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三百九話 れおなの北方草原PDCA(いのちがけ)

 岳楼がくろうの部隊が邑の入り口に押し寄せたのは、翌々日の未明、まだ夜空に星がいくつも見える頃だった。

 きょうさんの薫陶を受けた軍隊は、夜討ち朝駆けを得意としている。

 相手の都合も戦場の作法もお構いなし、むしろ効果的に嫌がらせをするために、おかしな時間帯に急襲するのが十八番になっているのだ。

 私はそれを知っているので、来るなら夕方過ぎか、未明早朝だと踏んでいた。


「将軍! 邑の中に人の気配がありません!」


 先頭集団が邑の入り口に到着して、少し後ろについて来る将軍さまとやらに報告する。

 もちろん、そいつが「力の岳楼」なのだろう。

 どっしりとした体型で、噂通りに長柄の戦斧を得物としていた。

 ハワイ、オワフ島出身の力士、みたいな独特の雰囲気がある。

 南国の血が入ってるのかな。


「罠があるかもしれん! 警戒しながら調べろ!」


 思いのほか、脳筋ではない指示を飛ばし、百人ほどの部下を先行させた。

 部下が邑の中を調べている間、岳楼は邑の入り口すぐ外に屹立し、仲間の仕事ぶりと、周囲の状況を油断なく観察している。

 さすが、きょうさんに一軍を任されているだけあって、無能なボンクラではなさそうだ。

 彼が私の想定するより早く挫けてくれますように。

 と他力本願な願いを胸に、私は合図を出す。 


軽螢けいけい、お願い」

「おうっ」


 邑の入り口付近に、二~三百人ほどが固まったタイミング。

 軽螢がピィーと指笛を吹いた。

 私たちは道の脇に広がる斜面の木々や岩に姿を隠し、その次に発生することを見守る。


「今の音はなんだ? 敵が隠れているか?」


 岳楼が私と軽螢のいる方向を気にした。

 よしよし、こっちを注目しろ。

 私と岳楼の目が合ったように感じた、その瞬間。


 ドガーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!


 道を挟んだ反対側の斜面から、巨大な爆発音が鳴り響いた。

 気にしていたのと別の方角から、予期せぬ轟音を聞いた岳楼。

 驚きつつも味方を鼓舞するため、声の震えを努めて抑え、叫ぶ。


「敵襲か! 怖れるな! 槍を構えろ!」


 重装の兵たちが、身長の倍はあろうかという槍を構えて、道の左右に広がる山林に穂先を向ける。

 多少の矢なら鎧が弾くし、馬が突進して来ても槍の餌食だ。

 そもそも針葉樹が密集している林から、速度のついた騎兵が襲って来るわけはない。

 人数を頼りに手堅く守備戦闘を行えば、大きな被害は避けられる、という方針だ。

 だから岳楼さん、あなたの採用した対応は、全く正しい。

 人間が相手なら、の話だけれどね。


「しょ、将軍! 山裾から土砂が――――」


 いち早く異変に気付いた若い兵が、現状を報告しようとして。

 なにをしても助からないと悟ったのか、言葉を止めた。

 

