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三百十五話 陣中八策

 使えそうな物資のあらかたを回収し、迅速に場所を移した私たち。

 奪った品の中にお茶があったのでそれを沸かし、はぁと一息。

 みんな揃って落ち着いたタイミングで、私は斗羅畏とらいさんに訊ねる。


「お仲間が増えてません? どうしてこんなにいるのかちょっと驚きなんですけど」


 今まで一緒に来た手勢は、合わせて二百数十人程度のはず。

 斗羅畏さんの親衛隊に加え、覇聖鳳はせお時代の青牙部せいがぶの荒くれものたちがその内訳だ。

 そこに赤目部せきもくぶの避難民を少しばかり吸収したけれど、合わせて三百人には届かないくらいだった。

 増えた仲間――彼らは一様に、白い毛皮の帽子を被っている――を見渡して、椿珠ちんじゅさんが言った。


「今は五百人以上いるな。なにやらどっかで見覚えがあるような顔も、ちらほらあるようだが」


 斗羅畏さんと巌力がんりきさんが、そうなった事情を説明してくれた。


「増えた分は突骨無とごんの配下だ。あいつも自分なりに判断して、除葛じょかつの軍勢を攪乱するために遊撃隊を放ったらしい」

「我らと彼ら、目的が同じであるならばと、快く同行してくださった運びにござる。さすがは智者で知られた白髪はくはつの若き大統、策に抜かりはありませぬな」


 なるほどなるほど、白帽子は白髪部のトレードマークでしたか。

 突骨無さん自身は、自領の人たちを安心させるために本拠地でドンと構えてなければいけない。

 けれどそれはそれとして、外向きに打てる手はいくつか打っているようだ。

 斗羅畏さんが遣わした連絡係も突骨無さんのところにどんどん到着しているだろうし、今回の戦い全体を俯瞰するための情報もたくさん共有できているだろう。

 

「幸いにも友軍合流できた、というわけですね。天が味方してくれているようで、まことに心強いです」


 初対面の厳つい武者たちを前に少し緊張しながらも、想雲そううんくんが明るい声で言った。

 そんな彼を見て斗羅畏さんが渋面を作り、お説教を口にした。


「お前、確か司午しご本家の跡取り坊主だろう。こんなおかしな女に付き合って、いったいなにをしている。命がいくつあっても足りんぞ。堅物の親父が泣くぞ」

「なんで想雲くんの心配はするのに私の心配はしないんですか?」

「……」

「ウンとかスンとか言えや!」


 私の苦情は、絵に描いたようにスルーされた。

 想雲くんは斗羅畏さんに苦笑いを返し、答えた。


「なぜだか不思議と、ここで逃げてはいけない、そう思ったのです。こんな僕でも、いのししの子ですから」


 果敢に困難に立ち向かう、立派なイノシシの男子だと褒めてくれたのは、確かれんさまだったね。

 誇らしげな想雲くんをしばし見つめて、斗羅畏さんはやれやれと言ったふうに首を振る。


「いずれお前の父にも、改めて礼の挨拶に行かんとならんな。まったく、なにも片付いていないというのに、やることばかり多い……」


 気苦労が積み重なって行く頭領さまを見て、みんな面白そうに笑った。


「で、突骨無さんはどう言ってました?」


 引き続き山野に潜伏したまま、作戦会議である。

 ちょっと無理が続いたし、白髪部からの援軍が来てくれて情報が増えた。

 お子さま倭吽陀わんだも完全に電池切れで、いびきもかかずにすやすや眠っている。

 タイミングが良いので、休息がてら一度しっかり方針を整え直した方が良いと判断したのだ。

 少し軽薄そうな、でも理知的にも見える若い男性兵士が説明してくれた。


「大統の腹積もりなら、どうもこうもねえさ。魔人だろうが南海無双だろうが、来るなら来てみろっ、てなもんだ。ここで逃げちまったら一生、甘ったれた腰抜けの末っ子ちゃん、で終わっちまうからな」


