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三百三十七話 お呼ばれ

 そのまますいさまのお部屋仕事を手伝い、流れで侍女が控える部屋に泊めてもらった私たち。

 北の宮で夜を明かした、その翌朝のことである。

 久しぶりに会う馴染の宦官、銀月ぎんげつさんが部屋に来て、容赦なく告げた。


「主上がお会いになられるそうです」

「え? なんですかいきなり!?」

 

 冗談は私の顔だけにしておいてよ、と激しくパニック。

 皇帝陛下が、私と、会う!?


「私もか?」


 と自分を指差す翔霏しょうひにも、銀月さんは笑って頷いた。


「いかにも。とは申しましても、公事ではございませぬ。主上はただ、遠くから帰られたお二人と、お話をなさりたいと」

「公式だろうが非公式だろうが、拒否権がこっちにない時点で同じなんだわ……」


 私は油の切れたロボットのようにギクシャクしながら、毛蘭もうらんさんが勧めるままに、上等なおべべに着替える。

 翠さまは、我関せずでまだ寝ている。


「翔霏の髪、とってもツヤがあって綺麗ね。編み応えがあるわ」

「いやはは、それほどでもありますが」


 緊張感なくヘアスタイルの話なんぞしている毛蘭さんと翔霏が、少し恨めしい。

 準備ができて、銀月さんに案内されるまま、皇帝陛下の居室の一つである正殿の奥へ。

 はじめて入るエリアなので、右も左もなにがあるのかわからなくて、怖い。

 粗相をして物を壊したりしたら、百叩きとか受けちゃうのかしら、泣いちゃうぴえん……。

 着いた先、門の前で銀月さんが四拝して、高らかに宣言した。


「女官麗、並びにこん、畏れ多くも主上の拝謁を賜ります。万歳、万歳」


 開けゴマの合図よろしく、その言葉を受けた別の宦官たちが重そうな木の大扉を、ゆっくりと開く。

 広間の中はテーブル、椅子類が脇にすべて片付けられて、中央が広くなっている。

 絨毯が敷いてあるのでこの上に拝跪すればいいのだろう。

 普段は普通にダイニングとして使っているのではないかと思うくらい、あたりまえの生活感に満ちていた。


「よく参った。久方ぶりだな」


 奥の中央に座るのはもちろん、この国で最も偉く、尊貴なお方。

 昂国第十一代君主、白明びゃくみょう帝ことりょう子春ししゅんその人である。


「お元気そうね。なによりだわ」


 陛下の左側には、皇太后陛下が人のよさそうな笑顔で座している。

 そして、陛下の右隣りには。


「大変な旅であったのでしょう。無事に再会できて、私も嬉しく思います」


 正妃、素乾そかん柳由りゅうゆうさまもいらした。

 胸には、すやすやと眠る小さな赤子を抱いている。


「わ、わ、わたくしめもぉ、再びお目に掛かれて、ここ光栄の至りぃ」


 喜びと緊張で、声が上ずってしまった。

 ただでさえ偉すぎる人に会うのに。

 皇帝、皇太后、正妃、皇子の合計で、そのプレッシャーはまさに四倍!

 でも一時期は体の様子が思わしくないと聞かされていた正妃さまと、その赤ちゃんだけれど。

 随分と元気そうで血色もよく、こうして人前に姿を見せられるようにもなったのだな。

 あらぁ良かったじゃないのよぉ~、といきなり出てきた脳内おばちゃんも感涙。

 うん、混乱がマックスで頭の動きが変だな?

 私がカチコチになっているのに苦笑いし、陛下は優しくおっしゃった。


「そなたたちを罪に問うことはない。玄霧げんむが重い約定を、北方の大人たいじんたちと結んだと聞いた。朕がその言を反故にすることは、国主の威としても有り得ぬ」

「は、ははー! ありがたき幸せ!」


 潰れたカエル状態に絨毯に這いつくばり、感謝を述べる私。

 皇帝陛下から言質取ったんで、もう私の勝利は確定的に明らか!


