4 エイムは筋肉でわからせろ!! あ、評価はもっと頑張りましょうです
その夜。
夕食を終えると、レシュリアはいつものように自室へ引きこもった。
扉を閉めると同時にPCの電源を入れ、ログイン——まではいつも通り。
だがそのまま椅子には座らず、部屋の隅へ向かう。
そこには、絹のカーテンにも似つかわしくない無骨な鉄の塊。
ダンベルラックとトレーニングチェアが鎮座していた。
レシュリアはチェアに腰を下ろし、真剣な顔で一冊の本を開く。
タイトルは——
『筋肉でわからせろ! サルでもできる撃ち合いマニュアル』
「……こ、これは……!」
ページをめくるたび、レシュリアの瞳がぎらりと輝く。
「なるほど! リコイルコントロールで大切なのは……
屈強な上腕二頭筋と、仕上がった上腕三頭筋なのですね!」
「……どう考えても違うと思いますよ」
「ひゃっ!? か、要!? いつの間に!?」
突然の声に、レシュリアはダンベルを取り落としそうになった。
「……お嬢様。その本はどこから手に入れたんですか」
「ネットで“リコイル制御のおすすめ教本”って紹介されてましたの!
見てくださいな、“筋肉で勝つ! 反動は心の弱さが生む幻覚だ!”ですって! 素晴らしい理念ですわ!」
「……レシュリア様。そこまでバカではないと思いますが、ちゃんとゲームのリコイルって前提で調べました?」
「ふふ、要。貴方もこの神著作をお読みなさい。ためになる筋トレ方法、
バランスの取れた食事レシピ、健康的な体づくりのコツまで……
おまけに“戦場での振る舞い方”や“捕虜になったときの心得”まで——って、あれ? ゲームの話どこにいきましたの?」
ページをめくる指が止まる。レシュリアの眉間に皺が寄る。
「……この本、某国軍の新兵マニュアルですわね?」
「はい。しかも“機密資料・部外持ち出し禁止”って、割とガチの書体で印字されてますけど」
レシュリアの顔が引きつり、手が震え始めた。
「はぁ……内々で処理しておきます」
要は無言で本を取り上げる。
続いて、いつものように暖かいミルクを窓際に用意する。
震える体を落ち着かせるように、レシュリアはカップを手に取り、一口。
やがてほっと息をつき——
「……毎日飲んでいるのに、大きくなりませんわ」
恨めしそうに自分の胸元へ視線を落とすレシュリア。
「そう、です、か……それより、このトレーニング器具、いつの間に用意したんです?」
要は息を少しだけ乱しながら、おそらく不要になるであろうダンベルを部屋の外へ運び出している。
鉄が触れ合う音が小さく響く。
またお金の無駄使いを咎められると思ったレシュリアが、あからさまに話題を変えた。
「そ、そういえば……新年度からお友達も増えましたし、今年も楽しい一年になりそうですわね!!」
要は手を止めず、淡々と答える。
「そうですね。陽毬は優しいですし、常識があります。
それに……ツッコミが増えるのは正直助かります……」
「そういえばあなた……いくら癖とはいえ、陽毬さんにまで従者のような態度を取るのは——」
「え? なんです?」
言いかけた言葉が、喉で止まった。
“やめなさい”——
その一言が、なぜか出てこない。
要は学園において、従者として登録されている。つまり誰が主人であるかはさておき、他のお嬢様に対して、たとえば陽毬に対してかしずくような仕草をしても、それは“身分上当然”のこと。
けれど——
胸の奥が少しだけ、ざわついた。
理由もわからないまま、レシュリアはミルクのカップをぎゅっと握りしめた。
(……なんですの、この気持ち)
窓の外では、春の夜風がカーテンをふわりと揺らしていた。
***
「お、お疲れ様です……」
昨日と同様に少しばかりビクビクしながら部室に入ってきた陽毬。それに気付いたレシュリアと文香が「待ってました」と招き入れる。
