人形をアイシタ
[人形をアイシタ]
僕は昔から好きな人ができなかった。
たまに女の子に告られても、『好きだな』なんて感情は一切出てこない。
そんな僕に愛すべき存在ができたんだ!
並ぶガラスのショーケース。
その中にはキラキラと光る腕時計やクラスの男子が好きそうなボールや玩具が売っていた。
だけど僕には色褪せて見える。
価値がないもののように見える。
僕は何一つとしてピンとくるものがなかった。
なんだろう? 欲しくないのか、興味がないのか。わかることは心が惹かれないその事実だけだった。
そのどこまで続くかわからないショーケース。
スタスタと止まることなく歩いていた足があるショーケースの前で止まった。
気づいたらガラス越しにある美しい物から目が離せなくなっていた。
そこだけ魔法がかけられたかのように光り、色付いていたのだ。
その目線の先には可愛らしい服をきたお人形。ふわふわの髪の毛に透き通るかのような青い瞳。白い花柄があしらわれてるドレス。
小さくでも繊細な作りの西洋人形から目が離せなくなった。
僕は初恋を人形に奪われた。
その不変的な美しさに。
母親も父親も僕が何かに興味を持ったことが初めてに近かったので、何も言わずに買ってくれた。
今思うと相当値がはるものだ。よく僕の両親は買ってくれたと思う。
僕は何をするにもその人形を持ち運んだ。
ご飯も勉強も勿論お出かけにも。
僕はその人形に『ディアラ』と名前をつけた。
だけど別れは唐突にやってくる。
それは数年後のクリスマスイブだった。
暗い空には赤い炎が燃えたきり、空を一瞬で赤色に染め上げた。
パチパチとなる火の粉がドラマのように僕の目の前に落ちる。
僕の家は燃えた。
放火魔に着火され、気づいたときには火の住処となっていて、僕らは追い出された。
いきなり来た恐怖に、絶望に……。
不幸中の幸いか僕の家族は全員外に出ることができた。
だけど一つ足りなかった。
僕の手にはいつも一緒にいた子が居なかった。
僕は人形を家の中に置いてきてしまったのだ。
昔の僕なら家の中に特攻してただろう。だけど僕はそれをしなかった。理由は簡単、絶望には勝てなかった。
冷静に物事を考えられるようになった頭は僕の感情とは裏腹に正確な情報を導き出した。絶望で足が動かず、視界は点滅する。
あぁ、愛した人形はもう居ないんだね。
炎の中に消えていったんだね。
人形と過ごした日々はとても楽しかった。異常だと言われても僕は楽しかった。
一緒に行った旅行に映画。どれも人形と居るその事実だけで楽しかった。
初めて会った時の高揚感は忘れられない。
キラキラと光る世界を初めて見せてくれた人形はもう居ない。
あの心の欠けた部分を埋めてくれた人形はもう……、燃えてしまった。
〈数年後〉
僕は結婚式を挙げた。
よく晴れた日だった。
咲いたばかりの桜がパラパラと散り、僕の門出を祝ってくれているように美しく散る。
勿論人間の女性と結婚する。
あの絶望から救い出してくれた女性だ。
あの状況で僕を救えた唯一の女性だ。
白いドレスを見に纏いキラキラと笑う彼女はとても幸せそうだ。
太陽のような笑顔に、純白のウエディングドレスはとても輝いていた。僕のデザインした花のドレスはとても彼女に似合っている。
どこを切り取っても美しいまるで人形のようだ。
ふわふわの髪の毛に透き通るかのような青い瞳。西洋人形のような美しい顔立ちに身体。
それはまるであの炎に焼かれた人形のような顔。
貴方のその美しい顔立ちを僕のアイシタ人形に近い貴方の存在を……、
『僕は愛すと誓います』
あぁ、なんて素晴らしい日なんだ!