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ヲ嬢様と完璧従者の華麗なる日常 〜金と気品とボケと胃痛と〜  作者: 清士朗
第一章 新年度にはチーター討伐を

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7 売国奴と暴"レンボー"

 「陽毬さん、今日は放課後はお忙しかったのかしら。お顔を出してくださりませんでしたね」


「クラス委員を決めるとおっしゃってましたからね。残念ながら長引いてしまったのでしょう」


 部活を終え、帰り支度を整えた四人は棟のエントランスへ向かっていた。

 結局、陽毬は姿を見せなかった。


「でも陽毬さんがいないだけで、こんなに勝率が下がるなんてぇ。

 レシュリアがいかにポンコツか、身に染みたわぁ」


「貴女ねぇ、ここぞとばかりに人の失敗をネチネチと!!」


「事実を述べただけよぉ」


 そんな軽口を叩きながら歩いていたそのとき――。


 綾が突然、足を止めた。

 視線の先、学内掲示板の前で女子生徒たちが何かを貼り付けていた。

 周囲をキョロキョロとうかがいながら、明らかに挙動不審だ。


「……綾? どうしたのぉ?」


「ああ、申し訳ありませんお嬢様。少々、気になるものが」


 怪しいグループは、ほどなくして足早に去っていった。

 四人はそっと掲示板に近づく。


 そこにあったのは——


 《竪堀陽毬は売国奴の娘。父親は大陸に技術漏洩をしている国賊》


 乱暴なフォントで、真っ赤なまるで血のような文字が大きく書かれたポスター。


 その瞬間、レシュリアの表情が怒りで硬直した。


「ど、どういうことですの……!? こんな嘘八百を並べて!!」


 文香が目を細め、すぐに冷静な声で補足する。


「確かぁ、竪堀グループは最近、大陸のゲーム会社と技術提携を結んだはずよねぇ」


「肯定ですお嬢様。先週月曜の記事です」


 綾は素早くタブレットを操作し、ニュースページを開いて見せた。

 そこには“提携発表”とあるだけで、“流出”の文字はどこにもない。


「源道寺グループでも少し調べたけどぉ、漏洩なんて証拠はないわ。

 公安も動いてないしぃ。これ、完全にデマねぇ」


「じゃあ、どうして……こんなことを……!」


 レシュリアの握る拳が震える。


「……妬み。ではないかと」


 静かに答えたのは綾だった。

 唯一、庶民出身の彼女の言葉には重みがある。


「陽毬様は、つい最近まで一般家庭の方です。

 それが急に、文香様とレシュリア様と親しくなれば……ひがむ者、妬む者が出るのはあまり不自然な事ではないかと」


「そんな……じゃあ、これ、私達のせいですの……!?」


 レシュリアが唇を噛む。


 その時だった。それぞれのスマホが音を立てて震える。

 娯楽遊戯俱楽部のグループに宛てられた陽毬からのメッセージだった。


《今日は部活に行けなくてごめんなさい。急ですが、風邪を引いてしまったのでしばらくは参加できません》


「本当に風邪、かしら……」


 そう含みを持った文香の言葉。即座にレシュリアはスマホから顔を上げた。


「要!! 至急校内を見回って、同じものがあったら、すべて剥がしなさい!!


「仰せのままに」


「綾ぁ、あなたも行きなさい。もし貼っている者を見つけたら、私とレシュリアの前に引きずってきなさい」


「……御意」


 二手に分かれて駆け出す二人の従者。

 残ったレシュリアは、張り紙を前にただ立ち尽くした。


「……私たちのせいなんて、なんてことを、ただお友達なだけなのに」


「今は陽毬さんが、この紙を見ないでくれていることを祈るしかないわねぇ……」


 文香の声は、いつになく静かだった。



 ***



 ——しかし、その願いは届かなかった。


 放課後、教室を出た陽毬は、掲示板の前で足を止めた。

 視界の端に映った自分の名前。

 最初は信じられなかった。


「……なに、これ」


 絞り出した声。

 目の前の紙に書かれた事実無根。溢れ出る悪意が呼吸の仕方を忘れさせる。


 遠くでクスクスと笑う声。


 震える手で掲示板から剥がす。

 なぜ、どうしてこんなことを書かれるのかもわからない。

 ただ、胸の奥がじんじんと痛んだ。


(お父さんは……悪いことなんて、してないのに)