「今日もよろしくお願いしますね陽毬様」
要がそう微笑むと、陽毬の顔が茹蛸のように真っ赤になる。そして下を向く。
「おや、授業終わりでお疲れですか?」
「え、えーと……そう言うわけじゃなくて……そのお」
(((……言わんとしてる事はわかる)))
陽毬のその反応に、他女子三人が同じ事を考えていた。
「そ、その要先輩」
「はい、なんでしょうか陽毬様」
なんて眩しい。と陽毬は顔を背けたくなるが、声をなんとか絞り出す。
「その、出来たら"様"は避けて頂けると。うちはお手伝いさんがたまに来てくれるだけで、従者の方と言いますか、執事さんやメイドさんがいないので、様付けに本当に慣れていなくて。
もういっそ呼び捨てにしてもらった方が、私は歳下でもありますし、気が楽と言いますか……」
「ああ、なるほど。それは確かに配慮が足りませんでした。でしたら……陽毬。これでいかがですか?」
「ふぐうっ!!」
陽毬は変な声をあげる。これはこれで破壊力がある。いや、むしろこちらの方が……
「大変な失礼を。これでは、やはりいけませんよね……」
陽毬の変な声を拒絶と捉えた要が謝罪をするが、それを陽毬は慌てて否定する。
「いえいえいえいえ! これがいいです、そうですこれでお願いします! 様付けより全然楽です!」
「はあ。それがご希望でしたら、そのように」
いまいち陽毬の反応に納得はしていないが、これ以上踏み込むのは野暮だろうと要は思って話を切り上げる。一連のやりとりを見ていた他の三人。
(((……無自覚タラシめ)))
***
「皆さん、VCの状態は大丈夫ですか? ゲームとの音量バランスとか注意してくださいね」
ゲームの裏で立ち上げたVCアプリから、陽毬の声が各々のヘッドセットにゲーム音とともに届けられる。
娯楽遊戯倶楽部に陽毬が加わり。大会に向けたトレーニングが本格的にスタートした。
「まずチームデスマッチを一戦、その後、今回大会ルールに採用されているキャプチャーゾーンを二戦プレイしてみましょう」
計三試合。すべての試合は画面録画を行い、後でじっくり見返せるようにした。
試合後、小休憩を挟み、部室に備え付けのプロジェクターから映し出された映像を囲みながら、陽毬がみんなのプレイを評価する。
全員が年上ということもあり、陽毬はやや緊張気味。
だがレシュリアがニコッと笑って言う。
「遠慮はいりませんわ。思ったことはどんどん仰ってくださいまし」
「え、ええと……じゃ、じゃあ……まずは要先輩と文香先輩から……」
ゴホンと前置き、陽毬はまるで授業の発表会かのように姿勢を正して話し始めた。
「お二人とも、とてもお上手でした。武器の特性をきちんと理解していて、操作にもあまり無駄がありません。
大会も近いですし、下手にプレイスタイルを変えるより、お二人は今のまま参加したほうがいいと思います」
素直な賛辞に、文香は嬉しそうに胸を張り、要も軽く頷く。
実際、文香はチームデスマッチで全プレイヤー中最多キル。要はキャプチャーゾーンで《貢献度》が断トツでトップだった。
——だが、世界ランク経験者の陽毬の目は鋭い。
「……ただ、あえて言うなら」
その言葉に、二人がピクリと反応する。
「文香先輩は前に出すぎ。要先輩はゾーンに長く留まり過ぎ。でしょうか。
お二人とも単体では強いんですが、キャプチャーゾーンでは“全員の連携”が大事です。
お互いのフォローするように、距離感をもう少し詰めないと、大会の上位チームには通用しません」
「……なるほど、確かに」
要はそう指摘されて初めて自分のクセに気づく。これが遊戯を極め、競技として臨むものの考えかと素直に称賛する。
続いて陽毬は、少し声のトーンを落として綾に向き直る。
「次は……綾先輩ですね」
その一言に、綾が背筋を正した。
「綾先輩は……武器によってプレイのクオリティが極端に変わってました。
