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二百九十九話 負わされた想いと定め

 勢い勇んで血を滾らせる兵子へごたちとともに、私たちも西へと出発した。

 白髪部はくはつぶとの境界の邑まで着いたら、斗羅畏とらいさんは軍を二分する予定だ。

 

「結局はあの邑、なし崩しに斗羅畏さんたち蒼心部そうしんぶの領域になったままなんですね」


 私の問いに無表情で斗羅畏さんは答えた。


「そうだな。特に文句を言われたこともない。突骨無とごんも他ごとで忙しかったのだろう」


 それでいいのか突骨無さんェ……。

 スピードを重視する関係から、巌力がんりきさん以外のチーム麗央那一行も、それぞれ騎馬の達者な兵士さんが駆る馬に二人乗りさせてもらった。


「振り落されんようにの、坊ちゃん!」

「うおおお速ぇー! すげー! ヒャッホーーーーぃ!」

「メメエエエエエーーッ!!」


 軽螢けいけいは馴染みの老将さんとタンデムし、巌力さんだけは巨馬で一頭駆け。

 軍団の中には女性兵士も少ないながら混じっていて、私と乙さんをそれぞれ背中に乗せながら、実に見事に駿馬を操っている。

 戦場に向かうと言ってもそこは女同士。

 集まって固まればおのずと楽しいおしゃべりが起きる。

 長い茶髪の女性が、後ろに乗る私に話しかけた。


「あなたのことを知ってるわ。これから行く境界の邑で、覇聖鳳はせおを襲った女の子でしょう?」


 懐かしい思い出を掘り起こされてしまい、ひそかに汗ばむ私。

 あまりギャルギャルしい話題ではなかった。


「いやはは、見られてましたか。お恥ずかしい限りで」

「凄い女の子たちがいるもんだって、みんな驚いてたわ。あたしたちももっと頑張ろうって、発奮して弓も馬も鍛え直したのよ」


 隣を走る兵士、乙さんを二人乗りさせている超短髪の女性も頷いて会話に混ざる。


「男に混ざって訓練してたら、斗羅畏さまがとうとう根負けしてさ。補助的な役割なら軍に入れてやるって言ってくれたの」

「そうそう。私たちだって戦えるんだから……これが初陣だけどね」


 彼女たちの話から推察するに、どうやら斗羅畏さんは女性兵士を採用することに消極的だったようだな。

 男は外で、女は内で、というクラシカルな固定観念を彼が持っているのだとしても、イメージ通りではある。

 現実は必ずしもその通りに運ばないので、自分のイデオロギーと他者の想いのギャップを、斗羅畏さんなりに擦り合わせている最中なのだろう。

 特に斗羅畏さんの勢力はまだ弱小と言える規模。

 せっかくのやる気ある人を除外するほど、贅沢を言っていられない状況のはずだ。

 頭領である以上は適切な人材発掘も重要な仕事。

 どこかには邸瑠魅てるみ緋瑠魅ひるみみたいな女傑が、まだまだ隠れているかもしれないもんね。

 くだらねぇと呟いて冷めたツラして話を聞いていた乙さんが、余計なひと言を挟む。


「やれやれ、死にたがりが多くて嫌になっちゃうよ。巻き添え食う前にあたしゃずらかるけど、悪く思わないでね」


 あえて無視。

 先ごろから私は乙さん相手に、静かな戦いを仕掛けているのだ。

 斗羅畏さんが闘いの行軍を往く最中、私は私で自分の闘いを繰り広げている。

 向こうからなにか質問して来たり、あるいは少しでも有益な話題を持ちかけて来たら聞く耳を持つつもりだけれど、それ以外は完全に黙殺するというものである。

 もっとも、私が黙っていても他二人の女性はそうではないわけで。


「あなた、除葛じょかつの子分なんですってね。私たちが危なくなったときは、まず真っ先にあなたを盾にするから覚悟しておきなさい」

