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三百話 決断、前進

 白髪部はくはつぶ蒼心部そうしんぶの領域、その境界線上にある邑。

 とりあえずは無事に到着した我らがチーム麗央那、ウィズとらい軍である。

 さてここで軍を二つに分けて、それぞれ北と南へ進む段取りになっているのだけれど。


「斥候が帰って来ない南側が気になる。なにかあったには違いないからな」


 リーダーの斗羅畏さんが、危険の可能性が高い南ルートに自分で行きたがってしまった。

 困った顔を浮かべ、近侍の若い兵が建言する。


「大将、俺たちが速駆けして様子を見て来るから、あんたはここで待っててくれ。次の行動を決めるのはその情報が入ってからでも……」

「そんな悠長なことを言ってる時間はない。これが除葛じょかつの仕掛けだとしたら、俺たちは先手を打たれていることになるんだぞ。ボヤっとしていて良い訳があるか」


 聞かん坊の御曹孫、その本領が発揮されていた。

 けれど今の斗羅畏さんには「そうしなければならない理由」をきちんと仲間に伝えるだけの分別が備わっている。

 無鉄砲に危ない橋を渡りたいわけではなく、自身の責任で事態を検分して判断しなければならないという意志を、固く持っているわけだ。

 頑固な人が理屈を身に付けてしまうと、周りにいる人は大変なんだけれどね。


「麗央那、俺たちはどうすんだよ」

「メェ?」


 この期に及んでもイマイチわかっていない雰囲気をバリバリに出しながら、軽螢けいけいが訊いてきた。

 流れとかノリで行動を決めちゃうフシが彼にはあるので、わたしゃ心配ですことよ。

 と胸に思いつつも、こう答える。


「早い段階できょうさんに会えそうなのは南側の戦線だからね。私はそっちに行きたいと思う」


 その見解を聞き、いつものようにどっしりとした落ち着きを保ったままの巌力がんりきさんが言った。


奴才ぬさいは麗どのの判断に任せまする。いざとなれば麗どのがどんなに強情を張ろうとも、生きて昂国こうこくへ連れ帰る所存にて、恨みなさるな」

「ありがとうございます。なし崩しなのにここまで付き合っていただいて」


 本来、巌力さんの役目は玉楊ぎょくようさんの身辺を見守りつつ、角州かくしゅう公のとくさんのお手伝いをする、と言ったもののはずだ。

 けれど私に対する護衛兼お目付け役として、玉楊さんに命じられて同行する運びになっている。

 気付けば長く複雑な腐れ縁になった、怪力自慢の元宦官さん。

 今までの思い出を懐かしむように、優しい目で彼は私の頭を撫で、言った。


「人は、意志の力でどのようなこともできる。そのことを奴才に教えてくれたのは、麗どの、あなたでござる。なにかが欠けていようと、力が足りなかろうと、想いの強さはそのすべてを覆すと……」

「やめてくださいよ、そんな死亡フラグみたいなことを今に言うの」

「はて、旗がどうかなされたか?」

「アハハ、気にしないでください」


 適当に笑って誤魔化し、私は斗羅畏さんの下へ寄って告げる。


「邪魔にならないようについていくつもりですけど、どうしてもというときは私たちを見捨てて、斗羅畏さんは斗羅畏さんの務めを果たしてください。こっちはなんとかしますので」