 ひひひ、と楽しそうに彼の仲間たちも笑った。

 随分と気さくで親しみやすい大統さまを続けているようで、突骨無さんの人柄がしのばれる。

 ボスの個性によって、チーム斗羅畏とチーム突骨無でも若干、流れる空気が違うんだね。

 お互いの現状と動きを話し合い始めたころに、物見に出ていた赤目部せきもくぶの男性たちが戻って来た。

 護衛として同行していた東海用心棒さんが報告する。


「近くに敵勢はいねえな。見張りや索敵の小部隊がいた形跡はあったが、引き上げたらしい。主力本隊に合流したんだろう」


 それを聞いて斗羅畏さんは、ちっ、と舌打ちしてこぼした。


「俺たちにちょっかいをかけられるのが嫌で、亀のように守りに入ったか。そうなると迂闊に手は出せんな」


 彼らも痛い目を見て学習したわけだ。

 中小規模の部隊を広く散開させると、私たちにいきなり襲われるのだと。

 ただそこには良い点もあるということを、重鎮の老将さんが指摘する。


「そのおかげで、近隣の集落が襲われることは減るじゃろうて。大部隊になるほど進みも遅くなるしのう」

「ですね。なら私たちが次に打つべき手は……」


 考えながら、みんなの顔をぐるりと見回す。

 なぜか全員、私の方を見つめて黙っている。


「え、なに?」


 そんなに注目されると恥ずかしいわよぉん。

 やや疲れの滲むジト目で、斗羅畏さんが言う。


「どうせなにかろくでもない悪知恵をいくつか思いついているんだろう。採用するかどうかは俺が判断するから、とりあえず言ってみろ」

「えぇー……」


 いつの間にか大役を押し付けられるのが当たり前になってげんなりしている私に、巌力さんが謝罪の言葉を述べた。


「申し訳ござらぬ。この中で最も除葛軍師を知るものは、麗女史以外におらぬでしょうと、奴才が申し上げたばかりに」

「いえいえ、実際その通りですんで。でも私が思いつくくらいのことは、姜さんもとっくに考えが及んでいるということを前提に、聞いてくださいね」


 そう前置きして私は居住まいを正し、みなさんに向けて腹案を開陳した。


「突骨無さん率いる白髪部の方について。彼が逃げずに決戦を覚悟しているということは、私たちだけでなく敵も理解しているでしょう。だからこそ使える、効果を発揮できるかもしれない作戦が一つあります」


 私の言葉に、黒服用心棒さんが少し面白そうに感じた顔で反応する。


「逃げた振り、か。俺たちも海でよくやる手だ」

「そう、偽装撤退です。突骨無さんの陣営に、なにか混乱があった、収拾がつかない事態が起こったと偽装して、わざと敵の前で弱味を見せるんです。ここが勝機と突っ込んできた敵軍を、伏兵の罠の中に誘い込んで包囲しちゃうような戦法ですね」


