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三百三十一話 男たちの黄昏

「もう黄昏やんか……」


 ぺたんと座り込んだまま、遥か遠い日没を眺めてきょうさんが言った。

 今日という日が終わり、今回の戦いが終わり。

 そして、彼の思い描いていた未来、夢と言っていいようななにもかも、ここに終わりを迎えたのだ。

 幕が下りるように、草原を夕焼けが侵食して行く。

 戦意を失った両軍の兵士たちは、部隊長のような中心人物ごとにグループを形成し、静かに待っていた。

 なにを待っているかというと、私か姜さんが、彼らに次の行動を指示することを、なんだろうけれど。


「うーんと……」


 正直、困った。

 姜さんはなにもかもどうでも良さげな涼しい顔で達観しきっている。

 私と言えば、こんな大人数の行動をまとめたことなど、今までの人生で一度もない。

 誰になにをどのように指図すれば、この場を上手く収拾できるのか?

 行き当たりばったりでここまで突っ走ってきた大いなるツケを、今まさに私は払わねばならない。

 理~無~! 


「なにか、向こうが騒がしうござるな」


 テンパっていると、私の傍に来た巌力がんりきさんが、北側の砦を見つつ知らせてくれた。

 砦の前に固まっていた兵隊さんたちが、モーゼ状態でぞろぞろと割れ、真ん中に道を空けた。

 誰かが砦の向こう、白髪部はくはつぶのエリアからこちらに来たことを意味しているわけで。


「末叔父か……やはり黙って待っていられなかったのだな」


 安心したような声色で斗羅畏とらいさんが告げる。

 白髪部の大統、突骨無とごんさんが兵を率いてここまで来たのだ。

 本当なら拠点である大都でドンと構えて待っているはずなんだけれどね。

 作戦次第、状況次第では彼ら主部隊も待っているだけでなく、大きく動く選択肢はあった。

 砦前の平原の激戦を知らされて、意を決して出陣し、駆けつけてくれたのだろう。


「一足先に終わらせちゃったけどよ、麗央那が」

「肝心なところで間の悪いことだ。締まらん男だな、あいつも」


 疲れを通り越して半ば呆れ気味の軽螢けいけい翔霏しょうひが、残念系イケメンを手痛く評した。

 全部終わった後にノコノコやって来て、美味しいところだけかっさらおうとするなら、この不肖麗央那も全力でブチ切れ回す所存。


「これは……本当に終わった、のか?」


 いったいなにが起こったのかと、戸惑うような表情を見せながらも。

 戦が終わり、静まり返った野原を突骨無さんは、こちらにまっすぐ進んで来る。

 側近のみなさんも、不安げに警戒しながら付き従っている。

 敵と味方が雑居して、疲労の中にも不思議と明るさを滲ませた顔を間近に突き合わせているのだから、その混乱も分かるというものだ。


「こんにちは、遅れて来た主役の突骨無さん。ご機嫌いかが?」


 私のイヤミな挨拶に苦笑いを返す程度の余裕もなく、困惑した突骨無さんは訊いた。


「麗さん、教えてくれ。俺たちは……いや、麗さんたちは、勝ったのか?」

「さあ、どうでしょう?」


 私は両の掌を軽く掲げて疑問のポーズを作り、姜さんをちらっと見た。

