2 粘着質にチーター検証?
「はぁああああ。今日は朝から散々でしたわ……もう疲れましたの」
放課後。
いつもの四人組は特別学級のひとつ上にある部活動フロアにいた。
彼女たちの部室は、その一角にある『娯楽遊戯倶楽部』
並べられた字面だけを見ると、優雅で知的そうだが、実態はただゲームをしたり、アニメを見てだらだらするという、なんともふざけたもの。
部の名前を少しばかりお上品にしただけの、いわゆるオタクの集まりだ。
そもそもゲームやアニメが世界的なビジネス市場である認知を得たとはいえ、それはあくまで世俗的な話。
ここ雅山学園に通う超上流階級の子弟達からしてみればまだまだ庶民の娯楽のイメージが強く、あまり好まれる話題ではない。
だがしかし、日本での覇権を握る富士宮家と源道寺家のお嬢様がやるとなると話は別。
彼女たち二人がやるとなると、やれ庶民意識の市場調査だ。さすがの帝王学だと。ただオタ活をしている女二人なのに、恐ろしいほど美化されてしまう
部員はたったの四名。
部長のレシュリア、副部長の文香。
そしてその従者である要と綾。
「それで、レシュリアぁ。緊急招集ってなあに?」
あいもかわらず要の腕に巻きつき、砂糖のように甘い声で文香が問う。
「普段なら“離れなさい”と言いたいところだけど、今日はそれどころではないの。——全員、これを見ていただきますわ」
レシュリアはタブレットを文香に差し出した。
画面には、ゲームの映像が映っている。
文香は慣れた手つきで再生し、シークバーを素早く動かして確認する。
「これは……レシュリア様が最近よく遊んでいらっしゃるFPSゲームの。たしか『Frontline Joker』でしたっけ?
それのリプレイ映像ですか?」
四人分の紅茶を用意しながら、綾が文香の背中から覗き込む。
レシュリアは最近PvP形式のゲームにのめり込んでおり。特にこのFPSゲームはお気に入りなのか、よくプレイしている。
1チーム五人構成で敵チームと戦うゲームなので、要と文香もよく一緒にプレイしている。
シークバーを動かしていた文香の手が、ある場面で止まった。
「あらぁ。このプレイヤー……」
「そう。今回、私が緊急招集をかけたのはそのプレイヤーのせいですの!」
映像には、レシュリアが一方的に撃ち倒されるシーン。
一発のヘッドショットから、体力が一気に溶けるようになくなり、ボコボコにされ見事に倒されている。
この手のゲームならなんて事はないシーン。ただ猛者に狩られる下手くそなプレイヤーの動画。だがどうもレシュリアは思うところがあるらしい
「……このヘッドショットからの体力の減り。お相手の方が使用している武器の反動……」
呟きながら文香が眉をひそめる。
要も無言で画面に見入った。
「おそらく……“やってる”わねぇ。いくらレシュリアが下手とはいえ——」
「待ちなさい!! 下手についての訂正を要求しますわ!!」
ダンッと音を立ててレシュリアがテーブルを叩く。
「最後まで人の話は聞きなさいよぉ。それはあくまで“私と比べて”。
ここまで綺麗に狙えるのは、オートエイム……いえ、そこまであからさまじゃないから。リコイル制御を覚えさせたマクロかしら」
「同感です。遮蔽物から出た瞬間に撃ち抜かれていることから、事前に位置を把握していた。つまり索敵スキルを使った可能性がありますが、スキルの発動音がしない。おまけに足音も聞こえませんでしたね」
文香と要が理路整然と分析を加える。
「え、えーと……つまり?」
そして綾は完全に置いてけぼり。なんなら頭から蒸気を出してパンクしそうだ。
「つまり、レシュリアお嬢様を倒したプレイヤーは、このように粘着質に検証しないと分からない程度のチート行為を働いていたということです」
要の要約に、レシュリアの顔が真っ赤に燃え上がる。
「やはりクソチーターですのね!! 騎士道精神に則り、お父様に言い付けてこのプレイヤーを調べ上げて社会的に抹殺するしか私の怒りは治まりませんわ!!」
「落ち着いてくださいレシュリア様。ご立腹はごもっともですが一人のチートプレイヤーを排除したところでゲームの正常化は図れません」
レシュリアの騎士道精神に則った他力本願はいつものこと。騎士というより猪武者の主を要は慣れた手つきで諌める。
「当家が出資しているタイトルですから、調査を依頼し、その上で対処をしてもらうことは可能でしょう。しかし、この一件は氷山の一角です」
「要様の言う通りよ、レシュリア。それに……このプレイヤーのID、私ちょっと心当たりがあるの」
文香はタブレットを操作し、ある配信チャンネルを表示する。
「“ゴッドエイムマン”……? なんですのこの、多感な中学生が名付けたような痛々しい名前は」
