の手だ。ちょっと骨ばってて、ごつごつしてて、大きくて……まるで……大人の……——お父さんの手みたいだ……)

 そんなことを思っていた。

 クロ提督は拳を引っ込めると、自身の胸の前で開いてみせた。ミゼ卿、皐月の順でそれに続いて覗き込む。

 背の低い皐月はクロ提督の腕に捕まり、爪先立ちにならなければいけなかったが、するとクロ提督は腕を下げ、より手の中を見やすくしてくれた。

 それと入れ替わりになるようにして、一足先にクロ提督が横を見上げた。

 その方角は校舎のほうで、皐月はクロ提督の手の中をしっかりと覗きこむ前に、そちらにつられて、目線を追った。

 場所はおそらく、屋上。

 先ほどまで、皆がいた場所だ。

「……クロ提督。これはなんだ?」

 ミゼ卿がクロ提督の手の中を指差して言うと、クロ提督と皐月の二人は気がついたように振り向きなおして、目線を戻した。

 そこには、成人男性の手のひらでかろうじて覆えるほどの大きさの、円錐状の白い物質がある。

 クロ提督はまた校舎の方角を鋭く見据えながら、にべもなく言った。

「トゲである」

「トゲ?」

 皐月は改めてクロ提督が差し出した手の中を見てから、そのカイゼル髭を生やした紳士の顔を見上げた。

「左様。薔薇の棘だ。あそこから放たれた」

「はぇー。でっかい薔薇もあるもんだねぇ。これもあなたたちみたいな影響なのかな?」

「何を惚けておる、娘。貴様を狙ったものである」

「え」

 皐月はただでさえぼんやりとした双眸をさらに大きな丸にした。驚の感情に乏しい彼女の最大限の驚き方だった。

「えぇー? えっと、えぇー……? えっと……えっ、どうしてですか?」

「うむ……そう聞かれても、我輩、預かり知らぬ」

「それが私も……皆目見当がつかぬのでな……」

「ぐぬぬ」

「なんだ、そのすっとぼけた会話」

 再び二人に突っ込むと、ミゼ卿は皐月の頭を上から掴んでぐりぐりと回した。

「おかしな奴め。頭を狙われたんだぞ。心当たりもないのか。例えば、飛んでるときにションベンひっかけたとか」

「いやー……しかしだなー……セミじゃあるまいし」

「ふむ。それに薔薇の棘である。貴様の支援先に薔薇の一輪なぞおらぬのか?」

「……いやー。そう言われてもだなー。蜜線と引き換えに害虫から薔薇を守るアリじゃあるまいし。あっ——」

 その時、皐月は閃いてポンと手のひらを叩くと、考えもまとまらないうちに急いで言葉にした。

「生身で目ん玉を失ったとして、私はオバケになれるけれども、その時のオバケはどうなる?!」

「…………」

 二人の紳士は互いに目を見合わせると、

「……?」

 腕を組んで首を傾げるのだった。

 ミゼ卿に興味を示す女生徒たちの囁き声が、いつの間にか三人を通り過ぎて、前から聞こえていた。


 ◇


 集合住宅のガゼボに皐月と二人の紳士が顔を出したのは、私が到着してから十分も後になってからだった。

「みよちん、おまたふぇー」

 皐月がゆるゆると手を振りながらそう言って、だらだらと石段を上がってくるのが見えるなり、私は声を張り上げた。

「遅くない?!」

 すぐに立ち上がって駆け寄ると、私は暑さもあって、半ば呆れたように皐月……と、その後ろからついてくる二人の紳士は視界に入れないようにして……を問い詰めた。

「さすがに遅くない?! 何やってたら、こんなかかるの?」

「そう言うな、跳ねっ返りの娘」とクロ提督。

 そう積極的に会話に入ってこられてはもう認めざるを得なかった。話も進まない。私はずっしりと重みを覚える頭を支えるように、額に指先を当てて言う。

「結局この二人もついてきちゃってるし……それから、跳ねっ返りの娘って言うのやめてほしい」

「我輩、みよちんというコードネームしか知らぬ」

「コードネームって……」

 私はもはや怒るより呆れて、続けた。

「みよちんでいいけど」

「では、みよ殿」

「なんでまっすぐ言えない」

「急襲を受けたんだ」とミゼ卿が進み出た。

 良いとこを彼が言ってしまったので、クロ提督はすごい目つきでミゼ卿を見た。

 一方で私は平素、聞き慣れないその単語を飲み込めず、気味の悪いものでも見るように眉根をしかめた。

「え……なにそれ」

「そうなんだよー、みよちん。私、誰かにションベンひっかけたことも、護衛を請け負ったこともないのに」

 私は平素、聞き慣れないその表現と先の言葉との関連性をまったく見出せず、ますます頭を抱えて繰り返した。

「え……なにそれ」

「ほら、これ」

 赤髪の近世紳士風青年がバスケ部員みたいにがっしりした手のひらを開いて見せてきたのは、円錐状の白いなにか——数学の教科書の表紙に必ずと言っていいほど載ってる模型(アレ)を3Dプリンターで再現しました、意味もなく。というような何かだった。

 私は一層鈍痛のひどくなる頭を抱え、

「なにこ——」

「棘である。薔薇の棘だ! あわやというところ、我輩が受け止めたのだ、我輩が」

 ——したところ、クロ提督が急いで口を挟んでくる。

「なにを張り合ってるんだか——」

 私は呆れながら言いかけて、しかし戦慄する。

 え? 薔薇とな? 今、これを薔薇のトゲって言った?

