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三百二十三話 みんな VS あなた

 赤目せきもく白髪はくはつ両地域の境界における、砦の攻防戦。


「こっちのことは気にするな! 麗央那は麗央那のやりたいようにやれ!」


 敵と武器を鳴らし合いながら叫ぶ、翔霏しょうひの声が聞こえる。

 親友の応援を背に私は、同じ馬に乗る想雲そううんくんへ指示を飛ばした。


「なるべく混戦を避けて、でも速やかに敵本陣へ接近! さあ行け行け行け行け!!」

「そんな無茶なあ……でも!」


 弱気の虫を、強く首を奮ってかき消した想雲くん。


「せっかくここまで来たんです! やれるだけやってやりましょう!」

 

 実に爽やかに言い放って、馬の尻に鞭を入れた。

 ぐんぐん速度を上げていく私たち。

 そこに余裕で並走するのは、悩みも恐怖もなさそうな日に焼けたちびっ子だ。


「お!? おいくらべかー!? まけねーかんなーーーっ!!」

司午家しごけの長男として、子どもに先陣は譲れません! 僕、ただでさえなんか小さい子に舐められてる感じなのに!!」


 倭吽陀が軽快に走るすぐ後ろを、競争心に掻き立てられた想雲くんが必死で追う。

 その光景を斜め後ろから見守る巌力がんりきさんが、背嚢から「あるもの」を取り出して言った。


「ならば奴才ぬさいは、若者たちの盾となり、道中の露払いをいたそう!」


 彼の大きな掌に握られているのは、角の尖った石つぶてが十数個。

 それを巨馬の上に跨りながら、巌力さんは思いっきり腕を振って放り投げる。

 信じられない高速度で直線的に飛んで行く無数の個体は、まさに人力ショットガン!


「ぎゃん!?」

「いてえ! なんだ!? どこから飛んで来た!?」

「あの大男を狙え!!」


 敵の鉄砲隊が、無数の石つぶてを連続で投げてくる巨体に気付き、銃口を向けて来る。

 けれど我らが守護神たる巌力さんは、平静な顔で確認するだけ。 


「銃を持つ輩が相手なら、二百歩ばかり離れざるを得ないのでありましたな」

「え、いやそれは概算というか、おおよその目安と言うだけで。って言うかここ百歩くらいしか離れてな」


 喋っている間に、ドババババンと一斉射の発砲音が鳴り響く。

 巌力さんは私たちを守るように斜線の間に入り、敵からの攻撃に背中を見せた。

 文字通り、体で壁を作ったのだ。

 ほんのわずかの間、口元を引き結んで黙っていた彼だけれど。 


「ふむ、痛い。これが鉛弾の感触とは。しかし、その程度にござった」


 あまり、感動も衝撃もないようなコメントを放った。

 銃弾に服は破られ、表皮に傷がつき血が滲んでいる。

 けれど本当に、それだけのダメージでしかないようだった。

 彼の分厚い鋼の如き肉体に銃は、多少離れていさえすれば、効かない。

 とても単純な、物理的な筋肉の力に依って……。


「だと思ってました!」


 笑うしかない私に、横から軽螢けいけいが大声を寄越す。


「楽しんでるところ悪ィけど、もっと西に走れ! ここじゃ上手くねえ!」

「迂回しろってこと? なんで? 敵本陣に遠回りになるじゃん」


 今さらなにを言ってるんだろ、この田舎坊主は。


「少しでも、相手さんより風上に行くんだよおおおぉぉぉっ!」

「メエエエエエッッッ!!」


 ヤギとともに高らかに吠える軽螢。

 あ、と気付いた私は馬上の想雲くんの肩を叩き、でっかい人とちっちゃい人にも告げる。


「軽螢の後を追って! きっと『アレ』をやるつもりだ! ボヤボヤしてると巻き添え食っちゃう!!」

「は、はあ」


 気のない返事で馬首を傾ける想雲くん。

 

