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三百五話 泥を啜って立ち上がれ

「麗央那……大丈夫かァ?」


 目覚めた私を、予想通りに目を赤く張らした軽螢けいけいが最初に気付かってくれた。

 倒れていた私の少し離れた横には、乙さんと、斗羅畏とらいさんのお仲間である戦死者たちが静かに寝かされている。

 全員、哀しくなるほど安らかな死に顔だった。


「ありがとう。もう大丈夫」


 すぐに立ち上がろうとしたけれど、足腰に力が入らず、こけて尻餅をつく。

 イテテ、とお尻をさすって胡坐に座り直し、全員の顔をゆっくりと見回した。

 巌力がんりきさんと老将さんは、傷を負っているものの命に別状はなさそうだ。

 珍しく地面を見つめて項垂れている斗羅畏さん。


「俺の……いや」


 絞り出すように、彼は言った。


「……俺がマヌケで迂闊だったから、こうなった。俺を信じてついて来てくれた仲間を、何人も……」

「そうだね」


 私が平然と言ったので、その場にいる全員が表情を硬くした。

 そんな言い草があるかコノヤロウ、テメーこそナニサマのつもりだ、と言い出しかねない顔だ。

 けれど私は足に力を入れ、よっこいしょと身を起こし、続けた。


「同じくらい、私のせい。私がバカだったから、まだまだ心のどこかで、事態を甘く見てたから。だから斗羅畏さんも、私を恨んでいいし、憎んでいいし、怒っていいんだよ」


 私の言葉に首を振り、ちらと私に目線を合わせ、また俯いて、斗羅畏さんは答えた。


「お前たちは、もう十分にやってくれた。この道で俺が襲われたということは、結果的にこの道が正解だったのだ。除葛じょかつは、あるいは蜂起軍の有象無象は、どうやら俺に介入して欲しくないのだ。それが証明されたのだからな」


 消沈していながらも、斗羅畏さんは冷静だ。

 私が気絶している間に、彼も心と思考の整理を済ませたんだろう。

 そう、私や斗羅畏さんが邪魔だからこそ、ここから先に進んでほしくないと本気で考えている勢力が、確実に存在するのだ。

 だからこそ敵を挫けさせるために、私たちは進み続けなければいけない。

 以上を踏まえて、斗羅畏さんは少し気を持ち直した強い顔になり、言った。


「ここから先は、俺たち戌族じゅつぞくの闘いだ。あとは俺に任せろ。今まで来た道の安全は確保されている。お前たちは引き返して、昂国こうこくに戻り……」

「嫌です」


 怒りを込めた視線で斗羅畏さんを射抜き、私は言い張る。

 なにか言おうとした斗羅畏さんを掌で遮り、私は重ねて説く。


「私のせい。斗羅畏さんのせい。きっとここにいる、みんなのせい。それは間違いなくそうなんです」


 怒れ、麗央那。


「だけどさあ」


 心のかまどに燃料を注げ。


「元はと言えば、誰のせいだよ! こんなことになっちゃってるのは、誰がおっぱじめたことなんだよ!!」


 溢れ出る怒りのエネルギー、その手綱を取り制御しろ。

 弓矢が獲物を狙うように。

 激情に、指向性を与えるんだ!


きょうさんだ! 全部あいつが悪いんじゃないか! なにもかもあいつのせいだ!」


 想いを力に変換し、状況を打破する知恵を結晶させろ!!


「後悔と自己嫌悪に溺れる前に、あいつにすべてぶつけてやらなきゃいけないんだ! 反省なんかその後でもいい!!」


 叫びながら私は、乙さんの遺体の傍へ駆け寄る。

 私たちにまんまと捕まった彼女だけれど、最期の瞬間、彼女は自らを縛る縄を解いて自由の身になり、私を助けてくれた。

 服の中、どこかに隠しているアレが、あるはずなのだ。


「あった。やっぱり」


 衣服の合わせ目の中に、探し物は見つかった。

 人の指ほどしかない、ごく短く細い刃を持った小刀が。

 私はそれを握って、自分の左手親指をわずかに切り裂いた。


「あっ」


 軽螢が驚いて心配したけれど、次の私の行動を見て、制止することをやめてくれた。

 私は滲む血で、死んで逝った女性たちの唇に朱を差す。

 

