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三百三十六話 死セル除葛、生ケル衆民ヲ奔ラス

 斗羅畏とらいさんたちとお別れして、蒼心部そうしんぶの境界の邑を後にする。

 ひとまず目下の目的地、角州かくしゅうに着いた。

 ここを経由する理由は、最短距離で昂国こうこくに入れるし、なによりきょうさんの遺体をさっさと防腐処理しなければならないからだ。

 一にも二にもまずは内臓をあらかた取り出して、胴体ががらんどうの姜さんを作ることになる。

 解剖作業を監督してくれているジュミン先生が、ほんのり目の周りを赤くして嘆いた。


「久々の再会と思えば、こんな仕事を負わせるなんて。本当にあなたという人は、こちらの想像を軽く明後日の方向に超えてきますね……」


 弟である百憩ひゃっけいさんとの繋がりで、ジュミン先生も姜さんとは面識がある。

 私が姜さんのお葬式を挙げたい旨を話したら、協力すると言ってくれた。

 そのまま同行する運びになったわけだ。

 ちなみに私の折れた左鎖骨も、テキパキと処置してくれて大感謝。

 五臓六腑を体の外に摘出され、さらに軽くなってしまった姜さん。

 腑分けした後のグロい一部を手に取って、翔霏しょうひが言った。


「肺がかなり赤黒く変色して腫れている。阿片や煙草を吸い過ぎたのかもな」


 やはり私の見立て通り、姜さんを蝕んでいた病魔は肺癌だった。

 癌の痛み苦しみを癒すために阿片を吸っていたのか、阿片の吸い過ぎで癌になったのか、鶏が先か卵が先か。

 それはもう、今となってはわからないことだ。

 元々、姜さんの故郷である西部地域は阿片商業が盛んなこともあって、金持ちの大部分は多かれ少なかれ、麻薬の経験があるとも聞いた。


「おうおう、除葛じょかつのやつぁ、いったいどんな顔でくたばっちまってやがるよ?」


 作業場としているのは国境の砦、その屋外。

 早馬で連絡を受けた州公の犀得せいとくさんが顔を出した。

 相変わらず片足を引きずっていて、むしろ前に会ったときよりしんどそうだ。


「ごらんの通り、穏やかに笑ってますよ」


 簡易的なエンバーミングの終わった姜さんは、死んだ朝と同じく微笑をたたえている。


「ったく、ふてぶてしいにもほどがあらあな。よっぽどデカい肝っ玉だったんじゃねえかい?」

「あー、どうでしょう。ちょっと脂肪肝気味でしたね。お酒も飲み過ぎてたみたい」

「医術の話をしてるんじゃねえんだ、央那ちゃんよ……」


 微妙な顔で笑う得さん。

 しばし、眠れる魔人を至近に見つめて。


「クソッ、この足さえ言うこと聞きゃあよ。おいらがおめえさんをブチのめしてやったのになあ……」


 嗚咽し、遺体に取りすがって泣き崩れた。

 得さんもかつて、尾州びしゅう大乱の折に姜さんと共に将官として戦い、国を守った勇者なのだ。

 私なんかには想像もつかないドラマが、きっと二人の間にもあったのだろう。

 彼のために泣いてくれる人が多いことを、私はなんだか、嬉しく思った。

 名残惜しくも急いでいる私たちは、遺体の処理を終えてすぐさま河旭かきょくへ出発した。


神台邑じんだいむらに寄っている暇はないぞ」

「ええ、わかってますよ」


 道中の馬上で玄霧さんが言った。

 急いで姜さんの遺体と、彼が遺した叛乱者リストを朝廷に届けなければいけないので、それは仕方がない。


「じゃあ俺、先に邑に帰ってるわ」

「メェ~」


 軽螢けいけいとヤギ、ここで離脱。

 先に角州で別れた巌力がんりきさんも含め、チーム麗央那の所帯は少し寂しくなった。

 めいめいにこんな勝手ができるのも、姜さんが重要過ぎる叛乱計画文書を残してくれたからだ。

 もしこの紙が無かったら、軽螢のような一般庶民も関係者として集められ、一人でも多くから事情聴取を行う必要があっただろうね。

 さ、私も都に着いたら面倒臭いことにまだまだ巻きこまれるだろうけれど。

 今は気にせず全速前進!

