3 新入生は囲い込め(物理)
翌日の放課後。
娯楽遊戯倶楽部の部室では、従者コンビが黙々とPCのセッティングを進めていた。
机の上には最新鋭のゲーミングPCがずらり。どれもギラギラと目が痛くなるほど光っている。
「要君、こちらの端末はセット完了しました。接続確認をお願いします」
「うん、回線も安定してますね……よし、これは準備完了。綾、このPCが最後です」
息の合ったコンビネーションで従者たちがセッティングを進めるその後ろで——
「チームリーダーはこの私ですわ!!」
「いーや私よぉ」
お嬢様たちはなんとも醜い争いを繰り広げていた。
「もうあったまにきましたわ! 決着をつけますわ。さあ! かかってらっしゃい文香!」
突き出した腕、そして指をクイクイと曲げる。おら来いよと挑発するレシュリア。
「上等よぉ。吠え面かかせてあげるわぁ」
文香は指をポキポキと鳴らす。血走った目で二人は拳を振りかざす。
「さいしょは——」
——コン、コン。
部室のドアをノックする音。
「……ぐう。と、あらどなたかしら? 要ッ!」
「はいはい、かしこまりました」
ゆっくりとドアを開ける。
顔をのぞかせたのは、見慣れない少女だった。
栗色の髪を肩口で結び、制服はまだ新しく、リボンが少し曲がっている。
背は低く、小動物のような雰囲気、ヘアゴムについたイチゴのモチーフがどこか素朴な印象を与えた。
「あ、あのっ! すみません……えっと、文芸部の部室に行こうとしてて……間違えました」
全員が顔を見合わせた。
「ここは娯楽遊戯倶楽部よぉ。文芸部は……確かちょうど反対側かしら」
「あ、これはどうもご丁寧に……って、遊戯……? ようは、遊び、ですよね……」
少女は思わず声を上げ、室内を見回した。
高性能ゲーミングPCが五台、ずらりと並ぶ。
机上には光るマウスとキーボード、そして最新のゲーミングモニター……
その光景に彼女は思わず口をあんぐりと開ける。
「えっ、えっ!? ここって……お金持ちの学校、ですよね?! なんでプロゲーマーの設備が!?」
「“素晴らしい娯楽”を優雅に嗜む、それが私たち娯楽遊戯倶楽部ですわ。私はレシュリア・レンハート・富士宮と申します。お紅茶いかがかしら?」
「え!? 富士宮って、あの富士宮!?」
いつのまにか後ろに立っていたレシュリアが、震えて目を見開く少女の背中をググイと、割と強い力で押して部室に”招き”入れる。
「いけませんよ。そのように背中を押されてはお客人は歩きにくいかと。申し遅れました、私レシュリア様の従者を務めます富士要と申します」
優雅に腰を曲げて挨拶をする要。それを見て固まる少女の手を取り椅子に座らせる。
「私は柚木綾と申します。新入生さんですか?」
綾は柔らかく尋ねつつ、すかさず少女の前に紅茶を用意する。鮮やかなマジックのような手並みに驚きながらも、少女は小さく頷いた。そして差し出された紅茶を一口。
「は、はい……竪堀陽毬って言います。まだ校舎に慣れてなくて……どこを歩いても彫刻と絨毯しかないから方向感覚がバグりました……」
「方向感覚がバグるって言い回し、なかなか新鮮ねぇ。私は源道寺文香よぉ。クッキーどうぞぉ」
「——ごっふぅ。今度は源道寺?!」
竪堀陽毬と名乗った少女は紅茶を吹き出しそうになるが、何とか気合で止める。
それを気にも留めず、文香がニコニコとテーブルにクッキーを差し出す。
食べなくてもわかる。これはお高いクッキーだろう。陽毬は急ぎここからの離脱を試みる。
まあ待てよ。この部屋の秘密を知ったら、ただでは返さない——
そんな風に脅しをかける、まさに獲物を狩る狩人の目をしたお嬢様二人の圧。