 私の説明に、椿珠さんが得心した表情を浮かべる。


「確かに突骨無には向いてるやりかただな。ひょっとすると突骨無なら本当に逃げるかもしれんと、ちらっとでも相手が思ってくれれば効果は覿面だ」

「でしょ。もう一つの戦法は、多分誰もやりたがらないけど、最後の最後、いざと言うときにはやらなきゃならないだろうな、っていうものなんだけど」


 その作戦を話す前に暗い顔をした私。

 軽螢がそこを感づいて後を続けた。


「本当に逃げちまう、でも逃げながら戦い続ける、って感じか」

「あくまでも最悪の場合、だけどね」


 愛した邑を焼かれ、流浪の果てに仇討ちを果たした私たちならではの、最終奥義。

 例えボロボロに負けても、みっともなく生き延びて足掻き続けて、最後に相手を仕留めれば勝ちと言う考えだ。

 ただこの手段には大きな問題があって。


「……除葛軍師のことです。北方を荒らすに荒らし尽くした後は、早急に引き上げて戌族じゅつぞくの方々が付け入るような隙など見せないのでは?」

「想雲くん正解。姜さん理解者の二段に昇格しました」

「まったく嬉しくないのが驚きですね……」


 可能性の高い、そして暗い未来を想定し話す私たちに、白髪部の若者が告げた。


「だったら俺たちの中で生き残った全員が、除葛に向けた刺客になってやるってんだ。ちょっくらおたくの国を騒がせちまうだろうが、勘弁してくれよな」

「そんな危ないことはやめましょうよ。命あっての物種ですよ」


 私の言葉に、唖然とした顔で斗羅畏さんが突っ込んだ。


「お前が言えた義理か?」


 あうぅ、自分の行いが自分に返って来てしまっている。

 運命の皮肉を思い知らされている気分だ。

 ただ、そのような絶望的な争いの中でも、一筋の現実的な希望はある。

 照れ隠しの誤魔化しに咳払いした私は、逃げるにしても逃げ方があることを説く。


「みなさんの戦意次第ですけど、自分たちは逃げながら、敵が引き上げる道を塞いで戦うという選択肢も、あるにはあると思います。北方をいいだけ痛めつけて、突骨無さんを蹴散らして目的を果たした姜さんは、おそらく地盤のある尾州びしゅう腿州たいしゅうに引き上げようとするでしょう。それを邪魔することは、むしろやる気になってるときの敵軍を相手にするよりも、戦いやすいかもしれません」


 ウンウンと頷いて老将さんが自身の思い出を語る。


「終わったと思った戦が、実は終わっとらんかったっちゅうのは、実に気力が滅入るもんじゃ。賊を討伐しに行って、ことが済んで引き上げる帰り道に別の賊が出てきたことがあったんじゃが、仲間たちみんな、泣きっ面に蜂の有様じゃったわ」


 いくら屈強な兵士たちでも、気持ちが切れる瞬間と言うのがあるのだろう。

 姜さんが魔人の如き精神力と目的意識を持っていても、兵隊全員はそうではない。

 もううんざりだ、故郷に帰りたいと思わせ、心を折ることも、視野に入れておいた方が良い。

 仲間がいない姜さんだけなら、無力なのだ。

 実にか弱い一茎の葦、いや一本のモヤシだからね。

 その後も色々と話し合い、斗羅畏さんがまとめた。


「突骨無に作戦のあらましを伝えるため、何人かに走ってもらうか」


 椿珠さんは黒服用心棒さんに、急使たちの護衛を再度頼んだ。


「兄さん、無理をかけるがまた一緒に行ってやってくれ。この連絡が途絶えたら、俺たちの勝ち筋はもうない」

「金さえもらえりゃ、なんでもいい。邪魔するやつは叩き切るだけだからな。考えない仕事はガキのお守りよりなんぼか好きだ」


 ちら、と私の方を見て悪態を吐いて来た。

 船の上で翔霏しょうひに締め落とされたの、まだ根に持ってるんですね。

 連絡役に走ったお兄さんたちを見送り、その夜。

 もうじき満ちようかという、大きな月を私はぼんやりと見上げていた。


「メェ~」


 そこに巌力さん、椿珠さん、想雲くん、軽螢、そしてヤギの「チーム麗央那」がそろい踏みした。

 よそさまの土地にずかずか踏み入って、彼らに手を貸して自国の、恩人とも言える軍師に真っ向から敵対して。

 いったい私たちは、なにをしているんだろうな。

 最期に遺された乙さんの笑顔を思い描くと、とても切なく哀しい。


「一つ、斗羅畏にわざと伝えなかった策があるだろ」


 椿珠さんも空を見上げて、私にそう訊ねた。

 想雲くんはわからなさそうな顔をしているけれど、巌力さんと軽螢も分かっているようだった。

 見破られた秘策を、私は素直に認めてこう答える。


「どうせ失敗するからね」


 語られなかった作戦の内容。

 それは、姜さんの暗殺。

 失敗すると断言したのは実は嘘で、私たちが全力で退路を断って実行すれば、おそらく半々くらいの確率で、成功させることはできる。

 味方に大きな犠牲を出すとしても、なにがなんでもの気持ちでやれば、無理ではないと私の勘は告げていた。

 そのための道連れなら、斗羅畏さんも、白髪部も若者たちも、喜んで死ぬんだろうな。

 絶対にダメだよ、それは。

 私と椿珠さんの頭を、その大きな掌で優しくポンポンと撫でた巌力さんが、しみじみ語った。


「みなで生きたいと思うのでござれば、その思いの向くままに動かれるがよろしかろう」


 うん、そうだね。

 思うまま、素直に、そして自由に。

 決して憎しみからではないこの戦いを、生きて、終わろう。


「少なくとも俺は死にたくねえんだけど」

「メェ」


 軽螢とヤギが気の抜けたことを言った。

 どこか遠くで、狗の遠吠えがこだました。

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