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ヲ嬢様と完璧従者の華麗なる日常 〜金と気品とボケと胃痛と〜  作者: 清士朗
第二章 従者のお見合いを妨害せよ

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24 筒抜けのお見合い話

 夜も遅い時間。


 要が本社のビルから足早に向かったのは自身の実家だった。


 従者である要は公休日も基本的に富士宮邸で過ごしているのだが、とにもかくにも自身のお見合い話について詳しく知りたかったのだ


 帰省……といっても、実家は富士宮邸から徒歩で三十分。

 帰ろうと思えば、それこそいつでも帰れる距離である。


 玄関で靴を乱雑に脱ぎ、向かう先は雪之丞の私室。


「おい父さん!! 俺がお見合いって一体どういうことだよ!?」


 断りもなく開けたドアの先には床一面に古めかしい皿を並べ、その中央に胡坐をかく男。


 なにやら危険な儀式の真っ最中かと思われるが、この胡坐をかく男こそ何を隠そう要の雪之丞であり、現富士家の当主である富士雪之丞だった。


「え? 要? なに、いつ帰ってきたの?」


 雪之丞の手には缶ビール。頬も赤くなっていることから、それなりの量を飲んだのだろう。


「今さっきだけど……ったく、骨董品取集が趣味なのはわかるが、一面に広げて晩酌するのやめろよな。マジで足の踏み場がない」


 床の皿を割らないように慎重に進む。


「あー右足、気を付けて」「左足!! そいつはお高いやつ!!」と、動くたびに雪之丞の声が邪魔をする。


 何とか雪之丞のもとにたどり着いた要。皿を数枚どかして座る場所を作る。父と向かい合うように同じように胡坐をかく。


「……で、俺のお見合いの件なんだけど?」


「え……なんでお前お見合いの話知ってるの? 俺、誰にも話してないよ?」


「いや、さっき総帥たちに拉致されたところへ藍さんが来て。そこで藍さんが明日俺の見合いがあるからきっと拉致したんだろうって……」


「……あれ? 俺、もしかして総帥に喋ったかな」


 要の雪之丞は普段は友輝の右腕として、ありとあらゆる業務をサポートしている優秀な男だが、その反面。それ以外にはてんでだらしがない。


 口は軽いし、物忘れもある。おそらくだが、どこかの機会。それも総帥二人がいるタイミングでうっかり口を滑らせたのだろう。それならば見合い話が筒抜けの件は説明がつく。


 そして徐々に顔が青ざめる雪之丞。口はアワアワと揺れていた。


「あ、有栖に伝わっていたら……非常にまずい……!!」


「……だろうな」


 ブラコンモンスター有栖は要に関わる全てのイベントは把握済み。

 完全に隠していたつもりでも、どこぞの大国の諜報機関もびっくりの精度ですぐに調べ上げる。


 総帥二人に話が漏れているこの状況で、有栖が把握していない――訳がない。


 ゆえに要は「もう手遅れだろう」と言いたかったが心の中に留める。


 次の瞬間、雪之丞が青筋を浮かべて立ち上がる。


「『だろうな』、じゃないんだよこの愚息があああああ!」


 雪之丞は要の胸ぐらをわしづかみにした。


「お前、自分の姉がどれだけ危ねぇ奴か知ってんのか!? 前はお見合い話をちょっとしただけで、こっちの頭を握りつぶしてきて『吐け、どこのメスだ』なんて言うんだぞ!! なあ!? どんな修羅場だったか分かるか!? まったく親の顔が見てみたいよ!!」


「い、いや、あんただろ……」


「父さんなぁ!! 本当に怖かったんだぞぉおお!! しばらく有栖の声を聞くだけで、脂汗が滝のように流れるようになったんだ!! 