「勝手にしろ。どのみち、間者の女が逃げようとしたら俺たちが殺す」


 端的に答えて、斗羅畏さんは軍を分ける指示を仲間たちに飛ばした。

 視界の先に延びる道を真っ直ぐ進めば、白髪部はくはつぶの領域南端を通過し、赤目部せきもくぶのエリアに至る。

 昂国を抜け出して戌族じゅつぞくの地を荒らそうと姜さんが考えているなら、手始めにその地域の町や邑を襲って暴徒たちの景気付けをするはずだ。


「さあ、地獄の窯へ飛び込もうか」


 不思議と恐怖を感じない心境でそう呟く。

 私たちは斗羅畏さんに従って移動を始めた。

 暗い顔をしたままの乙さんは、なにも意見を挟んだりしない。

 けれど沈黙こそが、これから先に大きな障害が確実に存在することを如実に教えてくれた。

 果たしてそのトラブルは乙さんが事前に予期していたものなのか、そうでないのか。

 姜さんが仕掛けたことなのか、もしかするとそれ以外に未知の要素があるのか。

 まるでわからないけれど、なにかがあることだけは確信として感じるのだった。

 予想は当たり、本トラブルのお通しのような、些細なことに私たちは行き合うことになる。


「なにやら騒ぎが起こっているようでござるな」


 移動経路上で白髪部領内の大きな邑、東都に着いた。

 巌力さんが周囲を見渡して言う。

 この辺りは農業と牧畜を基盤として、住民が定住生活を行うスタイルのエリアだ。

 移動型住居であるテントは少なく、木や土で作られたシンプルな建物が多い。


「おお、斗羅畏さまに、昂のお国の若者たちではないか……元気そうでなによりだ」


 疲れた顔の邑長さんが近寄って来て、私たちに挨拶を述べる。


「久しぶりぃ。ところでなんかあったんか?」

「メエメェ」


 軽螢は前回の北方行脚でこの邑長さんとも顔馴染になっていた。

 そのため気軽に愛想を振りまいている。

 確か雷来らいらいおじいちゃんが、この邑で農業指導をして黍と蕎麦の畑を作ったという縁があったんだったかな。

 邑長さんは沈痛な感情を滲ませた顔で苦笑し、言った。


いくさが起こるという噂を聞いた赤目部の民が、大挙して我らの領内に押し寄せて来よった。見捨てるわけにもいかんからな。受け入れるにしても段取りをどうすればいいか、大都にいる突骨無とごんさまに使いを出したんだが、返事がまだ来んのだ」


 フムと斗羅畏さんは小さく吐き、言った。


「この邑だけで抱えきれる人数ではないだろうな。逃げて来た連中にしてみれば、自分たちの処遇がどうなるか、不安でわめいているというところか」

「まったくその通りで。親子家族がバラバラにならんようには、気を配ってやりたいとは思ってますがね」

 

 よく観察すると、中小の家財道具や衣類食料だけを馬に積み、まさにとるものもとりあえずと言った格好で慌てて逃げてきたような人が大勢いる。

 大部分が女性と子どもで、グループごとにぽつぽつとまとめ役のような老人たちがいる様子だ。


「他の男の人たちは、この集団を先に避難させて赤目部の土地に残ったんですか?」


 私の質問に、邑長さんが頷く。


「どうやらそのようだ。自分たちの邑を守るために残ったものと、突骨無さまのいる大都へ走ったものとがいるようだな。もちろん、そんなことを考えずに恐慌にかられて、どこへなりと逃げ去った連中もおるだろうよ」