近距離や中距離ではほぼ撃ち合いに勝てていませんでしたけど、スナイパーライフルを持った瞬間、まるで別人みたいでした。
綾先輩のキルログ、ほとんどヘッドショットでしたよ」
「ええ。実銃に比べれば簡単ですから」
「……はい? 実銃?」
陽毬が凍りつく。
「はい。正直、距離による落差と偏差だけを考慮するだけでいいのはとても楽です。
風による影響もなく本体や弾の癖もなく一律なんて。それはもう簡単で——」
「ちょ、ちょっと綾! やめなさいよぉ! そうよ、レシュリアは?! レシュリアはどうだったのぉ?」
そう慌てながら文香が無理やり話題を元に戻す。
レシュリアが前のめりになり、期待に満ちた瞳を向ける。
「ふふっ。どうぞベッタベタに褒めてくださっても構いませんわ」
「……えっと。が……頑張りましょう……です!」
間髪入れずに放たれた現実弾。
レシュリアの顔から血の気が引いていく。
「……がんばりましょう……がんばりましょう……がんばりましょう……」
壊れたラジオと化す令嬢。
陽毬は青ざめて両手をぶんぶん振った。
「す、すみません! い、いや、すごく頑張ってたんですよ? でもほんの少し、そう! ほんのすこーーーしだけ改善点があります……!」
要が苦笑しつつ助け舟を出す。
「陽毬、具体的な改善案を教えていただいても」
「は、はいっ! えっと……」
陽毬は指を折りながら説明した。
「まず、単独で突っ込まないこと。撃ち合う時は遮蔽物を使うこと。
そして“倒す”より“倒されない”を意識してください。
あと、ロケットランチャーと火炎放射器の二刀流は……その……リスクが高すぎます。
せめて片方は安定したアサルトライフルにしましょう」
「あれ改善点、多くね? ですわ……」
そこににやにやとした文香がトドメを刺すようにパッドを突きつけた。
「はい、これ見なさぁい。最終スコアボード。キル数も貢献度も堂々の最下位ぃ」
「ぐぬぬぬぬぬぬっ!」
「あなた、突っ込んで火炎放射。危なくなったらロケットで自爆。
どっからどう見ても完全に過激派テロリストじゃない」
「うるさいですわっ!! でも、花火のように人を惹きつける華はあったはずですわ!!」
「貴方の自爆と夏の風物詩を一緒にしないで欲しいわぁ。なーにが人を惹きつけるよ」
「惹きつける」レシュリアのその主張を聞いて、陽毬がふと何かを思ったのか再生バーを戻した。
「……あの、でも。もしかして、レシュリア先輩の戦い方、使いようによってはアリかもしれません」
「この自称花火の押し売りがですか?」
要の発言に「はい」と短く答えると、陽毬はあるリプレイシーンを再生した。
三戦目の中盤——敵三人と正面衝突したレシュリアが、反射的にロケットを撃ち込む。
爆炎があがり、敵三人が同時に吹き飛ぶ。
レシュリアはHPわずかに残して生存。
「……トリプルキル判定、出てますね」
要が目を丸くした。
「レシュリア先輩のスキルビルドは体力と防御に全振り。
移動速度やリコイルコントロールにデバフが掛かるので、普通なら誰もやらない構成ですけど——爆発になんとか耐えられる。
だからこそ、このプレイが成立してるんです」
陽毬の声に熱がこもる。
「普段はタンクとして敵を"惹きつけて"、とにかく弾幕を張る。
そして“ここぞ”という時にロケット突撃。
誰かが回復スキルで支援すれば、超強力な戦術になりますよ!」
「……なるほど!」
要が手を打つ。
文香も肩をすくめながらも頷いた。
「まあ確かにぃ、一ヶ月でエイムの上達はそんなに見込めないし、これが一番現実的かもしれないわねぇ」
「ふふん! 聞きましたこと? 私の突撃花火は“戦術”ですわよ!」
レシュリアがドヤ顔で胸を張る。
「題して《レシュリア爆砕大喝采》作戦よぉ」
「いやネーミングが最悪ですわ!?」