「う、うわあああああああ!!」

「なんだ!? どうなってーッ!?」


 混乱と絶望の悲鳴が鳴り響く。

 斜面から滑り落ちるのは、大量の土砂を巻きこんだ川の水。

 軽螢が陣頭指揮をして、山の中にある一つの川を無理矢理に堰き止めた。

 簡易的なダムとして積んだその岩石や木材を今、邑の入り口に繋がる道へ流れ転がり込むように、大量の火薬でぶっ壊したのである。


「さすが、軽螢は水路工事が得意だね」

「こんなに上手く行くとは思わんかったけどナ」


 一日の準備猶予を貰ったことで大量に蓄えられた水の量は、人間の百人や二百人、兵器で押し流す暴威と化した。


「離れろーッ! 巻き込まれるぞーーッ! 邑の中へ入れーーーーッ!!」


 鎧の重さを感じさせる鈍い足取りで、岳楼が必死に逃げる。

 水の勢いは数秒で引いた。

 けれどV字の谷底のような地形に位置する道である。

 完全に前後が分断された形になった。

 先に邑に入った百人と、岳楼率いる主部隊のうち、無事だったおよそ百人。

 彼らは完全に、後続の仲間と分断された。

 呆然と立ち尽くし、あるいはオロオロと混乱する彼らに向けて、勇者の怒声が浴びせられる。


「撃てーーーーーーーーーーッ!!」


 邑の反対側の出口付近に隠れていた、斗羅畏とらいさんとその仲間。

 数の有利不利が完全になくなったこの小さな邑の中。

 限定された逃げ道のない空間で、機動力に劣る重槍兵に対し、雨霰と矢を浴びせかける。


「ひ、怯むな! 盾兵を前に!」

「ははっ!」


 騎馬民族の小弓くらい、簡単に防げそうなごつい盾を持つ兵たちが、指示に従い仲間を守る。

 弓矢が尽きれば斗羅畏さんに打つ手はなく、嫌がらせして逃げる程度の成果しか得られない。

 けれど。

 ドォン!

 バァン!

 そうは問屋が卸しませんよと告げるように、あちこちで爆発音が鳴り響く。


「か、火薬矢だ! 爆弾も!」

「ぎゃあ! 目が、目が!!」


 歩みの遅い長槍の歩兵など、火炎兵器の良い餌食なのだ。

 まだまだ頑張る元気を失わない岳楼が、仲間たちを叱咤鼓舞する。


「建物の陰に隠れろ! 飛び道具から身を隠すのだ! やつらの武器が尽きるまで耐えるぞ!!」


 つくづく、めげない人だなと感心してしまう。

 でもそうは問屋がおろさねーですよ。

 私は軽螢と共にコソコソ隠れて邑の中へと降り、仕上げの処置に邁進する。

 

「はじめまして! 三鬼将の岳楼さん!」


 大声で相手の名前を呼ぶ。

 初対面だと思ってたけれど、相手は南部であったゴタゴタの際に、私の顔と名前を見知っていたらしい。


「麗……やはりお前か!」

「ええそうです! そして私の得意技を、挨拶代りにお見せしましょう!」


 私の目配せを受けて、軽螢がヤギに飛び乗る。

 

「汗をかくのは俺なんだけどなァ」

「メェ~!」


 そして邑の中に点在する家屋まで走り、火の点いた松明を投げ入れる。

 家屋の中には、火薬と可燃物をたくさん、収納しておりましたので。

 ドバァーーーーーーーン!!

 破裂音と共に簡素な木造家屋が木っ端みじんに吹き飛んで。


「ぎゃあああああーーーーっ!?」

「わけが、わけがわからねえよおおおおお!!」


 防御のために建物の陰に隠れようとしていた敵兵も、巻き添えにして吹っ飛ばした。


「ほれほれ怪我したくなかったら離れろよ~~~」

「メェェ~~~」


 放火魔と化しながらも情け深い軽螢は、敵に危険を知らせてから次々と松明を放る。

 そこらじゅうで爆発音が連続し、炎と煙で空間に幕が形成される。

 幕の向こうからは大量の火矢と火薬矢が飛来して、右往左往する敵兵をチクチクと痛めつける。

 そんな中でも岳楼は、冷静でしぶとかった。


「今少しだ! これを凌げば後ろの味方が土砂を乗り越えてこちらに来る! 惑わされずに守れ!!」


 この気力胆力こそ、きっと「力の岳楼」とまで呼ばれる所以なのだろう。

 けどね、それも私は予習済みなんですよ、乙さんが死んじゃったときにね。

 今と立場は丸っと逆だけれど。

 知っているからこそ、私には「絶対に、お前らにはそうさせてやらん」と画策する知恵があるんですな。


巌力がんりきさん! お願いします!」

「心得た!」


 ひゅーーーーーん……。

 返事と同時に、彼方から縄で結ばれた巨岩が放物線を描き、降って来た。

 

「ぐわああッ!?」


 岩はドガッシャーンと派手な音を立てて、岳楼の大きな体を包む鎧にブチ当たった。

 そう、混乱の場からかなり離れた箇所から、巌力さんにハンマー投げの要領で岩を投げてもらったのだ。

 分厚い鎧に矢も火も効きにくいなら、それ以上の物理的エネルギーで鎧をぶち壊してやればいい!