「なんだー? こんどはヤギときょうそうかー? うまよりはやいヤギなんていないぞー!!」


 なにも考えずに軽螢たちの後ろを追いかける倭吽陀。

 少し離れたところに、わらわらと私たちを追いかけてくる敵の隊列が広がる。

 じわじわとこちらを包囲して、逃げ道を塞ぐような形を目指しているはずだ。

 東西南北全方位から、徐々にだけれど敵の群れが近付いて来て、包囲の輪が狭くなっていく。


「ああ、おうどのは『アレ』を狙ってござるか」


 ふふ、と懐かしいものを思い出すように、巌力さんが笑った。

 そうだよ、あいつが仕掛ける一手こそ、神台邑じんだいむら流やぶれかぶれ術奥義!


「燃えろーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 軽螢が走りながら大地に振り捲いたのは、竹筒に入っていたたっぷりのアマニ油。

 

「メエエエエエエエエエェェェェェェ!!」


 続けざまに軽螢が松明の火種を投げたのは、乾燥した北方の大地をうっすらと覆う、冬を越した枯草の一面。

 意外と燃えるんですよ、春の野原って。

 私も秩父に住んでるおじいちゃんに習いました。

 河川敷の原っぱとかが冬の終わりに、よく謎の野火を出すんだってさ。

 ぶわああ、とあっと言う間に点火した炎は、風に乗って瞬く間に燃え広がり、私たち向かって進軍する敵の群れを包む!


「俺たちを囲んだら火を点けられるって、賢い軍師さんはお勉強してなかったのかよぉーっ!?」


 そもそも畑作りのために野焼きを行うことにかけて、うちの軽螢は名人の域に達しているのだ。


「た、ただちに消せ! これぐらいの火で怯むな!」

「煙が……目に……!」


 地形と地質、風向きを無意識に計算に入れて放たれるその火勢。

 それは完全に私たちの安全を確保しつつも、敵軍の命を奪うほどの轟炎ではない。

 けれど混乱による戦意低下と指揮の乱れにより、当然のごとく進軍は停滞し。


 バァン!

 ドォン!

 バチィン!!


「じゅ、銃の火薬に引火します!!」

「馬鹿野郎! 火元から離れろ!」


 見ての通り、危険な可燃物は相手がわざわざ自分で持ち運んでくれている!


「火は点けたけど、あんたらに死んで欲しいわけじゃないんだわー! 危ないから頑張って逃げろよー!」


 これこそ、自分の邑を焼かれた腹いせのためだけに、仇の邑と家を焼き尽くした男。

 ひょうきん顔のサイコパス野郎、応軽螢の真骨頂だ!

