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三百十話 虎穴

 月の光がまばらに差し込む、夜の林の中。


「お、俺だ。戻ったぜ。みんなどこにいる?」


 木々が覆う暗がりに向けて、赤い髪の男性が問いかける。


「合言葉を言え!」


 闇の中から返って来た軽い声に、男性は答えた。


「じ、神台邑じんだいむらは、超サイコー!」

「ヨシ! 右手側に進め!」

「メェ!」


 軽螢けいけいが促し、男性がこちら、私たちが隠れている場に近寄って来た。

 きょうさんたちの反乱蜂起軍に蹴散らされた、赤目部せきもくぶの人々。

 彼らのうち何人かは、逃げずに斗羅畏とらいさんの指揮下に入った。

 私たちに協力して、地の利を生かした情報収集活動に当たってくれているのだ。

 ちなみに合言葉を考えたのは軽螢なので、そのセンスに疑問があっても私に文句を言わないでください。


「で、なにかわかったのか」


 車座の中央にドンと腕を組んで胡坐をかいている斗羅畏さんが、厳かに訊いた。

 駆けつけに蒸留酒の水割りを飲んだ男性は、興奮気味にこう話した。


「な、南西に行ったところに丘があるんだ。そのふもとにやつら、補給物資をたんまり置いてやがる」


 おお、と周囲の全員がグッドニュースに色めき立った。

 私たちが戦術行動を継続するためには、食料及び矢、火薬などの消耗品を敵から奪う必要がある。

 仲間になった赤目部の方々には、地図にも載らないようなマニアックな山道を走り回って、敵の輸送部隊がどこに居るのかを突きとめてもらっていたのだ。

 もちろん、目当てのブツが見つかったからと言って、なにもかもが上手く行くわけでもなく。


「防備はどの程度の規模じゃろうかな。やはり千人単位の部隊が守っとるんか?」


 斗羅畏さんお付きの老将さんがそう質問し、男性は眉をひそめて頷いた。


「ああ、交代で昼夜関係なしに見張ってやがる。けど早く行かねえと、また移動するみたいな話をしてやがった。今よりも入り組んだ地形に陣を構え直されちゃ、馬で物資を盗むのも無理だぜ?」

「なるほど……」


 報告を受け、斗羅畏さんは目を閉じて黙考する。

 味方も度重なる強行軍で満身創痍に近く、力押しの作戦は望めそうにもない。

 なにせ一部隊と言えども相手の方が人数が多いのだから、下手に突っ込んでも全滅するのが落ちだ。


「にく、はらいっぱいくいてえなー」

「メ、メェェ……?」


 ヤギの背中を優しく撫でまわしながら、倭吽陀わんだが他意のなさそうな声で言う。

 そいつは元々非常食で連れているだけなんで、お望みとあらば?

 なんてアホなことを考えている横で、椿珠さんが偵察員のお兄さんに確認していた。


「物資を守ってる部隊は、言葉が訛ってなかったか? 西南の、尾州びしゅうの訛りが」

「え? あ、ああ確かに、やんけ、やんけ、せやんけワレー、とか言ってた気がするな……聞き取れないほどの方言じゃあなかったが」


 ほう、兵站を預かる部隊は蛉斬れいざんたち腿州たいしゅうの出身者ではなく、尾州からの反乱同調者たちなのか。

 けれどそれがわかったからと言って、なにがどうなるものか。

 わからない私は片眉を吊り上げて椿珠さんを凝視し、詳しい説明をしろと圧をかける。

 自信なさげに椿珠さんは首の後ろを指で掻き、話した。


「いやな、腿州の連中は除葛に対する忠誠心が強固過ぎて、どうやら付け入る隙もないらしい。だが尾州の連中はどうなのかなと思ってな」


 興味を持った斗羅畏さんが話に加わる。


「確かに『力の岳楼』とか言うやつも、まさに命を賭して戦っている様子だったな。お前は尾州の連中が、同じ志を共有していない可能性を考えているのか」

「ああ。もともと尾州の旧王族たちには力のある名家が山ほどいる。傍流生まれの除葛じょかつきょうの口車に乗って反乱に参加したは良いが、本心から従ってないやつらも少なくないんじゃないか、と俺は思うのよな」


 なるほど?