「ああぁ……がっ、がぁ……」


 仰向けに倒れ、呻きながら痙攣する岳楼。

 目に光があるので、まだまだ死にそうにはない。

 凄い生命力だな。

 けれど、今回の戦の間は、復活することはできないだろう。

 しばらくゆっくりお休み。

 本当なら生け捕りにしたかったけれど、彼の仲間が震えながらも槍を構えて、その身を守ろうとしている。

 敵の数はまだまだ多いし、後ろの仲間が来たら厄介なので、ここらが潮時。


「みんなーーーー! 撤収です! ずらかれーーーーーーーーッ!!」


 私は叫んで走り、斗羅畏さんたちと合流する。

 少なくともこれで姜さんの全軍のうち、岳楼率いる千人は停滞を余儀なくされたはずだ。

 なによりこの戦闘の目的は、突骨無とごんさんたち白髪部はくはつぶを狙う姜さんの歩みを遅らせること。

 私と斗羅畏さんが遊撃的に暴れ回ることによって、突骨無さんが少しでも有利になれるよう、準備する時間を稼ぐのが肝要なのだ。

 脱兎のごとく現場を離れるその途。

 斗羅畏さんが喜ぶでもなく、言った。


「まだまだ戦いは続く。出し惜しみして死ぬなよ」

「ええ、そのときそのとき、常に全力です。目いっぱいやってやる」


 言いながら、私は少し、いやかなり残念な気持ちと罪悪感の入り混じった、複雑な感傷に浸る。

 今回の敵、岳楼も決して嫌なやつっぽくなかった。

 最後の最後まで諦めず、冷静で、闘志を失っていなかった。

 とても有能で、将としての責任感に溢れる人。

 出会い方が違えば、きっと私は彼を尊敬していただろう。


「なんであんなしっかりした人たちが、姜さんの口車に乗って北方まで来てるのか、ちゃんと聞いてみたかったなあ」


 上手く運べば大怪我をさせずに生け捕りも可能だったと思う。

 けれど彼と、彼の仲間が想定以上に踏ん張ったおかげで、それも叶わなかった。

 思うようにいかなくて歯痒いわ。

 じくじくしながら一人反省会をしていると、どこでなんの役に立っていたのかわからない椿珠ちんじゅさんが、重要な報告をした。


「お前さんたち、物資が尽きてることを少しは気にしてくれよ……」

「ああ、全部使っちゃいましたもんね、燃料も矢も」


 気にしてなかったわ、テヘ。

 うーんと思案を巡らす私たちの横で、倭吽陀わんだが何気なく言った。


「カネやくいもんがなくなったら、たくさんもってるやつから、かりればいいんだぞ。とうちゃんがいってた」

「それは、返すあてがないやつでしょ……」


 むしろ相手が同意してなくても無理矢理に借りて行くタイプだったよ、あんたの親父は。

 人はそれを強奪という。

 私たちのやり取りを聞いていた老将さんが、斗羅畏さんに進言した。


「殿。次はやつらの物資を襲って奪うのは、どうじゃろう」

「俺もそれしかないと考えていた。どうすれば上手く行くか考えておけよ」

 

 またこっちに無茶振りされる~。

 なんだか後宮にいるときの気苦労を思い出しちゃったわよ。

 嫌いじゃないけれどね、そんな立場にいることは。

 鉄火場の昂揚と、期待されている喜びを胸に、私は次の戦場へと意識を泳がせるのだった。


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