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ヲ嬢様と完璧従者の華麗なる日常 〜金と気品とボケと胃痛と〜  作者: 清士朗
第三章 夏のブラックフェザー

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38 元従者の男子棟生活

 着なれない雅山の制服に腕を通す。


 雅山の制服は基本的にオーダーメイド。生徒一人ひとりの体型に合わせ、最も見栄えが良くなるよう夏服と冬服を半年ごとに作り替えるという徹底ぶりだ。


 普段はレシュリア達と立場を分けるため、綾と共に従者としての服装を着ているが、従者であろうと雅山に籍を置く以上、制服の作成は必須。

 しかも値段は他の生徒達と変わらず、非常に高額である。


 一般人からしてみれば、一度も着ないかもしれない制服に大金を払うなど馬鹿らしいと思うかもしれない。だが、これも雅山流の一種の“洗礼”。


 従者を連れて通いたい? それなら制服も従者の分を用意してね。といった感じで遠回しに振るいにかけている


「去年作ったままだしな……」


 去年の春だ。完成した制服を試着して以来、実家の押し入れで眠っていた制服を引っ張り出してくる。


 およそ一年ぶりに身につける制服は、少し腕の長さが足りず、肩周りもどこかゴワゴワして落ち着かない。


 鏡の前でくるくると回る要。その様子がおかしく、どこか可愛らしく。そばに控えていた婆やが柔らかい笑い声を漏らした。


「要様ったら。この一年で本当に大きくなられましたね。ですが制服……腕と肩周りが少々合っていないように思います」


 つんつるてん、とまではギリギリいかないが、要をよく知る者が見ればサイズが合っていないのは一目瞭然だ。


「直しは明日までに間に合うかな?」


「そうですね。シャツはレディメイドで間に合わせられます。ジャケットとスラックスだけでしたら、なんとか。早速、雅山学園を担当しているテーラーに連絡いたします。午後には到着するかと」


 荷解き、制服の用意。

 そして——レシュリアの従者業務の引き継ぎ。


 休みだというのに、明日のことを考えるとやることが山積みだった。


「通学ルートは……」


 当然だが、明日からは男子棟に通うことになる。となれば、これまで使っていた女子棟へ向かう道は使えない。


「姉さんに途中まで送ってもらうか……」






「つ、つかれたぁ……」


 ソファに沈み込むように、普段の要からは想像もつかないほどのだらけようだった。


 終わらせても終わらせても次から次へとやることが増え、一息つける頃には太陽はすっかり沈んでいた。


 特に頭を悩ませたのが、レシュリアの従者業務の引き継ぎだ。


 薄明は元から黎明という優秀な妹が常日頃からサポートしているし、そもそも従者として仕えた期間はわずか二、三日。


 だが、レシュリアに関しては雅山に入学する前からの付き合いである。


 要にしか分からない“レシュリアの御機嫌取り”などはまるでゲームの裏コマンドのように数多く存在し、それを一から十まで富士宮家の従者達に細かく引き継ぐのは至難の業だった。


(そもそも、レシュリア様がもっと素直な方だったら、こんな六法全書みたいな壮大なレシュリアマニュアルを作らなくて済んだものを……)


 元主人に心の中で悪態をつきながらも、これが最後の仕事だ——


 そう思った瞬間、疲労を上書きするように胸の奥にぽっかりと穴が空いたような虚無感が流れ込んだ。


「……充実していた、のか」


 ——あの振り回される日々が?


 いやそんなまさか。と否定したい気持ちもあるが、言葉にしてみると妙にしっくりとくる。


 視線の先には、明日から着ることになる制服。サイズ直しも終わり、汚れひとつない新品同様の姿が、どこか嫌味ったらしく見えた。


「だめだ。とにかくもう寝よう」


 このままでは考えすぎて眠れなくなる。疲れているうちに寝てしまうに限る。


 そう決意し、要は寝支度を始めた。






「……まったく、案の定あの後、上手く寝付けなかったな」


 いつもとは違う道を歩く要。視線の奥には雅山学園男子棟が見える。


 周りを歩く子息達の視線が好奇の色を帯び、容赦なく刺さってくる。


「おい見ろよ。あいつって確か……」


「ああ、富士宮さんの従者やってたやつだろ」


「でも富士宮家の分家筋だって聞いたぞ」


 物珍しい相手に対するヒソヒソ声は、男子も女子も変わらない。


 不快ではあるが、実害がない以上気にする必要もない——そう思い、要は足早に校舎へ向かった。


 その肩を、誰かがポンと叩いた。


「おう!! お前、富士要だろ? 富士宮の一人娘んとこで従者やってたっていう」


 振り向くと、白い肌にさらりと流れる金髪。絵本の王子様のような整った顔立ちの少年が立っていた。


「失礼……お名前を伺っても?」


「おっと悪い悪い! 俺はローガン・コーフって言うんだ。日本のアニメや漫画が好きでさ。こっちに留学してんだ。実家は玩具メーカーやってる」


「コーフ……まさか、あの世界的玩具メーカーのコーフカンパニーの?」


「それそれ!! 親父の会社なんだ。曾祖父さんの代から続いてて、俺で四代目!」


 指を四本立ててニカッと笑う様子は、人懐っこい犬のようだった。


「な! 今日は俺の隣に座れよ! ずっと本棟通いだったんだろ? 俺がいろいろ案内してやるよ!」


 世界的企業の御曹司と聞いて身構えていたが、どうにも調子の狂う男だ、と要は感じた。


「俺も二年。ローガンでいい。お前のことも要って呼ばせてくれよ」


「仲良くしようぜ」と背中を叩くローガン。調子は狂うが……どこか憎めない。


 男子棟のことをまるで知らない要にとっては、まさに渡りに船だった。


「こちらこそ、仲良くしてくれると嬉しいよ。よろしく、ローガン」


 差し出した手を、ローガンは両手で包み込み、勢いよく上下に振る。


「おうとも!!」


 ブンブンと音が出そうなほどの握手。少し痛いが、悪気はない。


(こ、これは初日からなかなかハードになりそうだ)


 要は、レシュリアから離れても簡単に平穏が訪れないことを悟った。


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