 足を投げ出して地べたに座っている姜さんは、夕陽を眺めてあくびをかいていた。

 人事は尽くしたのだから、あとは天命を待つのみという境地か。

 大物過ぎて感心する。

 本当に、自分の命なんてどうでもいいと思っているんだなあ。

 対して、現実の細かい問題にこれから向き合わなければならない突骨無さんからすると、どうでもいいでは困ってしまうわけで。


除葛じょかつが降参しているということは、こちらの勝ち、ということだろう。戦いも終わっているようだしな」

「あなたがそう思うなら、それでいいんじゃないですか」

「意地の悪い言い方をしないでくれよ……なにがなんだか、さっぱりわからん」

「むしろ私があなた相手に意地悪じゃない瞬間が、今まであったっけ?」


 つい投げやりになり、イケメンをいじめる私。

 私たちは、必死に目の前の問題に立ち向かった。

 結末がこの現状だというだけで、そこに勝ちとか敗けとかはないと思うのだ。

 もちろん、戌族じゅつぞくをまとめる責任者としての、突骨無さんの立場はわかるよ。

 彼は彼の観念と信念で事実を解釈し、その後の行動を決めればいい。

 私はもう、疲れたよ。

 姜さんがあるがままを受け入れているのだから、後はなるようになれ、という気分でしかなかった。

 話にならない私にフンスと溜息を見せ、突骨無さんは真面目な顔を作った。


「なら、除葛を含めて首謀者と思われる将官を拘束させてもらう。一般兵は武器を奪って昂国こうこくへ送り返すことになるが……」


 そこまで言って、突骨無さんは姜さんの様子を確認した。

 我関せずの態度で、私に裂かれた肩の傷口を掌で押さえていた。

 なにかしらの反応を期待していたのに、それが叶わなかった突骨無さん。

 チッと不愉快そうに舌打ちして、姜さんに詰め寄った。


「おい! 聞いているのかこの野郎! 散々っぱら人サマの庭を荒らし回ったくせに、今になって知らん顔か!!」


 怒気に任せ、突骨無さんは腰の銅剣に手までかけた。

 そんな怒れる彼を制止したのは、生まれたときから共に育った同い年の甥っ子。

 突骨無さんの何倍も怒りんぼなはずの、斗羅畏さんだった。


「末叔父、こいつを仕留めたのは俺たちだ。勝手な手出しは無用に願う」

「斗羅畏、邪魔をするな! 俺は白髪の大統として、この舐めたクソ野郎に思い知らせてやらなきゃならないんだ!」


 怒鳴りかけられても表情を変えず、斗羅畏さんは冷静に言い放つ。


「あなたも誇り高き草原の狩人のはずだ。他人の獲物を、横から奪うのがあなたの義か。それが白髪の大統の在り方か」

「ぐ……!」


 痛いところを突かれて、突骨無さんは言葉を失った。

 腹いせのように銅剣でガンと地面を叩く。

 自分の狩った獲物は自分のもの。

 他人の獲物は他人のもの。

 騎馬狩猟民族としてのプライドってのは、そういうものなんだな。

 血走った目で憤る突骨無さんを刺激しないように、斗羅畏さんは努めて穏やかに言い諭してくれた。


「末叔父の立場は理解している。筋道を立てて、戌族の誰もが納得するように除葛を裁く場を整えよう。そのときに主幹を握るのはあなただ。ならばこそ、この場での不用意な真似は控えてくれ」

