表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/67

三百十六話 Be Afraid

 きょうさん率いる巨大反乱軍の動きを遠巻きに注視しながら、潜伏活動を続ける私たち。

 その途中で軽螢けいけいが、地図と睨めっこしながら唸るように言った。


「この先の地形、あんまり良くねえなあ。狭くて」

「メェ~~」


 今の段階では、敵の背後を伺い追いかけながら移動している私たち。

 隘路で待ち伏せされたら一網打尽にされてしまうので、物理的に狭い空間を出入りするのは極力、避けたい。

 地図地形を読む能力に関して言えば、軽螢はいっぱしの土木役人や軍人さんですら、教えを請われるレベルの玄人である。

 軽螢に並んで地図を覗き込んだ斗羅畏とらいさんが、お仲間と話し合ってのち、提案する。


「俺たちの方が足が速いことを考えれば、念のため横に迂回しても余裕はある。ここは手堅く行くか」

「ええ、こんなときこそ焦らず、着実にやりましょう」


 私も頷き、部隊の針路は大きく東へ膨らむ形となった。

 赤目部せきもくぶのお兄さんたちの案内に従い、騎馬で走りやすい土地を選択し続け、順調に距離を稼ぐ。


「これなら姜さんたちの進む針路の前方に、先に辿り着けちゃうんじゃないかな?」


 そんな私の希望的観測に、意外にも想雲そううんくんが釘を刺した。


除葛じょかつ軍師は歩兵と騎兵の混成部隊でも、武器や糧食を馬に乗せて驚くほど速く進軍することで知られています。油断は禁物ですよ」

「詳しいな。さすが角州かくしゅうきっての武家の御曹司サマだ」


 褒め半分、からかい半分で椿珠ちんじゅさんが言うと、想雲くんは苦々しい顔を浮かべた。


「そのやり方を仕込んだのは、今は角州公のもう閣下と、僕の父、玄霧げんむです。除葛軍師はその二人と、時期は前後しますが一緒に仕事をしたことがありますから……」

「あー、確かに知りたがりの姜さんらしいね」


 元々モヤシでインドアな姜さんがこれだけ軍事に精通しているのは、書物での勉強を熱心にしたせいもあるだろうけれどさ。

 それと同等以上に、今まで周囲にいた優秀な人たちから、その真髄やカンコツを吸収しまくったからに違いないのだ。

 私みたいな小娘から、覇聖鳳はせおの情報を聞き取って攻略法を考えるほどの人だからね。

 慢心しては、魔人の思う壺。

 意識を持ち直した私たちは、なお一層の慎重を期して山々と野原を駆け抜けていく。

 途上に放棄された集落跡があったので、そこを休息に使わせてもらう。


「死体が転がってないってことは、除葛たちの軍に襲われたわけじゃなさそうだな。住民は自主的に避難したのか」


 広くもない集落の中を念のために一回りした椿珠さんが、様子を報告してくれた。

 無人のテント型住居がいくつか放置されていて、数百人が一息つく分にはなんとかなる。

 けれど一つだけ注意点として、大事な話を椿珠さんは付け加えた。


「井戸は水が腐ってるから使うなよ。住民たちが逃げるときに、動物の死骸や糞尿を投げ入れたんだろう。ここに除葛の軍隊が来ても水を使えないようにって画策だな」


 イタチの最後っ屁、というやつだね。

 もぬけの殻になった集落を高い視点から眺めて、巌力さんが嘆じた。 


「土地を放棄し撤退したとは言えども、此処にいた彼らはなお、戦ってござるか」


 みんな一人一人、やり方は違っても。

 あんたたちの好き勝手にはさせねえよ、と言う気持ちは同じだな。

 なんて考えながら、人も馬も水分少な目の休憩を取っていたら。


「た、大将! すまねえ! ヘマやっちまった!」


 周辺の見張りに出ていた斗羅畏さんの部下が、謝罪とともに駆け込んできた。


「どうした?」


 兜の紐がヘタっていたのを取り換えながら、斗羅畏さんが尋ねる。


「お、おそらくは敵の斥候だ。林にコソコソ潜んでやがったのを、仕留めきれずに、逃がしちまった……」

「ふむ」


 きゅ、と兜を装備し直して紐を締めた斗羅畏さん。


「少し早いが、ここを引き払うぞ。もともと長居する予定でもない」


 腰もろくに落ち着かないうちに、移動を余儀なくされた私たち。

 ここに姜さんの仲間が来るのなら、なにか書き置きでも残して行こうかな。

 フームと考えて筆を執った私は、紙片に次のように書いた。



 天道大賛那 戌勇満山野 汝略悉化塵 須帰服皇神



 天の道は大いに私たちを讃えている。

 戌族の若者は勇ましく山野に満ちている。

 あなたの謀略はことごとく塵と化す。

 もう大人しく帰って、皇帝陛下や神々に素直に謝ろうじゃないの。


「これは実に、洒落が効いてござるな」

 

 横からそれを覗き見して、巌力さんが笑った。

 過去に麻耶まやという名の宦官が戌族の覇聖鳳と結託し、昂国こうこくの都を荒らそうとした。

 その際に、お城周辺に怪文書が撒かれたことがある。


 大道既偏燃 戌疾至城辺 刀槍悉殺民 日嘗仰没塵


 天下を貫く大いなる道理は、すでに跡形もなく燃えてしまった。

 戌族の暴徒は伝染病のように、素早く城の周辺に辿り着いた。

 恐ろしい刀と槍は、ことごとく民を殺し。

 かつて仰ぎ見た太陽も、塵のように地に没するだろう。


 私が作った文章は、そのとき麻耶さんが書いたものをアレンジした形になる。

 麻耶さんは負けて処刑された側なので、彼のやったことにあやかるのは正直、縁起が悪いと思われるかもしれない。

 けれど、昂国の文化には「わざと不吉なことをやって、それを厄除け、呪い返しのゲン担ぎとして用いる」と言う考え方があり、私の書き置き作戦もそれに類する行動である。

 