「うん、うん、みんな、良い女っぷり。あの世でもモテモテに違いない!」

「嬢ちゃん……ああ、ありがとうよ」


 うっ、とこらえきれずに老将さんが嗚咽し、両目を掌で覆った。

 満足した私は、斗羅畏さんを睨みつけて。

 高らかに、宣言した。


「みんな、素敵な人たちだった! みんな、いいお友だちになれると思ってた! それを死なせちゃったのは他の誰でもない、私の怒り! 私の罪! 斗羅畏さんには悪いけど、微塵も譲るつもりはないし、肩代わりさせる気もないから!!」


 そして、天に届くように、四海に響き渡るように。


「私の怒りは、私だけのもの! 他の誰にも奪わせはしない!」


 ありったけの大声で、吼えた。


「償うのも裁くのも、私だ!!」


 春の爽やかな風が西へと吹く。

 どうかこの怒りを、魔人の胸へ届けて欲しい。

 せいぜい震えて待ってろ。

 と、私が美しい大自然を前に仁王立ちし、主人公的な決めのシーンを演出しているところに。


「で、具体的にどうすんだよ、この後は」

「メエ?」

「ワオン!」


 軽螢、ヤギ、いつの間にか近寄っていた野良犬が揃って水を差した。

 やれやれ仕方がないなあ、こいつらはよォ。

 私がいないとなにもできないんだから~。

 乙さんから勝手に譲り受けた小刀を見つめ、私は話す。


「さすがの乙さんも……最期は本音を遺してくれたんだと、私は信じたい。姜さんや乙さんの思惑では、私や斗羅畏さんを殺すつもりまではなかった、足止めするくらいに収めたかったっていう、その言葉を」


 斗羅畏さんが難しい顔で私に疑問を投げる。


「仮にそれが真実だとして、それでどうなる? 現に俺たちを殺したいと思っている連中は、今も自然発生していることだろう。大方、お前や俺の首に賞金でもかけたヒマ人がいるのだろうな」

「私もそう思ってます。でも逆に考えて? 今の私たちにあえて友好的に近付いて、口八丁手八丁を使って、時間稼ぎをし始める人たちが現れたら?」


 はっと気付いた顔で、巌力さんが漏らした。


「そう言う連中こそ、除葛軍師の手が直接にかかっている勢力にござる」

「だよね。で、私たちがそいつらを逆に捕まえて制圧して、情報を吐かせたなら?」


 理解した斗羅畏さんが、結論をまとめる。


「除葛のやつが今どこでなにをしているのか、高い確率でわかるはずだ。俺たちを足止めしようとする連中は、成否いずれにしても除葛にそのことを報告しに行くはずだからな」

「ですよ! さあ一気に姜さんへの道が縮まったぞ! 私たちはこのまま、変に姿を隠さずに進み続けるしかない! エサは勝手に向こうから食いついてくる!」


 けれどその方針に、軽螢は暗い顔で不安要素を付け足す。


「でもさっきみたいに、本当に俺らを殺したいと思うやつらが、最初だけイイやつのフリをして近付いてくるかもしれねえじゃんか……」

「大丈夫だ、問題ない」


 斗羅畏さんが、兜の紐を締め直して、頼もしく言ってくれた。

 実に力技で、しかしスマートな解決策を。


「この先は見知らん連中に会ったら、片っ端からまずは制圧する。全員をふん縛ったてから、話を聞いてやればいい」


 直線的な合理主義者である彼は、まだるっこしいことが嫌いなのだ。


「単純にして完璧なお考え。それでこそ斗羅畏さんです」

「やはりお前、俺をバカにしているだろう」


 睨む斗羅畏さんと、目を逸らす私。

 同じタイミングで、フフッと二人して、少しだけ笑った。

 いつか、もっと心から笑えるように。

 さあ、怒りの進撃を始めるぞ。

 と、その前に。


「軽螢にも言っておかなきゃ」

「なんだよ」


 私はもう一つ、思いついたことを説明する。


「いつだかにさ、腿州たいしゅうのわらべ歌を軽螢が歌ってたじゃん。鮒を釣る男の子、兎を追う女の子、ってやつ」


 南部に伝わる、郷里の美しさ、郷愁を表現した歌唱である。

 ひょっとすると、あの歌が必要になる局面が来るかもしれない。

 少し汚い手段なので、余り使いたくはないのだけれどね。


「ああ、畑の先生に教わったやつな。それがどうかしたか?」

「その歌を、斗羅畏さんのお仲間たちにも教えてあげて欲しいんだよね。移動してる間、その時間は十分にあると思うし」

「別にいいけどよォ。なんの意味があるんだ?」

「あとで教えてあげる。目的が知られちゃうと、対抗策を姜さんに与えることになっちゃうかもしれないからさ。今は秘密」

「難しいこと言ってらァ」


 情報操作は戦いの基本なのだよ、軽螢くん。

 さて、全員が基本的な指針を確認共有した。

 