 話を聞いてまとめた重鎮の老将さんが、斗羅畏さんに具申する。


「斥候が帰って来んのは、この先で避難民たちが起こした混乱に巻き込まれておるから、っちゅうことはありますまいか」

「そう考えるのが自然だな。ともあれ方針は変わらん。移動しながら状況を判断し、妨害があれば蹴散らすのみだ。日があるうちに少しでも距離を稼ぐぞ」


 白髪部東都の真ん中、斗羅畏さん率いる勇者たちが静かに馬を進める。

 モーセの逸話のように、群がっていた人波が道を空けるために二つに割れる。


「あ、あいつ、斗羅畏だよ……」

「除葛が来るってえのに、わざわざそこへ行くのかい。みんなが逃げちまった、あたしたちの邑に……」


 それまで弱く暗い顔をして、不平不満を騒いでいた避難民たち。

 彼ら彼女らの顔に、わずかながら明るみが差した。

 気が付くとほぼすべての人が、真剣な眼差しを斗羅畏さんに向けていた。

 斗羅畏さんならどんな困難を前にしても、仲間を、弱きものたちを見捨てないという信頼の籠った視線だった。


「あ、あんたたち! これ持って行っておくれ! 途中で食べてちょうだいよ!」


 一人のおばさまが馬列に走り寄って、手にしていた乾燥肉の束を押し付けた。

 それを皮切りにして、大勢の人が斗羅畏さんたちに駆け寄り、手にある僅かな物資を与え、声援を浴びせた。


「武器の貯蔵は十分か!? 矢ならあるから、もらってくれないか?」

「お前さん、首元が寒いだろう。これ巻いてあげるよ」

「わ、ワシはなんにもあげられるもんはないが、お前さんたちの無事を心から、神さんに祈り続けてるからなあ……それで勘弁してくれぇ」


 唐突に厚意の大渋滞に巻き込まれて、斗羅畏さんはすっかり気まずい顔を浮かべてしまった。


「わあ、あなたがあの斗羅畏サマ。背は高くないけど、素敵な殿方……」


 ちょっとちょっとお嬢さん、斗羅畏さんへ個人的な感情を向けるのは、マネージャーの私めを通していただけますかね?


「孫ちゃん、スゲエ人気だな。大した縁もない人らばっかりだろうに、こんなに期待されてるなんてさあ」

「メェ!」


 軽螢の言葉に、にやけてしまいそうになるのを必死でこらえて斗羅畏さんは返す。


「別に褒められたくてやっているわけではない。必要なことをしてるだけだ」

「でもこれだけ応援してくれてる人たちの想いを、無駄にするわけにはいきませんよね?」


 私がそう言うと、斗羅畏さんは冷静さを取り戻して真面目な顔に戻り、言った。


「当然だ。なによりこの、除葛の名を聞いただけで逃げ出した多くの民衆を見ていると……」


 ググゥっと力強く革手袋をはめた手を握り締めて、斗羅畏さんは笑う。


「不思議と、覇聖鳳と一騎打ちをしたあの日を思い出す。今の俺はあの日の愚かなガキとは違うことを、天に証明できるのではないかとな」


 巨大なおもちゃを与えられた幼子のように。

 美しいまでに純粋な昂揚感を胸に抱き、強敵との対決に震える斗羅畏さん。

 彼もちっぽけだった過去の自分を克服する機会を、今か今かと待ち望んでいたんだね。

 わかる、わかるぞぉ~。

 とテンション上げている私と対照的に。

 斜め後ろでは、斗羅畏さんを冷めた目で見ている乙さん。

 彼女に向けて、私は余計なひと言を述べる。


「私たちがいくら頑張っても、いくら過去の自分より成長できても、姜さんにはまるで問題じゃないって思ってるでしょ?」

「正直言えばその通りだね。あんたたちまだ若いんだから、今からでも考え直した方が良いとお姉さんは思うよ。その聞き分けがあればいいのにってずっと嘆いてるよ」


 そこに関しては本心だろう。

 自分も死にたくない、私のことも死なせたくないなら、すべて投げ出して撤退してしまうのが乙さんにとって最高の展開だから。

 けれど私は、今までいろいろ考えて続けてまとまりかけたものを、少しだけ言語化してみる。


「姜さんの強みは、相撲を取ろうと向かってきた相手に対して、落とし穴を掘るようなやり口を、躊躇わず実行できることです」

「言い得て妙だね。確かにあのモヤシは『落とし穴を掘るんは反則や、なんて聞いてなかったんや。先に言っといてくれな~』なんてことを平気で言うタマだよ」


 最悪にもほどがある。

 そんなやつどどのように勝負すればいいのかという話だ、けれど。


「なら私は、姜さんに相撲を取らせるため、落とし穴を掘らせないために、最大限努力して状況を整えるのが役目なのかなって思うんですよね。相手の土俵で戦うな、と私の故郷の訓戒にもありますので」

「ヤツを相手にそれができれば、誰も苦労しないでしょ……」


 呆れた風に言い捨てた乙さん。

 けれどその響きには、わずかな重さがあった。

 姜さんが「私の土俵」に引きずり出される未来を、彼女も想像したのだ。

 その想像はおそらく、途方もなくわけのわからないものだっただろう。

 私だって、なにがどうなるかわからなくて楽しみだ。

 斗羅畏さんの勇気が伝播したのか、私も早く姜さんに会いたくなってきちゃったな。

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