「鬼退治に別の怖い鬼を用いる、みたいな風習は私の地元にもあったんですよね」


 怖いものに対抗しうるのは、もっと、更に怖いもの。

 鬼瓦とか、西洋で言うガーゴイル像なんかまさにそれだ。

 閻魔さま、鍾馗しょうきさま、なまはげ、憤怒の形相の仁王像。

 さまざまな天魔鬼神たち。

 麻耶さんをその仲間に加えるのに、不思議と抵抗はなかった。

 あの人も今や私にとって、ありがたくもあり、恐ろしくもあった鬼神の一柱なのだ。

 巌力さんと話す内容に、軽螢が茶々を入れる。


「実際、魔人を退治するのに麗央那みたいな毒虫をぶつけてるもんな、今も。やべーやつにはやべーやつをけしかけるしかねえんだ」

「メェ~……」


 なにおう、と思ったけれど、言い返したら負けな気がしたので、黙殺した。

 その後、休息した集落を慌ただしく出発し、しばらく走っていると。


「なーとらいー、なんかとおくでもえてるぞー」

 

 とある丘の中腹あたりで、倭吽陀わんだが違和感を報告した。

 私たちから見て西南、これから丘を降りて行こうとしてた地点辺りに、煙が一筋、細く立ち昇っていた。

 かなり注意深く見なければわからないので、見つけたちびっ子はグッジョブである。


「突骨無どのや彼の仲間たちから、連絡の狼煙でしょうか?」


 想雲くんの質問に、斗羅畏さんは首を振る。


「あんな不用意な狼煙を上げるような話は通していない。はぐれた避難民かもしれんが……」


 なにせ遠いし、火元は木々の陰になっているから詳細はわからない。

 みんなで凝視していると、またもや倭吽陀がなにかに気付いた。


「なんか、ひかった! かがみとか、かたなみたいなの!」


 太陽光を反射するような、磨き上げられた金属がそこにあるということだ。

 軽武装の騎馬民族である戌族は、ピカピカに磨いた金属の鎧などをあまり着用しない。

 武器でも日用道具でも布や毛皮、木製品、獣骨がメインであり、一部の馬具と刀、矢じりくらいしか金属製品に依存していないのだ。

 目を凝らしながら、椿珠さんが言う。 


「敵の見張りがメシでも食ってるのかね。あっちは通らない方がいいだろうな。どのみちもう、向こうさんも俺たちに気付いてるだろうが」

「仕方あるまい。遠回りになるが、丘の裏手を回るぞ」


 追っては来ないだろうけれど、私たちの進路方向を悟られるのは良くない。

 無駄な戦闘を回避して兵力、物資を温存する目的もあり、私たちは引き続きコソコソと隠れながら、道を通過した痕跡を偽装しながら進む。

 もう少し行けば赤目部領域の北端。

 その先は白髪部領域の西端という位置に到達した。


「領域の境界には白髪部の兵が詰めているはずだ。そいつらと連携を取ってこれからの作戦に備える」


 斗羅畏さんが確認し、みなが頷く。

 峠を降りれば山裾に平野が広がっているはず。

 そこを第一の防御拠点として、姜さんが差し向けるであろう先鋒の部隊を迎撃するのが私たちの役目になる。

 けれど私は、なにか、小さいけれどとても大事に感じることが、気になっていた。

 それを最初に言語化して斗羅畏さんへ報告したのは、やはり地形を読むことに敏な軽螢だった。


「なァ孫ちゃん。俺たち、ここに来るように仕向けられたんじゃねェかな?」

「……どういうことだ?」

「こっちは危ないからこっちへ行こう、あっちへ行こうってのを、これだけ繰り返したのに、実際は一度も危ないことがなかったじゃんか。で、目の前には味方と合流できそうな開けた土地だゼ? どうしたって、ここで『気が緩む』だろ?」

「俺の気分はそんなことで弛緩したりしない。だが……」


 斗羅畏さんは道の先をじっと見つめ、しばし考えてから呟いた。


「いいように泳がされて、釣り堀へと誘い込まれたか?」


 その言葉に続いて、部隊の後方を守っていた兵から、緊迫した声が上がった。


「と、斗羅畏さま! 後方から敵軍の接近あり! 前衛は鉄の鎧で重武装した騎馬の槍兵です!!」


 チッ、と舌打ちして顔を歪める斗羅畏さん。

 狭い峠道でそんな連中と戦っても、機動力が活かせずにこちらが押し潰され、串刺しにされるだけだ。

 ならば私たちは、丘を降りて広い場所に移らなければいけないのだけれど、それもきっと相手側の策略なんだろう。

 私たちは自分の意思だけではなく、姜さんの思惑通りに「動かされて」いる!

 それがわかっていながら、こう命じることしかできないことが、斗羅畏さんをイラつかせるのだ。


「このまま低地まで降りて迎え撃つ! 少しでも距離を稼ぐぞ!」

「御意!」


 おそらくは斗羅畏さんだけでなく、みんな分かっているだろう。

 丘を降りた私たちを、さらなる災厄が口を開けて待ち構えているということを。


 私たちとあんたたち、どっちに憑りついてる鬼が怖いか。

 さあ、勝負しようじゃないか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