それは竪堀に短い走馬灯を見せるには十分だった。
誰かたすけて——
陽毬が部屋をきょろきょろと見渡した時。
その視線が一台のPCモニターに吸い寄せられた。
「……え、このゲームFJじゃないですか!!」
FJとはそのままFrontline Jokerの略称だ。画面にはゲームのログイン画面が写っている。
この後プレイする予定だったため、起動したままになっていた。
「おやご存じで?」
要が問いかける。
「し、知ってるどころか……それ、私もやっていたゲームです!」
「まぁ! まさかのプレイヤーさん! 私たち以外でこのゲームを嗜んでいらっしゃる人、学び舎で初めてお会いしましたわ!」
レシュリアが目を輝かせる。
だが、竪堀は少し困ったように笑った。
「でも、もう最近はやってなくて……」
「やってないですって?! もったいないですわ!! なぜ辞めてしまわれたのです?!」
顔面蒼白。今にも泣き出しそうな瞳のレシュリア。陽毬の肩を掴んでその小さい体を激しく揺する。
「い、いや日本に帰国して、一気に環境が変わりまして。ちょっと忙しくなってぇえぇえぇえ」
体を揺さぶられ、語尾が波打ちながらも答える陽毬。「帰国」の言葉に反応したレシュリアは揺するのを辞めた。
「帰国? と言いますと、以前は海外に?」
「ハァハァ。そ、そうです。父の事業の都合でして。この学校に入学するために年が明けてから日本に、戻って、きたんです」
まだ視界が揺れているのか、息も絶え絶えの陽毬。
「去年まで海外にいた竪堀……ねぇ竪堀さん。貴方のお父様ってもしかしてFJのデベロッパー……」
「あ、はい……父の会社が開発してます」
その言葉を聞いたレシュリアが今度は手を握りしめる。
「ぜひ、お父様のサインをくださいませ!!」
***
「実は私、たまたま父がFJで成功したおかげでここに入学が出来たんですけど、この学校でゲームってやっぱり敬遠されるジャンルじゃないですか。
そのビジネスで成り上がった人間の娘として、私もクラスメイトから距離を置かれていて。それがちょっと辛くて」
「親のビジネス内容や、社会的評価そのままがこの学校での立ち位置ですものね……私もいわゆる一般家庭出身の身なので、心中お察しします」
そう答えたのは綾だ。
「今までいろいろと生活を振り回したから、父はせめていい暮らしをさせようとしてくれて。それでこの学校に入学したんですけど……」
「なるほどねぇ。お父様の手前、学校が辛いなんて口が裂けても言えないわよね」
「はい……でも今日は初めて学校が楽しいといいますか。単純ですけど好きなことの話が出来てよかったです」
どこか儚げな陽毬の声。レシュリアが優しく声をかけた。
「話すだけじゃなく。ぜひ一緒に遊びませんこと?」
「……え?」
「レシュリア様にしては随分気の利いたことを。でも確かに、せっかくのご縁。一戦だけで結構ですので、我々とご一緒していただけませんか?」
そう言って要はまるでダンスに誘うかのように竪堀に手を差し出す。
「で、でも私、その庶民ですし、私なんか……!」
「そんなもの気にするようなら、最初からここでFPSなんかやってませんわ。大丈夫ですわ。家柄なんて"つまらないもの"より楽しむ心を重んじますのよ」
レシュリアが胸を張る。それならばと、陽毬はおそるおそる要の手を握った
***
そして、試合開始から——わずか五分。
「ちょっ……ま、待ちなさい! あなた今の高速エイムスナイプなんですの?!」
「リコイル制御、完璧どころか……人間の動きじゃないんですけどぉ……」
光速の照準。繰り返されるヘッドショット。
空中から飛び出した敵を、なぞるような追いエイムで撃ち抜く。