 おかげで加齢臭は激増だこのやろう!!」


「父さん、落ち着けって! わかったから。俺が悪うございました!」


 ぶんぶん揺さぶられながらも、要は必死で謝る。

 やがて父は「ふぅ」と大きく息を吐き、

 乱れた服を直して、何事もなかったように座り直した。


「有栖を止めるために。多くのものを失った……」


 そう言うと、雪之丞は遠い目をする。スルーしても良かったのだが、こんな情緒が不安定な父にまたヒステリックを起こされたら面倒だったため、要は渋々聞き返す。


「……例えば、どんな?」


 その言葉に雪之丞は近くの皿を一枚、愛しそうに拾い上げた。


「俺の嫁達……五十枚くらいは叩き割られてしまったわ……」


 要はまだ幼い頃、そうあの時も確かこんな時刻だった。うっすらと開いていた父の私室を覗き込んだたことがある。

 扉の向こうには、古いお皿を血走った目でレロレロと舐め回す父の姿。正直あんな娘が産まれるのも無理はない。


「……というわけで、なんかみんなにバレてるかもだけど、お見合いは明日、十一時からだ!! シクヨロ!!」






 次の日。


 自然に囲まれた高級旅館に、要と雪之丞の姿があった。

 荘厳な日本庭園が見える和室で、二人はお見合い相手の到着を待っている。


 よく晴れた日だ。遠くには青々とした木々を抱えた山脈がそびえ立っていた。


 ――その山脈の中腹。


 要たちの部屋が一望できる場所で、綾が死んだ目をしながらスナイパーライフルを構えていた。

 装填されているのはもちろん麻酔弾。

 有栖から渡されたのは本物の弾丸だったが、さすがにそれは断った。


 ……いや、麻酔銃でも十分犯罪であるのだが。


「はぁ……陽毬さん、大丈夫でしょうか」


 綾がなにより心配なのは、天井裏に仕込まれているであろう陽毬のことであった。






「要。お相手の方たち、そろそろ到着するらしいぞ。しっかりな……」


 ――ゴトンッ。


「ん? なんか上で音がしたな。まあそんなことより、どうやら今回は有栖たちの妨害もない!!

 あとはこのお見合いが上手くいけば、俺の隠居も近づくな!! はっはっはっ!!」


 滅多なことは言えないが、要の心は重かった。

 相手が誰であれ、気乗りしない。


 跡取りとしての務めは理解しているが……

 できることなら、自分が好きになった人と添い遂げたい。

 そんなささやかな憧れくらい、あってもいいだろう。


「まあ、今回のお見合いがご縁がなくても、あまり気を落とすなよ」


「なあ頼むからそんな縁起でもないこと言わないでぇえええ! 早く隠居させてぇえええ! あと有栖をどうにかしてええええええ!」






『こちらHQ。富士宮、状況を知らせろ。道は封鎖したか?』


 イヤホン越しに、有栖の低い声。


 道路に仁王立ちするレシュリア。その視線の先では、“落石により通行止め”の看板がこれでもかと並び、道を完全に塞いでいた。


「こちらレシュリア。完璧ですわ。ネズミ一匹通す隙間なく、完全に封鎖してますわ。時間的にそろそろ通る頃……

 残念ながら、ここでお帰りいただきますわ!!」


『よし、源道寺町。貴様は』


「こちら文香。ばっちり旅館は買収済み。今のところ、建物内は数名のスタッフがいるのみです。会場となってる庭園沿いの部屋は、今は要様とおじさま以外いないわぁ」


 中居の作業着を着た文香が、要たちの隣の部屋で聞き耳を立てていた。


『ふむ。完璧な布陣だ。――おい竪堀も聞こえるな?』


 ……沈黙。


 唯一の常識人である陽毬は、昨日の「作戦会議」とやらの末に眠らされ、現在は天井裏で幸せそうにスヤスヤ寝ていた。


『おい竪堀! 聞こえているのか竪堀! おいレシュリア、昨日、竪堀に飲ませた紅茶はどれだけ睡眠薬を盛ったんだ!? そろそろ起きるように調整したんだろうな!?』


『この薬をいっぱい入れておけと指示されたので、ちゃんとたくさん入れておきましたわ』


『『……え?』』


 有栖と文香の間抜けな声が同時に聞こえる。


『バカかお前!! いっぱいはたくさんさじゃなくて一杯!! 一つって意味のほうだ!! 文香! 急いで竪堀を起こしに行け!!』


「りょ、了解ですぅ! って……え!? 有栖お姉様、大変です!! お見合い相手、来ちゃってますぅ!!」


 陽毬を起こそうと、文香が廊下に飛び出す。

 その先から静々と歩いてくる一人の女性の姿。


 短く切り揃えられた黒髪、銀縁の眼鏡が知的な印象を与える美少女。


「あ、え、あの……」


 アワアワと混乱する文香に一礼し、

 少女はそのまま要たちの部屋へ入っていった。


 文香はすばやく物陰に身を潜め、小声でマイクに囁く。


「レシュリアぁ……あなた、封鎖できてないじゃないぃぃぃ!」


『なにを言ってますの? ちゃんとこの国道は封鎖してますわ』


 一瞬の静寂。


『馬鹿者……!! 国道じゃなくて県道だ!!』


 有栖の怒声がイヤホンを割らんばかりに響き渡った。


「うう。耳が痛いわぁ。でも、あの方……どこかでお会いしたような……」


 文香の視線はお見合い会場に向けられていた。うーんうーんと小首を傾げ、そしてポンと手を打つ。


「あ! 入山瀬(いりやませ)風紀委員長よぉ!」


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