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ヲ嬢様と完璧従者の華麗なる日常 〜金と気品とボケと胃痛と〜  作者: 清士朗
第二章 従者のお見合いを妨害せよ

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21 自身の名を知る少女

 土曜の夕方。

 要は珍しく一人で街を歩いていた。


 ここしばらくは毎週のように大会の練習やらで自分の時間を作れなかった要は、久しぶりに自由を謳歌していた。


 目的は特になく、ただ気の向くまま、足の向くまま。


 夕焼けがガラス窓に反射し、街路樹を朱く染める。綺麗に整備された道は曜日柄か、多くの歩行者が行き交う。


(……そういえば、この先の本屋を過ぎたあたりに美味しいコーヒーの喫茶店があったはず)


 時間的にそろそろ夕食を取ろうと思っていた要は、ふとそんなことを思い出す。そして喫茶店を目的地へと定める。


 数分ほど歩いた。そして目の前に現れた本屋。確かこの先に——。


「や、やめてください!! 離してください!!」


 突如として聞こえた少女の叫び声。その少女の腕を掴む男。本屋の入り口の前、少女は必死に抵抗をしていた。


「いいじゃねえか。少しくらい付き合えよ。この先に美味いコーヒーを出す喫茶店があるんだよ」


「嫌です!! 私は行きません!! いい加減に手を離してください!!」


 ステレオタイプというか、古臭い誘い文句というか、とにかくこの手のナンパは今となっては絶滅危惧種だろう。


(やれやれ、こんな輩とコーヒーの舌が同レベルとは)


 男と味覚の程度が同じだったことに若干の憤りを感じつつ、要はまっすぐ駆け寄る。


 少女は線の細い体つきをしていた。ショートヘアで眼鏡をかけており、なるほど確かに整った顔立ちをしている。


 一言で表すならまさに清楚。そして大人しそうな雰囲気も相まって、外見至上主義のナンパ男からみたら格好の獲物だろう。


 依然として嫌がる少女の腕を軽薄そうな男は掴んで離さない。大の男がそんなに強く掴んだらあざになってしまうかもしれない。


 要は男の腕を握りつぶす。男はとっさに少女の手を離した。その隙を見逃さず、そのまま後ろへ回り込み、捻りあげる。


「いだだだだだだ。て、てめぇ、なにしやがる!!」


「あんたこそ、こんな往来でなにやってんだ? その子は嫌がっているだろ?」


「調子にのんなよクソが!! いてぇだろ!! 離せよ!!」


「同じことをその子に言われて、あんたは離したのか?」


 もう一段階、腕をグイと上げて、これ以上は過剰だと判断した要は手を離す。


 スッと少女を庇うように男に向かいあう。喚く男の声に通行人が何事かと立ち止まり、騒ぎを聞きつけて本屋の店員も飛び出してくる。


 その状況にばつが悪くなったのか、男は周囲を威嚇し、転がるような足取りで逃げ出した。


 男がいなくなると少女は本を胸に抱えて、空気が抜けたかのようにその場にへたり込む。


「大丈夫ですか? 腕はまた痛みますか?」


「あ、いえ。大丈夫です。申し訳ありません。ホッとしたら体から力が抜けてしまって」


 要が差し出した手を支えに少女は立ちあがろうとするが、どうやら相当怖かったらしく、足腰に力が入らないようだ。


 もしかしたら自分が来る前に、男にどこか痛めつけられたのかもしれない。


「すぐに救急車を——」


 その提案を少女は急いでさえぎる。


「いえいえ! 本当に大丈夫です。それにそろそろ迎えがくるはずなので」


 少女がそう言ったタイミングで黒塗りの大きな車が本屋の前に停車した。


 座り込む少女を車内から確認したのか、運転席から燕尾服を身に纏った老紳士が急いで降りてくる。


「お嬢様……! いかがされました!?」


「じいや。実は少し暴力的な方に声をかけられてしまって……それをこちらの方に助けていただいたの」


「な、なんと……それはそれは。お嬢様を助けていただき誠にありがとうございます。なにかお礼をさせていただきたいのですが」


「いえいえ、私はたまたま通りかかっただけですので……とりあえず、腕を強く掴まれていたと思うので急ぎ処置をなさったほうがよろしいかと」


 老執事は要にそう言われ、急いで少女を支えながら立たせる。まだふらふらとした足取りで少女は車に乗り込んだ。


 車の窓を開けた少女が再度、要にお礼を言う。


「この度は本当にありがとうございました。助けていただかなければ、私はどうなっていたことか」


「いえいえ、お気になさらないでください。お大事に」


「ありがとうございます。では"要様"ごきげんよう」


 要様と言った少女の顔は恐ろしいほど妖艶で、先ほどと同一人物かを本気で疑った。背中にゾクリとした感覚。


 なぜ自分の名を——。


 そう聞き返す前に、車は走り去ってしまう。


「俺の名前を……知っていた……?」






 喫茶店に向かっていた足を目的もなく動かしていた。あんなことがあった後で、喫茶店に行く気は失せていた。


 考え事をしながら要は歩いていた。


(……あの少女は俺を知っていた。そう言われると、どこかで会ったような)


 思い出そうとすればするほど煙のように消えるような感覚。いたずらに過ぎるだけの時間に嫌気がさした要はもう帰ろうと決意する。


 その時、ポケットが震えた。


(……この時間に電話? どうせレシュリア様だろうな)


 少し面倒くさそうにスマホを取り出す。

 しかし、画面に映った名前を見た瞬間、要の背筋が伸びた。


「……富士です。お待たせして申し訳ありません、ご当主様」

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