 いつもあれこれと細かい金勘定に気を回しがちな椿珠ちんじゅさんが、確認のために訊いてくる。


「除葛の葬儀をやるっつっても、今から呼んだんじゃ尾州の縁者は間に合わねえだろ。そこんとこどうすんだ?」

「私がお骨を預かって、しばらく河旭にいるよ。お悔やみの人が後から来てもお相手できるように」

「お前さんにそんなかしこまった対応ができるもんかねえ……俺もしばらくそっちにいておくか」


 頼んでねえっつうの、この男ツンデレめ。

 やれやれ系男子なんて今どき流行らねえぞと言ってやりたいわ。


「父上と央那さんは都入りしたら、真っ直ぐ皇城へ向かうのですか?」


 玄霧さんの隣に馬をつけて想雲くんが尋ねる。


「そうするしかあるまい。事態が事態だからな、せいぜい城に入る前に身を清めるくらいだ」

「なら僕は先に別邸へ入ってます。お客さまを迎えるのにも、部屋を整えておきませんと」

「すまんな。また大所帯になりそうだが任せたぞ」

「はい。賑やかな方が楽しいですから」


 軽やかに笑って、想雲くんは一人先行した。

 北方行脚を終えた彼の騎乗は、いつの間にか以前より格段に上達している。


「乗るだけなら、玄霧どのより速いんじゃないですか」


 翔霏しょうひはからかったつもりなのだろうけれど。


「かもしれん。俺も歳を取った」


 玄霧さんは真面目腐った顔で息子の成長と、自分の衰えを比較し溜息を漏らした。


「まだ四十前でしょ。老け込まないでくださいよ」

「どこかの誰かのおかげで、気苦労が多いものでな。この仕事が落ち着いたら長い休みでも頂くか……」


 おかしいな、慰めたはずなのにイヤミを返されたぞ? 

