表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヲ嬢様と完璧従者の華麗なる日常 〜金と気品とボケと胃痛と〜  作者: 清士朗
第一章 新年度にはチーター討伐を

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/28

6 カフェテリアでは後光に注意してください

 気持ちのいい勝利の翌日。場所は昼時の女子棟カフェテリア。


 陽毬はキョロキョロと人を探しながらカフェテリア内を歩いていた。


 耳をすませばクラシックの繊細な音が聞こえ、超一流のシェフとプロのウエイターがもてなす、貴族の社交場——のはずだが、陽毬にとっては苦行の時間だった。


 入学以来、ランチタイムは毎日が胃痛との戦い。

 親しんだファミレスとは違い、料理もサービスも未知の領域。なんなら緊張で吐き気がする。


 メニューに並ぶ名前はまるで呪文で、ウエイターに『何を召し上がりますか?』と聞かれても『今日のおすすめでお願いします』としか言えなかった。


 いつもの日当たりの悪い席を狙って座っていたのだが、今日に限っては違う。


 ——お誘いが来ていたのだ。


 《ランチをご一緒しましょぉ》

 《この席でまってますわ》


 二人のお嬢様から届いたメッセージ。

 陽毬は漫画で見た“不良に校舎裏に呼び出される"気持ちを、今まさに体感していた。


 カフェテリアの窓際中央。

 一番日当たりのいい特等席に、約束していた二人がいた。


(なに……あれ……)


 誇張抜きで後光がさしている。

 その背後には完璧に佇む従者二人——要と綾。


 まるで絵画だ。いや、あれはもう宗教画の域だ。


 足がすくむ。

 人は神聖なものを見ると本能的に距離を取りたくなる。


 ——だが、無情にも要と目が合ってしまった。


 素晴らしきお金の力で、カフェテリアにも要は特例として付き添う事が許されている。


 あたり一面、女子一色の中、一人だけ佇む要。

 そして陽毬に向かって穏やかな微笑み。にこりとした瞬間、周囲の女子たちから割れんばかりの黄色い悲鳴があがる。


(あの人、自分の顔面がチートだって自覚してるのかな……)


 そんな事を思っていると、要がゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。


「お待ちしていました。さあ、こちらへどうぞ」


 差し出された手。

 緊張で固まった体が動かない。

 要がふっと笑い、そっとその手を引いた。


 ——なぜだろうか。


 氷が溶けるように、自然と体が動き出した。

 これが一流のエスコートというやつか。


「あ、来たわねぇ陽毬さぁん」


「もう、はやく……肉を……あと白米をください、ですわ……」


 案内された席には、にこにこと上機嫌な文香と、もはや餓死寸前のレシュリアがいた。


「お待たせしました、先輩方」


「いえいえ、お気になさらず。レシュリア様なんて午前の授業終わるや否やダッシュしてきたんですよ。むしろ陽毬のほうが時間通りです」


 そう言うと要が流れるような手つきでレモン水とお茶を用意し、綾が素早く、しかし丁寧にカトラリーを並べる。

 それだけでホテルのコース料理のような雰囲気が漂う。


「あ、でも……ダッシュしないと席が埋まるんですね。そこは普通の学校と同じなんだ」


「この席は“娯楽遊戯倶楽部”専用よぉ」


 文香が、こともなげに言った。


「そ、その……本当にご一緒しても大丈夫なんでしょうか……?」


 陽毬の声が震える。背中に突き刺さる羨望と嫉妬の視線が痛い。


「そんなもの気にしないでくださいまし! 要ぇ、焼肉定食、野菜抜きお肉マシマシ白米ドカ盛りで、お味噌汁はぬるめを早く! 」


「……注文がわがままだし、まるで弾幕ですね」


 乾いた笑いの陽毬。要はいつもの事ですと言いたげな顔で肩をすくめる。


「綾ぁ、陽毬さんが不慣れでしょうから、完璧にサポートして差し上げなさい。

 要様ぁ、文香は、要様がハートを書いてくださったオムライスと、要様がフーフーしてくださったコーンスープが欲しいですぅ♡」


「文香先輩も文香先輩で……オプションがすごいといいますか、ぶれないですね……」


「はいはいオムライスとコーンスープですね。要君、このアホ――失礼、文香様の言うことは無視してください。

 陽毬様は何を召し上がりますか?」


 ——何を召し上がりますか?