 自分の中の鬱憤は晴らしたいけれど、だからと言って相手を苦しめたくはないという気持ちが、彼の心には矛盾なく両立するのである。

 私や翔霏しょうひよりも、下手するとこいつの方がヤベーやつなのではと、たまに思うよ。


「くそっ、火の手が、広がるッ!!」

「一度、体勢を立て直して……!」


 弱気を漏らす敵兵の群れ。

 その中からひときわ勇ましく、剛毅な命令の声が天を衝いた。


「持ちこたえろ! たかが草の燃えてるだけのこと! 怖気づいて退いたりするでないぞ!」


 味方の兵に、お神輿のような台に担がれ、その上で檄を飛ばしているのは。


岳楼がくろうという将でござったな。まさかあの傷で戦場に出るとは」


 敬意と感嘆の籠った声色で、巌力さんがその名を呼んだ。

 先だって、私たちが敵を攪乱するゲリラ戦の一貫で、めっためたに打ちのめしてやったはずの男だ。

 体中あちこちに包帯を巻いたうえで、しっかりと将軍らしい鋼鉄の鎧を着込んだ彼。

 動かぬ身なれど、兵を指揮して鼓舞する力は失われずに健在と言うことか。


「敵として出会ったのが本当に残念です。僕もあのように立派な武人になりたい……」


 想雲くんも岳楼の心胆強きことに純粋に感じ入り、称賛の声を漏らす。

 そして背中に備えていた弓を構え、走りながら矢をつがえて狙いを定める。


「お! かりのしょうぶだな! まけねーぞー!」


 つられた倭吽陀も同じように弓を持ち、慣れた動作で騎射の準備に入る。


「想雲くん、馬に乗りながら弓を使えるの?」


 私の問いに、少し首を傾げて彼は答えた。


「自信はありませんけど、ここ北の地で多くの達人の技を見ました! 見よう見まねで、なんとかなると思います!」


 ひしゃっ!

 想雲くんの放った矢は緩やかな山なりの軌道で彼方へ飛び。


「ぬっ!?」


 カキィン、と岳楼の鎧の端に当たって、彼を驚かせた。

 もちろん射られた矢はその一つだけではない。


「岳将軍! 身を低く!」

「おのれこしゃくな!!」


 シューンと風を切って飛んで行く、倭吽陀が放った二の矢。

 とっさに兵士が岳楼の身を庇って伏せさせなければ、その頭部に直撃していたのではないかと思う位置を通っていた。


「一発でダメなら二発! 二発でダメなら三発!」

「かずうちゃいつかあたるぞー!」


 想雲くんと倭吽陀は連続の交代で次々に持てる限りの矢を飛ばし、敵将である岳楼の動きを釘づけにしてくれた。

 制圧射撃ならぬ、制圧狙撃とでも言うのだろうか。


「ええい離せ! この身などどうなってもいい! 構わず前進し続けるのだ!」

「いけません岳将軍! ここは敵の矢が尽きるのを耐えて待ちましょう!」


 執拗な集中攻撃に業を煮やした岳楼が叫ぶ。

 けれど部下たちはこんなところでこの将を死なせてはならないと、身を以て守り、庇い続ける。


「あの一軍から、距離はずいぶん稼げました。このまま突破しましょう、央那さん」


 矢を使い果たし、颯爽と馬の速度を再び上げて想雲くんが言った。

 私は胸がいっぱいになり、わしゃわしゃと想雲くんの頭を愛撫した。


「ずいぶん、立派になっちゃったねえ! すいさまも玄霧げんむさんも、きっと大喜びだよ!」

「これでも皇子の従兄弟ですから! 可愛い親戚のために、立派な男になりませんと!」


 ああ、快なるかな、司午家の男子。

 最初に会ったときは、はっきりしなくて頼りなくもあった想雲くん。

 そんな彼だからこそ、実はなににでもなれるし、どのようにも成長できるのだ。

 無限の学びと可能性は、きっと私よりもこの子にふさわしい恩寵だったのだ。


「いよーーーっし! 敵の陣容は隙間だらけだ! このまま押し通るよーーーーーッ!!」


 いくつもの低い丘が、ポツリポツリと盛り上がる春の草原。

 白髪部の砦を攻め寄せる敵軍の先鋒は、斗羅畏とらいさんの一隊に横を衝かれてほぼ瓦解し始めている。

 心配していた蛉斬れいざん倫風りんぷうという強者二人は、翔霏一人を追いかけながら激戦を繰り広げているせいで、軍団の指揮を執ることができない。

 私たちを相手した中軍は、炎に塗れて立ち往生。

 残っている後方の軍、いくつかある陣の中。


「軍師さん、どこにいるだろな。水晶は教えてくれねえみたいだ」


 軽螢の問いに、私は自信を持って答えた。


「一番、人数の少ない部隊だよ。きょうさんはそこにいる」


 根拠なんかない。

 けれど、立場が反対だったとしたら。

 私なら、必ずそうする。

 分かってしまうことが、とても嬉しくて。

 同じくらい、心が裂けるほどに哀しい。

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