18 強敵Team LIBRAとの優勝争い
レシュリアと文香が同時にぷいと顔をそむけ、数秒の無音。
その静寂を破るように、通知音が響いた。運営からのメッセージだ。
『決勝カード発表:Team LIBRA vs GYCゲーミング』
「陽毬さんのおっしゃる通り──このチームが来ましたわね」
レシュリアの声に、自然と全員の視線が集まる。
先ほどまでの軽口は、熱を残したままどこかに仕舞われた。
「過去のデータと、ハイライトシーンに映ったTeam LIBRAの映像から、これはあくまで推測ですが……」
そこまで言って、陽毬の言葉が止まった。
「どうかなさいましたの?」
黙ったままの陽毬を心配して、レシュリアが尋ねる。
「その……えーと。今更ながら、予想に自信がなくなってしまって。せっかくここまで来れたのに、私の見当違いで、優勝を逃してしまったら……」
下を向いた陽毬は、制服の裾をぎゅっと握りしめた。
そんな陽毬の手を、レシュリアがそっとほどき、自分の両手で包み込む。
「ここにいる全員が──陽毬さんのおかげでここまで来られたのですわ。だから、そんなに気負わないでくださいまし。
もちろん負けたら悔しいでしょうし、ゴッドエイムマンに挑めないのは残念ですけど……でも、そんな“つまらない勝ち負け”より、楽しむ心を重んじますのよ」
「は、はい……! では続きですが、相手はおそらく序盤から積極的にキャプチャーを狙ってきます。最短ルートでゾーンへ侵攻してくるはずです。
そしてある程度アドバンテージを作ったら、今度はわざと後退して“安全に勝つ”戦術に切り替えると思います」
「なるほど──早い段階で優位を作り、こちらが焦って飛び込んだところを狙い撃つわけですか」
要の言葉に、陽毬は小さくうなずいた。
「なので、こちらもあえて挑発に乗る形でいきましょう。退路を確保して、粘り強く撃ち合うことが大切です」
「陽毬さんの指示に従うけど、それで大丈夫なのぉ? 敵が真っ向から撃ち合いを仕掛けるなら、それを裏付ける腕があるんでしょう?」
文香の問いは鋭い。
「そうですね。正面からでは勝てません。だから“倒す”よりも“倒されない”を意識してください。
相手もAIじゃなくて人間です。順調に行けば油断が生まれます。そのわずかな隙を突くんです」
「承知いたしました。ゴキブリのようにしぶとく、“生存”してまいりますわ」
『レディース&ジェントルメン! お待たせいたしました──ついにこの瞬間です!
快進撃の新星チーム、GYCゲーミング! 対するは常勝の猛者、Team LIBRA! 決勝戦の模様はもちろん実況中継でお届けさせて頂きます!!』
生放送の照度が上がった。
ミスター・エフジェイの張りのある声が、部室の空気を一気に引き締める。
『いやー、近藤さん! ついに決勝ですよ。視聴者アンケートではTeam LIBRAが圧倒的に支持されていますね!!』
『それを納得させる経験と実績がTeam LIBRAにはありますからね。対してGYCゲーミングは奇抜な戦術がピタッとハマってここまで登り詰めている印象。
これがチームデスマッチだったらTeam LIBRAの勝利は揺るがなかったでしょう。ですが、これはゾーンキャプチャー。一波乱ありそうな気がしますね』
『さあ、画面に注目です!』
スクリーンに光の粒子が集まり、文字が浮かび上がる。
FINAL ROUND──。
コメント欄が一気に流速を上げ、歓声が爆発する。
カウントダウンの電子音が重なる。
『三、二、一──試合開始です!!』
『さあ始まりました! 序盤からLIBRA、前へ前へと凄まじい圧をかけてくる!』
実況の声と同時に、敵の弾幕が雨のように降り注いだ。
陽毬がスライディングで遮蔽物に飛び込み最前線で応戦する。その後ろに文香と要が続く。
陽毬の声が響く。
「要先輩、右ルート警戒!! 綾先輩、左からスナイプお願いします!」
「了解です!」