娯楽遊戯倶楽部の全員が、言葉を失った。
「…………ちょ、ちょっと待ってぇ。これ、デモ映像じゃないわよね?」
文香が口をぱくぱくさせる。
竪堀は照れたように笑いながら、マウスを握ったまま小声で言った。
「やっぱり……まだ体が覚えてました。あはは……」
要がモニターを覗き込み、プレイヤーネームを確認する。
そこには、見覚えのある文字列。
『Marie』
「……“マリー”? この名前……どこかで……」
要がそういうと文香が、信じられないというように顔を上げた。
「ま、まさか……世界ランカーの日本人プレイヤー“マリー”!? ベータ版初期からゲームに参加していた伝説の野良プレイヤーの!?」
レシュリアが目を輝かせ、荒い息が熱を帯びる。
「報酬は百万! 私たちを導いてください。竪堀教官!」
「レシュリア様。お小遣い減額されていらっしゃるのに。どこにそんな余裕が?」
「……報酬は一万でお願いしますわ!」
***
「……うーん。これは確かに——チート、ですね」
陽毬が小さく唸る。
画面には、昨日みんなで見たあの映像——レシュリアがゴッドエイムマンに完膚なきまでに撃ち倒されるシーンが再生されていた。
「FJは社内デモ版からプレイしていたんですけど、この武器のリコイルをここまで制御できるのはありえないです。
それになんとなくですが画面がカクカクしている気がします。お話の通り、裏でマクロ系のソフトが動いている事による処理落ちかと」
「やはりそうですわよね! 世界ランカーも認めるチート! であるならば、騎士道精神に則り、お父様に直訴して——」
また始まったレシュリアの騎士道精神云々はさておいてと、要が続きの事情を説明する。
「……なるほど、それで大会に参加を」
「そうなのよぉ。でもね、あと一人足りなくて……お願い、私たちを助けると思ってぇ!」
文香が両手を合わせ、涙目でウルウルと竪堀に迫る。いや正確にはにじり寄る。
同性相手でも効力抜群な上目遣い。思わず陽毬はたじろいだ。そして陽毬の意思とは離れて、首を縦に振ってしまった。
「う、うぅ……え、えっと……わ、わかりました! ぜひお手伝いさせてください!」
「……ここまで囲いこんだ上で、歳下の竪堀さんが“ノー”って言えるわけないですよね」
綾が冷ややかに自分の主を見下ろす。
「とにかく、竪堀様本当に助かります。我々は放課後はこの部室におりますので、もしよければ明日もお顔をだして頂けませんか?」
要のその優しい言葉と笑顔に、竪堀は小さく息を呑んだ。
「……は、はいぃ……お願いします」
ほんのり赤くなった頬。声が徐々に小さくなる陽毬
それを見た二人のお嬢様が——即座になにかを察した。
「そうですわ竪堀さん! 連絡先を交換しませんこと!」
「そ、そうよぉ! 友達なんだから、当然よねぇ!」
迫真の勢いでにじり寄る二人。
竪堀がのけぞった椅子が倒れかけた瞬間、綾がスッと手を伸ばして支えた。
「あ、ありがとうございます綾先輩」
「いえいえ、こちらこそうちの汚嬢様が失礼を……っと、文香様、いい加減になさってください」
ひょいっと文香をつまみ上げ、椅子に戻す。
竪堀は目をぱちぱちさせた。
(……なんか、想像してた“お金持ち”と違う)
お嬢様言葉や甘ったるい語尾はさておき。同級生達といると感じる疎外感や、"成り上がりの娘"という自身の評価に対する好奇と拒絶の目線がこの二人から感じなかった。むしろ、そう。暖かい。
「……ふふっ。私のことは“陽毬”で大丈夫です。——先輩方、よろしくお願いします!」
その言葉に、レシュリアが手を叩いて喜びの声を上げた。
「ようこそ娯楽遊戯倶楽部へ、陽毬さん!」