「逃げようとしても無駄よ。狐より大きい獲物を逃がすほど弓の下手なマヌケは、ここにはいないんだから」


 ホンワカ空気なのに武闘派なお姉さんに、笑顔で睨まれた乙さん。

 けっとつまらなさそうに吐き捨てて、顔だけ横を向いた。

 けれど私は、次は乙さんの方から私に対して、なんらかの重大な情報がもたらされると信じている。

 このままだと乙さんも混乱の戦局に巻きこまれて、死んでしまうだけだからね。

 そこを打破するために、自由に動けない乙さんは暴力以外の「なにか」を振るう必要があるはずなのだ。

 現実的に考えて、それは私に対しての言葉の力以外には、あり得ない。

 女性兵士二人の興奮気味な世間話に相槌を打って、しばらく進んだときだった。


「央那ちゃんのお母さんは、どんな人さ」


 他愛ない話題の中に上手く混ぜ込むように、乙さんが訊いてきた。

 彼女の意図はわからないけれど、ここは適当に答えておこう。


「普通の勤め人ですよ。商社……環家かんけみたいな大店おおだなの商人のところで、帳簿係みたいなことをやってるはずです。今も転職してなければ」


 総務部経理課だったはずなので、嘘は吐いていない。

 原料比率だの損益分岐点だの各種税金だのという分野に関しては、お母さんはかなりのエキスパートだったはず。

 数学なら私より格段に強く、高校受験のために頑張っていた私の勉強くらいなら、ほぼ暗算だけで面倒を見てアドバイスをくれたほどだ。


「すごいね、お勉強ができるのはお母さん譲りなんだ」

「どうでしょう。環境が良かったというのは否定しませんけど」


 小さい頃から、勉強をしていて他人に邪魔をされた記憶というのが、私にはほぼない。

 それは私が好きなだけ勉強できる環境を、お母さんが常に用意してくれたということでもある。

 お母さんが勉強をたまに教えてくれたことより、好きにさせ続けてくれたことの方が、きっと結果としては大きいのだ。

 その恩を返すことができず、離れた土地でやっぱり好き勝手している自分。

 切なくなりながらも、乙さんに弱味を見せまいと私は平気な顔を取り繕う。

 けれどこのお喋りクソ姉ちゃんは、あり得ない爆弾を投下してきやがった。


「そんなに大事にされてたなら、きっとお母さんは仕事を辞めて央那ちゃんを探すために駆けずり回ってると思うよ」

「やめて。それ以上言ったらぶっ飛ばす。巌力さんに頼んで全身の骨をバラバラに外してもらうから。冗談で言ってるんじゃないからね」


 私がマジ切れしたので、乙さんだけでなく一緒にいる女性兵の二人も目を大きく見開いた。

 親は関係ねえだろ親は、よぉ?

 なにより、人には触れちゃいけねえ領域ってもんがあるんだ。

 玄霧げんむさんのように、私を本当に心配してくれて親のことを引き合いにするならまだ許せる。

 けれど、私を挫けさせるためだけに親だの故郷だのの話を持ちだす卑怯もんを、絶対に許すことはできない。

 お前たちの都合で私のテンションを上下させられると思うなよ。

 私の断固たる本気の怒りが伝わったのか。


「わかった。悪かったよ。もう言わない。央那ちゃんだって辛いんだもんね。怒らせたお詫びに、あたしから歩み寄ろう」


 両手を降参ポーズで軽く上げて目を閉じたのち、思い出しながらと言う風で乙さんは話し始めた。

 特に私たちの反応を期待していなさそうな、独り言のような述懐を。


「あたしが小さい頃、家族は尾州びしゅうのそこそこ名のある家に間借りさせてもらっててね。小間使いみたいなことをやって、なんとかぼちぼち人並みの暮らしをさせてもらってたんだ。父親は雑用ならなんでもしてたな。母親は小さい子の面倒を見たり、炊事洗濯をしたり。あたしは親の仕事を手伝いながら、屋敷の子どもと遊んでた……」


