35 式は教会ですか? 神前ですか?
「ところで要くん……」
「ところで義兄様……」
本屋まであと数十メートルというところで、再びの完全同時発声。
その精度はまさにステレオのヘッドホンだ。
普通なら互いに発言権を譲り合うところだが、
薄明は何事もなかったかのようにそのまま続ける。
影として控える黎明も、姉の癖を熟知しているのか微動だにしない。
「結婚式は……教会と神前。どちらがお好みですか?」
まるで“結婚するのは既定路線”のような圧をかけながら、薄明が上目遣いで覗き込んでくる。
キラキラと輝く瞳は可愛い——はずなのに、今だけは完全に“セーフティの外れた銃口”だ。
要の胃がきゅうっと縮む。
そして反対側で、黎明の腕がこっそり強まる。
「早く答えてください」そんな無言の圧力が右からも左からも押し寄せる。
「いや……その……結婚願望がまだないと言いますか、現実味が持てないと言いますか……
なので、式についても、教会がいいか、神前がいいかと問われましても……」
「ああ、なるほど……」
何を理解したのかは不明だが、黎明がしれっと頷く。
「義兄様も姉様も、卒業したらお忙しい身ですし、
式のために時間を割くのは難しいですよね……」
すごい……なんて素晴らしい曲解である。
要の言葉は天元突破して捻じ曲げられた。
薄明も「確かに」とコクコク頷く。
「では、式は生活が落ち着いてからにしましょう。
そうだ! 黎明ちゃんとも挙げるのだから、
私たちがそれぞれ教会と神前で挙げればいいのよ!! 黎明ちゃんはどっちがいい?」
聞き耳を立てる訳ではないのだが、度々、要を挟んで姉妹は会話をしているため、その内容があまりに自然に要の耳に入ってくる。
特に先ほどからいやでも入ってくる会話で気になるのは自分と黎明についてだった。
(——やっぱり薄明様の中では、黎明様もセットで自分と結婚するつもりらしい)
要は最初こそ双子特有の冗談かと思っていた。
だが、ここまでくるとジョークだろうで逃避するのもいよいよ限界。
要は意を決して口を開く。
「……大変申し上げにくいのですが。仮に、本当に仮にですよ……
薄明様と人生を……添い遂げる男性がいたとして。その方は……必然的に黎明様とも……?」
薄明はぽかんとした。なんなら時が止まった。
言ってる言葉はわかるが、内容の意味だけが理解できていない、そんな顔。
「え、もちろんですよ? 私は黎明ちゃんで、黎明ちゃんは私ですもの。
私と結婚するなら、黎明ちゃんと結婚するのは普通でしょう?」
普通……普通? いや普通ってなんだ。
要の中で普通の意味がバラバラと音を立てて崩れる。
「わ、私の中では、そうあくまで私の考えなのですが、そのような婚姻は世間的には浮気に、つまり不貞に該当すると思うのですが……」
「「あー、なるほど……うふふ……」」
二方向から、まるで妖艶な風が吹き込む。
「私は表……」
「私は裏……」
「「コインは裏表合わせて一つでしょう……」」
「だから……」
「浮気じゃ……」
「「ないので安心してください」」
寸分違わぬ声色。本当に一人の人間が二方向から話しているようだった。
呪文のような“囁き”は要の脳を霞ませ、
双子が耳元に口を寄せる。
「「それに、二人いれば……二倍いろいろ楽しめますよ……」」
熱い息が耳殻に落ちた。
——要の頭が真っ白になったのは言うまでもない。
どうやって歩いたのか覚えていない。
気付けば、本屋の前に立っていた。
店内に客はいない。
(人払い……? それくらいなら入山瀬家ならするか)
そう思う要の意識はまだどこかぼんやりしている。
「さあ目的の“聖書”はどこかしら!」
「姉様、こちらかと」
スルスルと迷うことなく歩みを進めて、雑誌コーナーに到着すると、薄明が息を呑んだ。
「こ、これが……!」
「はい姉様。今月号の特集は“式場選び”のようですね」
「端から端まで熟読しないと……でも立ち読みははしたないわ。
そこの従業員の方、恐れ入りますが在庫を含めてすべて——」
「姉様、一冊で十分です。
義兄様との結婚式を姉様と私の二回するのですから、今からどんなに少額でも経費は切り詰めておかないと……」
「そ、そうね……!」
いや、そうねではない。この姉妹は本当に容赦がない。
「わあ……綾先輩のいちごケーキ、とても美味しいです!!」
「本当に……紅茶も素晴らしい味です……源道寺様の従者の方は、なんて優秀なのでしょう……」
陽子に褒められ、綾は自分のことのように表情をほころばせる。
「そうなのよ。綾は優秀なのよ。ほら、もっと飲んでぇ」
ビールジョッキで紅茶を差し出す文香。酒の席で絡むタチの悪い上司のようだ。
ビールジョッキから素晴らしい香りを乗せた湯気が立ち上るというなんともミスマッチな光景。
「お気持ちは大変嬉しいのですが。あ、あの……その量は……」
「平気平気。ほら、ぐいぐいっと、一気よ一気」
陽子が困惑していると、隣でちゃっかり座って同じようにケーキを楽しむレシュリアが時計をチラチラ。
「それにしても、あの三人、どこをふらついてますの?
どれだけのろまな亀でも、そろそろ着く頃でしょう?」
要がすぐ近くの本屋に囚われていることなど露ほども知らず、レシュリアは優雅に紅茶を啜った——