「幸甚の至りにございます」


 普通の座礼しかしない翔霏にハラハラする。

 陛下は些細な無礼などいちいち気にせず、ウムウムと満足げに頷かれ、次のようにおっしゃられた。


「賊軍の無力化と姜帥きょうすいの死を以て、此度の乱は終結したものと見なす。しかしそれを天下に広く告げる前に、果たして誰がなにを為したのかというあらましくらいは、朕も知っておかねばならぬ」

「ま、まさしく、その通りにございます」


 まだ緊張と動揺を残す私を滑稽に思ったのか。

 それとも、まさかとは思うけれど、皇帝陛下がわざわざこっちに気を遣ってくださったのか。

 彼は年相応の若者らしい、砕けた表情に変わり、こうおどけた。


「明日の朝議でなにも知らぬという顔をしていては、百官の前で恥をかくのでな。どうか将軍たちが情報を整理する前に、そなたたちの知っていることを朕に教えてはくれないだろうか」


 くす、と正妃さまも笑った。

 要するに、本番前の一夜漬けをして体裁を保ち、文武百官の前で格好をつけたいと言っているのだ。

 私はこのときになってはじめて。

 目の前にいる黄色い衣服を着た男性が、私たちと同じ人間なのだと、心から思えた。

 私たちはどこの軍隊にも所属しているわけじゃないから、直接に呼びつけて話を聞きやすい相手なのかもしれないな。


「かしこまりました。では、わたくしめの拙い話でよろしければ、どうぞ参考になさってください」

「うむ、頼んだ」


 そうして私と翔霏は、問われるままに、問われないことも含めて、今回の戦いを総覧した。

 私は姜さんが反乱を起こしたと聞かされてから、彼の動きを予測しつつ角州かくしゅうの海を経由して北方に入ったことを。

 翔霏は私と別行動を取り、西方の小獅宮しょうしきゅうに危機を知らせて力を貸してもらったことを話す。

 そして私たちは再び合流し、北方の草原で姜さんたちの軍勢と一進一退の攻防を繰り広げた。

 最後には戦闘が終了し、姜さんは病に倒れた。


「以上が、私たちが知るすべてでございます」


 なるべく主観を交えず、冷静に話すことができたと思う。

 もちろん私にとって都合の悪いことは、あえて伏せたり巻いたりして話したけれど。

 嘘は言ってないから、セーフ!


「多くの血と想いが、流れて潰えたのですね……」


 陛下の脇で聞いていた柳由さまが、終盤に至り感極まって泣いていた。

 彼女も武門に名高い素乾家の生まれなので、戦士たちの落陽に感じ入るものがあるのだろうか。

 私の目元にもジワリと滲むものがあるけれど、偉い人たちの前なので必死でこらえる。

 報告を聞き終えた陛下は、沈痛な面持ちで目を閉じて。


「朕が決断しなければならなかったことを、また、そなたたちに肩代わりさせてしまったか」


 悔いるような口調でそう言った。


「そ、そのようなことは、決して」


 反論していいものかどうか、上手く言えずに戸惑う私。

 丁寧に説くように、穏やかに、けれど切実に陛下はこうも言った。


「……朕は姜帥が怖かった。先帝から寵愛を受けた才気煥発の士。尾州大乱を平定した知勇兼備の将だとは知っている。が、常に心の奥を見せぬようにしているあの男が、不気味でならなかった。底のない智謀と深慮が、朕にはこの世のものとは思えなかったのだ」