 ま、バカンスを気取って息子さんとのんびり旅行とか、いいんじゃないですかね。

 南部の海辺で、陽キャ褐色ギャルに囲まれながら美味しい魚でも食べたりとか。

 うーん、玄霧さんにも想雲くんにも、全然、似合わない……。

 などとタワケな空想を巡らせ、ひたすら馬に乗ることしばし。


「河旭の城門が見えたな。故郷でもないのに、帰って来た気分になるのが不思議だ」


 目の良い翔霏が真っ先に気付いて、少し寂しそうな口調で言った。

 神台邑を離れてあちこち飛び回り、二年間。

 いまだに自分たちの家を再建していない私たちにとって、確かにこの都が暫定的なホームタウンなのは間違いない。

 この仕事が終わったら、今度こそ何度目かの正直で、私もやっとこさ、邑の再建に本腰を入れて取り組めるはずだ。

 次に私が帰る家は、どんな感じになるんだろうな。


「私と翔霏は、すいさまに頼んで着替えを貸してもらいますね」

「ああ。なにか決まったらこちらから連絡する」


 皇城の正門で玄霧さんと一旦、別れる。

 大事にここまで運んできた姜さんの遺体は、麻袋に包まれ担架に乗せられどこかへ運ばれて行く。

 通りすがりの宦官さんに、翠さまのいる北の宮へ行っても大丈夫そうだと聞いた私たち。

 長旅で疲れた体を押しに押して、真っ先に翠さまへ無事を報告しに急いだ。

 重い大扉を開け、お部屋に入ると。


「ばん、じゃーーーーーーーーい!」


 いきなり乳児のめでたい歓迎を受けた。


「ばん、じゃーーーーーーーーーーーい!」


 翠さまが座る椅子の足下に、明晴みょうせい皇子殿下が直立している。

 なぜか、かなり本気でバンザイを叫んでいた。


「ばん、ばん、じゃーーーーーーーーーーーーい!!」


 キッチリ三唱をして高らかに腕を挙げた明晴さま。

 私と翔霏が呆気にとられているのを意に介さず、やり切った顔でふーんふーんと猛っている。

 かわええ……。


「宦官たちが言ってるのを覚えちゃったのよ。お母さまともなんとも言わないうちに万歳から覚えるってのもどうなのかしら」


 と、冷めた目で司午しご翠蝶すいちょう準妃殿下が説明してくださった。


「これはまた、ありがたさに溢れたご挨拶ですね。鬼も邪も吹っ飛んで行きそうだ」


 クククと笑いながら翔霏が言って、翠さまはへの字口を見せた。

 まあ、子どもが覚える最初の言葉は「ママぁ」とか「おかさん」であってほしいよね、わかる。

 いきなり八文字熟語を唱えて天と地を指差したりしないだけ安心だと思おう。


「子どもの成長は早いですねえ」

「あとは分別と聞き分けさえ覚えてくれればね」


 私の言葉に疲れの籠ったコメントを返した翠さま。

 さぞかし、毎日やんちゃをされているに違いない。

 お母さんに似たんですよ、とは言わないでおいた。


「んで? 魔人の除葛が北方で死んだんですって? 乱が起きたって知らされてから情報があっちこっち飛び回ってるせいであたしたちはなにが正確な話かもほとんど知らないんだけど」


 棒を剣代わりにして振り回し走り回る明晴さまを無視し、翠さまは大人同士の話を始めた。


「えーとまあ、かいつまんで説明するのは難しいんですけど」

「あんたなんかおかしな怪物みたいに暴れ回ってるって噂が立ってるわよ。首をくくるような羽目にはならないんでしょうね。あたしはそればっかりが気がかりで気がかりで夜しか眠れなかったわ」

「むしろ健康的では。顔色もずいぶん良いですよ」

「央那の分際であたしの顔にとやかく言うんじゃないわよ。でどうなの実際?」


 これでも心配してくれたんだな、と嬉しくなり、私は笑顔できっぱりと答えた。


「私が罪に問われるようなことにはならないって、玄霧さんも突骨無とごんさんたちも言ってくれました」

「そ。じゃあいいわ。聞きたいのはそれだけだったから」

「もっと私の話を聞いてくださいよ。今回も色々ありすぎてもう本当に大変だったんですから」

「話したいなら勝手に話しなさいな。でも自分のお茶くらい自分で淹れなさいよ。侍女がいっぺんに二人も嫁に行って辞めちゃったから毛蘭もうらんが忙しいのよ」


 言われて部屋の奥に意識を向けると、確かにかちゃかちゃと食器をいじる音が聞こえる。

 

「かしこまりました。勝手知ったる部屋付き侍女のお仕事、腕が錆びついていないことをここにお見せいたしましょう」


 ドヤ顔で宣言し、私は毛蘭さんを手伝いに行く。


「でゅくし! でゅっくし!」


 部屋の真ん中では、明晴さまが木の棒で翔霏を攻撃しているけれど、すべて片手、どころか指二本だけで防がれている。


「おお、さすが皇子さま、筋は良いですね。この調子で鍛えれば優秀な怪磨狩りになられるでしょう」

「ならないから……」


 ふわーぁ、と可愛いあくびを放ち、翠さまは椅子にあるままうたた寝に入った。

 私が心配でやっぱり寝不足だったのかな?

 そんな風に、玄霧さんから次の連絡が来るまでの間。

 私と翔霏は、殺伐とした戦いの旅が嘘だったかのように穏やかな時間を、翠さまのお部屋で過ごさせてもらった。

 走り続けて、ひたすらに走り続けて。

 ひとまず帰って来るのは、やっぱり翠さまのところなんだな。

 二人で一つ、あなたは私。

 奇妙な一心同体の縁は、まだまだしばらく切れそうにない。

 

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