「ああ……わかった、わかったよ。軽率に取り乱して済まなかった。まさか、斗羅畏に宥められる日が来るなんてな」


 軽い冗談を言う程度には、落ち着きを取り乱した突骨無さん。

 歪んでいた顔をすぐさま凛々しく戻して、部下たちに指示を出す。

 姜さんの手下となった反乱軍の中でも、大きな部隊をまとめていた将軍クラスの人員が、後ろ手に縛られて引っ立てられていく。


「あらあ、噂の大統サマってば、ずいぶんな色男じゃないのォ? まだ独り身だって本当なのかしらん?」

「な、なんだこいつ……?」


 猫撫で声で熱視線を飛ばすのは、その中で拘束連行されている「美顔の倫風りんぷう」である。

 そっか、蛉斬れいざんと他の三鬼将は死んじゃったけれど、こいつは無事にご存命でしたね……。

 怪しいひげ面のオカマに色っぽく言い寄られて、突骨無さんはドン引きしていた。

 そうして敵味方が整然と、平原の中で分かれて並ばされている、そのとき。

 引き続き負傷者の手当てを取り仕切っていたジュミン先生が来て、教えてくれた。


「央那さん、南側からどうやら、昂国の軍勢が来るようです。高台で物見をしている仲間が知らせてくれました」

「え、ホントですか?」


 多少どころではない驚きから、私はアホ面を晒した。


「朝廷が、軍を出したんですね……」


 同じく半信半疑の顔を浮かべて想雲そううんくんが呟く。

 今回の姜さんによる蜂起は、高度に政治的判断が絡む事件となってしまい、昂国からの討伐軍が出るか出ないかも不透明だった。

 仕掛け人である姜さんは当然のように、首都朝廷の官僚たちに対して「自分たちの蜂起は国益に適うものである」と思わせるロビー工作に勤しんでいた。

 なにより国の中で起きた内乱ではなく、標的は国境の外の戌族なのだ。

 昂国が自腹を切って軍を出して、戌族を助けてやる義理があるのかどうか。

 そこが対応を難しくさせる焦点となっていたはず。

 けれど、おそらくは国家中枢の超偉い人、皇帝陛下や皇都宰相、州公レベルで「戌族を暴徒から助けるべし」というマインドが形成されたのだ。


「巌力さんは、どう思います?」


 朝廷の内情に私より詳しい人に、こうなった理由の見解を聞いてみる。

 ウームと髭のない顎を指で撫で、彼は答えた。


「おそらくは、皇太后陛下や翠蝶すいちょうさまの強い奨めがあったのでござろう。北方が荒れれば荒れるだけ、昂国にも益なし、と」

「やっぱそうでしょうね」


 私と付き合いが深いから、というだけではなく。

 そもそも翠さまは、北方全体に対して好印象を持っていた。

 だからこそ自分の貯金を全部はたいてまで、先代の阿突羅あつらさんのお墓を建てる事業に投資したわけだ。

 北方が荒れればその投資がフイになるという損得の面もある。

 それ以上に「豊かになった北方と、故郷の角州かくしゅうが付き合いを深めて、互いに豊かになってほしい」というヴィジョンを、翠さまなりに描いているのだろう。

 皇太后さまも斗羅畏さんと友誼を深めることに心を砕いておられたことだ。

 そしておそらくは人道上の理由もあって「賊軍鎮圧」に朝廷は舵を切ったのだ。


「こりゃあしかし、面倒なことになるぞ。もう少し早く突骨無が来て、除葛を連れ去ってくれりゃあなあ……」


 椿珠ちんじゅさんが苦い顔でボヤく。

 南側の隘路から姿を覗かせた、昂国の軍隊。

 先頭を往く兵士たちが立てている旗は、角州かくしゅう軍のものだ。

 ひょっとしても、ひょっとしなくても。

 北方情勢に詳しい玄霧げんむさんが水先となって、ここまでやって来たのだろうか。

 椿珠さんの懸念を追いかけるように頭の中で考え、経緯経過をシミュレートする私。


「ああこりゃ、確かに面倒臭いわ。よりによってカタブツの玄霧さんがここに来ちゃったのかあ……」


 思考し終えた私は、明らかに予感した。

 姜さんの身柄をどう扱うかで、北方代表の突骨無さんと、昂国軍正使の玄霧さんの間で、絶対に話がこじれることを。

 お互いが自分たちの都合で物を言い、決して退こうとはしない光景を。

 そして両者とも顔が通じている私が、その折衝の一番ややこしい中心部に放り込まれてしまうことを。

 玄霧さんが来る前に、さっさと突骨無さんが姜さんを大都に連れ去ってくれれば、白髪部が明確にイニシアチブを取れたのになあ。

 椿珠さんの言うように、イケメンが遅れてやってきたのが悪いんだよ!

 どうせ遅れるなら、来ない方が話は楽だったわ!

 姜さんはそんな私の懊悩をあざ笑うかのように、楽しげな雰囲気で言った。


「なんや、軍使に来たんは玄霧はんかいな。働きもんやね、あの兄ちゃんも」

「おめーのせいで面倒ごとが次から次へと湧いて来るんだろがい!!」


 私のサイドキックを背中に喰らって、姜さんは「にゃはー」とか言いながら倒れた。

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