 陛下が告白した姜さんの印象は。

 そっくりそのまま、私が抱いていたものと同じだった。

 おそらくは昂国に生きる多くの民も、共通の認識を持っていただろう。

 よくわからないやつほど、一番恐ろしいのだと。

 陛下は続ける。


「翠が昏睡した件に際して、姜を謹慎の沙汰に置いたことがあろう。そなたたちも覚えているな」

「は、はい。もちろんでございます」


 姜さんが除葛氏の重鎮たちと結託して、翠さまよりも先にれんさまに御子を産んでもらおうと暗躍した事件である。

 結局は避妊状態にあった漣さまのせいで、彼らの目論見はすべてがおじゃんになった。

 あの件の事後処理について、陛下は次のように語った。


「姜帥の禁固を解いてしまったことを、朕は今、深く後悔している。あのまま都に留め置くべきだったと。しかし、朕の目の届くところに姜帥を縛り続けていること自体が、朕にとっては重大な恐怖の種だった。魔人を外に解き放ったのは、まぎれもなく朕の罪である……」


 そこまで言い終えた陛下は、自分の顔を両手で覆い。

 私たちに涙を見せまいとしながら、震える声で懺悔した。


「朕の愚かさが、朕の柔弱さが、乱を引き起こし姜帥を死に至らしめた。帝王として、国を統べるものとして、姜帥から教わらなければならぬことが、まだまだいくらでも残っておったのに。朕はそれを怖れ、逃げてしまったのだ……」


 我慢していた涙が、私にもとめどなく溢れる。

 悔恨は乗り越えたと自分で思っていても、体と感情は正直で、別物だ。

 あの人を失ったことは、頭だけでは納得しているけれど。

 胸の穴を埋める手段もなく。

 どうしようもないくらいに、哀しい……。


「ああ、もう姜帥は戻らぬ。いなくなってはじめて、朕が姜帥にどれだけ頼り、どれだけ期待し、どれだけ甘えていたのかを思い知るとは。なんとも情けない話ではないか……」


 陛下の心情を思い、その間にいる全員が、いつの間にか泣いていた。

 けれど私は、こうして自分を素直に省みることができる人が、私たちの皇帝陛下で良かった、と心から思う。

 こういうボスこそ、みんなで支えて盛り立ててあげたいと思えるからね。

 不敬不遜を承知の上で、私は呟く。

 それでもちょっと自信がないので、小声で独り言のようにだけれど。


「姜さんが死ぬのは、遅かれ早かれ決まっていたことです。そして彼は心置きなく、笑って死にました」


 濡れた瞳を、手指の隙間から覗かせて陛下が私を見る。

 私も泣きべそかいているけれど。

 次の句は、自信を持って堂々と言い放った。


「だから残された私たちも、笑うべきだと思います」

「そうか。いや、まことにその通りであるな」


 陛下も屈託なく笑った。

 話が終わり、広間を退去するというそのとき。


「麗。少しよろしいですか」


 正妃、柳由さまからお声をいただく。


「は、なんでしょうか」


 胸に抱かれている男の子は、この間じゅうずっとスヤスヤ眠っていた。

 彼も彼で、大器かもしれない。


「あなたは、これから翼州よくしゅうの開拓に勤しむのでしたよね」


 神台邑じんだいむら、及びその周辺に広がる過疎地域の再開発。

 私がこの国から女官として雇われている本業はそれであり、昨今のゴタゴタが片付けばすぐにでも邑に帰る。


「そのつもりですが、どうかなされましたか?」

「いえ、この子がもう少し大きくなってからの話ですけれど。この子の教師を務めてみる気はなくて?」


 家庭教師のお誘い。

 正妃の息子。

 要するに、皇子の。


「な、なんで私ですか!?」


 こう訊き返さざるを得ない。

 疑問文に疑問文で答えちゃったから、国語のテスト0点です。

 はい、もうこの時点でカテキョ失格! お疲れさまでした! と言って帰りたい。


「あなたが物知りだというのはみなが言ってますし。それに子どもの相手も好きなのでしょう?」

「あ~、そ、それはまぁ、そうなんスけどぉ~?」


 どう答えれば正解なのこれ?

 わからん、まったくわからん!

 世界にはまだ、わからないことが多すぎる!

 姜さん、知恵を貸しておくれよ~~~~~~~!

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