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ヲ嬢様と完璧従者の華麗なる日常 〜金と気品とボケと胃痛と〜  作者: 清士朗
第二章 従者のお見合いを妨害せよ

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36 宣戦布告

 帰りの車内——


 買ったばかりの雑誌を、薄明と黎明はまるでバイブルのように丁重に扱いつつも、顔を並べて穴が開くほどの勢いで読みふけっていた。


「まあ……」「なるほど……」


 相槌と頷くタイミングまで揃っている。雑誌の内容はどうやらお気に召したようだ。


「姉様、帰ったら早速……」


「ええ。まずは式場選びから始めましょう。この雑誌によれば準備に時間をかけた方が、より良いものになるそうですね。

 となると——富士宮さんとは、早い段階で白黒はっきりつけないといけませんね……」


 薄明の口元がゆるやかに吊り上がる。それは静かな笑みなのに、妙に恐ろしかった。

 弦月のように細めた瞳が、狂気のきらめきを帯びている。


「富士宮家との取り決めの件……ですよね。

 義兄様だって、戻りたいとは思っていないでしょう? そうですよね、義兄様?」


 黎明までもが同じ笑み——ただし“姉への盲信”という色を追加で濃くまとわせていた。


 要は息を整える。これ以上は、もう避けられない——

 ここで曖昧にすれば、もっと大きな誤解を生むだけだ。


「その件ですが……まず、入山瀬家と富士宮家の取り決めにより、薄明様の従者としてお仕えすることは了承しております。

 しかし——薄明様との婚約、ひいては将来を共にする意思は、私にはございません」


 車内の温度が一瞬で下がった。エンジン音だけが細く響く。


「姉様が……不服、とおっしゃるのですか?」


 黎明の声音は鋭く、氷のように冷たい。


「不服という以前に、お見合いは途中で終了したはずです。その後、婚姻までにいたる話や、そもそも事態の進展を私は一切聞いていません」


 まず事実として、薄明との婚約という話は存在しない。


 薄明がやっているのは……一目惚れから始まった自らの想いを、ただまっすぐ、力任せに押し通そうとしているだけだ。


 それを理解してるのか、薄明が顔を上げた。


「要くんのおっしゃる通りです。だからこそ、改めて申し上げます」


 澄み切った瞳で、まっすぐ見つめてくる。


「要様……私はあなたをお慕い申し上げています。一目惚れであっても、この気持ちは本物。末永く続くものだと確信しています。

 その上で——妹の黎明と共に、私たち二人をあなたの妻として愛していただきたいのです」


 その純粋さは痛々しいほどだった。


 要は視線を逸らさない。ここで逃げれば、それは誠意を欠くことだ。


「お気持ちは、ありがたく頂戴します。

 ですが——富士要はそのお申し出を丁重にお断りいたします」


 静かだが、芯の通った声。


 薄明の瞳が揺らぐ。確かに波紋が走った。

 黎明は目を見開き、声を荒らげる寸前で——


「姉様が見初めた相手なら、私だって身も心も捧げる覚悟があります。私達二人を受け入れないと言うのなら、もう力づくで——」


「黎明。……それ以上は、もうおやめなさい」


 薄明が妹をそっと制した。


 そして要に向き直る。


「要くん。現時刻をもって、あなたを私の従者から解任します……

 ただし、富士宮さんの従者として復帰することは控えてください」


「姉様……」


「明日、私から富士宮さんにすべてをお伝えします。あなたへの想いも、私の覚悟も……

 その上で——必ずあなたを振り向かせます」


 それきり、車内には言葉が落ちなかった。


 外の街灯だけが流れつづける。

 ガラス越しに映る薄明の目元は、ほんの少しだけ赤い。


 ——さすがに、それに触れるのは野暮だ。


 要はそっと視線を外した。






 車は入山瀬家ではなく、富士家の前で止まった。


 要が静かに降りると、黎明が一緒に降りてくる。


「“富士様”の私服は、家の者が運んでおりますので少々お待ちを……

 明日からは風紀委員室ではなく、以前同様に特別学級へどうぞ。ただ——」


 黎明の瞳が細くなる。


「富士宮様の従者ではないことだけは、決してお忘れなきよう。

 姉様はあなたを諦めません……それは私も同じです。では、ごきげんよう」


 一礼して車へ戻った。


 今日は、本当に色々なものが動いた一日だった。

 要は重い足取りで家の門へ向かった。






『レシュリア。正直なところ、あなたはどうしたいのよ?』


 二十三時前。

 レシュリアは自室でベッドに座り、珍しく文香と通話をしていた。


 夜も遅く、辺りが静かだからか、やけに文香の言葉が耳に響く。


 結局、カフェに要たちは来ず、妨害作戦は不発。

 ただの女子会で終わった。


 その時に話題となったのが——


「わ、私は……ただ、要を入山瀬さんに取られたくなくて……」


『だーかーらー!! もう!! 違うでしょ!!』


 なぜ取り戻したいのか。

 その理由を問われているのだ。


 文香の動機は単純明快。


 ——ただ一直線の恋心。それだけ。


 では、レシュリアはどうだろう?


「私は、ひとりの女として……要を取られたくないのかしら……」


『かしら、じゃなくて!』


 文香の声は呆れと苛立ちが半々だ。


「そういう文香は……いえ、もう言わずともわかっていますけれど……」


『なによその言い方。私がどれほど要様を想っているか改めて聞かせてあげましょうか?

 ——広辞苑よりも分厚く、純文学よりも情緒的よぉ」


 軽口が飛び、レシュリアは思わずフフッと笑った。


 そして——ふと思った。


 なぜ調理実習の失敗があれほど堪えたのだろうか。


「私は……要に振り向いてほしいのですわね」


 主人としてならば、多少の失敗など気にしない。なぜなら優秀な従者が後はどうとでもしてくれるから。


 しかし“女”として見てほしいと願った瞬間——なにもできない自分が嫌だった。


 ——ああ、そうだったんですのね。


 レシュリアは気づいた……気づいてしまった……


「……文香」


『……なに?』


「私は……要のことが好きですわ。従者としてではなく、一人の女として」


『ふーん……そう……なら、レシュリアも今日から私のライバルねぇ』


 言葉に敵意はなく、むしろ弾むようにワクワクした声だった。


『覚えておきなさい。要様を振り向かせるのは、入山瀬さんでもレシュリアでもなく——この私よぉ』


「寝言は寝てから言ってくださいまし。振り向かせるのは、この私ですわ……!!」


 胸を覆っていた霧が晴れるように、気持ちが透き通る。


 恋心を自覚してから、胸を締め付けるこの窮屈感。それがひどく不安定ながらどこか心地よい。


 通話を切り、レシュリアは勢いよく仰向けになった。


 天井へ手を伸ばす。指を一つずつ確かめるように空を掴む。


「要、あなたを必ず……振り向かせてみせますわ……!!」


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