要のライフルが唸り、敵のライフを削るが、LIBRAのプレイヤーは即座に身を隠す。
敵のプレイ精度は圧倒的だった。反撃のチャンスを逃さず、一発撃てば十発は返ってくる。
『おーっと、GYCは非常に苦しい立ち上がり! Team LIBRAはゾーン確保率がすでに60パーセント突破! まだまだ止まらない!!』
『LIBRAの攻め方が本当に上手いですね。三人で前線を押しながら、残る二人が裏を警戒しつつ後方から援護。まさに教科書通りです』
「陽毬さん、ゾーンが80パーセントに到達します!」
「大丈夫です──今は生き残ることだけ考えて!」
陽毬の声は震えていなかった。
指先だけが小刻みに動き、全体マップを確認している。
そして三分が経過した瞬間──。
『おや? LIBRAの前線組が下がりましたね!?』
『これは……おそらく“時間稼ぎ”ですね。もう十分リードを取ったと見て、余計なリスクを避ける算段でしょう』
さっきまでの猛攻が嘘のように止んだ。
ゾーンはぽっかりと空いている。
しかし──。
「これは罠ですわね。まるで“おいでなさい”と言わんばかり」
「ええ。けど、ここで前線をあげないと、そもそもゾーンにたどり着けません。退路を確保しながら前に出ましょう。焦らず、確実に」
『GYC、慎重にラインを押し上げていく──焦らず、ジワジワと押し上げる! 新生チームにしては落ち着いてますね、近藤さん!』
『今までの奇抜な戦いが嘘のように堅実なライン上げですね。ですが、そう易々と上げさせてくれるほどTeam LIBRAは優しくないでしょう』
近藤の解説の通り、進軍を阻むかのように、LIBRAの正確無比な弾丸が放たれる。
遮蔽物から顔を出すたびに、待ってましたとばかりに降る弾雨。
刻一刻と時間だけが過ぎる中。銃火と爆音が絶え間なく響く。
キャプチャー率は依然──80対20。
画面左下の残り時間が、じわじわと絶望を告げていた。
「そんな……ここまで前に進めないなんて……」
陽毬の声が震える。
「お嬢様!! 中央ルートに三枚。右のスナイパーに気をつけてください!!」
「もう! なんで攻めてる私たちが押し込まれるのよぉ!!」
綾の報告に、文香が焦りをにじませる。
「陽毬、今のままではジリ貧です。ここは一度下がって立て直しま──」
乾いた銃声。油断していた要を撃ち抜く一発の銃弾。ヘッドショットで、要は一撃で倒された。
「要……!」
レシュリアが叫んだ。
ダンッと音を立てて、要はテーブルに拳を振り下ろす。
(……なんて浅はかなミスをしたんだ!!)
普段は熱くなりがちなチームを抑える役割の要が見せる激情。
『あーっと、ここでGYCゲーミングが一枚落ちてしまう!! これは手痛いぞ!! LIBRAは一気にトドメを刺しにいく!!』
「……くっ、この状況で引いてしまえば、そのまま押し込まれてタイムオーバーですの! ──ここは私が一か八かで出ますわ!」
「お待ちください、レシュリア様。せめて私がリスポーンをするまで!!」
「大丈夫です、要先輩!!」
陽毬の声が割り込む。
「私たちが道を作ります!」
「陽毬……」
要が短く息を呑む。
陽毬はキーボードを叩く手を止めないまま、はっきりと言った。
「レシュリア先輩に全てを託しましょう。今ここで突破しなきゃ、この試合、どっちみち勝ち目はありません!!」
レシュリアの瞳が画面越しに輝く。
「さあ皆さん!! 勝利へ続く道、切り開いてくださるかしら!!」
「まったく了解よぉ!! 綾!! レシュリアのルートに合わせるわよ!!」
「……御意。スモーク入れます……!」
「レシュリア先輩! 私がギリギリまで敵を引き受けますので、ただ進んでください!!」
文香と綾が切り開いた道を、陽毬のエスコートでレシュリアは突き進む。
「一人落としました!」
「ナイスよぉ!」
「このまま押し切りましょう!」
だが──。
「っ、ぐっ!」
陽毬のライフが一瞬で消える。
「陽毬さん!? スナイパーに抜かれた!?」
「──お嬢様、左側からも敵が! ……くっ!」