「たしか、それなりの視聴者数を持っているストリーマーですよね。いわゆる神プレイとかで中高生を中心に人気があるとか」
「さすが要様ぁ。本当に博識です。文香、また惚れ直しちゃいましたぁ。で、話はここから」
文香は再び操作して、彼が配信している動画チャンネルを開く。少しした後に一本の動画に辿りついた。
「あらビンゴね。レシュリアが倒されてるシーンが直近の神プレイ集ってタイトルで投稿されてるわ」
「ほら」と差し出された映像には軽快なBGMと共に、ゴッドエイムマン本人の軽薄そうな声が聞こえる。
「……ずいぶん軟派な声と言いますか、私としては苦手なタイプですね」
声を聞いた綾が反射的に眉を顰める。そして先ほどのシーン。ゴッドエイムマン視点が流れる。
《みてろよ。シロートさんはここから……ほら出てきた!! そこをこうズダダダダっと!! はいザンネーン、まだまだ練習が足りないな!!》
小綺麗に編集された動画は確かに猛者の魅せるプレイとしては充分な物を持っている。
相手プレイヤーへのリスペクトがちょっと欠如している節といえばいいのか、煽るような発言が所々で見られるが、それも込みで彼の味なのだろう。
「なんですの!! この猿野郎は!! 相手へのリスペクトもないなんてPvPゲーマーの風上にも置けませんわ!!」
「確かに、いくらレシュリア様がリスペクトするにたる人物ではないとはいえ、ちょっとこれはって発言が多い方ですね」
「要!! 貴方も自分の主人に対するリスペクトが消し飛んでますわよ!!」
「まあこういった過激な方がコンテンツのスパイスとしてはいいんじゃないかしらぁ。
正直ボコボコにされてるレシュリアを見るとスカッとするわね。私この映像を買おうかしら」
「文香まで!! もう二人揃ってなんなんですの!!」
暴れ馬のように荒ぶるレシュリア。「まあ落ち着きなさいな」といって文香が宥める。
「実は近々、このゲームのオンライン大会があるのよぉ。で、大会のゲストに例のストリーマーがいて、優勝チームとデモンストレーションマッチをするらしいのよぉ。ほらこれ」
そういって差し出されたタブレットにはその大会の公式サイトが映し出されていた。
大会概要よりも目を引く大きな文字で、そこに書かれていたのは——
「ゴッドエイムマンに勝てたら50万円チャレンジ?」
レシュリアが読み上げると文香がにやりと笑った
「仕返しするなら。私たち"シロート"がボコボコにして、恥をかかせてやりましょう」
「な、なるほどそれは妙案ですわ!!」
***
「……はい、そうです。急遽もう一チーム。……ええ、はい」
少し離れた場所で、要が電話口に向かって丁寧に頭を下げていた。相手は大会運営会社だ。
「応募の締め切り、先週でしたのね……大丈夫かしら」
レシュリアが不安げに呟くと、隣で文香が肩をすくめる。
「スポンサーのお願いを断るなんてそうそう出来ないわよ。それよりもあなた、自分のエイム力の方を心配しなさいな」
「はあ?! まさかこの私が後れを取るとでも?!」
「えぇ。だって前に一緒にやった時、あなたの芸術的ポンコツエイムで敗北に導いてくれたじゃない。このままじゃ“ゴッドエイムマン”にたどり着く前に、予選落ち確定よ?」
「ぐぬぬぬぬっ……!」
大会はトーナメント方式。
ゴッドエイムマン率いる特別チームと戦うにはそもそも他のチームに勝たなければ話にならない。
開催日まで、残り一か月と少し。応募はすでに締め切られていたが、そこは富士宮家の“卓越した交渉力”で現在交渉中。
「実質あと一ヶ月。しかもこのゲーム、五人一組よね? 私たち、まだ四人しかいないわ」
文香の言葉に、綾がピクリと反応する。
「……お嬢様、もしかして、その“四人”とやらに私は入っていませんよね?」
「あら、入ってるわよ。あなた銃撃つの得意じゃない」
「いやいやいや!! 私が得意なのは実銃ですからね?! ゲームの照準はどうも苦手で。——あ、そうだ、有栖さんがいるじゃないですか!!」
「姉はゲーム音痴なんです。なんなら人生の方向音痴もセットで」
ちょうどそのタイミングで、電話を終えた要が戻ってきた。
「エントリー、なんとかなりました。協賛金を少し釣り上げて交渉したら、特例のスポンサー枠で参加ができそうです」
「よくやりましたわ要!!」
「あ、レシュリア様。ご当主様より今回の追加協賛金はレシュリア様のお小遣い分から出したとの事。しばらくお小遣い減額だそうです」
「くっ、苦しいですが、正義の鉄槌をあのチーター野郎に下すためなら。二、三ヶ月くらい耐えてみせますわ……!」
「いえ、半年です」
「ちくしょおおおおおですわ!!!!」