 遠い目をして語る乙さん。

 南西部の尾州は訛りが強い地域だ。

 すいさまのお世話をしている毛蘭さんも尾州の出身。

 言葉は標準だけれどイントネーションが他の人と違うな、と感じるときがある。

 けれど、乙さんからそれを感じないのは、スパイとして生きるために徹底的に矯正したからだろう。

 私と同じ馬に乗る長髪の女性が言った。


「良い暮らしぶりじゃないの。なんの不満があってこんなやくざな仕事をしてるのよ」

「続けられない事情があったのさ。十二年前の尾州でなにがあったか、北方に住んでるあんたたちだって知ってるだろ」


 言われて私たちは、無言で視線を合わせる。

 尾州大乱。

 こう王朝を打ち立てた皇族のりょう氏に対し、旧王族の除葛氏が結託して蜂起した大規模反乱だ。

 言葉を継げない私たちを置き去りにして、乙さんは続ける。


「あたしの住んでた町は、反乱に呼応しない裏切りものだ、日和見な勢力だって因縁を吹っ掛けられてね。隅から隅まで徹底的に焼かれちまった。目に着くものはありとあらゆるものが奪われた。金銀やお宝はもちろんのこと、子どもの着ている綿入れまで剥ぎ取られるような有様さ。あたしは無我夢中で逃げて、逃げて、逃げて……親も、一緒に育った屋敷の子たちも、なにもかも見捨てて……」


 乙さんの瞳に、涙はなかった。

 けれど、今までに計り知れないほど彼女は目筋を濡らし、出し切って、すっかり乾いてしまった顔をしていた。


「だからあたしは、家族を棄てた人でなしなのさ。呆然とどこかの山道を歩いてたら、反乱を平定しに来た除葛の軍に拾われたんだ。そんでいつの間にかこんな仕事をする羽目になってるってわけ」


 途中がずいぶんと端折られた気がするけれど。

 ああ、乙さんは私と同じなのだ。

 なにもかも奪われ、焼かれ、殺し尽くされて、家にも帰れない傷だらけの女。

 私もいつかきっと、彼女と同じように涙が枯れる日が来てしまうのだ。

 押し黙る私に、乙さんは優しい顔になってこう伝えた。


「だからあたしは、央那ちゃんに死んで欲しくないんだよ。あんたを待ってる人がどうのって話は、もうしない。でもね、あたしはあんたに、生きて笑って欲しいし、いつかきっと家にも帰って欲しいって思ってるんだよ。死人同然で生き続けてるあたしの代わりにね」


 必死に涙をこらえる私。

 乙さんの言っていることは、スパイお得意の作り話かもしれない。

 けれどたとえ嘘であったとしても、私は彼女の言葉を受け止めなければいけないし、そうしたいと思う。

 周りで聞いている騎馬の兵士たちも、揃って穏やかな同情の顔を浮かべていた。


「総員停まれーッ!」


 ものも言えずしんみりしていると、いつの間にか境界の邑へと到着したのを斗羅畏さんの号令で知る。

 一旦ここで情報を整理して、問題がないようなら当初の予定通りに、南北の経路で軍団を分ける手はずになっている。

 確か斥候に出た兵隊さんの一部が、ここで斗羅畏さんと落ち合って情報を与えてくれるはずだけれど。


「南に出した斥候から、反応がないな」


 短く、しかし渋面を作って斗羅畏さんがこぼした。

 折り返してこの邑に来ているはずの兵士が、姿を見せていない。

 最悪の状況を想定するのなら。


「もうすでに白髪部の領域、その南側に姜さんの反乱軍が浸透している……?」


 どうかそうであってくれるなと願いながら、私は小声で呟いた。

 決戦は、思ったよりも近いのかもしれない。


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