陽毬が倒されたことに動揺した文香と綾は一気に崩れた。
その隙を見逃すはずもなく、綾はキルされ、文香も体力は残りわずかとなる。
文香が最後の悪あがき。閃光グレネードを投げつけ、そして倒れた。
「──行って、レシュリア。道は……作ったわ」
レシュリアは息をのむ。
「……よくやりましたわ、みなさん。完璧でしたの」
視界の奥で敵チームが動く。撃たれる前に、彼女は足を踏み出した。
「これで──チェックメイト、ですわあ!!」
叫びと同時に、レシュリアのキャラクターがロケットランチャーを構えて敵陣へ突っ込む。
轟音と閃光が画面を覆い、爆発がTeam LIBRAの四人を巻き込む。
──決まった。誰もがそう思った。
だが、キルログは流れなかった。
「な、なぜですの……!?」
『な、なんと!! Team LIBRA!! 完全に決まったと思われた特攻自爆に対して、生存している!!』
「そんな……シールドグリッチを使うなんて!!」
陽毬の絶叫が響く。
『近藤さん!! これはいったい……』
『シールドグリッチですね……爆発物に対してライオットシールドで近接攻撃をすると、シールドが爆発のダメージを吸収してしまうんです。
再現するにはフレーム単位の操作が必要なんですが……まさか成功させるとは。グリッチ違反のイエローカード覚悟で受け切りましたか』
煙の中で立ち上がる敵四人。
無情にも放たれた弾丸。レシュリアの体力バーがゼロになり、キャラクターが崩れ落ちた。
銃声が止み、画面の中心に YOU DIED の文字が浮かぶ。
「みなさん……要……ごめんなさい」
静かな声がヘッドセット越しに響く。だが、その声を遮るように、低い声が重なった。
「やれやれ──主人が主人なら、従者も従者ですね」
その瞬間、モニターの奥で閃光が走った。
要のキャラクターが滑り込み、敵陣のど真ん中でロケットランチャーを構える。
「ここからは……私の仕事です」
ドゴオオオオオン──!
轟音が画面を白く染め上げる。爆風が敵陣を薙ぎ払い、すぐに赤字のログが走った。
《従者Kさん が 敵プレイヤー1・2・3・4 をキルしました》
続いて赤字のログ。
《TEAM KILL》の文字がモニターに躍る。
『な、なんと!! ここでGYCゲーミング!! まさかのチームキルだ!! チームキルボーナスでTeam LIBRAのリスポーンタイムが30秒追加。この奇跡を起こしたプレイヤーはわずかな体力で生存している!! そのままキャプチャーを始めるつもりだ!!』
要のキャラクターが煙の中心で伏せ、ゾーンの中央を確保する。
「文香様、綾。リスポーン次第、合流をお願いします」
「任せてください!! 要様!!」
「承知しました、要君!」
「私も来ました! 要先輩、援護します!」
陽毬の声が重なり、GYCゲーミングが完全に前線を押し上げてゾーンを掌握する。
キャプチャー率が動く。
──70対30。
「このまま押し切りますわ!」
──60対40。
「落ち着きなさいよぉ! レシュリア!」
──50対50。
「敵がリスポーンします!! 耐えてええええ!!」
残り十秒。敵が再出撃する。
陽毬が撃たれ、文香も倒れる。綾が一人を道連れにして崩れた。
残るは、要とレシュリア。
「レシュリア様、ここは私が。お下がりください!」
「お断りしますわ! 私が下がったら誰があなたの背中を護るのかしら?」
銃弾が飛ぶ。HPバーが赤く点滅する。
「あと少しです!」
ブザーが鳴る。
『試合終了だあああああ!! 結果は、40対60で、GYCゲーミングの勝利だあああああ!!』
全員が立ち上がった。
「勝った……! 本当に勝ちましたわ!!」
「全員、最高でした! ……ナイスゲームです!」
「ふふっ……これが、GYCのチームプレイよぉ!!」
「お嬢様、落ち着いてください」
要は静かに息を整えた。
「皆さん、お疲れさまでした」
画面の中で、VICTORYの文字が静かに光っていた。