 尾州の重鎮たちにしてみれば、いくら才気煥発と言えども姜さんなんてまだまだ若造だし、親戚同士の間でも分家の分家、末端の出自でしかない。

 日本の歴史で言うなら「名前ばかりの田舎源氏」みたいなものだ。

 なにより反乱平定のためとはいえ、躊躇なく同氏同族を殺しまくった前科もある。

 姜さんに心服しきっていない勢力は、むしろ地元の尾州にこそ多いかもしれない、と言う想定か。

 半分くらいしかわかっていない顔で、けれど鋭い指摘を軽螢が放つ。


「だからってどうすンだよ。少し気不味い関係だからって、素直に相手さんが俺らにメシをくれるとは思わんけど」


 その心配に、椿珠さんはまさに商人らしい発想で答えた。


「尾州の連中が、忠義大義以外の力……なんらかの利益で今回の蜂起に加わっているなら、別の利益で買収できる。あるいは兵站部隊の親玉を色仕掛けで籠絡するか、だな」


 えーと、もちろん買収工作も、色仕掛けも、彼が敵陣に乗り込んでやるもんだと仮定して。


「それ、ちょっとでも失敗したり疑われたらすぐに殺されるやつじゃん」


 思わず言った私に、はぁ? とでも言いたげな怪訝な面持ちで椿珠さんは言い返した。


「ここまでの全部、しくじったら死ぬようなことばかりやってきただろうが。今さらなにを怖気づいてやがる」

「それは、そうかもだけどぉ」


 私の不安をよそに、椿珠さんはテキパキと女装の準備に入る。

 今回は特に気合を入れているようで、彼が化けた姿は私たちがよく見知っている、あの人にそっくり。


「妹さんに変装したんか。まぁこの世で一番の美人だからなあ」


 軽螢が言う通り、椿珠さんは腹違いの妹で昂国こうこく最高の美女と名高い、玉楊ぎょくようさんに変身した。

 詳しく見れば細部はもちろん違うけれど、全体の雰囲気としては見事に瓜二つ。

 遺伝子の残酷な不公平を感じざるを得ない。

 椿珠さんは元の髪色が赤茶けているので、赤目部の住民に混じっていても違和感はないのだ。


「う、うちのかちゃんのほうが、キレイだけどなー! なー、とらいー!?」

「知らん。俺に聞くな」


 なぜか顔を赤くして怒る倭吽陀と、心底どうでもいいと思っている斗羅畏さんであった。

 自分のお母さんが世界でいちばん綺麗だと思っているなんて、かぁいいところあるじゃないの。

 でもこいつ、大人になってもマザコンのままなんだろうな。

 仇の息子だという点よりも、マザコンであるという点の方が、結婚相手としてはNGなどうも私です。

 え、倭吽陀の方こそ選ぶ権利があるって?

 正論パンチでいたいけなレディを追い詰めるのはやめてください!

 変装を終えて、どんなシチュエーションで相手陣地に紛れ込もうかと考える椿珠さん。

 馴染の老将さんが、妥当な意見を挟んだ。


「こんな、目ん玉の飛び出るようなべっぴんさんが一人で山道をウロウロしとったら、それだけで怪しまれるわ。もっと自然に、邑の仲間とはぐれたような雰囲気に見せかけんと」

「私も一緒に行くので大丈夫です。こう見えて、化粧でかなり顔の雰囲気が変わるたちですので」


 椿珠さんの変装道具を借りて、私も自分の顔に色粉をぱたぱた、炭を塗り塗り。

 あっと言う間に「目にクマがあり顔色の悪い、貧相な女」へとフォームチェンジ!

 それを見た緊張感のない田舎坊主とヤギが、失礼極まりない感想を漏らす。


「なんか、いつも見てる顔とあんまり代わり映えしねえなァ」

「メェ~」

「おう言ったなてめーら!? 戦争か!? この顔に文句があるんか!?」


 ヤギの言葉はわからないけれど、絶対にバカにしている! 私には聞こえる!

 子どものような小競り合いを繰り広げている私たちを無視して、常識のある大人たちは作戦を詰めていた。


「いざと言うときのために、土地勘のあるやつが一緒にいないとダメだろ。俺が行くよ」


 赤目部出身の男性が、そう申し出てくれた。

 前に斗羅畏さんと殴り合いを交わしたという彼だ。

 頷いた斗羅畏さんが、策を重ねて言う。


「少し離れた林の中にも、何人かの見張り役を潜ませておく。逃げるときはそいつらの手引きに従え」

「ああ、わかった……なにがなんでも、この二人は無事に逃がしてやるさ」

「お前もだ。生きて帰れ。まだまだ仕事は山ほどあるぞ。のんびり死んでなどいられんくらいにな」


 斗羅畏さんにそう言われて肩を叩かれた男性。

 感極まってうっと唸り、下を向いた。

 きっと彼は若い頃から、部族の壁を超えて斗羅畏さんと一緒に遊んだり、喧嘩したり、同じ敵に立ち向かって戦ったりしたかったのだろう。

 友だちに、なりたかったのだろう。

 こんな散々な場面だけれど、夢は叶ったのだ。


「よし、じゃあ行くか。俺たちは哀れにも避難中に仲間からはぐれた、親戚同士ってことにしよう。しんどいだろうが、移動中には水以外の一切を口にするなよ。少しでも憔悴した状態で連中の補給陣地に辿り着きたい」


 椿珠さんが音頭を取り、私たちは仲間の隠れる林の中から抜け出した。

 ほうほうの体で戦を避けて彷徨って来た、と言う雰囲気を出す必要もあるね。

 衣服に草の汁や雑草のクズを擦り付けたり、膝やお尻の部分を土で汚したりと涙ぐましい演出に全員で勤しむ。

 もうすぐ目的地、と言う場所で、赤目部の男性が私たちに質問した。


「ただの噂だと思ってたんだがよ、本当にあんたたちが、あの覇聖鳳はせおを殺したのか?」

「だとしたらどうします?」


 否定も肯定もしない私。


「それが本当だとしたら……死ぬ気でやってみりゃあ、できねえことなんかねえんだって、思える気がしてな。俺みたいなちっぽけなろくでなしでも、なにかできるんじゃねえかって、そんな気持ちがどんどん強くなってきてるんだ」


 瞳を強く光らせて、男性は言った。

 同意しつつも私はしらばっくれて、こう答える。


「覇聖鳳が死んだのは雪崩、ただの事故です」

「や、やっぱりそうなのか……」

「けれど覇聖鳳を倒ために彼方を旅して、生きて帰ることができたのは、私たち自身の頑張りかもしれないですね。仇を討ち果たすことができたかできないかよりも、その方が大事で、大きなことなんだと今は思います」


 横で聞いていた椿珠さんも、静かに微笑んで頷いた。

 

「待てい! そこの三人、何者や!?」


 西の訛りがある兵士に、遠くから大声で呼び止められる。

 そのずっと向こうには、大勢の軍隊が荷車の物資を護るように立つ姿と、煮炊きの煙が立ち上る様子が見えた。

 さ、地獄を覗きに行こうか。

 今回も無事に帰るとしましょうかね。

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