 人の気配に怯えながら、陽毬はポスターを胸に抱えたまま逃げるように家路を急ぐ。



 ***



 家に着くと、飛び込むように自室に行く。母親が何か言っていたが、よく聞こえなった。

 自室のドアに鍵をかける。とにかく今は一人になりたかった。  


 陽毬の部屋には、静寂だけが満ちていた。


 ポスターは持って帰ってきてしまった。どこかのごみ箱に捨てようかと思ったが、万が一変な記者に拾われたら。それが怖くて捨てられなかった。


 蛍光灯の白い光に照らされて、赤い文字がいやに生々しく浮かび上がる。


「……どうして、こんなことに」


 呟いた声は、すぐに涙に濡れた。

 あんなに楽しかった昼休みの光景が、もう遠い昔のことのように思える。


 胸の奥が、ぐしゃりと押しつぶされた。


「……やっぱり、私は住む世界がちがうんだ」


 陽毬は両腕を机の上に投げ出し、顔を埋めた。

 堪えていた涙が、ぽとぽとと紙の上に落ちる。

 “売国奴”の文字がじわりと滲み、形を失っていく。


 その滲んだ赤が、まるで彼女の心そのもののように、静かに広がっていった。 



 ***



 ——一時間後。


 要と綾は、学園中の掲示板を巡回していた。

 貼られていたものも、すべて剥がし終わる。

 残ったのは丸めたポスターの山だけ。


「……これでおそらく最後です」


「男子棟の方は姉さんたちが一応巡回してますし、そちらは教師陣に任せましょう。これ以上、手のかかるお嬢様方を野放しにする方が危険ですし」


 要が額の汗をぬぐいながら苦笑すると、綾も同意の頷きを返した。


「有栖さんに報告は?」


「もちろんしました。ですが陽毬さんの担任も含めて、教職員で完全に鎮静化するのは無理だろうと」


 雅山学園の教師達は皆一応に優秀な者たちだ。


 能力至上主義であるため、出自は問わず採用しているが、その都合上、教師と生徒間での力関係が非常にややこしい。


 富士有栖のように家柄も能力も十分という教師もいれば、能力で見いだされた一般家庭出身の教師もいる。


「——所詮、教師と生徒なんてただの肩書。権力の前では無力ですね」

 

 綾の言葉に要は静かにうなずいた。

 その時、要のスマホが音を立てて震える。取り出して確認すると、富士宮家の従者長からだった。


「はい。富士です。はい……はぁ……はいいいいいい⁈ わかりました。すぐ行きます……」


 話し終えると要は肩を落とす。


「何かあったんですか?」


 綾が心配そうに顔を覗くが、要の瞳に生気がなく、顔色は青白かった。


「レシュリア様が……戦争を始める気らしいです……」



 ***



 慌てて富士宮邸へ戻る要。到着すると、庭はまるで前線基地のようになっていた。重ねられた武器箱、厳重なケースに収められたロケットランチャー、新品の軍用車両に、奥には地対空用らしきミサイルシステムまで見える。


「お嬢様!! おやめください!! こんなことがご当主様にしれたら終わりですよ!!」


 この騒動の根源——レシュリアは迷彩服を着込み、もがきながら暴れていた。それをメイドたちが必死に押さえつけている。


「何も終わっちゃいませんわ!! 私は友のために、撃鉄をおこさなければなりませんの!!」


 ガルルルとうなりを上げながらのたうち回るレシュリアにめまいと胃痛を覚える要。それを見つけたレシュリアが声を荒げる。


「要!! ようやく来ましたのね!! 横須賀から取り寄せましたわ!! さあ、行きますわよ!!」


 いやどこにだ。あまりにも呆れて声に出してツッコミをいれることが出来ない。倒れそうになったところを誰かに支えられた。綾だった。


「あらあらぁ。相変わらず頭いってるわねぇ」


 要の後ろから、文香が顔をのぞかせる。


「文香っ! 丁度いいですわ。あなたはそこの機関銃を担ぎなさい! 陽毬さんを苦しめる相手に鉛の雨を降らすのですわ!」


「レシュリア。落ち着きなさいよぉ。そもそも相手の特定はできてるの?」


 その言葉に世界が止まった。レシュリアがむくりと起き上がり、あたりをぐるりと見渡す。


「相手はどこの誰ですの?」


 要が短くうめき声を上げて倒れた。



 ***



「要っ! 掲示板にあれを貼っていた怪しい集団の正体を今すぐ突き止めなさい!」


「難しいですね」


「なぜですのっ!?」


「証拠が少なすぎます。擁護にはなりませんが、貼っていた人たちも誰かに脅されただけの可能性があります」


「ならもう諸悪の根源をでっち上げなさい!」


「……それは犯罪の香りがしますね」


 怒りで空回るレシュリア。それを見て、文香が肩をすくめる。


「ねぇ、もう少し頭を使いなさいなぁ? 特定できる証拠がない以上、犯人はいまのところ見当がつかない。

 でもね、綾の言うように“陽毬さんを妬む連中”なら、私たちが陽毬さんを全力で構えば——また動くはずよ」


「なるほど……つまり、私たちが陽毬をべらぼうに構っておびき出すのですね!」


「……まあ“べらぼう”まではいかなくていいけど。

 まあ、一番手っ取り早くて、効果的な手があるわ。それは陽毬さんを私たちのクラスに転籍させることよ」

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