 綾の言葉で、陽毬の体がビクンと跳ねた。

 意図せず吐き気がこみ上げる。これは不安と少しの恐怖だ。

 要がスッとメニューを差し出し、優しく耳元で囁いた。


「もし迷っておいででしたら、パンケーキはいかがでしょう。

 クリームは甘すぎず、いちごもたくさん乗っています。

 お任せいただけるなら、それに合う紅茶もご用意しますよ」


「え……要先輩! なんで私がイチゴ好きなの……!」


 声が大きくなり、周囲がざわつく。視線が陽毬に集中する。

 要が静かに人差し指を唇に当て、「シー」と優しく制する。


「以前、身につけていたヘアゴム。

 いちごのモチーフが、とても可愛らしく似合っていましたから……覚えていました」


 陽毬の顔が真っ赤になった。



 ***



 肉、白米、肉、肉、白米。時々味噌汁。それはもはや食事というより戦闘であった。


 掻き込むようにステーキを食らうレシュリアを、陽毬はただ呆然と見つめていた。


 ナイフとフォークを使っているはずなのに、動きが完全に丼を掻き込んでいる。

 目にも止まらぬ速さで肉を切り、口に運び、飲み込む。

 だがテーブルには米粒はおろか、ソース一滴すら飛ばさない。


 洗練された動き。こんなに素早く正確な動きが出来るならなぜゲームはあそこまでお粗末なのか。それがわからない。


「レシュリアぁ、あなたもう少しゆっくり食べなさいよぉ。

 そんなんだから胸じゃなくお腹が大きくなるのよぉ」


「お黙りなさい文香! あなたこそなんですの、要に筆記体で『I LOVE YOU』なんて書かせて! ケチャップでどうやればそんな美しい筆記体が書けますの!」


「決まってるじゃない、文香と要様の愛が真実だからよぉ」


「答えになってませんわよ! 綾、構いませんわ! この脳内お花畑をトマトのように握りつぶしなさい!」


「……かしこまりました」


「綾の主は私でしょお!!」


 そんなやりとりを見ていると、先ほどまでの緊張はどこかにいなくなっていた。

 いちごのパンケーキを一口運ぶ。


「……美味しい」


 もし今日も一人だったら。同じものを食べたとしてもきっと味がわからなかっただろう。


 誰かと一緒に食べるお昼ごはん。

 それだけで、少しだけ嬉しい。

 陽毬は口元にクリームをつけたまま、ほのかに笑みを浮かべた。そして再びパンケーキを運ぶ。


「そういえば、先輩方。今日の放課後、クラス委員を決めることになってて……

 だから部活に行くの、遅れるかもしれません」


「あぁ、普通のクラスはそういうのあるんだったわねぇ」


 文香が紅茶をくるくる回しながら答える。


「え? じゃあ先輩方のクラスでは決めないんですか?」


「あら? 言ってませんでした? 私たちは特別学級なんですの。

 本棟の一角にある、選ばれし“天才”たちのクラスですわ」


「“天災”の間違いでは? 主にレシュリア様が」


 要の冷静なツッコミが刺さる。


「まぁ、要するに普通のクラスとは違うんですの。

 授業は全部、要のお姉さまが教えてくださって――」


「で、レシュリア以外は基本的に自習なのよぉ」


「ちょ、ちょっと文香! そんな嘘を吹き込むのはおやめなさい!!」


「嘘じゃないでしょぉ? この前だってあなた一人だけ小テストで赤点とっていたじゃない」


「あれはまだ習っていない範囲でしたわ!!」


「レシュリア様、あれは一年生の範囲でしたよ。しかも、レシュリア様だけ」


 要の言葉に、拳を握りしめて叫ぶレシュリア。

 カフェテリア中の視線が集まる。

 陽毬は思わず顔を伏せた。


「……(目立つ……超目立つ……!)」


「レシュリア様、叫ぶときはせめて食堂の外でお願いします。我々が恥ずかしいので」


「要はどちらの味方なの!?」


「常識のある方の味方かと」


「なら私の味方であるはずでしょう!!」


「レシュリアぁ、あなたの常識は世界の非常識よぉ」


 文香がジト目でレシュリアを見る。そしてぽつりと呟く。


「そうよ、どうせおバカさんのせいでほぼ自習なら、陽毬さんもうちのクラスにいらっしゃいよぉ」


「あら文香、そんな自分を卑下なさらないで。あなたはそこまでおバカではありませんわ」


「……この発言で、誰が真のバカか証明されたわねぇ」


 ——会話がカオスすぎて、陽毬の脳が追いつかない。


 でも、笑ってしまう。

 こんな賑やかなお昼なんて、ずっとなかったから。


 要がこちらを見て微笑んだ。


「陽毬。せっかくのお食事が冷めてしまいますよ」


「あっ、はいっ!」



 ***



 放課後。

 女子棟一年A組の教室では、クラス委員を決める話し合いが行われていた。


「じゃあ、立候補したい人。いらっしゃいますか?」


 クラスメイトの声。

 誰も手を挙げない沈黙。

 陽毬ももちろん挙げなかった。


 やがて——


「ねえ、こういうのってさ。誰かに取り入るのが上手い、下品な人がすればいいんじゃないかしら」


 唐突に、後ろの席から声が飛んだ。

 周囲がざわりとする。


「竪堀さんもそう思わない? 今日レシュリア様達と一緒にランチしてたって聞いたんだけど」


「しかも文香様も一緒だったらしいわよ?」


「えー、私達なんてそもそも話した事ないのに、すごーい」


 笑っていない笑い声が響く。


「どうやってあの人たちと知り合ったの?」


「靴でも舐めたんじゃない?」


「ち、違います!! そんなこと——」


 必死に否定するが、誰も聞いていない。

 数人の女子がわざとらしく口元を押さえて笑う。


 教師がなんとか委員の件に話を戻そうと試みるが、会話はコントロールができず中傷は止まらない。


「それとさ、成り上がりのくせに要様にエスコートされるとか、信じらんないんだけど」


「本当ね。運がいいのか、それとも図々しいのか」


「ところで、皆さんお待ちになって"庶民"なんかを我々のクラス委員にするなんて、この上ない不愉快だと思いませんこと?」


 陽毬の喉がひゅっと鳴る。

 胸の奥が冷たくなる。

 心臓の鼓動だけが、やけに大きく響いた。


(——ああ、そうか。これが、“正しい世界”なんだ)


 私はどこかで浮かれて、勘違いしていた。

 陽毬はそう思い、俯いたまま、唇を噛みしめる。


 気付いたらクラス委員の話を再開していたが、もう耳には入らなかった。


 笑い声だけが、遠くの海鳴りのように響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