32 姉妹サンドイッチ
《調理実習のダメージが癒えないので、本日のクラブ活動は休止にいたしますわ》
放課後の廊下に響くチャイムが消えた直後。
レシュリアからの無念そうな声明がグループチャットへ届いた。
(調理実習で……何をやらかしたんだ、あの二人は)
想像がつく、というより“確信”に近い。
あの二人──レシュリアと文香──が関わった事件は基本、悲しき被害者しか生まない。
「要くん。クラブ活動がありますよね……私は家のものに迎えを頼むので……」
「いえ、どうやら今日は休止のようでして。ご帰宅ですか? 私もご一緒いたします」
要は淡々と返事を済ませ、薄明と並んで下駄箱へ向かう。
薄明は、まるで当然と言わんばかりの自然さで要の腕に抱きついてくる。
その様子を見た生徒たちは一瞬で察し──「ごきげんよう」と挨拶した次の瞬間、
戦場から一目散に撤退する兵士のような速度で視界から消えた。
(……逃げ足が速いな。まあ、気持ちは分かる)
「ん〜、こんなに早く学校を出るなんて久しぶりです。このまま帰るのもいいのですが……」
薄明は、わざとらしく視線だけを要へ滑らせる。
「薄明様のご随意に」
その一言で、ぱあっ、と彼女の笑顔が満開になった。
「でしたら放課後デートをしましょう!! あ、そうだ、黎明ちゃんも呼びましょう!!」
──ほんとに、嬉しそうだな。
薄明の導きのまま歩くと、要は街の中心の超一等地に建つホテルの前に辿り着く。当たり前のようにその中へ入っていく薄明。
(いや、これは……“高級”じゃなくて“超”の方だろ)
聞けば、このホテルの建造に入山瀬家が関わっており、上階のスイートルームの何室かを入山瀬家で占有しているらしい。
つまり、ここは実質“第二の自宅”──
「姉様、義兄様。お待ちしていました」
部屋にはすでに黎明がいた。
メイド服ではなく、スキニーデニムにパンプス姿で、落ち着いた気品を漂わせている。
「聞いてちょうだい黎明ちゃん。要くんたら、ここに来るまで、歩く速度を私に合わせてくれるんですよねぇ」
「まあ義兄様、なんてお優しい。さすが未来の夫ですね」
(……いや、単純に腕を掴まれているからでは?)
要の心のツッコミなど、双子には一切届いていなかった。
「学校からそのまま向かう制服デートも憧れるのですが……黎明ちゃんと服が違うのが嫌なのよね……」
「制服と私服が、ですか? 私はどちらでも構いませんけど」
「ダメなの。私が気になるの」
双子は視線を合わせてクスクス笑う。
その“完全にシンクロした笑い”が、なぜか少しだけゾワゾワと背筋にくる。
スーツケースを開いた瞬間、服が山ほど飛び出し、要は思わず目を疑った。
(これ……何日分? いや、何人分?)
「ここは双子コーデにするべきか、それとも敢えて違う雰囲気で見繕うべきか……」
「姉様はどんな服装でもとてもよくお似合いですよ」
「ふふっ。ありがとう黎明ちゃん。でも、せっかくだしここはちょっと攻めたものを……」
どうやら方向性は決まったらしい。
だったら男の自分がここにいては邪魔だろう──そう判断してそっと部屋を出ようとした。
「あ、義兄様の私服は隣のお部屋にご用意してあります」
黎明が鍵を差し出す。
「……隣?」
まさか自分の分まで用意されているとは思わず、要は純粋に驚いた。
だが、その反応を双子は別の意味で受け取ったようだ。
「……隣じゃなくて、一緒がよかったですか? あ……もしかして、私の着替え、手伝ってくださるつもりで?」
「義兄様。私もどうぞお好きに着替えさせていただいて構いませんよ? どんな服装でも、受け入れますので……」
「失礼させていただきます!!」
要は全力で逃げるように隣の部屋へと退避した。
背後からは再びシンクロする双子の笑い声が聞こえた。
(……こうもからかわれたら、こちらの身が持たない)
学園の外ということで薄明のリミッターが解除されたのだろう。そこへ妹の黎明も加わった過剰なスキンシップに要はお手上げだった。
少々腰が重いが、要は私服に着替える。最後にジャケットを羽織ったところでノックが鳴る。
「義兄様……少し、お手伝いいただきたく」
黎明に呼ばれ、戻った先には──背中の大きく開いたワンピースを着た薄明。
肩から服が滑り落ちそうで、要の視線は本能的に天井へ逃げてしまう。
「あ、要くん。ファスナーをお願いできませんか? ああ、でもその服、すっごく似合ってて……王子様みたい……」
耳元では黎明が静かに囁く。
「義兄様、どうぞ。姉様はすこーし不器用なので」
「いや、同性の黎明様が……」
「私より義兄様の手の方が、姉様は好きなんです。“色々と”」
「余計なこと言わないでください!!」
しかし、強制的に手を取られ、薄明の背中へそっと導かれる。
「要くん。……お願いしますね?」
観念してファスナーを上げる。
「ん………っ」
甘く、妙に色気のある吐息が零れ、要の背筋が思わず跳ねる。
「さすが義兄様。優しい手つきでした」
パチパチとわざとらしい拍手をしたあと、黎明がするりと左腕に絡みついた。
「黎明ちゃんばっかりずるい! 私も!」
右腕には薄明が巻きつく。
二対一。
完全に包囲された。
「そういえば義兄様。ここは学園外ですので、義兄様の身分はもう従者ではありませんよ……なので、私のことは黎明と呼び捨てにしてくださいね?」
「では私も薄明って呼んでくださいね。
重婚が法律で認められていないのが実に残念です……」
「大丈夫ですよ姉様。私は愛人枠で結構ですので」
笑顔は春のように柔らかいのに、言っていることだけが軽くバグっていた。
「「さあ、いきましょうか」」
双子の声は寸分の狂いもなく重なる。
要はその中心で、なんとも言えない達成感と疲労感を同時に味わうのだった。