「…………」

 通常薔薇のトゲと言ったら何センチもないが、改めてミゼ卿の手の中にある白い円錐状の物質を見ると、そこにあるのは数十センチ以上は優にある代物だった。

 まず、クロ提督の言がなにかの間違いではないという前提が絶対に必要ではある。

 ではあるものの、百歩譲ってこれを薔薇の棘だとして、こんなのが刺されば救急車が必要になるし、棘がこれなら本体の茎や枝、蕾や花はどれほどのものになるか……想像したくないが、もし実在するとしたらそれはもう——大型猫がいないのと同じ理屈。人間界にあってはならない天然の凶器だ……。

(ゾンビ、オバケも大概だけど……いや、これは……)

 一抹の不安を抱えるよそで、ミゼ卿が次に言った言葉が今度こそ、私の寝惚けた神経を叩き起こした。

「そう。これが、あの、学校ってやつから飛んできたんだ。この娘目掛けてな」

「は——?」

 私は皐月の顔を見る。

 幸か不幸か……見れば、皐月はいつも通りの顔だった。傷らしきものは見当たらなかったが、なまじ目に見える痕がないために、まだ事態が完全に飲み込めないでいる表層の自分もいる。

 これをどう捉え、そして反射したらいいのか。つまるところ、どの程度自己保全に関わる危機なのか。その判断に躊躇している自分がいるのだ。

 これらの情報が示す結論は十中八九——そう、信じたくはないが、つまり、能力者は私たち以外にもいる……! そしてソイツは明確に、害意を以てそれを利用した——ということ——。

 ——なのに。

 思考の切り替えが遅い。危機感が足りない。

 圧倒的に足りていない……!

 そんな錆びついた脳髄に、自分で腹が立った。

 皐月が変わらないのどかな口調で言った。

「でね、考えたんだけど、みよちん、私、オバケになれるでしょ? この生身の肉体が傷付いたら、オバケになってもそのままなのかって話で……」

「ああぁぁ……皐月。もっと考えることがあるでしょ?」

「え?」

「誰が、どうして、飛ばしたのかって話」

 やっと自律した私が機能し始めたようだった。

 頭の回転も舌の滑りも早くなる。

「こんな薔薇が平常の世界にあってたまるか。だったら、十中八九、それもこれもみんな! 全部! 私たちのゾンビやらオバケやらみたいな力のせいだったりするんでしょ?」

 そこで改めて私は、天使のその子に話を振った。

 天使は私の肩先に羽根も動かさず、浮遊していた。

 彼女は私を一瞥して首肯すると、興味深げにミゼ卿の戦果を見下ろして言った。

「そうね。それにしても、薔薇かー。なるほど、なるほ——」

 しかし、天使が二の句を告げるまでもなく、皐月がそれを捕まえていた。

「あっ」

「へぇー、よく出来てるねー」

 皐月は人形にそうするように目の前に持ってきて言う。

「みよちんにこんな崇高な趣味があったとは知らなかったなぁ」

 皐月の手の中で天使がわめいた。

「こ、こらっ! いきなり何をするの!」

「へぇー! 腹話術まで習って!」

「待って! 皐月!」

 皐月が人形にそうするように天使の手足を指で曲げ伸ばししながら言う傍らで、私は急いで言う。

「今はボケてる場合じゃない」

 皐月はすこしたじろいだ。

「みよちん……」

「その子の話を聞こう?」

 皐月はしぶしぶと天使の手足を弄ぶのをやめて、空に放った。

 その子はくるりと横に回転して舞い上がると、気難しそうに辺りを見回した一瞬のあと、気を取り直したようにして、言った。

「そうね——とにかく、一度説明は必要でしょ、皐月。大丈夫よ。みよちんね、さっきはあんたに嫌われたんじゃ——って泣きべそかいてたんだから」

「えっ?」皐月はどこか楽しげに口を押さえた。

「ちょっ!」私は急いで口を挟んだ。

「さてさて、私の話を聞くんでしょーう? 冗長なのは嫌いだから簡潔に済ますわ。私は大天使ミカお姉様の小天使、カミュよ。んで、今、この近辺に起こっているカオスはね、彼女の力の断片がもたらしていることなの。私自身もその断片の一つ——そう、あなたたちがケサランパサランと呼んだ彼女の、力持つ羽根の一枚よ」







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