「乙さん。行って来るよ。終わったらちゃんと迎えに来るから待っててね」


 亡くなった人たちの弔いを一部の兵士さんに任せる。

 出発だというそのときに。


「馬のいななきが聞こえますな。一頭だけのようにござるが」


 巌力さんが言った。

 私たちが来た方向からだ。

 ならば敵ではないだろうと思うけれど、油断は禁物。

 斗羅畏さんが仲間に目配せして、警戒の体勢を取る。

 来訪者は道を塞ぐ土砂で一旦、立ち止まったようだ。

 見えない声の主は、愁嘆場に似合わぬとても明るい声で、元気良く言った。

 

「とらいーーーーーー! だいじょうぶかーーーーーー? ちのにおいが、たくさんするぞーーーーーーーー!!」

「こ、子ども?」


 私はいきなり驚かされた。

 なんでこんなところに、ちっちゃな少年が来るんだろ。

 可愛い感じの舌っ足らずな、いかにもわんぱく少年と言ったボーイソプラノが、山間の道に響いた。

 名を呼ばれた斗羅畏さんを見ると、あんぎゃ、とでも言いたそうに顔を歪め。


「わ、倭吽陀わんだ!? あの、バカ野郎が……!!」


 意外なほどに焦って駆けだし、土砂の脇を乗り越えて相手の少年を迎えに行った。

 いそいそと後を追いながら、私は老将さんに訊ねる。


「わんだくんって、誰です? この辺りに住んでる、白髪部はくはつぶの知り合いですか?」

「い、いや、白髪部のもんでは、ないんじゃが……」


 妙に歯切れが悪く、即答してもらえなかった。

 斗羅畏さんに会えて安心したのか。

 まだ見えない場所にいる倭吽陀少年は、素直に喜びの声を放つ。


「よかったーーー! とらい、ぶじだったんだなーーー! おれなー、とらいがあぶないんじゃないかって、なんかむずむずしてなー? ひっしでここまではしって、とちゅうのむらでさんかいも、うまをのりかえてなーー! おれより、うまのほうがさきに、へばっちゃってなーーー!!」

「あ、あ、あ、阿呆! 一人でお前、こんなところまで! 邸瑠魅てるみはどうしてる!?」

「かあちゃんはおいてきた! まだうまに、のれないしな! やっと、つえであるけるように、なったばっかりだからなー!」


 障害物を避けて、私も倭吽陀という子の顔を確認する。

 キラッキラと音が立ちそうなほど、大きく美しい瞳を持った、小麦肌の少年だ。

 小さな体に似合わない、大人でも持て余すほどの長さの大刀を、背中に紐でくくりつけていた。

 しかもなんか、聞き覚えのある、聞きたくもない名前が台詞の中に、ありましたね。


「邸瑠魅の、子ども、って……」


 私が二の句を継げないでいると。

 頭を押さえ、長く深いため息を吐いて、斗羅畏さんが教えてくれた。


覇聖鳳はせおと邸瑠魅の長男、倭吽陀だ。見ての通り、なにをしでかすかわからん、周りの大人の言うことも聞かん、困ったクソガキだ……」


 それ、父親とまるっきり同じじゃん。


「ってか、ちびっ子を連れて行ける戦いじゃないんだけど。どう考えても足手まといでしょ」


 私の発言を侮辱と捉えたのか、倭吽陀はギラッとこっちを睨み、ちっとも怖くない威嚇を始める。


「なんだてめー? どこのむらのもんだぁー? つまんねーかおしやがってー! しょうぶすっか、おーーー!?」

「か、顔のこと言うんじゃねー! このハナタレ坊主! 泣かすよ!?」


 大したものですよ、この私をここまでコケにしてくれるとは。

 まさか顔を見て十秒もかからず、いきなり分かり合えないとはね。

 覇聖鳳の遺伝子、強すぎ。

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